スポーツにおいて、チームの「勝利」はファンの「熱狂」を生みだす重要な要素だ。9月に開幕した「ラグビーワールドカップ2019」が日本で盛り上がったのも、日本代表が史上初の決勝トーナメント進出を果たした功績が大きいだろう。
だが、試合の「勝敗」だけがファンの満足度を左右しているのか。そもそも、「熱狂」とはどのように生み出されるのか。2019年10月25日に開催された、最先端のCX(顧客体験)を学び、体感できるカンファレンス「CX DIVE 2019 AKI」。セッション「スポーツクラブが生み出す熱狂的なCX」では、その答えの一つが示唆された。
登壇したのは、池田憲士郎氏(VOREAS 【ヴォレアス北海道/V.LEAGUE】 代表取締役)、清水克洋氏(名古屋グランパスエイト 専務取締役)、鈴木秀臣氏(シーホース三河 代表取締役社長)、大倉智氏(いわきスポーツクラブ 代表取締役 兼 いわきFC総監督)。モデレーターはイノウマサヒロ(inquire 編集者)が務めた。
彼らは「スポーツクラブにおけるCX」をどう捉えて、ファンとともに「熱狂」を生み出しているのか。当日の様子をレポートする。
「勝利」以外で提供される、様々な「おもてなし体験」
「試合の勝敗以外でファンの体験をどう高めるか」60分のセッションは、本テーマの核心に迫る質問で幕を開けた。
まずマイクを握ったのは、Jリーグの柏レイソルやジュビロ磐田などで活躍し、引退後は湘南ベルマーレ社長などを歴任した大倉氏。2015年、福島県いわき市の震災復興と地域活性化を目的に、サッカークラブ「いわきFC」を運営するいわきスポーツクラブの社長に就任した。大倉氏は、「どのような体験を作るかの前に、自分たちの商品は何かを考える必要がある」と顧客体験を設計するための前提を共有する。
大倉氏「まず、自分たちが提供している商品が何かを正しく認識し、ファンが期待している体験は何かを理解します。仮に様々な手段で集客をしても、期待値とのズレが生じては、満足度を下げてしまいますから。私たちであれば『魂の息吹くフットボール』というコンセプトのサッカーを掲げていて、これが商品です。この共通認識をそろえた上で、『提供できる体験とは何か』を考えています」
いわきFCと同様、地域活性化を目的として2016年に作られた男子プロバレーボールチーム「ヴォレアス北海道」。代表の池田氏は、Vリーグを旭川市初の「ライブ・エンタテイメント」として提供したいと考えていた。しかし、クラブチームが生まれたからといって、自然と人が集まるわけではない。そこで考えたのが、まず地域に住む人のニーズを満たすこと。その一例が、地域のダンススクールとの取り組みだ。
池田氏「旭川にはダンスを『習う場所』はあっても『披露する場所』がないんです。そこで、試合前のチアリーディングの代わりに、子どもたちにダンスパフォーマンスを披露してもらっています。すると、お子さんを見るために親御さんも試合に足を運んでくださる。ファンとなり得る方は何が嬉しいのか。マーケットインの発想で体験を作っています」
一方、Jリーグ開催と同時に発足し、30年以上歴史のある「名古屋グランパス」は、一時期「ファンからの愛着がJ1クラブ一低い」と酷評されていた。しかし、ファンのセグメントを細かく分けた施策により、来場者数を大きく伸ばし続けている。
清水氏「一番体験して欲しいのは、90分のサッカーの試合。これがファンの満足度の7〜8割を占めます。残りの2〜3割は試合前後のスタジアムにいる時間を楽しくする仕掛け。割合が小さいからと手を抜けば、最終的な満足度も下がりかねません。そこで、年間開催試合の半分について『ガールズフェスタ』や『キッズワンダーランド』など、ファン層に応じたイベントを企画しています。例えば、女性向けの企画であれば、年齢に加え、ご家族で来場される、友達と来場されるなど、具体的なイメージも持って中身を作り込んでいます」
Bリーグで昨シーズン「ホスピタリティNo.1クラブ」を受賞したプロバスケットボールチーム「シーホース三河」も、その称号の通り、徹底的な「おもてなし」を行なってきた。
鈴木氏「記憶に残るエンタメ体験を作るため、会場装飾等を大幅に改善してきました。アリーナのセンターには大型の4面ビジョンを設け、スモークやレーザーを活用して臨場感のある空間を演出。ファン一人ひとりが一番心地よい形で観戦できるよう、席種も大幅に増やしています。例えば、家族連れが人目を気にせずゆっくり観戦できるよう、ふすまで囲った掘りごたつの席を設けたり、飲食がしやすいよう、テーブル付きのボックス席を用意したり。限られた体育館のスペースの中で、最大限の工夫を凝らしています」
