贈り物を彩る水引や熨斗。最近では、贈答文化のカジュアル化や環境への配慮などから、簡易包装を選ぶ人も増えている。しかし、この装飾があることで贈り物が華やぎ、贈る方も贈られる方も心が踊ることは確かだ。「実は水引や熨斗には、装飾よりも深い意味があるんです」と話すのは「結び」の専門家である関根みゆきさん。「結ぶ」行為に隠されているという、人間の願いについて伺った。
(この記事は2022年12月14日(水)に発売された『XD MAGAZINE VOL.06』より転載しています)
関根みゆき(せきね・みゆき)
結びの研究・提案・制作・講座開催を主に活動。1996年より結びをはじめる。2004年より、京都の「結望会」主宰・西村望代子氏に師事。2008年、結びと深い関わりのある包みに興味をもち、山口信博氏主宰「折形デザイン研究所」に通い、基礎・応用コースを修了。古い文献をあたり、そのリサーチ、再現と創作を通じ、「結び」がもつ精神性を今に伝える。
結びには、その土地の風土や思想が織り込まれる
冠婚葬祭などの贈り物で思い出すのは、包みにかけられた水引や熨斗ではないだろうか。これは古代からの神への供え物に由来しており、贈り物が穢れていないことを表すものといわれる。
関根さん「中身は清浄ですよ、という相手へのメッセージが込められています。水引の結びはしめ縄と同じで結界でもあるんですね。水引や熨斗は簡略化されて、紙に印刷された“熨斗”の包みが増えましたが、今でもコンビニや100円ショップに必ずあるのを見ますと、この包みの礼法はなくすことはできないんだな、と感じます」
包みの礼法とは、室町時代に確立された「折形」のこと。詳しくは前頁掲載のインタビューに譲るとして、ここでは関根さんがリサーチを続ける「結び」について聞いてみたい。
関根さん「結びの語源は産霊(むすひ)といわれます。『産霊』という言葉はアニメ映画『君の名は』(2016年)でも出てきましたが、万物を生成する神として『古事記』や『日本書紀』にも登場する古い言葉です。文字をもたない時代から結びは衣食住、生命を支えてきました。工学博士で結びの研究家でもある額田巌(ぬかた・いわお)氏は著書のなかで“結びは人類最初の建設的、創造的な行為である”と語っています」
つまり、欠けた石を刃物代わりにしたり、棒で高いところにあるものを採取していたところに、石と棒を結びつけてみたら。棒と紐状の繊維を結ぶことで、弓のようにものを飛ばせることを知ったら……、数万年も前の人にとっては、これがどんなにすごいことだったのか。生活のすべてに関わり、当時の最新技術が詰まっていた結びは、機能だけでなく人々の魂や想いが込められ、信仰にまで結びつくと関根さんは続ける。
関根さん「結びの研究者が大事にしていた資料に『万葉集』があります。男女の愛情を結びで表したり、長寿の象徴であった松の枝を結んで旅の無事を願ったりと、結びを詠んだものが多くあります。これは結びには魂を固着させる力があると信じられていたからで、結ぶことで自分の魂の一部をそこへ固着させたいという願いが込められています。水引で包みを結ぶのも中に魂を封じ込めることを意味すると言われます。このような古代からの信仰が日本独自の包みのかたちの中にも残されているのではないでしょうか」
生きるための技術・機能のひとつであった結びが、進化とともに呪術性・信仰性を持ちはじめる。自然崇拝が根づいた日本らしい文化かと思いきや、そうではないとか。
関根さん「結ぶという行為は世界中どこにでもあります。日本のあげまき結びは、中国では卍結び、英語ではブッダノット、フランスでは海の十字架(CROIX DU MARIN)と呼ばれ、同じ結び方が存在しますし、その国ならではの意味をもっています。日本でプロポーズに使われていた許婚結びは台湾やフランスにも同様の慣習が見られます。長い年月をかけてその土地の風土や思想が織り込まれている結びほど比較文化のテーマとしてふさわしいものはないのでは、と私は考えています」
