「普段の食卓も、花が一輪あれば空間が変わりますよね」。
そう話すのは、『青山フラワーマーケット』を中心に複数の事業を手掛けるパーク・コーポレーション代表の井上英明氏。同社は30年以上前から、花を売るのではなく「花のある生活を届ける」ことを追求してきた。
その組織づくりも特徴的だ。花の発注をはじめ、現場に大きな裁量が与えられている。主要店舗では店長職を、クリエイティブ志向とマネジメント志向という得意領域が異なる2人で担う。「各人の長所を生かす仕組みは現場を活性化している」と、青山フラワーマーケットのブランドクリエイター・江原久司氏。
現場スタッフの発揮する感性、自分の言葉で語られる接客が、顧客を花の世界へといざなう。井上氏と江原氏に、組織づくりについて、また現在進行形のリブランディングと未来の展望をお聞きした。
花屋には、もっと「提案」する余地がある
現在全国に117、海外に2店舗を展開する青山フラワーマーケットでは、既存の花屋の常識を覆す取り組みが数多く展開されている。商品設計から店舗づくり、自宅に持ち帰ってからのケアまで、一連の体験を花屋の都合ではなく顧客の視点で考え、質を高めている。
たとえば花を収める冷蔵庫を使わず、顧客が花の香りを嗅ぎ、手に取って選ぶことができる。また従来、花は茎の長いものがよしとされ価格が高かったが、手頃感を重視した『グラスブーケ』の丈はわずか15cmほどだ。
「何も知らなかったから、できた。もし“花屋のせがれ”だったら思いつかなかったかもしれないね」と笑う井上氏。実は、現在ブランドのクリエイティブ全体に責任を負う江原氏は、まさに“花屋のせがれ”だ。
江原氏「両親は事業の厳しさを知っていたから、『花屋にはなるな』と言われて育ちました(笑)。それでも繁忙期などは手伝いに出ていて、あるとき、よくある菊ではなく紫と黄色の花でちょっと変わった仏花をつくったんです。
そうしたら、飛ぶように売れた。『提案性があれば、お客様は気づいてくださる』と感じました」
大学を卒業後、知人が期間限定で開いた店を手伝いながら「花屋は表現する職業だ」と改めて感じていた江原氏は、母の日などでもないのに行列ができている花屋を目にする。それが、青山フラワーマーケットだった。2001年、まだ同店が15店舗ほどのころだ。
江原氏「花屋に行列ができるなんて、考えられませんでした。花って、何でもない日にそんなに求められるものだったかな、と。
レンガ造りの内装や、花屋にはめずらしい黒のユニフォームも、花の色を引き立てていた。『これからの花屋だ』と直感し、その衝撃だけでアルバイトの門を叩きました。
当初はただ、みなが生き生きと働いていることが印象的でした。その後、ブランドのコンセプト『Living With Flowers Every Day』や、徹底的に顧客本位であれという井上の思想、一方で現場が強い権限を持つことなどを徐々に理解していきました」
「得手に帆を揚げる」ためのクリエイティブとマネジメント分割
江原氏が20年ほど前から感じていたように、パーク・コーポレーションでは一人ひとりが生き生きと働ける店舗運営を心がけている。店舗数が拡大するなかで、具体的な仕組みもできてきた。
たとえば都内を中心に10店舗ほどには、店長職に代わって「ショップクリエイター」と「ショップマネージャー」が置かれている。店頭づくりをはじめ、店舗の表現を担う役割と、主に利益管理やスタッフの配置などの店舗運営を担う役割だ。得意とする領域が異なる2人で業務を分担している。この制度は、井上氏の気づきから生まれた。
井上氏「ある店舗で異動があり、ブーケづくりも接客もとても上手なスタッフに店長を任せました。すると、徐々にその店が冴えなくなってきて。シフトを組んだり利益管理をしたりするなかで、花や顧客に接する時間が削られ、彼女自身のクリエイティビティが埋もれていってしまったんです。
これはもったいないな、と。個々の持ち味を最大限生かすには、年次やポジションで役職を決めず、好きなことや得意なことをやってもらうほうがいいと痛感しました」
複数店舗でこの分担を導入すると、各自の長所の掛け算で、店の魅力が増していった。そこで生まれたスタッフの活気は「確実にお客様に伝わる」と井上氏。
井上氏「そもそも僕自身、『得手に帆を揚げる』ということわざが好きで、やりたいことを追求してきました。ならば、組織づくりもそれでいくべきだと思ったんです。
僕がやってきたブランド運営も、それぞれクリエイティブとマネジメントの2人の責任者に任せていこうと、徐々に手を放していきました。僕は僕で、また新しいこともしたかったのでね」
そうして生まれたのが、江原氏が現在務める「ブランドクリエイター」と、対になる存在の「ブランドマネージャー」だ。