「勝敗」はファンの「熱狂」を左右するのか
とはいえ、試合以外の体験が良くても、肝心の試合で負ければ、肩を落とすファンも多いだろう。そして、試合の行方は完全にはコントロールできない。その上で、ゲストは「ファンの満足度」と「勝敗」の関係性をどう考えているのか。
チーム設立以来、2シーズン連続でリーグ優勝を経験した池田氏は、勝利の積み重ねがファンに与えるインパクトを実感。その中で、同じ「勝ち」でも、試合の運び方によってファンの間で生まれる「熱狂」に差がでると気づいた。
池田氏「VOREASのように立ち上がったばかりのチームでは、勝利はファンにとって分かりやすい応援理由です。ただ、最近は『どうやって勝つか』も重要だと気づきました。バレーボールは、25点マッチの3セット先取ですが、25対15で3セット連取する勝ち方はそこまで盛り上がりません。観客のボルテージが一番高まるのは、フルセットにもつれこんだとき。そこまでいくと、勝っても負けても盛り上がるんですよ。運営側としてはファンが盛り上がるので嬉しいですが、監督や選手の負担が大きいのも事実。試合の運び方はコントロールできないので、興行側の視点とチーム側視点のバランスは難しいところですね」
池田氏の発言に対し、大倉氏は「いかに負けるかも大切だ」と指摘する。
大倉氏「スポーツの試合では、会場で拍手が起きる場面とため息が聞こえる場面は世界共通で決まっています。例えば、ゴール前で選手たちがボールを奪い合う場面は、会場も一層盛り上がる。そういった魅せ場を多く作る努力をしています」
そのためにいわきFCが定めた指標が「5秒/8秒ルール」だ。相手選手から5秒以内でボールを奪い、8秒以内にシュートする。この展開の速さが、観るものを圧倒し、「熱狂」を生むのだそうだ。
勝敗のあり方が顧客体験に影響を与えると述べる二者に対し、鈴木氏は勝敗以上にチームとファンの結びつきが大事だと話す。2018-19シーズン、主力選手が2名も抜けたシーホース三河は、思うように戦績が伸びず苦しい時期を過ごした。ところが、ホームの体育館は、以前と変わらない声援を送ってくれるファンで溢れていたという。
鈴木氏「正直、ファンクラブ会員数が減るかなと思ったら、減らなかったんです。逆にシーズンシートの売り上げは倍になりました。一旦離れたのに、戻ってきたファンもいたくらいです」
シーホース三河のファンクラブの会員数は現在、約8000人。グレードは5つに分かれ、最高ランクのダイヤモンドコースは、選手と食事の機会まである。
鈴木氏「もちろん『勝利』がファンにもたらす影響は大きいでしょうが、ファンを喜ばせようと努力する姿勢も大事。試合は興行の大きな要素ですが、勝ち負けだけは事前想定通りにいかない。だからこそ、お客様の体験の全てが最大限の満足度を引き出すように努力しています。そこを評価してチームを好きでいてくださる方も多いのかなと思いましたね」
清水氏「グランパスも2016年にJ2に降格したにも関わらず、年間の観客入場者数増加に成功しました。これはJリーグ始まって以来の快挙だそうです。J2に落ちるか落ちないかの瀬戸際で、どうすればチームを後押しできるか、ファンやサポーターの皆さんの声もお聞きし、メッセージを直接選手に伝える取り組みも行いました。これもクラブとファンが一体となりスタジアムで応援しようというきっかけにもなったと思います。ただ勝ち続けることだけが『熱狂』を生むのではないと実感しました」
「選手も手伝って当たり前」と思ってはいけない
ファンの満足度を高めるためには、選手の協力も欠かせない。チラシ配りやイベント出演、SNS発信といった試合以外の場面での選手との触れ合いが重要視される中、運営側は何を意識しているのだろうか。
池田氏「イベント出演にしろ、SNS発信にしろ、『なぜ選手がそれをするのか?』の共有を徹底しています。VOREASはまだ設立3年目なので、戦績はもちろん、認知度を上げていかないと、会社やチームの成長が頭打ちになってしまう。そこをしっかり説明することで、選手たちも来場者数を増やすために、ファンとの触れ合いの大切さを理解してくれるんです」
