2018年7月21日にサービス開始から7周年を迎えた家計簿サービス「Zaim(ザイム)」。アプリのダウンロード数は750万件を突破し、国内最大級の家計簿アプリとなった。同サービスではさらなる成長のため、今後Zaimが目指したい世界観を改めて言語化し、それをサービスに落とし込むためのリニューアルプロジェクトが進められている。
今回は、1年以上に渡るこのプロジェクトが目指すZaimのあり方について、リニューアル&ブランディングの推進担当である杉本貴昭氏と綿島琴美氏に話を伺った。
大規模プロジェクトが始まったきっかけ
このリニューアルプロジェクトがスタートしたきっかけは、2016年10月にZaimにジョインした杉本氏が、iOS版とAndroid版のUI/UXが異なっていることに違和感を感じ、代表の閑歳に質問したことがきっかけではじまる。
質問の中でわかったこと。それは、根本的な原因は“Zaimらしさ”の共有不足にある、ということだった。Zaimはもともと代表の閑歳が個人で開発したもの。創業当初は、少人数の開発チームで密なコミュニケーションがあったので、自然と“らしさ”を共有できていた。しかし、会社規模が大きくになるにつれて、“Zaimらしさ”の共有が次第に薄まっていた。
「コンセプトやUIUXを見直してみよう」何気ない会話のなかで、7周年をまたにかけたプロジェクトがスタートした。
まずは“Zaimらしさ”の明文化から始めた
杉本: Android版とiOS版で共通のUXを実現するにあたり、“リリース当初、どんな想いでZaimをデザインしたのか”サービスやデザインに込めた想いを代表の閑歳と話し合うことからはじめました。
特に重点的に話し合ったのは、“サービスのタグラインにある「もっと、お金に、楽しさを」というのはつまりどういうことなのか”でした。話し合いを何度も重ね、閑歳の想い = サービスの根源的なコンセプトを少しずつ言葉にしていきました。そのコンセプトをもとに「じゃぁ、UXはここを大事にしよう。それならUIはこうあるべきだ」という風に、コンセプトを全社員で共有しながら、リニューアルは進行していきました。
綿島:いままでの開発プロセスでは「Zaimらしさって?」みたいな議論は、ほとんどありませんでした。
Web版、Android版、iOS版は別々のものと捉えていて、それぞれが最高のアプリになればいいと考えていたんだと思います。リニューアルでは、“Zaimらしさ”の再定義とUX統一が大きなテーマだったので、チームを横断した議論を多く重ねました。次第に、iOSとAndroidのチームが、一緒に議論するチーム体制が出来ていきました。非エンジニアの私視点でも、これは大きな変化でした。“Zaimらしさ”を共有する上で、よりよいチーム体制になった実感がありました。
Zaimは家計簿ではなく、お金の面を通して人生を考えるツール
—— Zaimが目指す世界観というのは、どういうものだったのでしょうか。
杉本: タグラインの「もっと、お金に、楽しさを」のほかに、「多様性」と「わたし」という言葉が社内でもよく使われていました。
Zaimのサービスのあり方として、「一人ひとりの多様性に寄り添って行動を変えたい」というのを、ずっと閑歳が繰り返し言っていたんですね。
“社会が変わるから個人が変わる”ではなく、“個人から家族、家族から社会へ。一人ひとりの多様性を肯定し、結果、社会が変わる”という世界観がZaimにはあります。
「わたし」個人の暮らしが良くなれば、その人がハッピーになる。たくさんの「わたし」がハッピーになれば、みんな = 社会もハッピーになる。また、“暮らしが良くなる”というのは、“お金がたくさん貯まる”ではなく、“お金を使ったことに、より満足できる”ということ。そんな結論に至りました。この世界観は、他のサービスとは大きく異なる“Zaimらしさ”なんじゃないか、と考えています。
次に、そもそも「もっと、お金を、楽しく」「一人ひとりの多様性に寄り添う」ってなんだろう、体験としてどんなものが必要なんだろう、ということを代表の閑歳や綿島と一緒に考えていきました。
最終的な結論としてたどり着いたのはZaimが注目するのは、「節約や資産 = お金そのもの」ではなく、「どんな風にお金を使うか = どんな風に人生を過ごすのか」ということでした。
どんなお金の使い方でも、全力で肯定するのがZaimの考え方
—— 家計簿ってお金をいかに節約するかという点にフォーカスがあたりがちですが、そればかりが正解ではないということですね。
杉本: そうですね。節約が正解というわけではなく、「楽しい無駄遣いなら、どんどんしよう」という考え方がZaimです。
Zaimは「節約が絶対にいいよ」というメッセージを発信しません。増やすことも、減らすことも、貯めることも、「あなたが満足しているならそれが最も幸せだ」という考え方です。
例えば、休日に大人数で賑やかにキャンプするのが楽しい人もいれば、苦手な人もいるように、貯金が楽しい人もいれば、好きなことにたくさん使うのが好きな人もいる。
“どんな風にお金を使うか”は一人ひとりの価値観が大きく影響します。お金の使い方を肯定することは、一人ひとりの人生を肯定すること。お金の多い、少ないだけで人生の良し悪しを判断する、それはZaimらしくない。
どんな価値観であれ、どんなお金の使い方であれ、全力で肯定するということがZaimの価値観です。
