「これまでお会いしていないのが不思議なくらい、遠山さんとは似たところがあると感じていました」
「胡桃堂喫茶店」の一角で、店主の影山知明氏はそう穏やかに話しはじめた。マッキンゼー、投資ファンドを経て、東京・国分寺でカフェ「クルミドコーヒー」を始めた影山氏が構える、2つ目の店舗だ。
向かいに座るのは、スマイルズ代表取締役の遠山正道氏。「世の中の体温をあげる」という理念を掲げ「Soup Stock Tokyo」「The Chain Museum」などを展開する遠山氏も、影山氏の著書『ゆっくり、いそげ』(大和書房)には多くの点で共感したと打ち明ける。
事業内容や規模は違えど、スタッフや顧客の熱量を重視しながら、世の中に新しい提案をしてきた2人。「いたずらに規模を求めない」「非合理的な“想い”を大事にする」「人通りの多さで出店を決めない」といった共通する姿勢の裏には、2人にしかわからない葛藤と信念があった。
互いの過去を振り返ることから始まった、初対談。語られる言葉から、資本主義に埋もれてしまった“何か”を探っていく。
「自分」を起点に事業を始める
遠山氏「私が事業を立ち上げるときは、いつも『自分ごと』を大切にしています。世の中の“お客さま商売”へのアンチテーゼを、そこに込めているんです。
誰かのために何かを提供する意味も『おいしかったよ』『また来るよ』と言葉をいただく嬉しさも、スタッフは十分にわかっています。だからこそ、さらに踏み込んで『自分たちはどうありたいのか』を考えてきました」
遠山氏「でも、実際には想いを貫くことは簡単じゃない。時には力を抜きながら、何とか事業を続けてきたんです。
だから『ゆっくり、いそげ』を読んで、すばらしい事業のつくり方と信念だと素直に驚いた。あれを書かれた影山さんのすごさを、今日はとにかく浴びたいと思っています(笑)」
影山氏「いや、そんな(笑)。ただ僕も遠山さんの本を読み、インタビュー記事なども拝見し、僭越ながら『自分と似ているかも』と思っていました。
というのも、僕も『おもしろそう』『わくわくする』といったインスピレーションに強く引っ張られてきたんです。クルミドコーヒーも、カフェをやるなんてまったく思っていないところから、急にピンときて始めたんですよ」
遠山氏「じゃあ、カフェ以外もあり得たかもしれないんですね」
影山氏「そうですね。しかし今では自分にとって唯一無二の仕事だと感じるようになりました。『天職』を英語で『Calling』と表現しますが、その通りだなと。まるで何かに呼ばれたように選択したことの意味に、後から気づくことがあると思うんです。
『ゆっくり、いそげ』を執筆したのは、そういった気づきを『言葉』にして、スタッフに残したいと思ったから。遠山さんも、ご自身のなかにあるキーワードを、スタッフのみなさんに残したいと考えたことはありますか」
遠山氏「自分たちが築いてきたものを組織論として残す予定は特にないですが、もちろん適当でいいとも思っていません。自分の喜びをメンバーに共有したり、共感を呼びかけるときは言葉はとても大事にします。
ただ、そもそもうちの会社に集まってくるのは『マニュアルっていやだよね』といった気質の人ばかり。具体的に定義している言葉や方法はほとんどないんです。その代わり、各ブランドが持つ『らしさ』を考えながら試行錯誤しています」
影山氏「マニュアル化をしない点は僕も同じです。最初のクルミドコーヒーとこの胡桃堂喫茶店では、店の雰囲気も内容もメニューもまったく違います。
ここを『クルミドコーヒーの2号店』として展開する方法もありました。しかし同じ国分寺市内でも、地域性は異なるし、スタッフやお客さんも違う。ビジネス的には苦労するだろうなと想像はしましたが、やはり別のことをやるべきだと考えたんです。4年経った今振り返っても、いい選択だったなと思いますね」
「必然」を形にするには、時間が必要
影山氏「実は2店舗目を出す前に、大きめな商業施設から出店のオファーをもらうこともありました。それを選んで事業拡大していく道もありましたが、僕らがそこに出店する動機が見つからなくて、断り続けていたんです」
