1人の経営者から始まる熱狂は、CX(顧客体験)にどう作用していくだろうか。
2019年10月25日に開催された、最先端のCXを学び、体験する「CX DIVE 2019 AKI 」では、「地域の熱狂を生み出す顧客体験の仕掛け」と題したセッションが開催された。
スピーカーは、サツドラホールディングスの富山浩樹氏、VOREAS(ヴォレアス北海道/V.LEAGUE)の池田憲士郎氏、ONESTORYの大類知樹氏。モデレーターはIDENTITYの碇和生氏が務めた。いずれも共通ポイントカードの展開やスポーツチームの経営、期間限定の野外レストラン出店など、地域を舞台に事業を展開する経営者だ。
サービスや商品を提供する中で、地域の人々と向き合い、巻き込み、一体となることで熱狂を作り上げてきた。まさに、本イベントのテーマとなった「コンサマトリー(行為それ自体を楽しむ)」を体現している3社の取り組みを紐解いていく。
北海道で世帯普及率65%超のEZOCAが重視した「つながり」
北海道だけで190店舗以上を展開するドラッグストアである「サツドラ」、道内における世帯普及率が65%を超えた北海道限定の共通ポイントカード「EZOCA」など、サツドラホールディングスが手掛ける事業は道民に圧倒的な愛着を持たれている。
モデレーターの碇氏から「北海道は広いのに、(EZOCAの普及率が)60%を超えるのはすごい。熱狂を生み出すためにしてきたことは?」と問われると、富山氏は「利益度外視で人々がつながる活動を支援したことが一つのポイント」と答えた。
富山氏「地域ならではの価値を出したいと考え、『つながる』や『楽しい』を重視した道民参加型のコミュニティ『EZO CLUB』を作りました。EZO CLUBの登録者は同じ趣味の人が集まるコミュニティを作ったり、参加したりすることができます。
熱心に利用してくれているのは地域のお母さんたちがメインで、私たちは活動スペースを無料で貸し出すなど、コミュニティ活動を支援しました。これにより、地域のみなさまと信頼関係を築いたことが、EZOCAの普及につながったと思います。フリーマガジンも発行し、そこでコミュニティの紹介や活動の集客ができるようにもしています」
男子プロバレーボールチーム「ヴォレアス北海道」を経営するVOREASは、チケット価格の一部を当時のV1リーグの中でも最高値である1万円に設定した。「この価格でも満足してもらえる体験を作る」という思いを込め、観戦以外の付加価値をつけた。
池田氏「1万円のチケットを購入いただいた方には、試合終了後にコートへ入り、選手とコミュニケーションができるようにしたり、終了後の記者会見に参加して質問できたりする特典をつけました。強気な価格設定ではありましたが、チケットの価値やチームの思いを伝えながら販促活動を行い、無事完売へと至りました。今では、バレー業界としては珍しく毎試合、有料観客数が1,000人ほどの方が観に来てくれます。
私のいる旭川市は、これまでスポーツなどの興行が盛んだとは言えない状況でした。だからこそ、予測がつかない勝負への熱狂や、一瞬のプレーで会場全体が同じ感情を共有するエンターテインメントを、スポーツを通して私たちが提供できればと思っています」
2社が1つの地域を主な拠点としているのに対し、ONESTORYでは各地域で数日間、野外レストランを開催する「DINING OUT」を通して、地域との関わりを生み出している。
大類氏「DINING OUTは数日間のみのプロジェクトですが、開催する約半年~2年前から動き始めます。(その地域の)文献を読んだり、歴史の勉強をしたり、まち外れのスナックに通ったりと、その地域に何度も足を運んで地域の魅力を探るんです。地元のおばあちゃんに菓子折りを持って話を聞きにいくこともあります。あらゆる手段で地域のことを知り、『何を中核にストーリーを作ると地域の魅力を伝えられるか』をプランニングしていきます。
スタッフの多くがその地域に暮らす人なのも特徴です。地域の人が一丸となって1つのイベントを作り上げるので、終わった時には涙ぐむ人もいるほどの熱狂が生まれています」
地域は“誰とやるか”が重要だからこそ、まずは信頼の構築を
地域ビジネスは、サービス提供者と顧客の関係のみに留まらず、その地域に暮らす人々の協力があって成り立つものだ。地域を巻き込みプロジェクトを進めるDINING OUTの話から、協力者を巻き込みながら熱狂を生みだす方法へと議論が移った。
富山氏は北海道の利尻島へEZOCAを導入した時のエピソードを紹介してくれた。利尻島の飲食店9店舗でEZOCAポイントを利用できるようにしただけでなく、島で利用されたポイントの手数料の一部を、地域振興に役立てるという仕組みを構築。しかし、プロジェクト当初は、このような新しい取り組みを受け入れてもらえない場面もあったという。
富山氏「反対していた島民の方に応援してもらうため、アナログな方法ですが島の長老と飲み会を通してコミュニケーションをとることから始めました。また、EZOCA導入のメリットを具体的に示していきました。EZOCA導入時、資金難で中止になってしまった島民の綱引き大会があることを知ったんです。そこでポイントの還元を使い、『EZOCA綱引き大会』として復活させたことによって、より応援してもらえるようになりました」
大類氏「地域の同業者同士って、顔は知っているが話したことはなくて、そんなに仲良くないというケースが多いですよね。普段はライバルですが、DINING OUTでは日本各地がライバルなので、“共通の敵”のようなものが生まれます。地元代表として集まり、一緒に苦難を乗り越え、その結果お客様が喜んでくれると、自然と互いに仲良くなることができます。