大倉氏「いわきFCでも、運営側の意図を伝えることは大切にしています。選手たちにSNSの発信を義務づけているのも、イベント出演時に自分本位の話ではなく、地域住民のみなさん、あるいはファンに向けた話をするように伝えているのも、全てはチームと選手自身のブランディングにつながるから。決して運営本位の施策ではないと理解してもらうよう努めています」
運営側の意図を共有し、チームの理解を促す——この必要性を認めた上で、清水氏はそのコミュニケーションが「一方通行にならないように気をつけたい」と話す。
清水氏「選手一人ひとりの本音をどう拾うかも大事だと考えています。運営側の思いを伝えるばかりでは、彼らも『これはやりたくない』と言い出しづらいかもしれない。選手も一人のアスリートなので、『大事な試合前は、サッカーだけに集中したい』という人もいるはず。強化・広報などクラブの様々な接点からコミュニケーションを密に取り、可能な限り選手の思いも汲み取りたいと思います」
鈴木氏「選手が集中したい試合の前には、イベントを入れないようにしています。ただ、選手との触れ合いを心待ちにするファンの方々が多いのも事実。交流イベントの開催は、選手の休日前であり、精神的にも余裕がある日曜日の試合後に設定しています」
望まないことを強制してしまえば、チームの士気は下がり、それがファンに伝わる可能性もある。選手の気持ちを尊重する姿勢が、結果的にファンの体験を守ることにもつながるのだ。
「共犯者」や「家族」。各チームの「熱狂」を生み出す関係性
セッションも終盤に差しかかり、話題は「CX DIVE 2019 AKI」のテーマである「コンサマトリー」に集中した。コンサマトリーとは「行為を目的や手段と捉えず、行為自体を楽しむ概念」のことを意味する。
モデレーターのイノウは「試合の時間だけでなく、チームとの接点一つひとつでファンの熱狂を作るために、どんなクラブチーム作りをしたいか」と問いかけた。
池田氏「チーム、運営スタッフ、ファンと分断するのではなく、みんなが『共犯者』である関係が理想です。その一環として、グッズを作るクラウドファンディングに挑戦しています。VOREASに関わる人たちから分け隔てなく意見を集めて、みんなが楽しいと思えるものを作っていく。そんなクラブでありたいです」
鈴木氏「池田さんの『共犯者』と似ているかもしれませんが、スポンサーや行政も含め、関わる全ての人が仲間だと思っています。試合が始まる前に恒例で行う、愛知県の伝統行事『餅まき』では、抽選で選ばれたファンの方やスポンサーの方と一緒になって餅を配っています。その時間は会場が一体となってものすごく盛り上がる。これからも、そんなふうに多くの仲間たちと一緒に楽しめる仕掛けを作っていきたいですね」
清水氏「鈴木さんがおっしゃったったように、楽しさはもちろん、悲しい、悔しい思いもファンと共有したいです。2018年に豊田スタジアムで初の来場者数4万人超えを目指し、結果的に4万3,000人の方にお越しいただいた試合がありました。当日、来場者数を会場で発表したとき、観客席から大きな歓声が聞こえてきたんです。4万人のスタジアムでチームを後押ししたいという気持ちをファンの皆さんも共有してくださっていたのかなと感極まりました。2016年にJ2降格を経験したように、ときには悔しい思いも味わいます。ただ、それも含めて家族のように、ファンやサポーターの皆さんとと喜怒哀楽を共にする関係を保ち続けたいです」
大倉氏「いわきFCを立ち上げて2年目のとき、いわき市内の居酒屋で会った年配のご夫婦が『被災して辛い思いばかりだったけれど、いわきFCのおかげで唯一の楽しみが生まれた。本当にありがとう』と声をかけてくれました。『ああ、自分のやっていることは間違ってないんだ』と思えた瞬間です。これからもクラブ設立時の初心を忘れず、勝ち負けだけでなく、ファンをどう楽しませるかにこだわるクラブチームでありたいです」
2019年4月に開催された「CX DIVE」のセッション「スポーツとCXのこれから」では、「観戦そのものがスポーツのCXの核心だ」という意見が出た。
本セッションに登壇したゲストたちは、それを理解した上で「いかにその核の求心力を強めるか」と思考を発展させ、試合以外でも多様な工夫を凝らしていた。アウトプットはクラブによって様々であるが、「ファンと一緒になって楽しみたい」という願いは共通している。
その根底にあるクラブの信念こそが、スタッフへ、チームへ、ファンへと伝播し、周りが驚くほどの「熱狂」を生み出していくのだ。
ライター / なかがわあすか 編集 / イノウマサヒロ 写真 / 佐坂 和也