遠山氏「自分たちがやる“必然”は、事業を続けるためにとても大切ですよね。
実は以前、まさにその部分で失敗したことがあるんです。普段は出店しない大型商業施設に、儲かりそうだという理由で店を構えた。ところが、いろんな工夫をしても全然うまくいかず、1年で撤退したんです。
逆に横浜のあざみ野ガーデンズにある『100本のスプーン』は、立地としては決して完璧ではなかった。人の通行量は少なく、集客に苦労しました。でも、とても愛着が持てる場所だったので、数年かけて粘り強くコミュニケーションを続けたんです。今では、多くのお客さまに愛していただけています」
影山氏「遠山さんは、よく事業やサービスを『作品』という言葉で表現しますよね。僕は後々まで受け継がれていくような作品をつくるには、時間が必要だと思うんです。
事業もアートも同じで、最初からすべてが傑作として生まれるわけではない。受け手との間のコールアンドレスポンスを繰り返して、だんだんと育っていく作品もあると考えています。
クルミドコーヒーも、最初は集客に苦労しました。自分たちのできることをひたすら考えながら、長年かけて育てた作品のような店なんです」
遠山氏「そうやって時間をかけて試行錯誤する、非合理的な事業のつくり方って、おそらくコンサルタント時代のセオリーとはかなり違いますよね」
影山氏「コンサルティングの世界では、合理的な説明や成果の予測を求められます。
でも、僕は『ゆっくり、いそげ』のタイトルのように、逆説的なアプローチに可能性を感じています。売上を立てたいのであれば、最初は売上を考えずに始める。『何かを得ようとする気持ち』を一旦手放すことで、結果的に手に入ることが、よくあるように思うのです」
遠山氏「私も『合理的に説明できないことが大事だ』とよく話してきました。合理的な説明をすると、合理的な説明で打ち返されるからです(笑)。でも、本人が込めた想いのようなものって、そもそも合理的じゃないから論破されようがない。そのなかにこそ、大事なものがあると考えています」
影山氏「論理的ではないものを、あえて信じる。遠山さんを含めて、つくり手やお客さんのことをじっくりと観察してきた人たちは、その重要性を実感としてわかっているのかもしれませんね」
数値化できない価値を知りながらも、数字に向き合う
遠山氏「私がよく言う『メニューにない価値』は、論理で説明できないものの1つかもしれません。メニューには『何が』『いくらで』といった、食事を選ぶために必要な情報が書いてある。でも『シェフの想い』『食べる人の気持ち』といった話は載っていません。
メニューに載っているものは、ほとんどが固有名詞や数値なので誰が見てもわかりやすいんです。けれど、載っていないものはそもそも言語化するところからスタートしなければならない。大事なことだとわかっているのに共有が後回しになるんです。店長会議や経営会議でも、油断すると定量化できて比べやすい要素だけで判断してしまう。その恐ろしさを、常に感じています」
遠山氏「今日こうやってお話しながら改めて思うのは、影山さんは言葉にしづらい大事なことを、適切な言葉で整理したり、社会や経済と重ね合わせて考えたりするのが上手ですよね」
影山氏「どうでしょう……基本的には感覚をもとに動くタイプなんですが、インスピレーションに基づいて取った行動を後から意義づけしていくのは、若い頃からの癖かもしれません。どうしたってやっぱり説明を求められることって多いですからね。そして、自分たちの店を主語にするだけじゃなくて、『誰がよろこんでくれるのか?』という視点でこそ仕事を考えたいなと思っています
とはいえ、そうやって社会と事業を重ねていくと、資本主義との矛盾にも突き当たる。売上を目的にしないといっても必要経費はあるし、銀行にもお金を返さないといけない。スタッフに給与を払う際にも、評価の視点として彼らの数字への貢献も完全には無視できませんよね。
そういったことに、遠山さんはどう向き合っていますか?」
遠山氏「難しいですが、数字は数字でちゃんと見ているんですよ。例えば、50店舗をあえて売上順に並べてみる。もちろん、場所や規模といった条件が違うことはわかっています。
