XDを運営するプレイドが、J-WAVE(81.3FM)の『TOKYO MORNING RADIO』内で放送※していた「KARTE CX VOX」。プロダクトやコンテンツ、イベントなどの誕生ストーリーや仕掛け人の思いを紐解き、「顧客体験(CX)」の意義をともに考える番組だ。
2021年1月11日から14日の放送では、文字のデザインや書体の制作を手がける、モリサワを紹介した。同社はフォント市場ナンバーワンのメーカー。東京オリンピックやユニバーサルデザインのフォントなど、さまざまな場面で活用されるフォントを多く開発している。
放送では、広報宣伝課の相田浩美氏に同社が考えるフォントの役割やユニバーサルデザインの考え方に基づいて開発されたUDフォント、フォントとの付き合い方を語ってもらった。
本記事では、放送内容をまとめ紹介していく。
文字で自分の考えや意見を伝えるための道具として
――最初に、フォントにはどのような役割があると考えているか教えてください。
フォントは文字情報で自分の考えや意見を伝えるための道具として、重要な役割を果たすと私たちは考えています。そのときの場面や意図に応じて使い分けていただくことで、相手への伝わり方やニュアンスをうまく変えることができます。目的に応じて選んでいただけるように、弊社ではたくさんのフォントを開発して、選択肢を増やしています。
声で考えると分かりやすいかもしれません。ラジオのナレーションでも、番組やシーンによって、アナウンサーや声優など最適な方が選ばれると思います。小説の本文であれば、すらすらと聞き取りやすい女性の声。フォントでいうと明朝体。強調したい部分は、はっきりと低音の効いた男性の声。フォントだと太めのゴシック体がいいかもしれませんね。
――新しいフォントは、どのようにして誕生するのでしょうか。
大きな流れとして4つの工程があります。最初は開発コンセプトの決定。次が文字の製作です。試作したデザインに基づいて、1文字1文字、細かく作っていきます。
次はテストと修正です。実際に文章や熟語を組んでみて、文字の統一感や濃度、コンセプトにきちんと沿っているかなどを細かく検証します。ひたすら目視と細かい修正を繰り返すので、書体の製作のうち一番時間がかかる大変な工程です。このテストと修正をクリアすれば製品化され、皆さんに使っていただけるフォントがリリースできます。
一つのフォントを完成させるために、およそ2年から3年ほどかかります。日本語の文字は、ひらがな、カタカナ、漢字があるので少なくとも数千から2万字を超える文字数が必要。そのためデザインの調整にすごく時間がかかるんです。文字のデザインをするデザイナーのほかに、方向性を決めるディレクター、パソコンで正しく動作できるよう開発するエンジニアなど、通常では4人くらいのチームを組んで作り上げていきます。
読みやすいフォントは「業務改善」にも効果的
――ユニバーサルデザインの文字、UDフォントについて教えてください。
UDフォントは、ユニバーサルデザインの考え方に基づいて開発されました。
年齢や障害の有無にかかわらず、より多くの人が読みやすいように設計されています。弊社では、「文字の形がわかりやすい」「文章が読みやすい」「読み間違えにくい」という、3つのコンセプトに基づいて開発しました。たとえば、文字の形をなるべく手書きに近づけて認識しやすくしたり、濁点や半濁点を大きくして区別をつけやすくしたりしています。文字の太さを工夫すると、小さい文字でも読みやすくなるんです。
ユーザー評価に基づくエビデンスを取得しており、読みやすさを意識して作られているフォントということから、特に公共性の求められる自治体や教育機関、駅や空港の電光掲示板などで広く使われています。一般企業でも、日経平均の指標となる225社のうち9割が、株主総会の招集通知に当社のUDフォントを使っているというデータもあります。
――実際にUDフォントを使うと、どのような違いがあるのでしょうか。
昨年行った検証では2つのことがわかりました。1つは、すべての世代で文字の誤りを見つけられる確率が高いこと。つまり、UDフォントを使うと読み間違いを避けることができるんです。2つ目は、40歳以上の方はUDフォントのほうが速く読めることがわかりました。
これらの検証結果に基づいて、企業が削減できるコストを算出したところ、従業員が1500人規模の会社の場合だと年間3320万円、時間にすると1万3330時間分の労働時間の削減につながる試算になりました。つまり、UDフォントを導入することは、取引相手や住民に情報を伝えやすくできるだけではなく、職員の業務改善にもつながることがわかったのです。
検証では、自治体の業務で普段使用している文書のサンプルを、UDフォントとそれ以外の一般的なOS標準フォントで用意して、20代から60代の男女294人の方に文章を見ていただきました。当社のUDフォントを以前からご活用いただいている、三重県のいなべ市さん、茨城県の行方市さん、埼玉県の三芳町さんと共同で、全国で初めて行ったものです。
