食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」、ネクタイブランド「giraffe」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」などを手がける株式会社スマイルズ。同社は、N=10000のリサーチ結果や数字といったファクトではなく、事業に携わる人の「熱量」や「体験」を指針に、ビジネスを確立してきた。
客観的な視点で顧客の声を集め、それに応えるのではなく、あえて「作り手主導」で事業を立てる。にもかかわらず、同社の売上高は分社化したSoup Stock Tokyoと合わせて、18年3月期で100億円にのぼる。なぜスマイルズは、顧客の声を軸にせずとも、成果を上げられたのだろうか。同社取締役の野崎亙氏に話を聞いた。
スマイルズの目指す「感度のスイッチ」を押す体験
——スマイルズが展開する事業は、いずれも「世の中の体温をあげる」事業と掲げています。それは、顧客に対しどのような体験を提供することなのでしょうか?
私は一人ひとりの「感度」をあげ、顧客の生活が少しでも豊かになっていくことだと理解しています。
たとえば、京都に行くと、お寺に行き、料亭に行って、お吸い物を飲んで……と、京都らしいものを探し楽しみますよね。そんな時には、誰もがステキなものを受容する感度が上がっている。
同様に、沖縄に行くと鳥のさえずりや星の瞬きもよく見える気がします。それは、東京で生活しているよりも感度が上がっているから。日常生活の中で意識しにくいそんな感度を、スマイルズの店舗に足を運ぶことによって高めることができる。そんな体験を目指しています。
——旅に出るといった非日常でなくとも、「感度」を上げる場をつくると。
たとえば「Soup Stock Tokyo」であれば、顧客は日常よりも少しだけ感度を上げてもらう場になることで、お昼休みのたった1時間でも自分と向き合う時間を楽しんでもらえる。僕らがやりたいのはコスパがいいといった単純なニーズに応えるだけでなく、人の心やモチベーションを生み出すことなんです。
そのためには、コピーひとつでも徹底的にこだわり、抽象的で内容のない言葉を先行させるのではなく、僕らが持つ空気をしっかりとまとえる情緒を持った言葉を探し出します。
言葉や空間、接客など、一つひとつが顧客の心に響き、「感度のスイッチ」が押されるトリガーを生み出す。我々の事業はその積み重ねです。
——顧客の感度を高め、日常の中でほんの少しだけ普段とは異なる気分に浸れる場所を生み出そうとされているんですね。
京都まで足を運び、「感度のスイッチ」を入れて料理の旨みを探していた人が、都内で、たった1,000円程度でそんな体験ができれば最高ですよね。そして、そんな感度スイッチを入れるためには、単純に美味しいものを提供するだけではなく、そこで特別な時間・体験を提供することが必要なんです。
熱量なき事業こそがリスクである
——ただ、その目指す体験を生み出すのは決して容易なことではないと思います。その想いを実現するための、ポイントは何なのでしょうか。
最も特徴的なのは、事業の作り方にあります。他の会社のようにビジネスコンセプトやビジネスモデルといった論理的で客観的な要素からスタートせず、社員の想いをきっかけにしている。というのも、僕らは、熱量がない事業はリスクだと思っているんです。
——熱量がない事業はリスク?
もちろん、熱量がある=いい事業というわけではありません。ただ、熱量があれば、事業がなかなかうまくいかないときでも粘れるんですよね。
また、とても大事なことは、店舗やサービスにおいて、利用する顧客のイメージや利用シーンをより深く突き詰めて徹底的に明確化すること。
どういうモチベーションでそのお客様はやってくるのか?
何を思って何を買うのか?
そこでどのような会話がなされているのか?
自分が顧客に憑依するくらいに徹底的に考え、事細かに掘り下げていく。そのプロセスを経て明確化された顧客体験に、他の人も共感できれば、その事業は実現できると判断しています。
——個人の熱量を実際の顧客体験へ反映していくためには、どのような工夫をされているのでしょうか?
