「我々は常に『お客様がいちばん正しい』というスタンス。お客様の声と、動向を頼りに、どんどん変えていきます」
そうして初めて、時代を超えて支持されるブランドになる。現状維持ではだめなのだ――と、ふくや社長の川原武浩氏は話す。
明太子の老舗メーカーである同社は目下、フォーマルなお中元やお歳暮ではなく、「カジュアルな贈答品」の市場に注力。直販の強みを活かして常に顧客の意見を捉え、IoT搭載のケースを使った家庭での明太子消費の様子なども参考に、商品設計をつくり変えている。直近では、住所を知らない人にも気軽にギフトを贈れるサービスを開始した。
新しい取り組みを次々と繰り出す背景には、外部企業を経て2004年に入社した川原氏が数年にわたり取り組んだ社内改革があった。明太子の売上高1位という状況に、創業者の顧客志向の姿勢と市場開拓の精神が失われつつあったという。ふくやはそれを、いかにして取り戻したのか。
現状の売上や評判に甘んじてはいけない
福岡には、明太子を扱う企業が多く存在する。福岡・天神の“デパ地下”や博多駅、福岡空港などには、各社の店舗がひしめき合っている。
そのきっかけは、川原氏の祖父にあたる創業者の川原俊夫氏が、開発した明太子の製法を独占せずに開放したことにある。韓国・釜山に暮らしていたころに食べていた明卵漬(ミョンランジョ)を、帰国後に家庭用に自作し、自身が開いた食料品店の総菜として昭和24年に売り始めた。やがて人気が出ると周囲から製法を請われ、「総菜に特許などない、他の店でもどんどんつくってほしい」と教えていったという。一連の創業ストーリーは、ふくやの公式サイトにマンガでまとめられ、テレビドラマや映画、舞台化された『めんたいぴりり』にも詳しい。
ふくやは、企業理念に「強い会社、いい会社」と掲げている。創業者が大切にしていた複数の思想を、次の経営層が明文化した。強い会社とは、しっかりと利益を出し続けられること。いい会社とは、出した利益を世の中のために使うことを意味している。
川原氏「儲けにこだわることは、ときとして悪いことのように言われたりもしますが、利益を出してこそ納税でき、社会に貢献できるものです。創業者の『儲けなければいけない、ただしそのお金をどう使うかを考えなさい』という思想を今も受け継いでいます」
「利益を上げて、社会貢献する」という考えは、複数の形で実現されている。これまでに、福岡サンパレスや紅乙女酒造などの地場産業を、事業存続のために子会社化。2021年には、福岡の銘菓「鶴乃子」を手がける石村萬盛堂の再発足を複数の地場企業とともに支えた。博多祇園山笠や博多どんたくを継続的に支援するほか、サッカークラブ・アビスパ福岡のスポンサー企業で川原氏自らクラブの取締役を務めることでも知られる。
直近では、福岡の飲食店と食品市場を支える目的で、地元の名店と共同で通販用のメニューを開発・販売する企画を展開している。
これらの活動を通して、顧客やメディアから地域貢献に熱心な企業だと評価されることも多いが、川原氏は「すべての活動の原資は、お客様からいただいた売上であり、利益」だと強調する。
川原氏「現状の売上や評価の高さに、あぐらをかいてはいけない。そうすると、いつの間にか売れなくなってしまい、地域に貢献することも難しくなります。お客様に価値を認め続けていただけるように、常にお客様のニーズを捉えて、それに応えていかないといけません」
“カジュアルな贈答品”の市場に力を入れる
顧客の潜在的な要望に応える一例として、今ふくやは「カジュアルな贈答品」の市場に注力している。いわゆるお中元・お歳暮のフォーマルな贈答品ではなく、家族や友人への日常的なギフトを指す。特に常温で保存できる缶詰や瓶詰のラインアップを増やしており、それらと生ものの明太子を組み合わせたギフトもよく売れているという。
なぜ、こうした市場に注目したのか。ヒントは近年の市場動向と、実際の顧客動向にあった。
