2014年にサービスを開始した家事代行サービス「CaSy」では、CEOである加茂雄一氏自らが他社の家事代行サービスを利用した経験を活かし、徹底したデータ分析で利便性を向上。既存サービスより価格を下げることにも成功し、会員数は5万人にまで拡大している。
加茂氏にデータの活用方法や、それによって向上してきた利便性などを聞いた前編に続き、後編ではブランド戦略グループの加瀬裕里氏に、ユーザーが使い慣れていないサービスを活用してもらうための戦略を伺うことで、日本人の意識を変えていくCaSyの挑戦に迫った。
ママの気持ちに寄り添ったメッセージでサービスを訴求
ーー加瀬さんは2018年2月からワーキングマザーとして、CaSyに入社されています。現在は、マーケティング担当としてどのようなお仕事をされているのでしょうか?
加瀬:前職では、アドネットワークを中心としたマーケティング業務を行っていました。CaSyでは、広告という枠を越えた先のマーケティングを担当しています。実は、私が入社する前は、広告分野を全く知らない担当者が広告を回していました。
とても頑張っていたのですが、広告に身をおいていた私から見れば、あまり効果的でない施策もあったんです。例えば、家事代行サービスに他社も追随している状況の中で価格だけを訴求しても、ユーザーは「もっと安いサービスがあるのでは?」と考えて、検索してしますよね。その結果、価格競争を誘発することにしかなりません。
そこで、価格ではなく、ブランド名や家事代行というサービスの存在自体を訴求し、接触頻度をあげていくという方針へと、プロモーション戦略を変更しました。特に効果的だったのが「帰ってきてすぐご飯という幸せ」「たまには楽しよう」といった、感情に訴えるコピーを使ったクリエイティブ。それによって、その媒体における平均の2倍にのぼるCTRを獲得しています。
ーー媒体によって、訴求内容も変えているのでしょうか?
加瀬:子育て系の媒体で「ママ、たまには休んだら?」というコピーのクリエイティブを出稿したときは、平均の5倍のCTRを獲得しました。
「きついけど甘えられない」「きついけど、この子のためにも自分が家事を回さないといけない」というママの気持ちに寄り添ったクリエイティブが響いたんだと考えています。
ーーやはり、そんな成功の背景には、自身の子育ての経験が反映されているのでしょうか?
加瀬:いえ。自身の子育ての実体験は、2割程度です。それよりも、媒体やユーザーの特性といった面を重視していますね。まだ試行錯誤中ではあるのですが、私が担当として施策を打ち始めた2018年4月から、徐々にアプリの起動率も上がり、効果を実感しています。
担当者も一人のユーザーとしてサービスを利用する
ーー加瀬さん自身も、一人のユーザーとしてCaSyのサービスを使っているのでしょうか?
加瀬:実は、入社してから2ヶ月ほどまでは、CaSyを使っていなかったんです。いちばんネックになっていたのが、他人が家に入ってくること。自分のテリトリーの中に他人が入ってくることに対して抵抗感がありました。また、家事代行サービスを利用することによって、「自分ですべき家事をサボっているのではないか」という罪悪感もありましたね。
ーー価格についてもネックになっていたのでしょうか?
加瀬:「家事に1時間2500円払いたくない」という感情もなくはありません。しかし、それはあくまでも表面的なもの。その根っこには「片付けても、またどうせ散らかるから……」という諦めの気持ちや、「人を家に入れたくない」という気持ちが横たわっています。
ーーなぜ加瀬さんはそのハードルを乗り越えて、CaSyを使うようになったのでしょうか?