各店舗への権限委譲が大きい青山フラワーマーケットで、全体的なイメージをどのように築いていくか、ブランドの刷新を江原氏が担う。他方、ブランドマネージャーはそれが経営に照らし合わせて健全かを管理していく。
現在、カフェやスクール、空間デザイン、法人向け事業の各運営もペアで推進されている。井上氏が起業家としてクリエイティブとマネジメントを一手に担ってきた事業を、さらに伸ばして発展させるため「得手を生かした2トップ」に託していく。
役職の上では、クリエイティブとマネジメントに優劣はない。数字の責任を負うマネジメント側のほうが、より大きい権限を持つのではないか。そう尋ねると、井上氏は「うちはむしろ、クリエイティブが上」と断言する。
井上氏「なぜなら、お客様が求めているのは花に対する感度であり、センスだから。それを発揮してくれるクリエイターが、間違いなく上なんです。ただ、マネジメント側の人のほうが言語化が得意な人が多く、意識しないとマネジメント側に主導権が偏りがちです。『クリエイティブありき。それをサポートするのがマネジメント』だと繰り返し伝えて、やっとバランスが取れますね」
ただし、クリエイティブが優位すぎると店舗運営が厳しくなることもある。「腕のいいクリエイターが独立して、1年経たず閉店する例は数えきれない」と井上氏。どんなにセンスがよくても、存続しなければ顧客への価値も何もない。
江原氏「2つの軸があることで、偏りのないブランドや店舗づくりができる。クリエイターが引き立っている店は、センスや個性をきちんと表現でき、そこにお客様が価値を見出してくださっていると思います」
能力別の役職という観点は、採用と人材育成にも盛り込んでいる。以前は、店舗アルバイトからの社員登用が中心だったが、そうするとクリエイティブ志向の若手ばかりが集まる課題があった。そこで数年前から新卒採用をスタートし、マネジメント志向の人材の採用にも注力している。
新卒入社の社員は入社後すぐに現場に入り、平均して3年ほどで店長に就任。キャリアパスは「LEAF」と呼ばれる独自のレベル分けがあり、技術や表現の試験、あるいは経理やCSの試験を受けて、経験を積み上げていく仕組みになっている。
多様化する生活に合わせ、ブランドの“感度”を高める
ブランドクリエイターの仕事には、店舗全体のクリエイティブ評価も含まれる。定性的なフィードバックが中心となりがちだが、今、点数による店舗の総合的な評価も進めているという。江原氏とブランドマネージャーが中心となって全国の店舗を回って採点するほか、各地のエリアマネージャーも担当地区の店舗を評価している。
江原氏「お客様が我々のブランドに求めて下さる感度やセンスは、採点しづらいものです。ただ、今後さらに店のクオリティを高めていくには、やはり一定のデータ化と客観的な改善が必要だと考え、独自の基準を設けました。
この基準や点数は、社内に公開しています。すると思わぬ効果として、若手が活性化してきました。店舗の評価には入れないものの、現場スタッフにも近隣店舗の客観的な評価を促していたところ、若手同士の定期ミーティングで『なぜこの店が3点なのか、どうすれば5点になるのか』と、自発的に議論が上がってきている。いい傾向ですね」
並行する取り組みとして、2015年からリブランディングに着手している。
この年、創業当初から思い描いていた海外進出を果たし、パリ店をオープン。一方、国内では店舗数が急拡大していた。仕入れを各店に任せ、その土地の顧客に合った個性ある店づくりを続けてきたが、次第に均質化が課題に。「以前は店先の写真だけでどの店か分かったのに、さすがに僕も各店の見分けがつかなくなっていた」と井上氏は振り返る。
どの街でも期待どおりの商品を購入できるのは、固定ファンにとってはメリットだが、ブランド全体での提案性には欠けてしまう。
また、生活者の多様化も背景にあった。「流行りだから買う」というより、「自分らしいライフスタイルを送りたい」「そのために時間やお金を使いたい」と、自らの内面を見つめて商品を選ぶ人が増えてきた。
江原氏「そうすると、枝ものやグリーンだけのブーケといった特徴的な商品が以前より売れるようになりました。また、花を日常的に買われる方が増え、多色使いよりも単色や1種類など、シンプルな飾り方が好まれるようにもなってきました。そこで新しく『旬の表現』『感度の表現』『色の表現』という3つの柱を立て、その上でよりナチュラルなテイストにシフトしています。
また、『10種の色設定』という新たなスタンダードを設けて、リブランディング店舗で取り入れています。ブーケの定番はピンクやイエローでしたが、それ以外にブルー系、白とグリーン、反対色も美しい。現場の実践しやすさに加え、クリエイターにもっと挑戦してほしい意図もあります」
