「プチプチ文化研究所」なる研究機関があるのをご存じだろうか。
誰もが知る梱包材・プチプチのメーカーである川上産業が、その多様な使い方や楽しみ方を“プチプチ文化”と定義し、それらを研究するために2001年に開設した機関だ。
同研究所を発案し、長く所長を務めてきた同社常務取締役の杉山彩香氏は「プチプチにできることは、何でもやってみたいです」と笑顔を見せる。
同研究所は、たとえばバンダイの玩具「∞(無限)プチプチ」の監修や、他社の広告やアート領域への素材としての提供、JAXAとの共同研究、手で切れる新商品「スパスパ」の普及促進などたくさんの活動を重ねて21年目に突入している。今では全国の営業所に「こんなことができないか」「こんな用途に使いたい」といった多くの問い合わせが寄せられるようになり、それらが同研究所に集まっている。
日常にありふれた、あまり気にも留めない存在である梱包材が、なぜこのように発展しているのか。広報としての顔も持つ杉山氏に話を聞いた。
身近だが、詳しくは知られていない「プチプチ」
2021年秋から半年間、東京・立川の商業施設に、プチプチでつくられたブランコや大玉などの‟遊具”が出現していた。プチプチはクッション性が高いためにダイナミックに遊べるだけでなく、プチプチを使った工作なども楽しめた「Let’s! PLAY! PUTIPUTI!」は、ファッションデザイナーで武蔵野美術大学教授の津村耕佑氏と、有志の学生らが考案。川上産業が大量のプチプチを提供した。
「損傷したら梱包材としてはご提供できませんが、ファッションやアートの領域の方から見ると、ダメージも装飾になったりするんですね。そんな、先生や学生さんの捉え方がとても興味深かったです」と、杉山氏は振り返る。
過去には、プチプチでウェディングドレスが縫われたこともある。2004年にハート型のプチプチ「はぁとぷち」が商品化できたため、「ブライダル系の方に知ってもらいたい」と社内で話が出ると、神奈川・厚木の工場のパートスタッフから「娘のウェディングドレスを縫っているので一緒につくります」との申し出が。試作品が話題となり、2006年にはテレビ番組「タモリ倶楽部」で杉山氏の解説によりプチプチの特集が組まれた。
また、川上産業本社がある愛知県で開催された「愛・地球博」に、プチプチだけでつくった「プチプチハウス」を出展したり、“プチプチ文化”を徹底的に追求した「プチプチOFFICIAL BOOK」を発売したりと、プチプチの楽しい側面を発信してきた。
さらにプチプチの断熱効果を生かした寝袋や、浮世絵をプリントした日本酒のラッピング、プラパールという板状のプチプチを使った簡易防音室や同時通訳ブースなど、商品としてのバラエティも拡大。寝袋やプチプチのシート自体は、震災などの災害時に防寒用として積極的に提供している。
顧客の要望に応え続けて約1,000種類に
気泡がシート状になった梱包材を、日ごろ何気なくプチプチと呼んでいるが、実は「プチプチ」は川上産業の商標登録品だ。一般名称は気泡緩衝材や気泡シートという。同社が創業年である1968年に日本で初めて開発し、1994年に「プチプチ」という名称で商標登録した。現在、業界シェアは約60%となっている。
杉山氏によると、市場に受け入れられてきた理由のひとつは、かなり早くから環境への配慮を続けてきたことだという。梱包材は、使用後はごみになることが多い。そのため90年代から、環境負荷が小さい商品を開発し、現在は標準の商品で88%、商品によっては100%、再生素材を原料としている。これらの取り組みは、SDGs教育の一貫として小学校で出張授業をしたり、プチプチ専用回収ボックスを設置したりする活動にもつながっている。
また、2003年には大幅な“ダイエット”に成功。以前は一つひとつの気泡が円筒形だったが、ドーム状にすることで、緩衝能力を変えずに原材料の使用量を20%削減した。
杉山氏「これは、プチプチそのものの歴史の中でいちばんの劇的な変化でしたね。シートをロール状にしたときの容積も減ったので、輸送効率も向上しました。
