私たちを取り巻く情報量が膨大になり、企業の発信を顧客に届けることが以前に比べて難しくなった現代において、どうすれば約40年前に生まれた商品を新鮮に思ってもらえるか。そのブランドに共感し、ファンになってもらえるか。どの企業でも抱えるこの課題に、クリエイティブの力で挑むのが大塚製薬の「カロリーメイト」である。これまでカロリーメイトは、受験生や部活生など、若者をテーマにしたコミュニケーションを通し、若者だけでなく幅広い世代の心に残るクリエイティブを打ち出してきた。ブランドコミュニケーションを通じて、顧客に伝えたい「カロリーメイト」の価値、そしてその舞台裏について大塚製薬宣伝部の上野隆信氏、梶綾子氏に話を聞いた。
普遍的な“バランス栄養食”という役割
「カロリーメイト」が発売されたのは、高度経済成長期から10年が経った1983年のこと。当時は朝食欠食や深夜の食事の増加など、食生活の乱れが問題化していた時代で、食事の欧米化や、インスタント食品の普及などがそれを後押ししていたという。それまでの、一日3食・30品目といった健康的な食生活を送ることが難しい人たちに向けた、「バランス栄養食品」として、「カロリーメイト」は生まれた。
開発にじつに6年の歳月を費やし、人間の身体に必要な成分である5大栄養素(タンパク質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラル)をバランス良く含み、手軽に補給できるリキッドタイプとブロックタイプが同時発売されたが、リキッドとブロックは開発経緯が異なる。リキッドは、大塚製薬が医療現場で実績のあった濃厚流動食(点滴に変わる経口での栄養摂取を促す製品)を元にした栄養食という位置づけだったのに対し、ブロックは、発売当時の朝食欠食などの食事の問題に目を向け、「手軽にとれる食事」という位置づけで開発された。
実は「栄養調整食品」というカテゴリーを生み出したのも「カロリーメイト」。このように、時代を先んじていた「カロリーメイト」は、当初、消費者から受け入れられなかったらしい。それまで食べ慣れられていない味であったのが大きな要因だったそうだが、豊かになり始めた経済大国において、正しい栄養摂取の必要性を消費者がそこまで感じていなかったこともあるだろう。
そんな「カロリーメイト」にいち早く注目し、取り入れたのは栄養補給の必要性が高いアスリートたちだった。それを裏付けるように、1983年の「カロリーメイト」の初めてのCMに出演しているのは、王貞治さんだ。次第に、ビジネスパーソン、受験生など、「栄養は必要だけど、バランスよく摂ることが難しいシーン」において受け入れられていったという。
梶氏「発売から約40年が経ち、外部環境は変化していますが『食生活の課題に応えるバランス栄養食』というスタンスは、開発時と変わりません。ただ、時代によって消費者が『カロリーメイト』を求める理由が変わるんです。
というのも、カロリーメイトは『バランス栄養食』と『利便性・簡便性』という2つの特長があります。例えば食事をあまり取らずに仕事に励む時代だと、その『利便性・簡便性』ゆえに多く手に取ってもらえていました。一方最近は、コロナ禍が進行する中で、健康の意識が高まり、これまでの食生活を見直し、バランスよく栄養を摂るために、と『カロリーメイト』を食べる方が多くなっています。つまり、『カロリーメイト』自体のスタンスや特長は変わりませんが、消費者が時代に合わせて使い方を変えてくれていると言えますね」
受験というテーマを採用する理由
「カロリーメイト」はいつの時代も「バランス栄養食」。だからこそ、商品としてのターゲットは、3度の食事をバランス良く取れていない人全員である。一方、広告を見てみると、高校生が部活や恋、受験に空回りする姿をコミカルに描いた「がんばれワカゾー!」篇(2000年〜)や、様々な不条理に四苦八苦する若手ビジネスマンを、黄色のジャージ上下に身を包んだ“イエローマン”が応援する「イエローマン」篇(2007年〜)など、若者を応援するCMが作られ続けてきた。最近でも、2012年から続く「受験生応援シリーズ」は毎年恒例の人気シリーズになっていて、若い世代を中心とした明確なターゲット設定があるように感じる。