「お金とうまくつき合う」ためのツール
—— 閑歳さんが旦那さんのお金の使い方に憧れて、Zaimを考えた経緯があるという話を伺ったのですが。
綿島:そうみたいですね。人によってお金の価値観が違うことについて、身近なところで衝撃を受けたようです。閑歳は自分のお金は計画的に上手に使いたい、不安になりたくないというような堅実なタイプですが、逆に旦那さんは「いま楽しいことにお金を使うことが人生」と考えていて、あくまでお金は楽しく生きていくためのツールとしてうまくつき合っていたんですよね。
—— それが家計簿は「節約だけじゃない」という考えにつながるのでしょうか。
綿島:そうですね。家計簿って、昔はすごくネガティブなツールで、面倒くさくて、夜中に暗い部屋でため息をつきながらつけているイメージがありましたよね。
でも、お金を使っているときは、何かの価値と交換して何かを得ているわけですから、本当は楽しいはずなんです。でも家計簿と向き合うときはどうしても悲しい気持ちになってしまう。それはもったいない。“Zaimらしさ”を考えるなかで、家計簿のネガティブなイメージを変えたい、そして、Zaimが大事にすべきユーザー体験は、そこにあるんじゃないかと思うようになりました。
繰り返しですが、そのためには「節約」ではなく、「どんなことにお金を使ったか」に注目すべきだ、という結論に至りました。Zaimを使ったときに「お金がいくら増えた、減った」ではなく、「こんなことにお金を使ったな。すごく楽しかったな」と振り返りのできるアプリにしたい。そのためにリニューアルをしようと。
コンセプトをUIに落とし込む
—— コンセプトが決まったところで、それを、どのように形にしていかれたのでしょうか。また、そのリニューアルはどのように進めたのですか。
杉本: 「どれだけ節約できたか」ではなく「どんなことにお金を使ったか」を大事にする。このコンセプトと、リニューアル前のUIを照らし合わせ、“いまと理想のギャップ”を洗い出していきました。その次に、リニューアル版のサンプルを作成して、社内&ユーザーテストを何度も実施。PDCAを繰り返しました。
またリニューアルは一度にすべてを変更するのでなく、画面ごとに段階的に実施することにしました。これは、既存ユーザーへの配慮とぼくらのコンセプトが本当にユーザーに求められるものか、を確認するためです。まずは小さくリニューアルをはじめて、PDCAをまわすことを優先しました。
最初に着手したのは「履歴」画面でした。買った物や給料が記録される画面ですが、当時の「履歴」には、コンセプトとの間に大きなギャップがありました。
リニューアル前のZaimの「履歴」はリスト型でした。買った金額がずらりと並ぶ家計簿の王道パターンではありますが、帳簿をイメージさせる集計的なUIで、Zaimらしさをあまり感じないものでした。このUIでは買ったものを振り返って「買ってよかった」「やってよかった」と感じる人はほとんどいないだろうなと考えたんです。
Zaimは節約ではなく、どんなことにお金を使ったか、に注目します。自分がどのようにお金を使ってきたのか。つまり、どんな時間を過ごしてきたのかを感じることが大事なのではないかと考えました。
そのため、履歴には、タイムラインUIを採用し、集計的視点ではなく、時間(体験)ベースでの振り返りをより意識しやすくなる工夫をしました。また、いままでは補足的だった、メモや写真の優先度をあげ、金額以外の情報を増やすことで、より楽しく家計簿を振り返られるようにしました。
—— いままでの感覚だと、リストを見て「使い過ぎたな」などと、お金の部分しか見ていないような感じがありましたね。
杉本: リストのUIだと、集計するためにただデータを残しているような印象が本当に強くなってしまうんですよね。そうなると、「買ってよかった」のような振り返りは発生しにくいだろうなと。
買った金額だけではなく、ユーザーさんが感じたことや、“どのように過ごしたのか”という情報を家計簿に記録してもらうと、あの日に何を買ったかな?と遡ったときに、意外な楽しさに出会うことがあると思うんです。例えば、部屋の大掃除をしている時に卒業アルバムを見つけて1時間ぐらいページをめくっていたというような体験を、Zaimでやってほしいなと考えたんです。
数年前の履歴をたまたま見返した時に、友だちと飲みに行ったことや、旅行に行った履歴が出てきて、「ああ、このときは楽しかったな。そうだ、今年も行かないと。貯金をしよう。じゃあ、Zaimを使おう」というようなサイクルが回ればいいなと考えています。
—— お金を使うということは、基本的には楽しいこととセットのはずで、その思い出を振り返ることができる感覚をもたらすということですね。
どうしてもお金を使った結果だけ見てしまうと、反省しか残らないところを、有意義に使えたことが見えれば、同じ1万円を使ったでも全然感覚は違うものになりますよね。
綿島:例えば、夫婦で家計簿を共有して、買った物だけではなく、行った場所や食事をしたお店などを日記のように残しておく。実際にそのように使っていただいているユーザーさんがいて、とても嬉しかったんです。今回の履歴リニューアルは、そのようなユーザーさん発信の使い方もヒントになっています。
—— 実際変更してからのユーザーの反応はいかがでしたか?