一方で、全国の営業所には『こんなことに使えないか』というピンポイントな問い合わせもあり、そうしたご要望に応えることで商品の種類が増えていきました。たとえばビニールハウスの断熱用とか、トンネルを建設する際のコンクリートの仕上げ時に貼って保湿するといった、私たちではまったく思いつかない用途もあります。
そうした積み重ねで、細かく数えると今では1,000種類以上のプチプチ商品をつくっています」
「それって、文化とも言えますね」という気づき
このように、複数の機能を生かした展開、BtoB領域での商品の拡充から、冒頭で紹介したようなBtoCの商品や企画まで、プチプチは意外なほどの広がりを見せている。
杉山氏自身、そんなプチプチの可能性を感じて入社したという。
杉山氏「プチプチは名前や存在は知っているけれど、それ以外のことはほとんど知られていません。私もそうでした。でも、単純な構造だからこそ、人のアイデア力を引き出すようなところがあって、そのギャップに惹かれました」
短大に在学中からWebデザインの仕事をはじめ、卒業後も続けていたが、クリエイティブよりディレクションやプロデュースの仕事をしてみたいと、杉山氏は川上産業の門をたたいた。商工会議所の会員リストから、自分の知っているものをつくっている企業を当たろうと考え、五十音順で探した数社目が同社だった。
特にWeb関連の職種を募集していたわけではなかったが、Webデザインのスキルがあると書き添えてメールを送ると、即面接へ。当時2代目社長を務めていた川上肇氏と話し、社長秘書兼Webサイト担当として採用となった。この2代目社長が、大変なアイデアマンだったと杉山氏。たとえば8月8日を「プチプチの日」に制定したのも、川上氏のアイデアだ。当時はWebサイトがなかった日本記念日協会の連絡先を杉山氏が探し、登録に漕ぎつけた。
「プチプチ文化研究所」も、設立の発端は2人の雑談からだったそうだ。
杉山氏「当時のIDOさん(※KDDIの前身企業の1社)の携帯電話に『プチメール』というサービスがあったんですね。その電車内中吊り広告に、プチプチが使われていたんです。80番と呼んでいる、当社の大粒のプチでした。
その携帯電話の会社に問い合わせて、なんとか広告代理店の担当者さんにつながって聞いたところ、どこに連絡すればいいのかも分からず卸売りのルートで購入した、と。私たちは梱包材として販売していたので『こんな使い方もあるんだ』と驚きました。それで社長と『こういうのって一種の文化ですよね』と話をしたんです。
そこから、“プチプチ文化”という言葉が生まれました。私たちが想定しないようなプチプチ文化は、ほかにももっとあるんじゃないかと思ったので、じゃあそんなネタを集めて発信していこうと立ち上げたのが『プチプチ文化研究所』でした」
以降、一風変わった使い方や楽しみ方の情報を集めて発信したり、前述のように連絡を取って、積極的にコラボレーション企画を進めていった。並行して自社の公式サイトを整えると、梱包に使いたい小売店や一般の生活者から「どこで買えるのか」と問い合わせが入るように。当時は最小単位が42メートルの業務用規格しかなかったので、個人が買いやすい商品をゼロから設計し、ECサイト「プチプチSHOP」をオープン。文化研究所の開設と同じ、2001年のことだ。
杉山氏「たとえば小売店さんでプチプチが使われる場合、当社とその小売店さんの間に多いときは2社、3社を介する流通の仕組みになっています。BtoBto…Cという形で、使っている方の声が伝わりづらい構造だったんです。
それが公式サイトを整えたことで、実際に使っている方、使いたい方の声を直接いただけるようになり、とても新鮮でしたね。
ただ、個人の方には近隣のホームセンターなどをご案内していたのですが、問い合わせをくださる方に限ってお店が近くになかったりして(笑)。問屋さんに『何とか売ってあげてほしい』とお願いしながら、やはり直接買えるほうが便利だというところから、直販用の商品開発とECサイトのオープンにつながりました」