わかりやすいのは、携わる人間を最小限に絞っていることだと思います。たとえば、JALの機内食からスタートし、現在はGINZA SIXや築地、東京駅にも展開している海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」は、数人の社員が立ち上げた事業でした。
他の人からの余計な横ヤリが入らないことでひとつひとつの惣菜をほぼすべて店内で手作りすることにこだわり、「冷たいけど温かい」、家庭料理の最上級を目指した海苔弁というコンセプトを先鋭化できました。
これは自社事業だけでなく、弊社が出資する事業の場合でも、過剰なアドバイスをするのではなく、あえて本人たちにまかせています。支援するとなると、どうしても知識や経験があるかのような振る舞いや意見を語りがちです。ですが、その結果生まれるものは本当に彼らのやりたかったものではなくなる恐れもある。それでは、成功しても失敗しても意味がないんです。
“自分たちの顧客”だけに徹底的にフォーカスする
——では、個人の熱量以外で事業を立ち上げる際に重視されている点はあるのでしょうか?
とにかく、“自分たちの顧客”にフォーカスすることでしょうか。ターゲットと据えた方々だけに対し徹底的に向き合うことを求めます。
2015年にオープンしたファミリーレストラン「100本のスプーン FUTAKOTAMAGAWA」では、ファミリー層だけをターゲットにしました。本店舗が立地する二子玉川の商業施設には、8千人近くの人が働く大手企業の本社があります。普通、店舗を作る上では、その企業を否が応でも意識しています。
ただ、あくまでも僕らが手がけたかったのはファミリーレストランであり、家族の食卓です。そこには生き生きとした会話があり、親御さんがお子さんの成長を発見するような場所であってほしい。
もちろん、ビジネスパーソンが来店することは歓迎しますが、そこに重きを置くことはありません。むしろ、ビジネスパーソンが来ることによって家族が来店しづらくなるなら、それはリスクになってしまうと考えます。
——あくまでもターゲットは家族連れという考えはぶれなかった。それによって、「家族のための店」というコンセプトが達成されたんですね。
そもそも「100本のスプーン」は、本当の意味で家族のための店といえるファミリーレストランはあるのか? という疑問からスタートしたお店です。
従来のファミリーレストランでは、子供が楽しめるのは数種類のお子様メニューだけ。家族の会話よりもママ友が喋る姿ばかりで、子どもたちはゲームばかりしているようなシーンも見られる。僕らは、家族が集って家族の会話が生まれる場所としてのファミリーレストランをつくりたかったんです。
——文字通り「ファミリー」のためのレストランをつくりたかった、と。「100本のスプーン」では、顧客はどのように時間を過ごしているのでしょうか。
「100本のスプーン」のコンセプトは「コドモがオトナに憧れて、オトナがコドモゴコロを思い出すレストラン」です。自分が子供の頃を振り返ると、最初の外食体験はファミリーレストランでした。
当時、僕は子供扱いをされたいわけではなく、大人ぶることができるからこそ、ファミリーレストランが「ワクワクする場所」だった。ナイフとフォークを使って食べることができ、プラスチックではなくガラスのコップを使える。そんな特別な体験ができるからこそ、子供たちは普段よりも少しわくわくしながらやってきます。
「100本のスプーン」は、単に子供ファーストのお店ではなく、子供をコドモ扱いしないお店。だから、お子様ランチではなく、大人と同じハンバーグステーキを子供用のサイズで提供します。そして、大人も子供のころ食べたお子様ランチを思い出しながら、あれもこれも食べられるプレート(リトルビッグプレート)に思わずワクワクする。その両方が交錯する場所をつくることがこの店のテーマです。
以前、ブログで当社が運営するファミリーレストラン「100本のスプーン」について書いてくれた方がいらっしゃいました。その方の子供は「今日はどこに行きたい?」と聞くと「ディズニーランドか100本のスプーンに連れてって」と言っていたそうです。エンターテイメント施設が提供する非日常と、大人ぶれる非日常が、その子供にとっては同じ価値だったんですよ。それだけ楽しみにしてもらえるのは、嬉しいですね。
マーケティング・リサーチによって失われる複雑さ
——子供にとって、ディズニーランドと同じくらいというのは、相当魅力的な場所ということですね。ただ、「100本のスプーン」のコンセプトや提供する価値は、なかなか従来のリサーチからは見えづらいものだと思います。特に子供が相手となると難しい。どのように顧客のインサイトを探り当てたのでしょうか。
我々は、一切マーケティング・リサーチは行いません。リサーチをするよりも自分を深く知る方が、よっぽどビジネスの近道であり、顧客の心理を掴む事ができると思っています。なぜかビジネスになった途端、多くのビジネスパーソンは、自分が顧客であることを忘れてしまう。
ビジネスマンである自分に対して個人としての自分が表裏一体で存在しているはずなのに、その自分を知ろうともせず、わざわざリサーチを行っている、と言えるのではないでしょうか?