結ぶ、解くの精神性
四半世紀にわたり、結びについてのリサーチを続ける関根さんだが、時代を経ても古びることのない結びの存在意義に惹かれ続けるという。
関根さん「室町時代に確立される折形と時を同じくして紐の技術も発達し、鎧や刀剣などの武具、茶道や香道の世界でも美しい結びが生まれます。結びの文化にとっても変革の時代でした。
私が結びに惹かれたきっかけも、仕覆(しふく・茶入れ袋)の結びでした。仕覆を画像検索してみてください。花や蝶などを象って様々に結ばれていますよね。でも戦乱の世の中では別の目的で結ばれました。茶道を重んじていた武将たちが恐れていたことは毒を盛られること。それを防ぐために茶道役が結びを考案したといいます。解いても結べなければ触ったことがわかりますね。結びが鍵の役割をしていたと知って、当時の日本人の感覚に衝撃を受けました。結びが何かの暗示になっていること、そして何より面白いのはこの結びは解くと紐がひとつの輪に戻ることです。解きやすさにもこだわった仕覆の結びは日本独特のものだと思います」
その時代ごとに発展した結びを現代においてどのように知るかというと、関根さんの場合は、前頁で折形の山口信博さんも話されていた伊勢貞丈の『包結図説』をはじめとした、先代が記した古い文献と先輩の研究者からだという。
関根さん「今は国立国会図書館のデジタルアーカイブで昔の本が簡単に閲覧できるようになりましたので、そこに描かれた結びを再現したり、結びの用途や結び方を学んでいます。
師事していた京都の西村望代子先生が、作品をつくる上で口をすっぱくしておっしゃっていたのが、“機能性と装飾性、そして精神性を大事にすること”でした。そのためには結びの背景を知ることが大切で、古事記や万葉集、折口信夫や柳田國男、さらに甲骨文字やケルトの文様など様々な講座に通って学びました。背景が見えてくると結びたいと思えるものが見えてきます。そして私が背景の研究だけでなく再現にこだわるのは結ぶという行為を通じてその想いに触れたいからなんです」
かつて、男女の和合や疫病退散など様々な願いを宿した結び。しかし、今や令和だ。その精神性とは、今でも通用するものなのだろうか?
関根さん「日本の結びがもつ“解くまでを結ぶとする”という考え方は今の世の中にも必要なことだと思います。複雑なかたちに結ばれたものでも紐を引けばすっと解ける。いずれ解かれる紐であっても美しく、解きやすく結ぶ。このことが実に日本人的だなと。
受け手となる相手を思いやる瞬間、これは、とても尊い時間ですよね。贈り物にその人を思いながら、水引や組紐でふさわしい結びを施す。包みが解かれたときにその思いは相手に届きます。しかし今はつながることに囚われすぎている時代。ネットやSNSで人とのつながりが簡単になった分、別れ方も簡単になりました。絡まった結び目は切れば解けますが、紐は分断されます。ですがゆっくり結べばその記憶をたよりに解くこともでき紐も傷つきません。だから、人との関係も少し丁寧に結んでみては、と思ったりします。
『結ぶ』という行為は『可逆的な行為』です。つまり逆戻りができるということ。失敗しても何度もやり直せます。この可逆性が大切で、結び、解く、その繰り返しは想像力も育みます。解かれた紐はいつかまた新しい結び目となって再生される可能性を含んでいるんですね。
“『解く』までを『結び』とする”という井筒雅風(いづつ・がふう)氏(元日本風俗史学会理事)の言葉が常に心にありました。この日本らしい結びの概念は受け継がれるべきものではないでしょうか」
文/柳澤智子(柳に風) 写真/田巻海
――XD MAGAZINE VOL.06 特集『贈る』は、全国の取り扱い書店のほか、プレイドオンラインストア、Amazonなどで販売中です。