上野氏「製品としてのターゲットがそうであるように、コミュニケーションしたい消費者の世代は問いません。でもなぜ、受験生をテーマにしたクリエイティブを制作しているかと言いますと、受験は多くの人が経験し、色々と思い悩む時期であるため、共有しやすい経験だからです。また食生活が乱れがちであるので、いつも傍らにカロリーメイトを置いていただきたいという思いからです。
一番多感な時期で、色々と思い悩みながら、うれしかったり苦しかったり。誰もが良い思い出を持っているわけではないと思いますけれども、多くの人が共通体験として持っている『苦労した受験』を描くことは、現代の若者はもちろん、大人からも共感を得られるんです。
逆に、大人の世界を描いても、中高生などの若い世代はピンと来ない。消費者に寄り添うブランドとして認知してほしいというのが大きな願いとしてありますから、こうして幅広い方々に共感を持ってもらえる受験をテーマにすることが多くなったんです」
とはいえ、「毎年の恒例に出来れば良いね」とは言っていたそうだが、ここまで長いシリーズになることは想定していなかったそうだ。CM放送後に寄せられた世の中の反応や、SNSなどを通じて知る中高生のリアルな声から、想定していたより遥かに大きい反応が集まったことを受けて、受験におけるカロリーメイトの存在意義をより大きくしたい、という事で現在までに至るという。こうしたリアルな声を大事にしているのも大塚製薬の宣伝部の特徴である。
上野氏「SNSを日々チェックすることは当たり前として、SNSがない時代から中高生にグループインタビューを実施しています。キャッチコピーや映像制作のヒントはそこから出てくるんですよ」
これまで、受験生応援シリーズの第1弾「届け、熱量。」(2012年)、「見せてやれ、底力。」(2015年)など、印象的なキャッチコピーを生み出してきたカロリーメイトのクリエイティブ。2020年の「見えないものと戦った一年は、見えないものに支えられた一年だと思う。」は、東京コピーライターズクラブが主催する、優れた広告の制作者に贈られるTCC賞のグランプリに福部明浩さんが選ばれた。このコピーも教育現場の当事者へのグループインタビューから生まれたそうだ。
梶氏「昨年は、誰もが色々なものと戦った1年だったと思います。今回のCMに関しましても、事前のミーティングで『特別な年ならではのCMにしたい』という意見が一致したんです。CMをつくる前には、教員や生徒の方にインタビューをしました。その中で、1人の教員の方が、『生徒とは戦友だ』と仰られていて。コロナ禍をともに経験した生徒と教員は、お互いに支えたり、支えられたりして1年を戦ったんじゃないか、と。そうした現場の実感から生まれた企画なんです。結果として、先生と生徒に向けて書かれたコピーではありますが、コロナ禍を生き抜いた全ての人たちに広い共感を得られましたね」
「教員にとっても今まで経験のない事態がたくさん起きたけれど、その視点から何かを描くような広告やコンテンツは目につかなかったから、本当に救われました」と言った声が、教員の方々から何通も届いたという。
クリエイターと直接意見交換
リアルな声を大事にしている同社だが、制作側でも同じだと2人は口を揃える。
上野氏「メーカーと代理店の一般的な仕事の仕方だと、メーカー側の意見は営業を介してクリエイターに伝えることが多いと思うんですが、我々は直接クリエイターとお付き合いさせていただいて、意見を伝えています。その方がこちらの意図も伝わりやすいですし、向こうの考えていることも理解しやすい。会話の中で感じる疑問や、生じるアイデアなどを直接伝え合うことで、お互いに納得度の高い議論ができていると感じますね。
それと、クリエイターにブランドを好きになってもらうということが大切だと思っています。まず『大塚製薬とは』というところから知っていただく。そのために大塚製薬の発祥の地である徳島まで足を運んでいただきます。製品を生産している徳島の工場や関連施設だけでなく、なぜこの地で大塚製薬が生まれたのかを理解してもらうために、徳島のあらゆる所を見ていただいています。我々から言葉で伝えるよりも、カロリーメイトに関わる部分だけでなく、大塚製薬の全てを実際に見てもらって、できればファンになってもらって、同じ目線で話ができるようになりたいんです。それはすごい大切ですよね。例えば、『とどけ、熱量。』っていうコピーも、ただ製品を表現する言葉を作ろうと思って臨んでいたんだったら、出てこなかったと思うんです」
