文房具にとって、機能面はもちろん、バリエーション豊富なデザイン性も大きな魅力のひとつ。ときにプレゼントのため、ときにコレクションのため、ときに仕事のモチベーションを上げるため、すこし気の利いた文房具が並ぶショップを訪れたことは誰しもあるのではないだろうか。思いがけず購入しても後悔しないような価格帯も相まって、文房具は日常にすこし彩りを与えてくれるような存在だ。
店頭に並ぶ数ある文房具ブランドの中でも、ひときわ胸躍るアイテムを手がけ続けているのが福岡に本社を置く文具・雑貨メーカーの「HIGHTIDE」だ。同メーカーは、一本のペンのデザインから着想を得てさまざまな文房具に展開する「penco」や、どこか懐かしい印象を受ける「ニューレトロ」など複数のブランドで構成されており、文房具に限らず、靴下やバッグ、収納用品までを幅広くラインナップ。展開アイテム数は常時2,500種類を超えるため、店頭で見かけたことがある人もいるかもしれない。
1994年に創業して以来、順調に日本全国に販路を拡大し続けた同メーカーは、2018年にはアメリカのロサンゼルスに直営店舗「HIGHTIDE STORE DTLA」を、2021年にはニューヨークに「CORNERSHOP BROOKLYN NY」を相次いでオープン。海外への展開も本格的にスタートしたようだ。
いち文房具メーカーがどのような背景で、これほどの展開に及んだのだろうか。HIGHTIDEの現在地を聞くため、福岡市にある「HIGHTIDE STORE FUKUOKA」を訪れた。
近年の文房具市場と、HIGHTIDEの歴史
まずは前提として、国内の文房具市場から紹介したい。国内の文房具市場は年間約4,000億円*ほどで推移しているが、近年はコロナ禍の需要減少に相まって、2022年には4,000億円を割った。しかし、2017年からは一般客も参加できる文房具の見本市「文具女子博」が開催されていたり、進化する文房具に焦点を当てたテレビや雑誌の特集も増えたりと、確かな熱気が文房具業界を支えている。
*株式会社 矢野経済研究所「文具・事務用品市場に関する調査結果」(2024年1月)
今でこそ縮小傾向にある市場だが、HIGHTIDEは市況と逆行するように成長を続けてきた。同社のルーツは1994年、創業者の愛する海の“満潮”を意味するHIGHTIDEを看板に掲げ手帳の企画・販売からスタートしたという。その後、2014年には同メーカー初の路面店として福岡県・糸島市の海沿いに8坪の小屋をオープン。翌年の2015年には創業者の芝崎公郎氏から現在代表取締役を務める竹野氏へ経営のバトンが渡され、現在は約60名のメンバーとともに成長を続けている。
これまで見てきた状況から今の文房具業界はどのように感じられるのだろう、と質問をはじめた。
竹野氏「国内の文房具市場全体は毎年小さくなってきているように感じます。予定の管理はスマホ、仕事はPCで完結するような人も多い世の中なので、なにかペンで字を書く必要がある時は最低限に書けるペンがあればよくて、仕事や日常の道具として文房具にこだわりを持つ人の総量は減りつつあるのが現状。
その一方で、日常的に文房具にふれる小中学生が一本数千円するようなシャープペンシルを買っていたり、文房具をメインにしたイベントで数万円分購入する方が意外と多かったりと、文房具にこだわる方が依然としていることも事実で、国内市場はこだわりたい人とそうでない人とで二極化しているような状況だと思います」
HIGHTIDEはそんな市場の中で、自分が持つ“日常の道具にこだわる人”を思いながら企画・販売を続けてきた。
同社が手がけるブランドにおいて注目したいのは、それぞれに設定されたコンセプトだ。「nähe(ネーエ)」というブランドは、使われるシーンや用途ではなく、“持ち運ぶもの”をコンセプトに、コインケースやポーチ、エコバッグにペンケースといった商品を展開。新商品が発売される度に、すこし意外性のある“持ち運ぶもの”が提供されるので、思わずブランドの動向を追いかけてしまう魅力がある。さらに、「penco」ではアメリカで見つけた一本のペンのデザインから発想を膨らませ、マグカップやノート、花瓶までをラインナップ。同シリーズでデスク周りのアイテムが一揃いする上、統率がとれた見栄えになるため、同社のブランドの中でも特に広く愛されている。
