岩手の山奥、ハンターの鹿狩りを目の当たりにした息子が、恐る恐る獲った鹿肉をさばく。和歌山の海で養殖マグロのエサやりを体験した父と娘が、午後にはイルカとシーカヤックを楽しむ——。親子で地域の生産者を訪ね、そこでしか味わえない自然を味わい、農業や漁業、狩猟などの現場を体感する旅行プログラム「ポケマルおやこ地方留学」がじわりとファンを増やしている。
2022年にローンチしたにもかかわらず、すでにリピーターとなる親子が続出。今年7月にはユニークな企画が評価されて「ツアーグランプリ2024・国土交通大臣賞」も受賞した。「従来の農泊やファームステイの良さを活かしながら、子どもが生産者と一緒に食べものの裏側を五感で感じるプログラムです。だから、参加した子どもたちの“スイッチ”が入る」と運営している株式会社雨風太陽の木勢翔太氏は言う。
既存の就農体験ツアーとの違いとは? 参加者にどんな「スイッチ」が入るのか? そして、さらに広がりそうな今後のビジョンまで、たっぷりと聞いた。
都市と地方を、消費者と生産者を「かきまぜたい」
――株式会社雨風太陽がどんな事業をしているのか、あらためてそこから教えてもらえますか?
木勢:いくつかの事業を展開していますが、大きな柱となっているのが「ポケマル」の愛称を持つ『ポケットマルシェ』です。
2016年にローンチした農水産物の産地直送ECサイトで、ユーザーの方々は、『ポケマル』に参画いただいている約8,400におよぶ全国の農家さんや漁師さんから新鮮な野菜や果物、肉や魚をアプリを通じて直接購入できます。
もっとも大きな特徴はサイト内のSNSで農家さんと購入される方とがつながり、購入前後に直接やりとりできることなんですよ。
――単に美味しい生鮮食品を直接販売するだけじゃない、と。
木勢:ええ。生産者ごとのページでは「今年は例年以上にいい梨ができました」「海は荒れ気味でしたが、今年のサンマは脂がのっています!」など各々の現場からリアルな発信がなされます。
それを見たユーザーの方々には「苦労して◯◯さんが育てた梨、確かに美味しそうだ」とか「こんな大変な漁をしているのか……脂が乗っているなら買ってみようかな」と興味を持っていただける。さらにユーザー側の方が「サンマは塩焼きがいいですかね。オススメの食べ方はありますか?」などと書き込めば、「新鮮なうちに叩きにするのも美味しいですよ」などと生産者からアドバイスをもらうこともできます。
こうしたコミュニケーションから、ユーザーは普段知れない生産者の苦労と付加価値を手触りを持って実感していただける。思い入れが深まれば、その生産者がつくった食材を食べたとき、これまで以上に美味しく感じていただけると思うのです。
――生産者の方々にしてみると、アプリを通して消費者との距離が縮まることで「価格」や「利便性」とは別の尺度で、自分が獲った肉や魚の価値を届けられるようになりますね。
木勢:そうなんです。というのも、私たちのミッションは「都市と地方をかきまぜる」なんですね。
高度に効率化された流通ネットワークによって、主に地方にある食料生産の現場と、消費者の多い都会は分断されがちになりました。「生き物が食べ物になる」シーンを見る機会がほとんどない。
しかし、『ポケマル』を通せば、遠くなった気がする生産地と消費地がぐっと近づく。都市と地方がつながって、重なり合います。遠く離れていても、親戚同士のような関係性が育まれる。
極限まで生産性と効率性を求められて「疲弊する都市」と、人口減少によって次の担い手と日々のやりがいが見えず「衰退する地方」の両者が交われば、それぞれの課題を解決できると考えているんです。
――創業者の高橋博之さんの、東日本大震災での原体験が「都市と地方をかきまぜる」ビジョンと『ポケマル』の着想につながったと伺いました。
木勢:はい。代表の高橋は2011年3月11日の当時、岩手県議会議員だったのですが、震災後すぐに被災地に向かい、岩手の漁港など復興支援の最前線にいました。同時に東京などの都心部から同じ漁港に多くのボランティアが訪れてくれた。言うまでもなく復興支援の心づよい味方となってくれました。
ただ、高橋は「助けられたのは被災者の方々だけではなかった」と言います。