——リサーチで他者を知るよりも、顧客としての自分の視点を知るほうが大事と。
調査ばかりではありません。たとえば、顧客のイメージを掴むために、ペルソナを設定する手法がありますよね。「30代の高感度女性」「アクティブ」「自分の趣味と仕事に一生懸命」「朝はヨガをしてバリバリ働き、夜は仲間内の情報交換会」といった顧客の姿が描かれます。
しかし、そんな顧客像にリアリティがあるでしょうか? みんな、もっと苦しんでいるし、悩んでいるし、下世話だし……と、いろんな感情が交錯しながら生きているはず。アンケートやペルソナは、そんな複雑でないまぜになった感情をかき消してしまいます。
——消費者は複雑な感情を持っていて、それはアンケートやペルソナで把握しきれるものではない、ということですね。
「Soup Stock Tokyo」なら、スープが美味しいこと、駅から近いこと、値段が高くないことなど……。様々な要因が混ざって顧客は来店します。あるいは、「窓ガラスに映る自分の姿を見られても恥ずかしくない場所が良い」という欲求を持つ人もいるかもしれません。
僕自身はあまり意識はしませんが、そうしてしまう人の気持はわかるし、その気持ちが全くないか? と言われたらNoではない。けれども、マーケティング・リサーチでは、そんなデプスのデプスのデプスにある感情を捉えることは難しいんです。
もしもリサーチが必要なら、自分を理解し、分析した後に、仮説を持ってリサーチを行うべきです。
——しかし、自分に重きを置くことで、自分本位になりすぎてしまうのではないでしょうか?
いえ。むしろ、自分の中に溜まっているものを分析し、理解していくことによって、他人の姿も見えてくると考えています。たとえば就職活動の際に、僕は「家具が好きだから」そして、「面接の時に担当してくれた女性が素敵だったから」という理由でインテリアショップのIDÉEに入社しました。本当です(笑)。
これを言い換えると、自分にとっては「好きなこと」「誰と働くか」ということが重要だった。そのように自分を分析すると全く逆の価値観を持った人も想像できます。誰との反対、何との反対。この2軸を深く理解することによって、4象限マトリクスがつくれます。たとえば「給与や待遇」「何の役割をするのか」、自分と反対の価値観を持つ人を想像することで他人が見えてくれば、彼らに対するアプローチも可能になっていくんです。
顧客視点を顧客から発見するのではなく、自分自身の理解を通し見つけ出す。それがスマイルズのアプローチだ。
ただ、これを突き詰めるのは容易なことではない。ゆえに、徹底的に考え抜く“熱量”を求めている。スマイルズが事業を作るアプローチは理に適う設計をされていた。単に、雰囲気の良いブランドを作るだけではない。愛されるブランドには、愛される理由が存在するのだ。
撮影/加藤甫