フォーマルな贈答品の市場は、お中元・お歳暮の習慣がある世代の高齢化や会社間の贈答の減少などから、年々縮小している。しかし、ギフト市場全体は微増の傾向にある。牽引しているのが、単価が比較的低いカジュアルな贈答品だ。父の日や母の日など、家族間のコミュニケーションとしてのギフトや、機会を限定しない親しい間柄でのギフト需要が伸びている。
川原氏「こうした傾向は、自社データにも確かに現れていました。季節を問わない少額のギフトの売上が増えていたんです。以前は、ギフトなら化粧箱入りで形もきれいな明太子が選ばれていましたが、自宅以外への注文で、明らかに『整っていなくても量が多いほうがいい』という傾向が見て取れた。名字が同じで遠方なら、実家の親御さんや、あるいは子どもやお孫さん宛だと推測できます。
『化粧箱入りです』『形がきれいです』というのは、そうしたお客様にとってはもはや“価値”ではなかったんです。お客様の変化に気づいたなら、商品やサービスはそれに合わせて開発しないといけません」
この市場をさらに広げようと、2020年には相手の住所を知らずとも贈ることができるサービス「ふくやスマート便」を開始。SNSが一般化し、10年来の知人友人でありながら住所を知らない人も増えてきたため、そうした人にも気軽に贈れるように整備した。専用URLを相手に送信し、相手が住所を入力すれば、ふくやから商品が発送される。
川原氏「意外と、改めて『住所を教えて』とは言いづらいもの。特に相手が女性だと、男性からは聞きづらく、教えるのも躊躇するでしょう。ギフトを贈りたいな、という気持ちはあるのに住所がネックで送れないなら、それを超えていこうという発想です」
カジュアルな贈答品の市場は、フォーマル商品よりも単価は低いが、年間の購買頻度が多い。まだフォーマルの市場を追い越すまでにはなっていないが、着々と顧客に受け入れられているという。
カジュアルな贈答品よりもさらにライトな商品として、自分用や観光のお土産に最適な数百円の商品もある。たとえば、今では累計600万缶を販売する定番品になった「めんツナかんかん」は、映画やテレビコンテンツ、アーティストとのコラボ商品も多数展開。こうした話題性で新たな顧客層と接点を持ち、次に購入される機会へとつなげている。
川原氏「アーティストの方とのコラボ企画は過去にも何回かしているのですが、最初は都内のお店でコラボ商品を手に取られ、今度は福岡のライブに来たときにお土産としてふくやの定番品を購入され、ひいてはフォーマルの贈答品にも選んでいただく……といった行動も生まれています」
「お客様がいちばん正しい」――顧客の声と行動を知る
カジュアルな贈答品市場への注力のように、顧客の動向や意見を開発に反映する姿勢は、創業時から受け継いでいるものだ。創業者は、食べた人の意見によって明太子の味を細かく変え続けていたという。現在も、発売した商品を細かく改良し続けている。
創業から現在まで、ふくやブランドとしては直販を貫いているため、顧客の声を集めやすい。通販では昔ながらの常連客からの電話注文も多いので、オペレーターとの会話の際に捕捉できる声も多いそうだ。
川原氏「創業の時代から、“がんこ一徹、俺の味”という感じではないんですね。どんどん試食してもらって、お客様が求めるものに合わせていきます。
少し甘い、しょっぱいなど味への要望はもちろん、パッケージが開けにくい、贈答品として贈りにくい、またネーミングへの苦言などさまざまなご意見を把握して活かしています。もちろんスクリーニングはしますが、同じような意見が一定数あれば、我々の仮説がずれていると判断します。お客様がいちばん正しい、というのが当社のスタンスです。
ただ、これには課題もあってですね。『率直な意見を下さるお客様』という時点で、一種のバイアスがかかっているので、その意見だけで決めていいのか、と。たとえばTwitterで起こる議論なども、両極端の意見が目立って、その間の意見はかき消されていたりします。真ん中にいるお客様の様子をどう捉えるか、答えは出ていませんが、模索している最中です」