海、山、森といった都会では身近に感じにくい自然に触れ、そして普段スーパーや飲食店で加工された状態でしか見かけることのなかった食物の生産現場に触れることは、都会から来たボランティアの方々にはすこぶる新鮮で、人生観をゆさぶり、心を震わされる経験となりました。
――まさしく都市と地方、生産者と消費者がかきまぜられるように交わる場によって、双方にとって大きなメリットが生まれることを体験したわけですね。
木勢:いま政府も使っていますが、高橋は「関係人口」という言葉をつくりました。
「関係人口」とは、都市から地域に移住するまでいかずとも、観光で訪れるだけとも違う。しかし、離れたその地方の土地、あるいはそこに住む人々と強い関係性を持った多様なつながりを持つ人々のことです。「関係人口」をつくり、都市と地方の交わりを増やし、それぞれの社会課題も解決する。
こうして高橋はNPOを起ち上げ、当初は『東北食べる通信』という名の「食べもの付き情報誌」を創刊させました。漁師や農家の営みをていねいに取材して特集記事をつくり、雑誌の“付録”として彼らがつくった農畜産物や海産物をつけて販売しました。
――雑誌と付録というスタイルで、生産現場のリアルと付加価値を伝えたうえで、味わってもらうわけですね。
木勢:そうすることで、「生産地に行ってみたい」「この作り手に会ってみたい」と感じてもらえるようなプラットフォームになる。関係人口につながるような機会をつくったのです。
この『食べる通信』を全国各地の「都市と地方をかきまぜる」というミッションに共鳴した同志ともに次々と立ち上げるとともに、オンライン上で直接生産者と消費者を繋ぐ産直アプリとして、2016年に『ポケットマルシェ(ポケマル)』を起ち上げました。そして株式会社化し、2023年には東京証券取引所グロース市場に上場も果たしました。
今はこれまでどおり『食べる通信』や『ポケマル』に加えて、電力事業やふるさと納税、地方婚活支援など多彩に手掛けていますが、一貫して「都市と地方をかきまぜる」事業を、「関係人口を増やし続ける」営みを続けているんですよ。
――その中に、木勢さんが担当されている『ポケマルおやこ地方留学』もあるわけですね。
木勢:おっしゃるとおりです。
生産者さんが「田中さん」「山田さん」になる日
――『ポケマルおやこ地方留学』事業を起ち上げた経緯を教えてください。
木勢:そもそもECサイトの『ポケマル(ポケットマルシェ)』でも、日帰りの農業体験を販売している生産者の方もある程度いて、どれも好評だったんですね。
「旅」と「学び」をかけあわせた形で、都市部の人たちが普段できない農漁業体験を地方に出かけて味わえる。その価値を多くの方が感じ、我々としても「関係人口が築きやすいシーンを作り出しやすいな」と実感していました。
そのうえで、子どもたち、そして親子にフォーカスしたのです。
――親子に照準を絞った理由は?
木勢:とくに今、都心部で生まれ育った子どもたちは、地方から上京した世代の3代目や4代目くらいが多いからです。
そのため、かつてのように「新潟に実家があって正月休みには家族で帰る」とか、「佐賀のおばあちゃんの家に、夏休みのたびに帰って、親戚一同が集まって遊ぶ」といった地方で自然や営みにふれる機会が減っています。もちろん都会に住む子どもたちは農作物や畜産物が育てられている現場を見る機会も圧倒的に少ない。
そこで都市の親子と、地方の生産者たちをつなげ「かき混ぜよう」と企画、運営しはじめたのが『ポケマルおやこ地方留学』です。
――具体的にはどのようなプログラムなのでしょう?
木勢:小学生のお子さんと親御さんが地方の生産者の方のもとを訪ね、自然に触れながら農業や漁業を体験できるプログラムです。
夏休みや冬休みといった小学校の長期休みの時期に実施し、夏は6泊7日、冬は3泊4日の日程になっています。その間に『ポケットマルシェ』に登録していただいている約8,400の生産者をはじめとした自然のエキスパートのもとで、おもいっきり五感を使うアクティビティを味わえます。
もっとも大きなポイントは「生き物が食べ物になる瞬間」を生産者の側でお子さんが体験できること。数あるアクティビティの中に、そうした命と向き合う瞬間を、可能な限り入れるように設計しています。
――「生き物が食べ物になる瞬間」とは?