卸売り専売品だったため定価がなく、また販売代理店などの手前、あまり大々的に直販を始めるわけにもいかない。社内の調整も難しかったそうだが、業務用とはまったく異なる卓上サイズのプチプチを企画し、完全に個人向けと銘打って販路の開拓に漕ぎつけた。
プチプチにできることは、できるだけ全部やりたい
このときから、梱包材としてだけでなく「暇つぶし用のプチプチ」も企画・販売していたそうだ。手元にあると、何となくつぶしてしまうプチプチの特徴に以前から注目しており、個人向けならばとすぐに商品化した。
杉山氏「といっても、最初は普通の梱包向けの商品を10センチ角に切って、クリアケースにちょっとしたデザインの背景とともに入れただけだったんです。それが意外とメディアの方々におもしろがられて、取材を受けるようになりました。そうしたら、当時300人くらいの社員規模だったのに、翌年の新卒採用に5,000人もの応募があって、すごく驚きました。
今は初代から数えると4代目になり、つぶす専用の商品として『プッチンスカット』を販売しています。プチプチは、型番が上がるごとにどんどん丈夫になっていきますが、ある程度硬い方がいい音が鳴ります。でも、硬すぎるとつぶしにくい。梱包用のプチプチと比べると、もちもちとした触感や、つぶしたときの高音質がお楽しみいただけるようになっています」
さらに2007年に川上産業とのコラボにより発売し、大ヒットしたバンダイの玩具「∞(無限)プチプチ」が、2021年に「∞プチプチAIR」としてリニューアル。バンダイの取材記事によると、コロナ禍におけるストレスの解消に、プチプチをつぶす行為が役立っていると見ている。実際、脳科学研究を推進するスタートアップのNeUとバンダイの共同実験によれば、「∞プチプチAIR」には集中力持続やリラックスの効果があるそうだ。
プチプチのストレス解消の効果は海外でもニュースにもなった。2010年にチリで起きた鉱山の落盤事故に際し、杉山氏はチリ大使館に「何か寄付できないか」と申し出た。寝袋は役立ちそうだが、かさばってしまう。大使館の担当者と相談の上、閉じ込められていた作業員の癒しになればと、つぶす専用の「プッチンスカット」が大使館からの物資とともに現地に送られた。
すると、救助後に作業員が「プチプチして楽しんでいた」とインタビューに答えたことから海外で一躍注目され、BBCをはじめ多くの海外メディアに対応することとなった。
2008年、JAXAの研究者から「宇宙ステーションで使えるプチプチをつくれないか」と声がかかったときも、まったく想像がつかないながら「わかりました、といったん答えた」という。
杉山氏「プチプチは独立したセルの集合体なので、ひとつ壊れても耐久性があります。この構造が『すばらしい』と言っていただいて、結果的に足掛け5年ほどの、当社としてはとても長期の共同研究になりました。でも、宇宙研究では10年20年は普通なんですね。研究にかける根気強さ、ロマンを追い求める姿勢がとても刺激になりました」
「ほぼプチプチしかない会社なので、プチプチにできることは、できるだけ全部やりたい」と杉山氏は話す。同業他社が至って真面目な製品開発を続けている中、自分たちの活動は無駄なことをやっていると思われているかもしれない、と感じることもあるという。
杉山氏「でも、思いついたことを、もしも他の会社さんが先に実現してしまったら悔しいです(笑)。
プチプチという音のイメージもありますが、工業製品なのにこれだけ一般の方に知られていて、親しみが湧くものってあまり世の中にないと思うんです。だったら、その特徴をもっと突き詰めてみたいです」
53年目の新商品「スパスパ」も、文化として育てていけたら
プチプチが誕生して53年目となった2021年には、満を持しての新商品「スパスパ」が発売になった。気泡が四角くなっており、手で簡単に切れるのが大きな特徴だ。四角い気泡なら格子状に整列でき、手で切りやすいはずだというアイデア自体は10年以上前からあったが、開発が難しく保留になっていた。
