世界最速の大型クジラ、イワシクジラの狩り。南米に暮らすオオアルマジロの生態。あるいは、絶滅したとされていたクニマスが山梨県・西湖で泳ぐ姿——。いずれも、日曜19:30から放送するNHKの自然番組『ダーウィンが来た!』が撮影した“世界初”の映像だ。
2006年にスタートした同番組は、これまでの700回あまりの放送回の中で、世界初の映像を150本近くも押さえている。トビウオの最長飛行距離など、ギネス世界記録に認定されたものも少なくない。一方、東京・多摩川河川敷の定点観測や、視聴者から寄せられた身近な疑問を調査する企画なども好評を博する。
各領域の研究者と連携し、ハイスピードカメラやドローンなどの技術も駆使した貴重な映像の数々。『ダーウィンが来た!』はそれらを、未就学児から小学生というメインターゲットに向けて毎回わかりやすく編集している。
ドキュメンタリー番組の制作は、「たとえ誰も興味がなかったとしても、未知の実態を探る研究や真実を追うジャーナリズム」とは少し異なる。提供する内容が、「視聴者」という受け手の関心と無関係ではないからだ。世の中の感覚やニーズを捉えながら、公共放送が果たすべき役割を見据える、同番組を統括するNHKの足立泰啓氏に話を聞いた。
自然番組として“生き物”の姿を捉えてきた
「子どもたちが世界中の自然に初めて触れるのが、我々の番組である……きっとそうだと自負しています」
こう語るのは、『ダーウィンが来た!』に放送開始時からかかわっている足立氏。正しい情報を伝えることを大前提に、驚きと楽しさがある番組づくりを常に心がけているという。
同番組のカバーする範囲は、とても広い。陸、海、空を問わず世界各地や日本全国の動植物を中心に、環境や生き物とのかかわりや、絶滅危惧種を守る人間の活動にフォーカスすることもある。最近ではコロナ禍の影響で海外取材が難しく、国内の取材が増えているが、身近なところに意外な発見があると好評だ。
主な視聴者は、未就学児から小学生。生き物の生態や環境との関係をわかりやすく伝えるため、ところどころにキャラクターによる解説やアニメーションが挿入されている。だが、子ども目線だからといって情報量を減らしているわけではない。子どもと一緒に視聴する親世代から高齢者層も視野に入れ、理解しやすくしながらも厚みのある情報を提供してきた。
放送は、NHK総合にて毎週日曜の19:30から30分。過去の放送は『NHKオンデマンド』で配信しており、放送後1週間は『NHKプラス』でも見逃し配信中だ。
局全体における同番組の位置づけも、「教育系」ではなく「科学系」と呼ばれるジャンルに属する。自然や生き物にフォーカスした番組は、60年以上にもわたって制作され続けてきた。
足立氏「時代ごとの最高の技術で撮影した、見たことのない美しい映像を提供することを“テレビの仕事”として、昔から続けてきたんです。『自然のアルバム』や『地球ファミリー』『地球!ふしぎ大自然』といった番組も、その考えのもとで制作してきました。
ずっと月曜の夜に放送していた自然や生き物の番組を『ダーウィンが来た!』へとリニューアルする際、初めて日曜の夜に移すことになったんですね。それを機に、より子どもが見やすく、家族で楽しめるようにという意図を強めた経緯があります。
ひとことでいうと、“楽しく”見られることに徹しました。以前は科学的な話が多く、構成やナレーションも自然が好きな人を想定していましたが、アニメーションを多く盛り込み、語り口もより柔らかく変えました」
番組にしばしば解説役として登場する、マスコットキャラクターの「ヒゲじい」も、このときに生まれた。番組名に掲げた、進化論の父といわれるチャールズ・ダーウィンの豊かなひげがモチーフだ。
弱肉強食の映像より、愛情や温かさが求められるように
足立氏は、ほか2名のプロデューサーとともに番組を統括している。それまでの自然番組の系譜を継ぐ一方で、統括の立場になった2015年以降、企画を少し“ゆるく”しているとも話す。それは、必ずしも「国内外の貴重な実写映像」に限らない、という意味だ。
2017年に初めて制作した、CGで構成する恐竜のシリーズは、その代表といえる。どこまでが自然番組で許されるのか、実は相当な議論があったそうだが、今では大人気コンテンツとして映画化もされている。
足立氏「僕の前の代のプロデューサー陣は、『フィクションの映像では生き物とはいえない』と取り上げてこなかったんですね。ただ、CG技術も発達してきて、すごく精緻に描けるようになった。そこで、一度やってみたら子どもたちに大反響で、今では定番になりました。
恐竜そのものの研究もどんどん進んでいるので、知能レベルや子育てなど、恐竜の生態のディテールも盛り込むことができる。これまでにない表現を通じて、より“生き物”として見えるようになってきたと思います」
また、視聴者の投稿をもとにしたコーナー「ダーウィンが来ちゃった!」も、枠組みを広げた企画のひとつ。たとえば「自宅の一枚板のテーブルに次々と穴が開く」という話を受け、投稿者を訪ねて極小カメラで虫の仕業だと突き止めるなど、身近な疑問を調査してきた。これまでは比較的遠い、一般の人ではなかなか行けない場所の自然を取り上げてきた番組に、新しい視点をもたらしている。