リブランディングは順次進め、試行錯誤している最中だ。たとえば、花の色を引き立てるためにラッピングペーパーをライトグレーに統一したところ、顧客の戸惑いが大きかったためすぐに軌道修正した。完了時期の目安は、特に設けていない。
江原氏「普通なら、全店そろえて計画的に進めるのでしょうが、ここは柔軟にやっていくのがうちらしいと思います」
大事なのは、「花のある生活」を提供し続けること
2020年以降、世の中は大きな変化にさらされ、生活者の心理や価値観も多大な影響を受けた。家の中での消費が増え、花の業界でも花瓶などの付帯商品、鉢植えなどの需要が伸びている。青山フラワーマーケットでは、2021年上半期で、花瓶類や観葉植物の売上が2019年と比べて1.5倍以上に伸びている。
「仕事をしながら目に入るものって、直線か機械的な曲線ばかりで、疲れてしまいますよね」と井上氏。リモートワークがもたらした効率の一方で、通勤時に街路樹を何気なく見上げることや、風を受ける葉の揺れを感じることが減っている。
井上氏「たとえば原始時代に、機械的な線なんてなかったはず。今、生活者が花や緑がほしいと感じているのは、本能の訴えじゃないかと僕は思っています。ある意味、僕らの寄与する余地が広がっています。
ただ、この混乱を終えてなお『花のある生活』に価値を見出していただけるのか、もう要らないと思われるのか——分岐点は早晩くるだろうとも感じています。切花を保たせるには、水切りなどの手間が多少かかりますが、その体験も含めて『花っていいね』と思ってもらえるようにしたいですね」
「新しいことをしたい」と話す井上氏が目下取り組んでいるのは、茨城県石岡市の『いばらきフラワーパーク』を管理運営する受託事業だ。80年代に開業した施設を、地元の産業文化事業団との協業で、2021年4月にリニューアルオープンした。パーク・コーポレーションの複数事業を投じて、花の観賞だけでなく五感を刺激する多数のプログラムを展開し、好調な滑り出しを見せているという。
別の地域でのプロジェクトも、すでに進んでいる。花に向き合ってきた自社の総合力を発揮していく、この先に続く事業だ。井上氏は「花屋の球根、スクールの球根、カフェの球根など、僕らがこれまで植えて育ててきたものが、いろんな“公園”で花開いていったら」と期待を話す。
こうした事業が育っていけば、同社の提供する価値は複層的になる。同時に、業界で唯一無二の存在になっていくことで、今後さらに顧客からもビジネス面でも期待値が高まるだろう。そんな未来に対し、2人はどのような展望を描いているのか。
青山フラワーマーケット 南青山本店は、ビルの解体に伴い、この秋にクローズする。再始動は来春だ。この節目も含め、引き続き全店に目を配りながら、常に顧客の感覚を意識していきたいと江原氏は話す。
江原氏「本部は現場をサポートする役割ですが、現場の先にお客様がいるのだとしっかり認識しないといけないと思います。現場のオペレーション改善や効率化にばかり目が向くと、顧客満足から遠のくこともあります。
大切なのは、提案の幅と現場の働きやすさの両立。たとえば商品のバリエーションを担保しながら、スタッフが短時間で飾れる仕組みを本部で用意するなど、バランスのよい現場支援をしたいですね。その先に、より多くの方に花に触れていただける未来があると思います」
井上氏も、花や緑を「人生において1分1秒でも長く」視界に入る環境を今後も提案していくと続ける。そして、これからは「文化」という言葉を意識していきたいと語る。
井上氏「老舗ブランドを解説する本を読むと、僕らがまったく使ってこなかった『文化』という言葉が何度も出てきました。たとえばエルメスはフランスの職人文化を、虎屋は日本の和菓子文化を担う責任を認識して、継承しようとしています。そこにあるのは、文化を創造する気概です。
僕らも、花が当たり前に生活のなかにある文化を地道につくっていきたい。その過程では、僕ら自身が花を“時代にそぐわないもの”にしてはいけない。たとえばSDGsへの関心の高まりなど、人の意識や社会の潮流を踏まえ、生産者や関係企業のみなさんともスクラムを組んで反映していきます。
そして10年後、20年後に『あの会社があったから、花や緑がいっぱいになったよね』と言われるようになれたら、すごくうれしいことですね」
生活とは、続いていくものだ。顧客の生活に文字通り花を添えていく同社の事業には、創業社長が切り拓いた道のさらに先へ、新しい習慣を生み出そうというたしかな意志がある。顧客の生活を見つめる姿勢が変わらない限り、その意志が「文化」になる日もそう遠くないだろう。
執筆/高島知子 編集/佐々木将史 撮影/伊藤圭