それが昨今、CtoCの個人間売買の増加などでプチプチを日常的に使う人が増えたため、「やはり手で切れると便利では」との議論が再開した。試作が完成したのが2018年。そこからさらに量産化が難しく、発売までに3年かかったという。
ここでこだわったのは、名称通りスムーズに切れるかという“スパスパ体験”だ。杉山氏をはじめ、開発にかかわったメンバーはスパスパし慣れてしまったため、新しく社員になった人や来訪者などに体験を促してフィードバックをもらっていたという。開発の段階で名称が先に決まり、「この名に恥じないように」と、ちぎる体験を磨いていった。
発売すると、Twitterなどで「スパスパしてみたい!」との声が予想以上に多く聞かれた。同時に「プチプチ、53年目の超進化」と銘打ったプレスリリースが目を引き、PR TIMES主催のプレスリリースアワード2021で特別賞、またプレイド主催のCX AWARD 2021を受賞。これらの反響は、社内にも驚きと好影響をもたらしたという。
杉山氏「社内の人はどうしてもプチプチに慣れているので、スパスパもプチプチの派生商品として、そこまで期待されていなかったんです。
それが社外から予想以上の反応をいただき、日用品のような世界でもイノベーションは起こるのだと、みなが実感する機会になりました。スパスパはまだ4種類で、プチプチに比べるとひよっこですが、新しい使い方や楽しみ方を開拓して発信したり、そうした人を見つけて紹介したりしたいですね」
杉山氏が入社してから、今では社員数は倍ほどになり、一人で開拓してきた広報業務も現在ではともに推進するメンバーが増えてきた。「アイデアがどう形になり、それが工場でどのようにつくられるのかを知ると、書くリリースにもやはり深みが出てくる」と話す。メンバーには、商品が生み出されるプロセスをできる限り自分の目で見ることと、伝える内容において“余白”を大事にすることを共有しているという。
杉山氏「100のポイントを100言い切らないこと。そのほうが、プチプチを見て『ああしたらどうか、こうしたらどうか』と想像してもらえるんじゃないかと思います。プチプチを使う方、楽しむ方に想像の余白を残すようなコミュニケーションを意識したいです」
プチプチを見る人、手に取る人がアイデアを広げられる余白を。そうして発展してきたプチプチ文化は、まさしく顧客とともに積み重ねてきた文化だと言える。
そして杉山氏自身がプチプチをおもしろがり、その可能性を信じて、どのような問い合わせにも耳を傾けていった姿勢が、プチプチ文化研究所に色濃く反映されている。情報発信やユニークな企画、問い合わせを発端とする共同開発などを重ねる中で、今では「どの部署が対応していいかわからない」ような不思議な問い合わせがすべて同研究所に集まる。
杉山氏「着地点が見えなくても、まずは、やってみる。それも、一人で考えているとつまらないので、なるべくいろいろな人に話して意見や感想を聞くようにしています。
半歩踏み出してみると、周りの反応から『このままいけそうか』あるいは『修正が必要か』などがつかめてきますよね」
すべて、動き出してみなければ形になることはない。前述の暇つぶし用のプチプチやJAXAの展開は、あくまで一例だ。ほかにも、日用品であるプチプチが本来の用途を超え、メーカー自身が想定していない方向へ転がり、世の中に受け入れられたり新しい価値につながったりしたケースが複数ある。プチプチの使い方や楽しみ方が生まれて広がるさまは、言うならばやはり「文化」の広がりと表すのがしっくりくる。
“プチプチ文化”を掘り下げる活動の積み重ねから、また新たな商品や企画が生まれ、顧客への次なる価値提供にもつながっている。今後、さらにどのような文化が生まれるのかは、使う人の数だけ可能性がありそうだ。
執筆/高島知子 編集/葛原信太郎 撮影/須古恵