これに対するひとつの取り組みが、改めて購買動向に立ち返ることだ。顧客に答えてもらう調査では、どうしても意識の偏りが出てくる。そこで、正確に実態を捉えてみようと考えた。それが冒頭で触れた、IoTを活用した2019年の取り組みにつながっている。
この施策「ふくやIoT」は、明太子のサブスクサービス。冷蔵庫に置くIoT搭載のケースを提供して、中の明太子が少なくなったら自動で追加発注される仕組みで、期間限定で展開した。最初はエイプリルフールのネタとして発想したが、本当に実現できたら家庭でどう消費されているかがわかると気づいた。
「そもそも、人は明太子をたくさんもらうと迷惑ではないかと思っていた」と川原氏は語る。心血を注ぐ自社商品について「迷惑では」と疑問を持つところに、徹底した顧客目線ががうかがえる。
川原氏「フォーマルな贈答品の市場は縮小とはいえ維持したいですが、核家族化が進む中、たとえば従来の『5,000円分の明太子』はどれほどニーズがあるのだろうか、と。
そこでふくやIoTを通して、特に一人暮らしや二人暮らしの人の消費の状況をみてみると、我々の予想通り最初は少しずつ召し上がり、2週間の消費期限が近づくと急に減っていた。聞くと、だいたい明太パスタなど、大量消費できる料理に使われていました。
贈答品は、低価格帯ばかりにはできません。5,000円は今もいろいろなシーンで需要が多い価格帯ですし、贈り物をもらったときは同額程度のお返しをしたいニーズもあります。ただ、『5,000円分の明太子』はむしろ余ることも多いとわかったので、3,000円分を日持ちする商品にしたセットを増やすなど、ラインアップを見直しています」
悪しき“ふくや伝説”の誤解を解く
現在、商品開発のセクションは「ものづくり部」という部署の中にあるが、商品開発だけは川原氏に直接の報告が上がり、直接指示する体制になっている。顧客の実態から仮説を立て、スピーディに試して検証していく。その様子は、さながらスタートアップのようでもある。
しかし、ずっとそんな企業体質だったわけではない。川原氏が社長に就任したのは2017年だが、ふくやに入社した2004年当時は、事業が安定していただけに“現状維持”がよしとされ、創業者の開拓精神が失われつつあったという。常に顧客の意見を聞き、商品を変えていこうという姿勢も弱まっていた。
川原氏「明太子ブランドとして好調だったからこそ、新しいことをしてうまくいかないと『何をやっているんだ』みたいな雰囲気になってしまう。チャレンジが阻害される風潮が、少なからずありました。
私は当時30代でしたが、このままではまずい、あと10年ももたないと思ったんです」
そこから、川原氏はひとり社内行脚を始める。異業種での経験と持ち前の好奇心で、社内で疑問に思ったことを次々と聞いて回り、その理由をひも解いていった。たとえば些細な例だと、工場の入り口にある謎の置物。「これは何なの、いつからあるの」と聞くと「それは触ってはいけないので!」と答えが返ってくるが、その理由は誰も知らない。
川原氏「呪いでもあるのかな、と(笑)。工場長に確認すると、前任者がたまたまもらっただけで、まったく重要ではなく意味もないことがわかったりしました。
そんな、何となく踏襲してきてしまった慣習やルールが、社内にたくさんあったんです。これらを、悪しき“ふくや伝説”と名付けて、解消に取り組みました」
事業に大きく関わる「卸売りをしない」という“伝説”もあった。以前から、ふくやブランドを卸してほしいと全国の百貨店から要望があったが、現場では「うちは卸売りをしない、そういう決まりなので」と断っていた。
そこで川原氏が当時の経営層に確かめたところ、そんなルールはないという。
川原氏「『誰がそげんこと言いよっと』と。事実、百貨店などには出店や卸売りをしていなかったのですが、それは原価率が高いために費用的に見合わないことが理由でした。決して、ルールというわけではなかった。そこで、正しい情報を社内にフィードバックして回りました。