木勢:たとえば、人気のプログラムに岩手のハンターさんの狩りに同行するアクティビティがあります。
朝3時に集合し、ハンターさんと一緒に山に入り、鹿を探して、息を潜めながら固唾をのんでライフルの引き金を撃つ様まで間近で見られる。その後、生身の鹿を解体して、食肉まで加工するまで、ハンターさんのお手伝いとして参加してもらうのです。
撃たれた鹿を運ぶとき、指に感じるズシリとした重さ。解体で刃を入れるとあらわれる鮮やかな肉の色。想像以上に時間と労力をかけて、調理しやすい食肉へと切り分けていく手間。そしてようやくいただいた鹿肉の、柔らかさと甘さとありがたみ――。
こうした生産者の方と行動をともにしなければ、決して味わえない体験を子どもたちに提供できる。「命をいただく」ことの深い意味と大切さを、ごく自然に学びとれます。
「いただきます」の言葉が、命を頂くことであり、そこに携わってきた人たちの苦労に対する言葉であると実感し、気持ちが変わる。
――スーパーに並んだパックの肉や魚しかみたことがない子どもたちには、忘れられない思い出になるでしょうね。
木勢:そう思います。収穫体験ではなく、収穫して食べるところまでなるべく入れるようにしています。魚を釣って終わりではなく、捌いて食べる。野菜をとって終わりではなく、料理していただく。
もちろん、冬で3泊、夏で6泊もありますから、農業体験だけではなく「雪山でカマクラをつくってみよう」とか「イルカとシーカヤックで遊ぼう」といった自然を楽しむアクティビティも用意しています。
もっとも、こうした生産現場以外のアクティビティも、なるべく農家や漁師などの生産者の方々が実施するようにしています。彼らは自然の中で、働くとともに、遊ぶことでもエキスパートですからね。
たとえば、雪の中でそり遊びをしたりする経験は、都会の子はスキー場のキッズパークでやることが多いでしょうが、地方ではそのあたりの丘や山でやるのが当たり前。その山は、農家の方が持つ山だったりしますしね(笑)。
そうしたダイナミックで自由な遊び方を、味わって欲しい。
――いかにも貴重で、ワクワクする体験ができそうですが、実際に参加者の方からは、どのような感想が聞こえてきますか?
木勢:多いのは地方留学後「たくさん何でも食べるようになった」という声ですね。先に述べた、生き物が食べ物になる瞬間を体感すること、また自然の中で思い切り体を動かすことで、子どもたちの多くは“スイッチ”が入るようです。
「苦手だったけれど、野菜って美味しいんだ」
「体を思い切り動かすのって、楽しい」
そんな経験をしたことから、家に帰ってからも、その体験から入ったスイッチそのままに、たくさん食べて、おかわりするし、たくさん遊ぶようになった。そんな声が多く聞こえますね。
あと多いのは「夏休みの自由研究で高い評価を得た」「区の発表会で最優秀終賞をとりました!」という声です。
――なかなか鹿猟なんてできないでしょうからね(笑)。
木勢:鹿を撃って、解体するまでをイラストと文章でまとめるだけではなく、鹿の模型をつくって発表するお子さんまでいました。実体験の興奮そのままに、熱量が伝わるんでしょうね。
また、地方留学のプログラムの最終日は、必ず子どもたちに体験を絵日記にまとめてもらい、発表会を行うのです。そこでつくったものをそのまま自由研究にできることも、支持される理由の一つですね。
とはいえ、もっともうれしいのは、生産者の方からの「夏に地方留学で来てくれた子どもたちが、冬にうちでつくったお餅を買ってくれた」といった声や、参加した親子の方から「今も定期的にお邪魔した◯◯さんのお野菜を買っています」という声が聞こえてくることです。
――おやこ地方留学をきっかけに「関係人口」が増えることがあるわけですね。
木勢:それはやはり短期間の「農泊体験」や「ファームツアー」とは違う濃密な時間を、生産者と子どもたちが過ごすからでしょうね。参加者はもちろん、生産者さんにとっても、それはかけがえのない体験、時間になる。
だから漁師さんや生産者さんではなく、「田中さん」や「山田さん」と名前で呼ぶ関係になる。本当に家族や親戚のような存在にお互いがなれるのだと思います。
――とはいえ、3泊4日や6泊7日で、そこまで深いつながりが育まれるのは工夫も必要かと思います。関係人口につながるような設計というか、プログラム運営で意識したことはありますか?
木勢:生産者の方々によく言っているのは「尽くさないでください」ということですね。
「子どもたちに“尽くさないで”」とお願いする理由
――どういうことでしょうか?