生き物を捉える切り口も、時代の中で変化させている。以前なら、アフリカの大自然での弱肉強食の様子などは「迫力がある」映像として定番だった。しかし最近は、変わらない支持がありながらも、「あまり見たくない」といったネガティブな意見が寄せられることもあるという。
足立氏「一方で動物の子育てなど、愛情を感じられるようなシーンを見たいという声も多いので、そうした企画を以前より増やしています。また、多摩川の定点観測企画のような、以前なら興味を持たれにくかった身近な話題も人気が出るようになりました。
YouTubeなどの動画サービスで、世界の映像を簡単に見られる時代に、視聴者の方が我々の番組に求めるものも変化しているのだと思います。
同時に、環境の問題もしっかり盛り込んでほしい、という意見もすごく増えています。この6月に放送したオーストラリアのコアラの回はまさに、2019年に起きた大規模な森林火災の影響を追ったものでした。現地の方々とも連携し、絶対によそでは見られない、ネットにも上がっていない映像を押さえられ、反響がありました」
「見たことのないもの」を撮る取材班と、おもしろさを伝える編集
足立氏が触れた「よそでは見られない」という点は、同番組のこだわりであり、特徴だ。今、世の中の人が期待することや、毎回の放送への反響や意見を押さえつつも、番組開始時から「視聴者が見たことのない映像を提供する」ことをコンセプトとしてきた。
実際の制作は、ディレクターがそれぞれ企画を立て、毎月の会議で足立氏らプロデューサーと検討するところから始まる。企画が通ったら、1~2カ月の準備期間を経て、基本的にディレクターとカメラマンの2人組で取材に出向く。
足立氏「安全第一で、現地の協力スタッフとも連携し、かなり慎重に進めています。企画の精査を含め、すごく綿密に準備しますが、動物はアポがとれないので……。行ってみたがいなかった、撮れなかったということもあります。こればっかりは、蓋を開けてみないとわからないですね。
ものによっては最初から年単位で密着取材したり、たとえば特殊な自然現象のときに見られる動物の生態なら、その機会を何年も待ったりもします」
自然のままならなさを受け入れる番組の懐の深さが、言葉の端々からうかがえる。番組内で「予定の3週間が過ぎたが……」と、取材延長のナレーションが入ることも少なくない。そうした事態も見越して、企画は常時、半年ほど先の放送分まで動いている。「粘っても無理なときは出直すか、クマはいないがリスがいるからこっちでいこう、などと変更することもあります」と足立氏。
企画には、ディレクターの個性が色濃く表れる。半数ほどは理系出身で、魚に詳しい、昆虫に強いといった専門性がある。かたや、バックパッカーで世界中を旅してきて「南米ならおよそわかる」といった地域単位で強みを持つ人や、専門性というよりは「まだ番組で取り上げていない地域や動物を」という観点で毎回異なる企画を立てる人もいるという。
そうしたバラエティに富んだ企画を取捨選択する際、もっとも大事な軸が、前述の「見たことがない映像」になるかどうかだ。
足立氏「結果として、これまでの放送回で150回ほど、世界初の映像を撮影しています。我々のメンバーはみな『世界初』が好きですね。それぞれの領域で研究者とのネットワークもありますし、狙う映像が世界初かどうかは、ちゃんと調べればわかります。
とはいえ、あくまで視聴者の方にとって驚きの映像になるか、という観点が重要です。たとえばですが『ダンゴムシvsアリのこんな対決が撮影できたら世界初だ』と力説されても、その世界初が衝撃の映像に本当になるのか、みたいなやり取りもよくあります(笑)。
ディレクターはそれぞれ専門家にも話を聞き、一生懸命に調べて企画を立てている分、時に周りが見えなくなることもあります。とはいえ、『これは興味を持つ層が狭すぎるかも……』と思いながら取材に送り出した企画が意外におもしろくなったりもするので、難しいですね」
苦労して撮影した映像は、以前の番組群ならそのまま視聴者に提示していたかもしれないが、『ダーウィンが来た!』では編集の工夫によってぐっと敷居を下げている。たとえば北海道のエゾライチョウの回では、頭から雪に突っ込んで敵から隠れる特性を忍者に見立て、アニメーションで紹介していた。
足立氏「敵から身を守るために、忍者っぽい特徴のある生き物は少なくないんですよ。見立てやストーリーづくりで、より人間の近いところに引き寄せ、想像できるようにして子どもたちの理解を促しています」
偶然性のキャッチと、研究者との連携で「世界初」を生む
生き物は「アポがとれない」だけでなく、こちらの想定を大きく超えてくることもある。1カ月も朝から晩まで特定の生き物を追うなどは、現地の人にも経験がない。そのため、初めて訪れる取材陣が、現地の人も驚くような瞬間を押さえられることがあるという。
足立氏「そうしたシーンに出会ったら、『あ、ここが今回の中心になるな』とわかります。以降の取材はそれをメインとして、番組の内容が膨らむようなシーンを前後にイメージし、ひとつのストーリーを目指して撮影を続けていく。僕もディレクター時代、何度もそんなことがありました。