それらのオリジナルブランドに加え、10を超える海外各国の老舗メーカーなども取り扱っており、取り扱いブランドの総数は30を超える。それぞれのブランドのカラーが違っていながらも、“デザインしているようでしていない”ようなHIGHTIDEらしさが垣間見える。
竹野氏「オリジナルブランドと取り扱いブランド、それらを取りまとめて販売しているのがHIGHTIDEです。オリジナルの商品のほとんどは内製で6人のスタッフが企画・デザインをしていて、取り扱いブランドは仕入れ担当と検討して決めています。HIGHTIDEの商品と世界観を共有できるか、まだ日本に入ってきていないか、といった点が主。つまるところ“僕らが欲しいと思うものかどうか”で決めていて、なにか特別なキーワードやコンセプトがあるわけではありません。
私たちの世代もそうですが、子どもが初めて自分のお金で買い物するのって文房具屋が多かったと思うんです。色とりどりのペンやノートが並んでいて、それぞれに違う個性があって、それを一つひとつ手にとって選ぶ楽しさがあった。なので、HIGHTIDEの商品をみた時にそんな気持ちを呼び起こせられたらいいね、という話をしながらイメージを共有しています」
個人を尊重するためのコミュニケーションと仕組み
HIGHTIDEのアイテムはどれも、デザインはささやかに、機能性は充分に、価格は手頃にと選びやすいバランスが取れている。どのアイテムもただ道具として機能するだけではなく、デスクに置くとすこしそこが明るくなるような楽しさもある。端的にいえば旅行先のお店で見つけたような、異国情緒をくすぐるキュートさが魅力の一つだといえる。
企画・取り扱いの基準として“僕らが欲しいと思うものかどうか”と応えてくれた竹野氏だが、実際はどのように商品開発を進めているのだろうか。
竹野氏「私は前職でリクルートに勤めていたので、“個の尊重”みたいな文化をある意味叩き込まれていたんです。何かをつくる時は個人の思いってすごく大事で、それが物事を大きく動かしていくエンジンになると知っていたので、代表取締役に就任後、まずはメンバー全員と一対一の面談をしました。
それぞれがどのようなキャリアを歩んでいきたいのか、今HIGHTIDEにどのような課題を感じているのか、何をやっていきたいのか……という具合に。メンバーの方がHIGHTIDEのことを知っているし、熱量もある。だからこそ、メンバー個人個人の思いをそのまま市場に接続できるように、ヒアリングからはじめています。実際にメンバーが面白いと感じたことを話し合う中で生まれたシリーズも商品もたくさんありますよ」
熱量があるメンバーの言葉を聞くからこそ生まれるものがあると続ける竹野氏。こうした個性をプロダクトに落とし込むために、会話は大事にしているという。
竹野氏「こういうインタビューの時も『この質問、こう答えようと思うんだけどどうかな』って聞くと、『XXXの方がいいと思います』って返ってくるんです。そうしたやりとりを色々なメンバーと重ねることですこし視点の違う意見も聞けるし、自分の中で言葉にする材料にもなる。まだまだ足りているとは言えませんが、会社の軸を大勢で捉え続けるためにも、意識的に会話を重ねるようにしています。
あと、評価制度もきちんとメンバーの熱量を評価できるかたちに変えました。それぞれのユニットごとのいわゆる定量的な目標は定めているのですが、それとは別に『動機』『個性』『クリエイティブ』の3つの項目を立てて、“やりたいと思ったこと”や“社内で面白いと思われた動き”をとりこぼさずに評価できるようにしています。やっぱり個人の熱量で動いてもらいたいからこそ、そのエネルギーが評価として返ってこないとモチベーションにならないですからね。
常時2,500種類の商品をラインナップしてきているのですが、個人の主体性から生まれる商品が大半を占めている会社なので、その熱量を維持してもらうためにも、評価制度は重要なんです。
