「コンサマトリー」をテーマに、2019年10月に開催された「CX DIVE 2019 AKI」。しかし、この言葉を耳慣れないという人は少なくないだろう。特にビジネスシーンでは、ほとんど用いられることがなかった言葉なのではないだろうか。
電通クリエーティブプランナーの小田健児氏、neurowearプロジェクトco-founderの加賀谷友典氏、そしてナガエプリュス取締役/ブランドプランナーの鶴本晶子氏が登壇したセッション『コンサマトリーの核心は“行動を伴う熱量”の波及にある』では、コンサマトリーの解釈やビジネスにおける可能性が、それぞれの経験から語られた。
コンサマトリーは「現状快楽型」、インストゥルメンタルは「未来志向型」
「コンサマトリー」とはアメリカの社会学者タルコット・パーソンズによる造語。「それ自体を目的とした」「自己充足的」を意味し、社会学の分野で使用されてきた。
小田氏「コンサマトリーとは『大学に行きたい』という目的から勉強するのではなく『知識を得たい』から勉強すること。あるいは『牛乳を買いたい』という目的からコンビニに行くのではなく、コンビニに行くことで満足するようなこと。私たちの日常にも存在する概念なのです」
「コンサマトリー」の対義語は「インストゥルメンタル(道具的)」。こちらは「目的」を目指した行動のことだ。
加賀谷氏「言い換えれば、コンサマトリーは『現状快楽型』であり、インストゥルメンタルは『未来志向型』。数年前、どの分野でもエキスパートになるには1万時間かかるという『1万時間の法則』が流行しましたが、現状の社会では未来志向型の価値観の方が有利と言われています。
とはいえ、未来志向型も万能ではありません。日々我慢しながら努力を継続し、未来を見据えなければならない。途中で燃え尽きるリスクもあります。一方『現状快楽型』は、一見楽しそうですが、ジェットコースターのように安定しません。コンサマトリーとインストゥルメンタルは前提とする時間感覚や、それに伴うリスク、コストも異なるのです」
2010年にneurowearプロジェクトを立ち上げ、脳波に応じて耳が動くガジェット「necomimi」を生み出した加賀谷氏。脳科学の知見を持つ彼は、人間の脳の構造からその概念を分析する。
加賀谷氏「“コンサマトリー状態”に入ると、時間感覚が消えて、あっという間に時間が過ぎる。集中力が増し、学習効率が向上します。一般的に時間感覚は、脳全体のネットワークが機能しているときに生まれると言われています。我々がこの場で言う“コンサマトリー状態”では、脳内で論理思考を司る『前頭前皮質』の機能が低下し、時間が止まったような集中状態が発生すると考えられます」
そんな“コンサマトリー状態”に入りやすい人の例として小田氏が挙げるのが、研究者やアーティスト、起業家、アスリートたち。例えば「楽しいから走る」を突き詰めた結果、アスリートとして活躍する人は少なくない。
加賀谷氏「新書大賞2018を受賞した『バッタを倒しにアフリカへ』を執筆したバッタ研究者の前野ウルド浩太郎さんは、幼少期に読んだファーブル昆虫記をきっかけにバッタに出会って以来、ずっとバッタに夢中で、いまだに研究を続けています。
しかし、彼は『今』を楽しむためだけに研究しているわけではありません。バッタの大量発生により食糧危機などの被害に苦しむアフリカの人々の生活を改善したいという『未来』も見据えて活動しています。今回のディスカッションでは、コンサマトリーをインストゥルメンタルと対立するものとしてではなく、それらが融合した新しい概念として捉えてみるべきではないでしょうか」
個ではなく集団をコンサマトリー状態にする「巻き込み力」
「未来」ではなく「今」を志向し、「目的」ではなく「楽しさ」に没頭するコンサマトリー。この概念は、これまで否定的にも見られてきた「現在を楽しむ」ことを肯定的に捉える。そんなコンサマトリーな状態を「個人」のみならず「集団」に広げることができれば、ビジネス領域への応用も可能ではないだろうか。
「日本のものづくりで世界ブランドを作る」という目標から、ブランド「NAGAE+
ナガエプリュス)」を立ち上げた鶴本氏は、職人やクリエイターたちとチームを組んでプロダクトを生み出している。日本の魔法瓶製造の職人技を活かして、世界で初めてチタンの二重真空構造を実現したタンブラー「TITANESS Tumbler」は、APEC2010で各国首脳に贈る「お土産」に採用された。いわば、メイドインジャパンブランドの代表選手だ。
鶴本氏はどのようにチーム全体をコンサマトリー状態に導き、質の高いプロダクトを生み出しているのだろうか。
鶴本氏「私と職人さんの関係は『パソコンと外付けハードディスク』に似ています。私自身はハードディスクが空っぽのパソコンです。職人さんはモノづくりの技術や、アイデアを持つ外付けハードディスク。私だけでも、職人さんだけでも適切には機能しない。一緒に強固なチームをつくる必要があります。そのために不可欠なのが、まず私自身のビジョンを明確にすること、そして誰よりも高い熱量を持つこと。
例えば世界で唯一、錫(スズ)染めの技術を持つ職人さんに仕事を依頼したところ、始めはとても面倒くさがられました。世界に誇る技術でも、職人さんにとっては毎日やっている仕事に過ぎないのです。見積もりにはとんでもない値段が書かれており、明らかに『断るため』のものでした。そこで、直談判をしてこちらの情熱を伝えたところ、ようやく『その可能性に乗りたい』と協力してくれた。こちらのコンサマトリーを伝えることで、彼の心を動かしたんです」
これを受けて加賀谷氏は、その時に職人を動かしたと推測される脳の働きについて考察する。
加賀谷氏「人の脳は、好き・嫌いに関わらず、新しさに反応します。職人の方々にとって、これまでやったことがない新しいチャレンジが、『報酬系』に働きかけたのではないでしょうか。ここを深く掘り下げれば、集団のコンサマトリーを生み出せるかもしれません。
人の報酬系の働きはリスクと関連しています。リスクが大きければ、達成時の報酬系の働きも大きくなります。しかし、必ずしもリスクが身体的なものである必要はなく、例えば好きな人に告白することは当事者にとっては大きなリスクを伴う行為だと言えます」
鶴本氏は顧客に対しても、コンサマトリーを波及させているという。NAGAE+の店頭に立つとき、彼女が心がけているのは「物を売らないこと」だ。
鶴本氏「物を売ろうとせずに『価値』を伝え、熱量をもって接することを心がけています。それによって、こちらのコンサマトリーが伝わり、顧客との間には深いつながりが生まれる。
店舗において重視しているのが、ショップ内での体験プログラム。トークイベントや食のイベントなどにおいてコンサマトリーを伝えれば『買う』という概念が遠のき、顧客にも熱量が伝わることによって、価値を手にしたいと感じた時に、結果としてのピュアな消費行動となり、より深い顧客とのつながりが生まれていくのではないかと考えています」
注目され始めたばかりの『コンサマトリー』という言葉を、登壇者の得意分野や経験から解釈したこのセッション。高い集中力や学習能力を発揮できるコンサマトリー状態を、個人だけでなくチームで生み出せればその可能性は大きく広がる。
今後、仕事術やチームビルディング、マーケティングなどの領域において、この概念を活用した新たな発想が飛び出し、ビジネスの姿を大きく変えていくことだろう。
文/萩原 雄太 編集/葛原 信太郎 撮影/須古 恵