たとえば2012年、木に穴を開けて樹液をなめて暮らすキツツキの生態を撮りにカナダに行ったところ、取材中に巣が全部壊されてしまうことが相次いだんです。太い木がえぐられるようになって、巣の中の親もひな鳥も全部奪われている。現地の人も初めて遭遇する事態でした。
複数のカメラを仕掛けたところ、これがクマの仕業だとわかりました。森林伐採などの影響による食べ物不足で、キツツキの巣を狙うようになってしまったんです。そのため、もともとの企画内容を変えてクマが巣を奪っていく映像を中心にし、近年の環境問題も絡めたキツツキの現状を伝えました」
世界初にこだわる姿勢があるから、こうした偶然性をキャッチして番組に落とし込むことができるのだろう。ただ秘境に出向き、そこにあるものとして世界初の映像を撮るのではなく、現場での気づきと着眼を頼りに、世界初の映像に“していく”のだ。
また、研究領域との連携も、世界初を連発している背景にある。番組に専門家として登場してもらうだけでなく、企画自体を共同で立てたり、研究者の調査に番組が帯同する形で取材をしたりすることもある。これまでに、共同研究論文も多数発表している。
特にこの数年は、一層の連携を図っていると足立氏は話す。根底にあるのは、「公共放送としてどうあるべきか」という問いだ。
足立氏「我々の番組だけでなく、NHK全体として、公共放送だからこその社会への貢献を常に考えています。研究領域に少しでも寄与できればというのも、そのひとつです。
これまでの取材で、いくつも成果を積み重ねてきたので、研究者の方々からの期待や要望も年々高まっています。一緒にやりましょう、とお声掛けいただくのはありがたいですね。
たとえば化石の発掘調査で同じ場所を訪れたとしても、僕らではまったく気づかないのに研究者の方はちゃんと化石を発見される。そのときカメラを回していれば、世紀の発掘の瞬間を押さえられるかもしれない。それは、視聴者の方に『世界初の映像』をお届けすることにもつながります」
「地球のかけがえのなさを伝える」公共放送の矜持
番組そのものの魅力以外に、今人気を集めているのが、Webサイトに開設している質問コーナーだ。虫の話なら虫に、魚なら魚に詳しいディレクターが、可能な限り答えているという。ここにも、前述の研究者との連携の背景にある考え方と同様、公共放送として貢献したいという意図がある。
足立氏「僕らは長年、自然を相手に取材をしてきて、気づけば膨大な知識や知見が蓄積されてきました。この番組のスタッフが集まると、何を聞かれても、誰かしらがだいたいすぐに答えられる。
なので、視聴者や研究者のみなさんに、もっと僕らを“使って”いただきたいと考えています。生き物のことは全部、我々に聞けばいいと思ってもらえたら。今、視聴者の疑問を調査する『ダーウィンが来ちゃった!』をシリーズ化していますが、こうした共創の企画も増やしたいですね。ごく一般の方の着眼から、誰も気づいていなかった発見につながることもあります」
控えている企画案は、まだまだ多数ある。多摩川のような定点観測の企画を海外でできないか。いっそ、海外のある地点にスタッフが長期滞在し、生き物を継続的に追えないか。番組に寄せられる意見やSNSでの感想などをもとに、より喜ばれる企画も探っていく。
ただし、喜ばれ反響があればすべてよし、とはしない。その内容を「NHKの番組が伝えるべきなのか」「正しく伝えられるのか」という点がとても重要だと足立氏は話す。
足立氏「野生の生き物のこと、地球の環境のことを、この目で見てきた人間がきちんと番組にする。それは公共放送の使命だと思います。日曜の夜にそんな深刻な話は要らないと言われたりもしますが、我々は情報量を持っているだけに、『求められるものをただ出せばいいわけではない』と強い危機感を持っています。
といっても、深刻な話をそのまま突きつけるのではなく、楽しい要素を加えながら、メッセージを感じてもらいたいですね。生き物はおもしろいよね、だから守っていきたいよね、と。ひいては、生き物とともに暮らす地球も大事にしなくては、と思えるように、どの企画も工夫しています」
未就学児から小学生を想定してわかりやすくしている『ダーウィンが来た!』は、興味が移り変わる中学生あたりから“卒業”してしまうことも多い。それは課題のひとつでもあるが、最近は20代の方から「子どものときに見ていました」と聞くことがあるそうだ。
足立氏「昔、番組に手紙を送ってくれた子どもが、取材先の研究者になっていたこともありました。とてもうれしいですね、こんなふうに息づいているんだな、と。だからこそ、今後も間違いのない情報を、驚きをもって伝えていくことにこだわっていきたいと思うんです。
振り返ると、NHKの自然ドキュメンタリーはずっと、生き物のおもしろさ、地球のかけがえのなさを訴えてきました。そこは『ダーウィンが来た!』でもまったく変わっていないし、これからも変えずに続けていきます」
取材・執筆/高島知子 撮影/須古恵 編集/佐々木将史