教育分野やオリンピックにも使用されるUDフォント
――UDフォントは、他にどのようなシーンで使われていることが多いでしょうか。
当社のUDフォントは、2017年からWindows10にも搭載されました。ビジネスシーンで報告書を作ったり、プレゼン資料を作ったりする際、読み手への配慮としてぜひ使っていただきたいなと思っています。
また、Windows10に搭載されているUDフォントの中でも、最近特に教育分野で話題になっている「UDデジタル教科書体」という書体があります。学習指導要領に準拠した教科書体で、ユーザー評価に基づく読みやすさのエビデンスも取得、デジタルデバイス上での活用にも効果的という特徴があります。文部科学省ではGIGAスクール構想として、パソコンやタブレットを活用したICT教育の導入が進められています。そのため、デジタルデバイス上で読みやすいフォントの需要は、ますます高くなっていくだろうと見込んでいます。
特に2020年は新型コロナウイルスの感染拡大もあって、オンライン授業や自宅学習が重要な役割を果たしました。UDデジタル教科書体は、オンライン授業の場面でも活用されただけではなく、小中学校の教科書や辞書、デジタル教育機器などでも広く使われています。
――延期となった東京オリンピック・パラリンピックでもモリサワのフォントが見られるとお聞きしました。どのような場面で使われる予定なのでしょうか?
オリンピック・パラリンピックでは、大会の精神とビジョンを視覚的に伝えるために、大会ごとに公式フォントが定められています。当社では「東京2020公式フォント」の開発をしており、チケットやメダル、表彰状、広報誌、Webサイトなどの大会にかかわるさまざまなアイテムや印刷物に使用されると聞いています。スポーツを楽しむための祭典ではありますが、一緒に使われている文字についても、少し意識を向けていただけるとうれしいです。
伝え方の一つとして、日々のフォントを選んでほしい
――文字文化の発展や継承に対して、さまざまな取り組みをされていると伺いました。
「文字を通じて社会に貢献する」という社是を掲げ、もうすぐ創業100年になります。企業としても、社員としても普段から一人ひとり、この社是に基づいて行動しています。
その例として、「モリサワ文字文化フォーラム」や「タイプデザインコンペティション」などの主催イベントが挙げられます。モリサワ文字文化フォーラムは、文字やデザインにかかわる方をゲストにお招きして、さまざまなテーマでご講演いただいているイベントです。文字の魅力や価値に焦点を当てて、ジャンルにとらわれない、新しいクリエイティブの訴求と、文字文化の継承を目指して開催しています。
タイプデザインコンペティションは、次世代を担うタイプデザイナーの発掘と豊かな文字表現の可能性を期待して開催する書体のコンペティション。世界中の方から応募があり、参加作品や優秀作品をもとに開発された書体が、新書体として提供されることもあるんです。
――最後に、モリサワが考える日常の中でのフォントとのつき合い方を教えてください。
朝起きてから夜寝るまで、皆さん、毎日たくさんの文字を目にされていると思います。新聞を読む、テレビを見る、道路の標識や電車の電光掲示板を見る、休憩時間に雑誌を読む、これらのすべてにフォントが使われています。そういった意味で、フォントは空気や水のようなものだと思っています。普段は意識していないけれど、常にそばにあるものですね。
最近は、文字にもユニバーサルデザインの考え方が広がりつつあります。ただ、すべての文字をUDフォントに変えればいいかというと、一概にそうとは言えません。フォントは、相手にどういうふうに伝えたいか、どういう印象を持たせたいかということを意識しながら、適材適所に選んでいただく必要があるからです。たとえば、本のフォントがすべてUDフォントだったら、著者の個性が反映されないと感じる人もいるかもしれません。この場合は、本のコンセプトや内容に応じて別のフォントを選んだほうがしっくりくることもあります。
書類やプレゼン資料を作ったり、Instagramのストーリーに載せる文字を選んだりと、誰にでもフォントを選ぶ機会はあります。日々、相手の方にどう伝えたいかを意識して、フォントを選んでいただけると、とても良いなと思っております。
KARTE CX VOXの過去の配信は、Spotify、Apple Podcasts、Google Podcastsのほか、「ラジオクラウド」のアプリから聞くことができます。
ラジオクラウドはアプリをダウンロードの上、こちらのリンクもしくは、アプリ内で「KARTE CX VOX」と検索してください。