同社の宣伝部が培ってきた、制作・発表物へのそうした感性は明文化されていないものの、空気のように部内のみんなが共有しているという。
上野氏「昔から、大塚製薬のCMに商品名の連呼型のものや、誇大表現をしているものはないんですよ。それは、指針を明文化せずとも、部員全員の頭の中に大塚製薬らしい宣伝広告のトーン&マナーというのがあるからだと思うんです。やっちゃいけないこととか、もっとやらなきゃいけないこととか、抽象的な言い方をさせてもらいますが、過去の制作物に触れている中で生まれてきた、暗黙のルールがあるんだと思いますね」
梶氏「私は上野より後から宣伝に携わっていますが、大塚製薬の社員としてすでに体感的に理解している部分は、たしかに多くありました。先輩社員からも教えて頂きながら、宣伝を出していく担当として、表現の仕方や製作物がOKなのかという線引きについては、現場の肌感で学んできたものが多いですね」
共感を得られるか、が全て
最後に消費者とのコミュニケーションにおいて、最も大事にしていることを聞いた。
上野氏「共感ですね。共感を得られるか、得られないか。それは商品を連呼するだけでは難しいと思うんです。でもそのブランドが持つ世界観を追求していき、CMをひと連なりのストーリーのある映像として見てもらい、商品に落ちるコピーに繋がることで、ようやく共感してもらえるのかなと」
梶氏「私も同じです。カロリーメイトは、約40年続くものすごいロングセラー。長く続いているからこそ、共感を大事にしていくのが必要だなと。40周年! みたいな打ち出しはしようと思えば、もちろんできます。でもそれはブランドからの一方的なメッセージだと思うんですよね。カロリーメイトが歩んできた道筋とは違っているのかなと」
上野氏「うんうん、それに、周年イベントなどをやると、中高生にとって古いものに感じられて、『自分たちの商品じゃない』と思われてしまうんです。ロングセラー商品だからこそ、今の時代に合った打ち出し方をしないと、古びて見える。だからこそ、常に新鮮に思えるコミュニケーションが必要だと思っています」
CMの目的は、売上よりもまずはカロリーメイトというブランドを好きになってもらうこと。もちろん商品が売れればそれに越したことはないが、ブランドが正しくフレッシュに認知されていれば、結果的に売上もついてくるはず、と上野氏は笑う。
現在では、CMを起点に、Webコンテンツも充実。CMの長尺ver.や、制作の裏側を追ったものなど、多様だ。とはいえ、必ずしも一家に一台テレビがない時代、CMにこだわるのはなぜだろう。
上野氏「もちろんカロリーメイトのコミュニケーションも徐々にWebに移行しています。テレビですと一般的に30秒が一番最長ですが、Webならどんな長さにでもできる。だからよりブランドの世界観を伝えることや製品の理解が進みやすいのはWebだと思っています。でも、ターゲットに共感していただけるものを制作しないと見てもらえないですね。
良いものが出来ると、同じものをテレビでも見たいって声が増えてくるんですよね(笑)。映画じゃないですけど、PCや携帯の画面よりも大きな視聴空間であるテレビがもたらす体験が意外と貴重なものになっている。届く顧客の数が多いという理由もありますが、ファンになってくれた人に、特別な体験を提供したいじゃないですか」
開発以来、商品の特徴は変わらずとも、時代によって消費者が食べるシーンや、印象はどうしても変化していく。それは商品そのものではどうしようもできないことだ。
しかし、カロリーメイトは、その前の「ブランドを知ってもらう」段階で、どういうテーマを、どういうストーリーで届ければ消費者に共感してもらえるのかを考え、発信する。そのためのメッセージは「カロリーメイト」を見たことがない人でも共感を覚えられるものが理想だ。だからこそ、商品名を連呼したり、商品自体を必要以上に前面に押し出す必要性はそこまで高くない。共感さえしてくれれば、消費者もカロリーメイトに興味を持ってくれるはず、と信じているからだ。消費者を信頼し、多くの人々にピュアなクリエイティブを届ける姿勢。それがブレずにあるからこそ、「カロリーメイト」のメッセージは多くの人に届くと言えそうだ。
執筆/koke1 編集/サカヨリトモヒコ(BAKERU)