これほど個人の主体性を重要視しているのは、その影響力がいずれ大きな波に変わると信じているからなんです。一個人の思いがこもった商品そのものはごく小さな波でも、シリーズ化すれば大きな波に、イベントも行えばもっと大きな波に、と影響は拡大していく。そしていずれは、市場でも存在感のある大きな波を起こせたらいいなと思っています。そのためには、しっかりどの波に乗るかは見定めていかないといけないんですけどね(笑)」
肌感覚を重視し、データは後回し
評価制度を変えたことは、HIGHTIDEを勢いづけるひとつのきっかけになった。メンバーがより自身の好奇心や動機で主体的に動ける環境になったことで、士気もあがり、コラボレーションも盛んになっていったという。その結果のひとつとして、2,500を超える商品ラインナップと、国内の商品取り扱い店舗数は1000を超えるまでに拡大した。ではもっと具体的に、商品開発について掘り下げたい。
竹野氏「本当に特別なことをしているわけではなくて、展示会などのリリース時期に向かって、まずは要件だけ書き出しておいて皆が見える場所に置いておくんです。今はこういう商品が求められてるとか、こういう商品をやりたいねとか。それでブラッシュアップできるものは会話を重ねて磨いておいて、デザイナーや営業を交えた商品の販売計画を立てるミーティングで精査するようなイメージでしょうか。
それもこのデータだとどうだからとか、市場がどうだからとかではなくて、あくまでも担当者の肌感覚を大事にするようにしています。価格も、『自分だったらこれを1,000円で買うのか、2,000円なら買わないな』という風に決めているんです。すべて肌感覚で決めているわけではありませんが、あくまでも大事にしているのは肌感覚。この商品を、自分に似た人に届けるためにはどうすればいいか、と突き詰めていくような決め方なんです。ビジネス的にはもうすこし別のやり方があるんだと思うのですが、このやり方だからこそ、HIGHTIDEらしい商品が生まれているんだと思います」
では会議の場では一体どのようなことを中心に議論しているのだろう。
竹野氏「会議の中で、営業担当から『もっと値段をあげても売れると思います』と意見があるのですが、でも価格設定はデザイナーに強いこだわりがあるんです。市場を見た上で、あくまでも手に取りやすく、この価格で買ってもらいたいという価格がある。なぜなら、デザイナーは自身を一人のお客さんとして考えているからです。なので、商品のアイデア段階でつくれるけど高価格になり、理想の価格と乖離してしまうことを理由に見送ることがよくあります。それくらい、値付けについては担当の思いを重視しているんです。
あと、いわゆるトレンドなどについて話すような場でもなくて。HIGHTIDEは働いているメンバーが一般的な人よりも映画や音楽、ファッションなどのカルチャーを好きな人が多いと思うんです。なので、今のトレンドはなんだろうとリサーチすることよりも、直にトレンドの中にいるメンバーが潜在的に影響を受けたものを選ぶほうが現実的なんですよね。デザインとして主に話しているのは、男女問わずに手に取ってもらえるかどうか、という点と“デザインしているようでしていない”バランスくらいでしょうか。あくまでも文房具を中心に考えているので、ターゲットを絞って……とかではなく誰しもに受け入れてもらえるような塩梅を目指して会話を重ねています」
HIGHTIDEの商品開発はもとより、他社とのコラボレーションにも注目。福岡空港の店舗では、福岡県の宇美八幡宮内に店舗を構える和菓子屋「季のせ」とコラボした片手で食べられる「TABI-MONAKA」がお土産として人気を博している。
さらに、同県内の活版印刷所「文林堂」へ直営店を設けたプロジェクトからもHIGHTIDEのアイデアを感じられる。これは、今に残る活版印刷を技術継承するため、HIGHTIDEの商品を印刷所内で販売し、その真横で実際に活版印刷にふれられるよう、業務提携を行ったプロジェクトだ。