杉本: リニューアル当時は賛否両論がありました。従来の家計簿や節約ツールを期待していたユーザーさんからは、一覧性が落ちたことや、集計が見づらくなったという意見をいただきました。
否定的なご意見をいただくことは、覚悟していたので、「ある程度は耐えるべき」と社内でも話し合っていました、辛い日々が数日続きました。
しかし、否定的なご意見以上に、良くなったというご意見を多くいただきました。日記的に使える部分を気に入っていただけたり、デザインがかわいくなって、振り返りが楽しくなったという意見を多くいただきました。
—— Zaimらしさを追求した結果がこのUIで、そこに共感してもらえるユーザーにこそ使ってもらいたいというところがあるんですよね。
杉本: そうですね。本来Zaimを使って欲しい方々が別のサービスに流れてしまっているとすごくもったいないなと思いました。もし大きく落ちてしまうようであれば、私たちのコンセプト自体が望まれていないと判断するつもりだったのですが、実際は下がることなく、上がってくれたので、とても安心しました。
催促はやめて伴走型のプッシュ通知へ
—— コンセプトにあわせてプッシュ通知も変更したことを伺いましたが、どのように変えたのでしょうか。
杉本: プッシュ通知は最近変えてよかったものですね。
すごく狭い範囲なのですが、登録してから3日目までのプッシュ通知を全部リニューアルしました。いままでは24時間記録していない場合、「家計簿を忘れていないですか?」と配信していました。新しいプッシュ通知では、よりユーザーさんを励ます内容のプッシュ通知に変えました。3 日間記録がないと「大丈夫!家計簿は明日からでも始められます」のようなものです。またPush改善案は、ぼくや綿島ではなく、エンジニアからの提案です。全員でZaimらしさを考える文化は、Zaimの強みでもあると感じています。
—— 家計簿をつけられないのも、悪いことではないということですね。
杉本: そうですね。一人ひとりを肯定したい。ユーザーさんを責めるような文章はZaimらしくない、そんな想いから変更しました。
家計簿は面倒なので、後回しにしがちです。結果、つけ忘れが続いてやめてしまう。なるべく忘れないように、でも否定感はださないように、「お昼ご飯食べた?」というふうに、「記録してください」とは言わずに家計簿を思い出してもらうようなメッセージを送るようにしました。また 3 日目には、利用状況でメッセージを変えるようにしました。ずっと記録していたユーザーさんには「達成感」を、やめてしまったユーザーさんのは「再開」のきっかけになるよう工夫しました。
新旧の通知は、ABテストで検証したのですが、新しい通知では最大10%ほど継続率があがりました。まだABテストの検証中なので一部のユーザーにしか配信できていませんが、今後は全ユーザーに対して配信したいと考えています。
—— 入り口として、このようなコミュニケーションがあるかないかでは、今後の関わり方にもかなり影響がありそうですね。
綿島:最初はとても大事だと思っています。通知の内容によって、「このアプリとは合わないな」と感じることが私自身あるので。
距離感はすごく大切ですよね。たとえば、Zaimは「入金がありました!」「支出がありました!」のように「!」をよく使います。「支出がありました!」は、もう少し悲しい感じで言ってくれればいいのにと思うぐらい、テンションが高いんです。(笑)
!マーク一つでも、勢いがでますよね。私はいちユーザーとしても、Zaimのテンション感はすごく楽しい感じで、絶妙だなといつも思っています。
—— 当初はプッシュ通知が便利なものだと考えていましたが、アプリがだんだん増えてくるにしたがって、通知にイラッとしてOFFにしたり場合によっては削除してしまったりすることも往々にしてありますよね。今後は事務的な通知ではなく本来のコミュニケーションに近いものが求められているのかもしれませんね。
綿島:そういうことをよしとしてくれるユーザーさんと向き合いたいというところも、少しあるかもしれません。事実、そういうユーザーさんはすごくたくさんいらっしゃいますし、それを面白がってくれる人が、Zaimを使ってくれていることに親近感が湧きます。Zaimを好きでいてくれるユーザーさんのためにも、一貫性のあるコンセプトをサービス全体で保ちたいと思います。
—— プッシュ通知はZaimらしさを実感する入口になっているのかもしれませんね。
Zaimのリニューアルプロジェクトはまだはじまったばかり、これから順次改善が進められる予定だ。
後編では、Zaimの世界観を社内で共有するために生みだしたペルソナの話を紹介する。
撮影/畠中彩