加瀬:CaSyに入社して、本格的なワーママ生活が始まったのですが、ある時に「もう無理!」と感じてしまったんです。料理をしている最中でも、子どもは関係なく泣き出しますよね。中断しながら料理をするのがとてもストレスでした。
掃除にしても、粘土遊びで床が汚れたら子どもが寝た後に拭かなければならない。けれど、3時間も経つと、粘土が乾いてカピカピになってしまいます。夜中に、乾いた粘土をヘラでこそぎ落としているときに「もう無理!」と、CaSyを使うことを決心しました。
顧客のニーズに合わせて利用シーンを伝えてハードルを下げる
ーー加瀬さん自身も感じていたように、家事代行サービスの利用には心理的なハードルがあります。これを乗り越えていくためにはどのような施策が必要だと思いますか?
加瀬:CaSyを使ったユーザーの成功体験や、家事代行を頼むことで生まれたメリットをWEBやテレビなどを通じて発信していくことを考えています。家事代行を使うことでゆとりが増えたり、一風変わった使い方をすることで、こんなに便利になったということ。そんなストーリーを発信することで、心理的なハードルを下げていきたいと考えています。
ーー家事代行をうまく利用している人は、どのような使い方をしているのでしょうか?
加瀬:例えば、お料理代行を頼み、家に帰るタイミングに合わせて、揚げたての天ぷらを作ってもらっている家庭があります。いいお店に天ぷらを食べに行くと、1人1万5000円くらいかかってしまいますよね。家事代行サービスを使えば、3時間8800円で揚げたての天ぷらをお得に食べられるだけでなく、翌日以降の作り置きも何品かできてしまうんです。
その他にも、遊びに行く時間を作るため、自分で料理をしたいから「お掃除代行」を頼む人、その逆に掃除をしたいから「お料理代行」を頼む人などさまざま。CaSyでは家事代行だけでなく、「お料理代行」や「ハウスクリーニング」のプランもあるので、自分の「こうしたい!」に合わせて利用してもらっていますね。
ーー顧客のニーズによってさまざまな使い方があるからこそ、事例を紹介することで利用のイメージを伝えているんですね。加瀬さん自身、家事代行を使うことによって、どのようなメリットを感じていますか?
加瀬:心理的にも肉体的にも体力を削らなくて済むことは大きいですね。私はぎっくり腰を持っているので、子どもが食べ散らかした床の汚れを拭くのは非常に辛い仕事でした。その仕事がなくなることによって、心の余裕が生まれ、子どもを叱ることが減り、配偶者を思いやる気持ちも増えます。うちでは夫婦喧嘩が減りましたよ(笑)。
「人を頼るのは恥ずかしくないこと」という意識改革を
ーーゆくゆくは、CaSyをどのように発展させていきたいでしょうか?
加瀬:CaSyというサービスの名前を動詞化していきたい。「ググる」という言葉があるように「カジる」という言葉を流行らせたいですね(笑)。「まだカジってないの?」というような気軽さで家事代行サービスを使ってほしいんです。
弊社のCTOは家事代行サービスを立ち上げた理由を「家族と過ごすはずの週末に共働きの妻が家事をして、自分は邪魔にならないように子供と公園に行っていた。その時に、子供から『ママは?』と言われるのがすごくつらかった」と、説明していました。
同じような経験が、CEOの加茂にも私にもあります。家事代行を気軽に使える環境が整うことで、日本全国のそんな辛さを味わっている親を手助けすることができるんです。
ーー出産後も職場復帰することが当たり前になりつつある近年、多くの働くパパ・ママたちが直面している課題ですね。
加瀬:そうですね。だから、家事の負担を軽減するためには、「人を頼るのは恥ずかしくないこと」という意識改革を起こしていく必要があります。以前、LAに住んでいたときに、近所の人に助けてもらうことは珍しくなかった。私も、かつてラマダンのため、電化製品に触れてはいけない近所の人のために、コンセントを挿してあげたこともあります。アメリカではギブアンドテイクの文化が根づいており、人を頼ることのハードルが低かったんです。
日本では、いつの間にか全部が自己責任という風潮が根付いていますよね。けれども「できないことは頼んでいい」という意識が生まれれば生活は楽になる。それによって、家事代行サービスを利用するハードルも下がっていくのではないかと思います。
撮影/加藤甫