竹野氏「店はつまり顧客との接点の場ですよね。ただHIGHTIDEの商品を並べるだけではなくて、私たちが何を大事にしていて、どのような価値観でつくっています、ということを伝える場。それでいて、私たちだけ盛り上がるんじゃなくて、例えばテナントとして入るなら施設全体、地域全体を盛り上げられたほうがいいじゃないですか。文林堂の取り組みも、活版印刷という文化にふれたことがない人はたくさんいるので、文化を知ってもらう場所としても訪れてほしいし、そこでのお客さんの反応も知りたい。店頭でないと得られないお客さんの反応はとても大きいんです」
さらに、お客さんからの反応を得るための工夫も欠かさない。
竹野氏「今はオンラインの売上も増えてきているので、商品レビューは半年に一度全社で共有するようにしています。直営店舗でいただいたお声やSNSでのお客さんのお声も社内で共有しています。普段直接そういった声を聞くことがないのですごく励みになりますし、厳しい意見も次の開発に役立てられるように見ています。
あと『nähe』が10周年を迎えた時にお客さんに欲しい新色を投票してもらって、その上位2色を発売する、みたいな取り組みをしていたり、『ニューレトロ』では“こういう商品をつくって欲しい”というリクエストをお客さんから受けることも多くて。それはアイデアリストの中に入れて、逐次商品化できないかと議論していたりします」
30周年を前に、世界を見据えて
順調に販路を拡大し、愛される商品をつくってきたHIGHTIDE。2018年にはロサンゼルスの商業施設「ROW DTLA」内に直営店を構え、2021年にはブルックリンに「CORNERSHOP BROOKLYN NY」を構えた。海外への展開はどのような調子なのだろうか。
竹野氏「アメリカの文化を知っていく中で感じたのは、まだ文房具はあくまでも道具なんですよね。1ダース単位で買うような事務用品としての性格が強くて、デザインされたような文房具は高級で、嗜好品のような存在なんです。だからこそ、安価で気の利いたデザインの商品を買ってもらえる市場をつくれるな、と感じています。特に『penco』はアメリカ製のペンをベースにつくってきた商品なので『懐かしい』って喜んで受け入れられていて、リピーターも徐々に増えつつあります。
取引先も数百という単位で増えてきてはいるのですが、商習慣がすこし違っていて。一度にまとまった数を購入して売り切れたらそれまでで、長く同じ商品を取り扱う感覚が文化的にあまりないのかな、とも感じます。いかに長くHIGHTIDEの商品を置き続けてくれるお店を増やせるかが、今後の課題だと思います。
国が変わると文化も変わり、そこにアジャストしていく大変さはありますが、だからこそ今までつくってこなかった商品をつくれる余地も大いにあるので、世界観を保ちながら期待に応えていきたいと思います」
世界展開というステージを前にしたHIGHTIDEは、2024年で30周年を迎える。ひとつの節目を前に、あらためて現在の目標について聞いた。
竹野氏「これまで個性を尊重して商品をつくってきたからこそ、今後会社が大きくなっていく中でその文化を守り続けられるか、といったことは考えています。商品点数が多いからこそ、それぞれの商品のストーリーや背景をきちんと届けていくことを今一度考えなければいけないとも思いますし、そのためにはお客様との接点も増やしていかないといけない。さらにその地盤として、もっと経済的なシステムを生める商品もつくっていかなければならない……と課題は色々あります。
でも、私たちが取り扱っているのは、人々を傷つけずに、生活を彩ってくれるような、いわば“世界一平和な道具”。さらに、心を満たせるユニークさをもった商品なので、世界中に伝播していくことに意義があると思っているんです。商品単位ではこれまでも世界各国と取引があったのですが、もっと世界観を十分に伝えられるような仕組みや取り組みを増やして、しっかりグローバルに伝えて、正しく売るようなことができればと思っています。
メール一本書くことはPCでできても、ペンで書いた手紙と全く同じかというとそうではない。やっぱりアナログだからこそ持っている価値はあると信じているので、こうした小さな思いから世界的な波を起こしていくことが理想ですね」
取材・文/梶谷勇介 写真/タケシタトモヒロ 編集/鶴本浩平(BAKERU)