でも、一覧にすることで生まれるスタッフのやりがいもある。情緒的な会社だからこそ、みんなが納得できる共通の指針があってもいいなと思うんです。
数字については、好きなエピソードがあります。三菱商事の事業としてSoup Stock Tokyo 1号店を運営していたときの売上評価の話です。目標の月700万円に対して最終的に2倍超の1,505万円を達成したんですが、あえて私はスタッフ間のコミュニケーションやお客さまからのお声を中心に役員へ報告したんです。
ところが、褒められたのは最後の1桁の『5万円』だったんですね。大台を超えた最終日の夕方に、レジを閉めるまで頑張ったことがその数字に表れていると。それを聞いて、私は『カッコいい考え方だな』と感じたんです」
影山氏「よくわかります。僕のスタイルが、見方によっては『きれいごと』だという自覚はあるんです。だからこそ、チェーンのカフェより利益率が高いというような、今の資本主義の王道から見ても評価してもらえる事業にできたらカッコいいなと思います」
遠山氏「私が一番言われたくないのは『趣味でやっているんですよね』という言葉です。想いを中心に事業をつくるからこそ『ファイティングポーズ』も必要だと感じています」
関係性のなかで決める「評価」の指標
影山氏「僕も本当は赤字なんて大嫌いなんです。けれど、まだまだ赤字を垂れ流していまして……」
遠山氏「私にもそういう事業がありますよ。例えばうちを含めて4社で始めた『iwaigami(イワイガミ)』というブランド。指輪と冊子だけで行える、シンプルな結婚式を提案するもので、私は大好きなんですが正直言うとまったく売れていなくて。
いいものができている自信はあるんですよ。けれど、立ち上げて2年以上経った今でも、まだ届け方がよくわからず悩んでいます」
影山氏「そういった事業、もっと言えばそこに関わる『人』を評価するのって、とても難しいですよね。なぜなら、世の中の指標の大半が成果に偏り、その人の『アウトプット』ばかりを見てしまうから。
けれど僕は、その人が事業のなかで職能を発揮していく『プロセス』や『インプット』をもっと評価できないだろうか、と考えています。最終的な数字に縛られるから、むしろクリエイティビティを発揮できず、結果として売上も伸びない。『いそぎたいのに、いそげない』状態になっている気がするんですよね」
影山氏「ただ、最近はそれらの評価基準よりも『その人が存在していること』こそを見ていきたいと考えています。
生活を成り立たせるために必要な金額って、人によって違いますよね。家族に関わるさまざまな事情などを勘案し『その人がその人である』ためにどのくらい会社は支えないといけないか。この点を考慮して、それぞれのスタッフに必要な給与額を払えるようにしています。
どんな能力を持っているかの前に、どういう役割を担っているかの前に、その人の存在そのものを受けとめて生活を支える。この視点がないと、組織に『利用価値が高い人』しか残れないのでは、と」
遠山氏「それを実践されているのがすごい。影山さんは贈与的なお金の考え方や評価の仕組みを取り入れて、人のモチベーションや存在意義を生むような運営をされているのだろうと考えていました」
影山氏「『価値』には『あなたと私』の間で相対的に決まるものもある。だから『お互い成り立つ範囲で何とかよろしくやろう』と、それぞれの関係のなかで言い合えたらそれでいいと僕は思うんです。
これはスタッフと経営者の関係だけじゃなくて、例えば店とお客さまの関係も同じだと思うんです。1杯のコーヒーが『僕と遠山さんの関係ならこのお値段で』といったふうに、人やシチュエーションごとに変わってもいいじゃないかと。
それってまったく客観的ではありません。けれど、意外に経済の本質をついてるんじゃないかなって僕は思うんですね」
(つくり手側の“必然”から、事業や組織のあり方を語り合った2人。後編では遠山氏、影山氏がそれぞれに新しい実践を通じて生み出す「顧客と事業者」の関係、さらに「顧客同士」の関係の変化に話題が移っていきます)
執筆/佐々木将史 編集/葛原信太郎 撮影/須古恵