木勢:繰り返しになりますが、私たちのミッションは「都市と地方をかきまぜる」ことです。完全なるゲストとして、都会の子を迎え入れて欲しいわけではなく、壁を壊して混じり合ってほしい。
とはいえ、やはり受け入れる生産者の方々としては「できるだけ喜んで欲しい」との思いが芽生えます。
そのため、ほうっておくと優しさから「昼食にウニを食べさせたい」「和牛をたっぷりお土産に持たせたい」といった採算度外視の歓待をしてしまいがちなんです。けれど、それは確かに喜ばれるでしょうが、ゲストとホストの関係が強まってしまう。対等の関係ではなくなり、持続性が生まれないと思うのです。
――それでは便利な都会の生活と変わらない経験にしかならない。
木勢:関係人口は築けないと思うのです。むしろ、一日砂浜のゴミを拾って、どれくらいのゴミが捨てられているかを感じられるビーチクリーニングのほうがよほど貴重で心に残る体験になる。
「あえて不便なこと」を経験してもらうくらいのほうが、価値が生まれるのだということをお伝えしています。塩梅が難しいんですけどね(笑)。
――地方や生産地のリアルを味わいにきてもらう。実はそれこそが都心では体験できないことなのでしょうからね。
木勢:もっというと、天候によって海が荒れれば、漁に出られなかったり、吹雪であればハンティングもできなくなったりなる。それは普通の旅行ツアーで考えると、ただただ残念なだけですが『ポケマルおやこ地方留学』で考えると、リアルな生産現場を体験できたともいえます。
実際に、生産者の方々は、こうしたときに何もできず、悔しい思いをされている。「じゃあ、その時間、何の作業をしているか」などを垣間見る機会にもなりますからね。
もうひとつ、意外と少ないのですが、子どもたちだけではなく「親子」で参加していただくこと。それでいて、日中はお子さんだけアクティビティに参加して、原則、親御さんは宿泊先でワーケーションにいそしめることもプログラムの特徴でポイントなんですよ。
――親御さんは仕事を休まずとも、子どもたちを地方留学に出せる。ハードルが下がりますね。
木勢:それもあります。加えて、受け入れ側にも大きなメリットがあります。これがお子さんだけ参加する宿泊プログラムだった場合、夜のアクティビティも考える必要が出てきます。
また管理面で運営側のリスクが高くなるため、受け入れに二の足を踏む生産者も増えるでしょう。
しかし、夕方以降は、それぞれの親御さんのもとに戻り、家族での時間になるので、そうしたリスクとハードルがぐっと下がる。だからこそ、多彩な生産者の方々に参画いただけているとも言えるのです。
――なるほど。しかし親子で数組の参加者が数日間一緒のアクティビティや宿泊先にいると、参加者の親同士も仲良くなりそうですね。
木勢:そうした声はよく伺いますね。我々がなにか仕掛けるわけではありませんが、宿泊先はワーケーションにふさわしいネット環境が整っているとともに、子どもたちが一緒に遊べる共有スペースがある場所を選定するようにしているんです。
子どもたちは、アクティビティを通してすぐに初日から仲良くなる。親御さんもそんな子どもたちにつられて、仲良くなって、共有スペースで懇親会を開いたり、互いの部屋を行き来したり。あるいは、ツアー終了後も、一緒にキャンプにいったり、定期的に会ったりと交流が生まれる機会も多いようです。
――プログラムに賛同している参加者の親御さんなので価値観が近いというのもあるのでしょうが。地方で交流することで、都会では疎遠になりがちな、近所付き合いみたいなものの“スイッチ”も入るのかもしれませんね。
木勢:スイッチでいえば、留学終了後に「漁師になりたい」「ハンターになるのが夢」と言い始めるお子さんが少なからずいるんです。今まで目に触れなかっただけで、間近で仕事を見て体験したことで新しい道が開かれるのでしょうね。
こうした声を聞いて、生産者の方々が「むしろ都会の子だけじゃなくて、地元の子たちにも同じような体験をさせてやりたい」とおっしゃる声がとても多いです。
少子高齢化で後継者不足なのは確かですが、「こうしたワクワクする体験の機会を与えられなかったのではないか」と思われる方が多い。とてもうれしいし、実際に後継者を産むスイッチにつながったら最高ですよね。
――今は2024年冬のプログラムをまさに募集している最中だそうですね。
木勢:はい。12月26日~1月7日までの間に、3泊4日のプログラムを道南(北海道八雲町)、洋野町(岩手県)、盛岡(岩手県)、遠野(岩手県)の4地域でご用意しています。
それぞれの地域で酪農や野菜農業、漁業などの冬の営みを体験していただきながら、今回はどの地域も雪の積もる場所なので、それこそスキー場ではない雪遊びの醍醐味を存分に味わってほしいですね。
――今後の『ポケマルおやこ地方留学』のビジョンは?
木勢:宿の調整や、お客様への理解の浸透もふくめてまだまだこれから超えなければいけない課題は多いのですが、私たちには8,400いる生産者の方々の多彩な魅力と、プログラム運営を手伝ってくれる各地の『食べる通信』の編集部をはじめとした全国のパートナーがいます。さらに魅力的な事業にしていきたいし、知名度もあげていきたいです。
加えて、すでにインバウンドの観光客の方々からの問い合わせが多いんですね。何度か日本観光を体験した方々は、まさに『ポケマルおやこ地方留学』のような地方の希少な体験を求めていらっしゃるようです。そうした方々を受け入れられるようになれば、現状、日本の小学校の長期休暇時にしか開催できていないプログラムのシーズンの縛りがなくなります。
海外の方に日本の農業と自然をより深く伝えることになり、地方が存続し、輝くきっかけをまた広げることになるかもしれません。
――まだまだ押せるスイッチはありそうですね。
木勢:そのためにも、都市と地方をかきまぜ続けたいですね。
取材・文/箱田 高樹 編集/鶴本浩平、浅利ムーラン(BAKERU)