また、地域のメディアに取り上げてもらえると、ONE TEAMになりやすい。地元の人はその地域の新聞やニュース番組が何を扱っているのか気にしている方が多いです。そのため、DINING OUTではどう地域のメディアに取り上げてもらうかも考えています」
池田氏「地域は“誰とやるか”が重要ですよね。前提として、私たちへの信頼が地域になければいけません。ヴォレアス北海道では、オフシーズンに選手がぐいぐい地域の中に入っていくようにしています。たとえば、祭の時期には1拠点に3人ずつ派遣して、住民のみなさまと仲良くなる。立ち上げから3年間、地道にコミュニケーションを取り続けて、多くの方が協力してくれるようになりました」
1人の熱狂が分身し、会社の熱狂へと変わっていく
その後、VOREASの池田氏から「経営者の熱狂をいかにスタッフに浸透させるかが今の課題」と、他の登壇者への相談が投げかけられた。富山氏はEZOCA立ち上げ時の苦労を例に、こう話す。
富山氏「もともとサツドラ事業一本だった当社では、EZOCAの立ち上げに乗り気ではない社員もいました。新規事業を始めると、『社長は元の事業に興味はなくなったのか』と言われますし(笑)、みんな自分の事業以外に当事者性を持てなくなってしまうんですよね。
しかし、当たり前ですがサツドラはEZOCAの最初の加盟店にしました。協力体制がないと事業継続が難しい。そのため、もともと賛成してくれていた社員をEZOCA推進リーダーに任命して、スタッフが当事者意識を持てるよう働きかけてもらいました。店舗にグッズを配って身に着けてもらうなどをするうちに、だんだん盛り上がっていきましたね。熱意のある社員の声を見逃さず、いかに自分の分身を作っていけるかが重要だと思いました」
社員は最初から熱意ある人で固めていたというONE STORY。一方、外部企業と一緒に取り組む時、同じような課題を抱えることがあると大類氏は言う。
大類氏「ONE STORYの社員は16人ほどなので、コミュニケーションの時間を大事にすればある程度コンセンサスが取れます。しかし、イベント時には外部の企業や地域住民を含めて150人ものスタッフが動くので、どのように熱意を伝えるかが難しいです。
DINING OUTは毎回その地域に合わせたプログラムを構築しているので、マニュアルを作っても役に立たないことが多い。そのため、自分たちは何を大事にしているのか、ミーティングはもちろん日中の会話や飲み会などで、目を見て伝える努力をしています」
スポンサーとの理想的な関係性を生み出したコンサドーレ
セッション終盤、碇氏は「熱狂を維持する仕組み作りをどうするか」と質問した。
池田氏「今模索しているのはスポンサーとの関わり方です。これまでのスポーツチームは、スポンサーに対してユニフォームや会場に企業名を入れ、PRすることで還元していました。しかし、これによって明確なPR効果があるのかはわからない。寄付のような形でチームに関わってくれることも多いです。ヴォレアス北海道では、当初からスポンサーではなくてパートナーシップという名目で企業から支援を受けるだけでなく、Win-Winの関係を作りたい。その方法を見つけるべく、東京で情報を得て地域に持ち帰っては提案し、断られてはまた東京に行ってを今繰り返しています(笑)」
スポンサーとの関係性が理想的な状態となっている事例が、北海道コンサドーレ札幌だと富山氏は話す。同チームでは、J2で苦しい試合をしている中でも、サポーターが「遠征はJALで行こう」「一生俺たちの白い恋人」といった横断幕を掲げて、チームを応援するシーンが見られた。スポンサー企業への感謝の気持ちを表現したり、商品を購入したりする関係性がチームとサポーターの間に生まれているのだ。
富山氏はこの関係性に注目した。サツドラホールディングスとして単に広告を出す契約を北海道コンサドーレ札幌と結ぶのではなく、「EZOCAコンサドーレ サポートプログラム」という、サポーターがスポンサーとチーム両方を応援できる仕組みを構築した。
富山氏「このプログラムに参加した店舗でEZOCAを利用すると、購入金額の0.5%がチームに寄付されます。これにより、ファンの方が『同じ買い物するなら加盟店で買う』となり、今では年間約5億円の売上が生まれています。『スポンサーは難しいが加盟店にならなることができる』という企業も増えました。こうした企業とスポンサー、ファンの理想的な関係性は、熱量が生まれるだけでなく、経済が回る仕組みにつながることも実感しましたね」
地域コミュニティに入り込んで事業者の熱意を発信し、関係者が自分事化する仕組みを作ることが、地域の熱狂を生み出すうえで重要だと示唆された本セッション。
スピーカーが各取り組みについて前のめりに質問をしたり、自身の事業について熱く、ワクワクした様子で話したりするのが印象的だった。富山氏と池田氏の2人は、セッション終了後にも会場に設置された展示ブースで熱心に議論を交わしていた。実際に11月2日には、ヴォレアス北海道とEZOCAとのコラボカード「ヴォレアスEZOCA」導入を発表した。
「地域はよそ者に厳しくて閉鎖的」「観光資源がないのに大丈夫か」など、地域で事業を展開するときには懸念もつきまとう。しかし、それらを吹き飛ばすような事業者の熱量、まさにコンサマトリーが少しずつ地域に伝播することが、現実に少しずつ社会を変えているのかもしれない――そんな思いの芽生えるセッションだった。
執筆/もりやみほ 編集/庄司智昭 撮影/須古恵