“なぜだかわからないけれどそうなっている”ことを、現場から壊していくのは難しいんですよね。私のように外の企業を経験してきて、かつ経営とも近いポジションだったから、こうした立ち回りができたと思います」
卸売りに関しては、2015年にふくやとは別に「ふくのや」ブランドを立ち上げ、全国展開に踏み切っている。ブランドを変えた背景には、やはり顧客の声がある。全国で購入したいというニーズがある一方、「ふくや」には福岡の直営店と通販に限定されるからこそ贈答品としての価値があるからだ。
川原氏「大切な方への贈答品に利用いただく方にとって、商品が手軽に買えることは『便利』ではないのです。むしろお客様を困らせてしまう。だから、現時点ではまだ、ふくやブランドを卸すことはできません。
ただ、これも贈答品としてのふくやに価値を感じてくださる方が多いからなので、数十年経って世代が変われば、我々もブランドの扱いを変えるかもしれません。未来永劫、とはまったく思っていません」
明太子に加えて「明太子“味”」を提案していく
年単位の時間はかかったが、やがて社内の“現状維持”重視の雰囲気は変わり、徐々に新しい提案や取り組みが活発になっていった。その後川原氏が社長に就任した際、社内のスローガン「ふくやのABC」を刷新。「当たり前のことを、ばかみたいに、ちゃんとやる」との略だったが、「新しいことに、びびらずに、チャレンジする」に言い換えたのだ。
もちろん、当たり前のことをこつこつ続けることで培ってきた信頼もある。だから、以前のよい部分は残す意図で“ABC”は据え置いて、新しい意味を重ねた。
川原氏「走ったら転ぶんだから、それはしょうがない。そのあと早く立ち上がって、もう1回走り始める人が偉いんだというメッセージを発信したいんです。
走る方向が真逆だとか、何の仮説もなく走り始めて転んでばかりでは困りますが(笑)、そもそもまったく動かない、スタートしないのがいちばんよくない。ゴールに向かってほしいですが、まずは『どんどん転べ』とよく言っています」
採用活動のメッセージにも新しいABCを使用するようになり、新入社員や中途社員の雰囲気も変わってきた。しかし今度は、既存の社員との間で、スピード感や文化がずれてきた。そこで数年前、メッセージを変えてから採用した人材だけを集めて、特定のエリアを任せたという。
川原氏「バリバリやるタイプの人だけで、いわば出島の部署をつくったんです。どうしても、新しいほうが少数派で、声がかき消されがちです。彼らの心理的安全性を保つためにも、いったん彼らが自由にトライできる環境を整えました」
その部署が結果を出し始めると、周りも認めるようになっていった。今では役割を終えたと考え、部署自体は解消したが、代わって現在は海外事業部が出島のような位置づけで柔軟な事業展開を進めているという。
海外市場の新規開拓は、今後の注力点だ。香港や台湾での商品展開のほか、魚卵を食べる習慣があるイタリアやスペインへの進出を考え、イタリアの食材を輸入して明太子味への加工を試したりしている最中だ。
この「明太子味」の開拓も、新たな挑戦のひとつ。各種料理に使えるよう、パウダー、醤(ジャン)、たれの3種を販売している。実は明太子の原材料となるスケトウダラに漁獲制限がかかっており、今以上の生産拡大は難しい。そこで、明太子の味の決め手であり、ふくやの資産である調味液を生かした調味料に力を入れていく。
川原氏「今後は特に、オリジナリティのある商品開発にこだわりたいですね。直販のため、市場にすばやく浸透させるのは他社に比べて弱いのですが、その分、他社が真似できない商品でカバーしたい。
もちろんお客様にいちばん受け入れられているのは明太子なので、可能な限り続けますが、我々の原点は食料品店です。福岡が世界に誇る食品を扱う会社として、『明太子“味”』まで事業を拡張し、よりお客様の手に届きやすいように流通を含めて整備していきます」
時代が変わるにつれて、顧客の求めるものや価値観も刻々と変化する。ふくやの新たな市場開拓や商品開発への挑戦は、つまり時代の顧客に寄り添い続けることなのだ。
執筆/高島知子 編集/葛原信太郎 撮影/勝村祐紀