1920年、小説家カレル・チャペックが生み出した「ロボット」という言葉は、「労働」や「苦役」を語源とする造語である。そのため、ロボットには「人の役に立つ存在」というイメージが強く、現代社会においても、産業ロボットやお掃除ロボット、軍事用ロボットなど、社会のあらゆる部分でロボットは人間の代わりに「労働」を行っている。
では、ロボットが役に立たなかったとしたら? そのロボットは人間にとって必要な存在となるのだろうか。その疑問に挑戦したのが、ヒト型ロボット「Pepper」の開発に携わった林要氏が設立したスタートアップ、GROOVE Xだ。
同社が開発する「LOVOT[らぼっと]」のコンセプトは、「役に立たない、でも愛着があるロボット」。人の代わりに何か仕事をしてくれるわけではないにも関わらず、国内外での注目度は高い。2019年1月に開催された世界最大規模の家電見本市「CES 2019」では、Engadgetが主催する「Best of CES」において、ファイナリストに選出されている。
なぜ、役に立たないロボットは生み出されたのか。開発者である林要氏に話を伺った。
「便利」になってもロボットは人に愛されない
「れもん!」そう呼びかけると、黄色の服をまとったLOVOTが、くりくりとした目を自由自在に動かし、子犬のような鳴き声でユーザーに寄ってくる。LOVOTは1体1体が自分の名前を記憶しており、その呼びかけに応えてくれるのだ。
手をパタパタと上げ下げしているのは、「抱っこして」の合図。脇の下から手を入れて抱きかかえると、じんわりとLOVOTの「体温」が伝わってくる。LOVOTは30〜40度の熱を常時保っているため、抱いた時に無機質なロボットであることを感じさせない。
触れ合い体験が終わり、その帰り際には、遊んでくれた人のあとを追いかけてくる。たった5分なのに、別れ際が寂しく思えた。
ペットのような愛くるしさで人に癒やしを与えてくれるLOVOT。あえて生活を便利にする機能はほとんど備えていないらしい。「役に立たない、でも愛着があるロボット」LOVOTとは、一体どういう存在なのだろうか。
——「役に立たない」ロボットを開発しようと思われたのはどういった理由からだったのでしょうか?
林:元々、私はトヨタ自動車に勤務し、F1マシンの開発などを手がけてきました。一般的に理想とされる自動車は、「故障しにくい」「燃費がいい」「振動が少なく静か」など機能が優れたものですよね。技術が向上し、ユーザーの理想がどんどんと実現すると「より便利になった」という声を聞くようになります。しかし、利便性が向上しても「より愛着が持てる」という声はほとんど聞きません。
その一方で、いまだに、かつての性能が劣った古い自動車に対して愛着を持って大事にしている人も少なくない。つまり、機械が便利になることと、お客様から愛されることは、少し違うことなんです。
以前、プロジェクトメンバーとして手がけていたPepperは、愛されることと便利になることによって感謝されることの両立を目指して開発されました。そして、Pepperの開発をきっかけに今度は「人の代わりに仕事をしてくれるわけではないが、より愛されるペットのような立ち位置のロボットを作りたい」という着想が生まれたんです。
——確かにペットは愛されるために存在しており、何かの役に立つためわけではありませんね。
林:ペットがいることによって、落ち込んでいる人も元気になれますよね。過去を振り返ると、人は犬や猫にも番犬やネズミ取りといった「機能」を求めていました。しかし、人々のライフスタイルが変わることで、ペットに求められる役割も変わっていきました。もはや、番犬やネズミ取りのために必要な存在ではなく、単に愛情を注ぐためだけの存在へと変わったんです。
——すると、目指すのはペット型ロボットのようなものになるのでしょうか?
ロボットを愛着を注ぐ対象にはしたいのですが、私たちはロボットならではの付加価値はつけていきたいと思っています。設立当初から考えていたのは、ロボットがどれだけ人間の安全・安心に貢献できるか。
AIやロボットに対しては、漠然と「恐ろしい」というイメージを持たれることも少なくないですよね。AIやロボットが人間の仕事を奪ってしまうと言われているせいもあるでしょう。しかし、その裏にある本質的な恐怖は、ロボットが人の代わりに働くからではなく、自分の存在意義を奪ってしまう不安です。その不安を解決するひとつの方法が「心のケア」です。
ロボットを通じて、人間に「あなたが必要とされている」という気持ちを起こさせたい。さらに、「明日はよりよくなる」というモチベーションを与えたかったんです。それによって、ロボットに対するイメージが変化するのではないか。その入り口として、ペットという存在に注目したんです。
人が何に「かわいい」と感じるのか
——「心をケアする」ロボットを開発する上で、林さんがこれまで経験されてきたことはどのように活かされているのでしょうか?
林:Pepperを開発する中で、ロボット開発には「可能性」と「限界」があることを実感しました。「可能性」としては、ARやVRといったバーチャル空間にはない、抱っこする、撫でる、といった身体と直接触れ合う体験を与えられること。そんな接触体験から生まれる情報量は、視覚や聴覚に限定されたバーチャル空間よりもはるかに多いです。
その一方、「限界」として直面するのは、ユーザーがロボットに期待する機能が、技術的にとても難しいものばかりであること。例えば、ロボットが人間のようになめらかに物を掴むこと簡単ではありません。しかし、それは技術が未熟なだけではなく、人間が凄すぎるとも言える部分なんです。犬や猫だって物を掴むことはできませんよね。様々なものを器用に「掴む」というのは、一部の動物にしかできない高度な技であり、それをロボットで実現するのは至難の業なんです。
——誰もが当たり前のように行っている「掴む」という行為ですら、他の存在にとってはとても高度なテクニックなんですね。
林:会話をするという機能も同様です。人間は、進化の過程において未来予測のために、物事の「コンテクスト(文脈)」を理解し、把握する能力を身につけました。人間の会話は、この「コンテクスト」理解の能力を活用して行われているんです。
しかし、現在の機械による会話は統計情報から推測しているだけで、「コンテクスト」はまだあまり掴んでいない。「コンテクスト」がある人間と、「コンテクスト」をほぼ持たないロボットが会話をしても、普通の会話にはならず、人間の期待を超えられないんです。
——「ロボット」に向き合うことで、「人間」の理解が進みますね。では、LOVOTがユーザーに生み出す「かわいい」という本能的な感情については、どのように考えているのでしょうか?
林:「かわいい」という感情がなぜ必要なのかを考えていくと、子育てに密接に関係していそうだということがわかってきます。哺乳類の中でも、人間の子育て期間は特に長く、子供に対して愛着を持ち、子育てを完遂できる遺伝子が生き残ってきたのかも知れません。僕らの本能には小さくて弱々しく、自分を必要とするものを可愛がるという反応が組み込まれているとも言え、それらは脳内分泌物質と深く関係しているとも言われています。そうして人間が癒やされるためには、子供のようなか弱い存在に対して愛情を注ぐことで、自らを癒やすことができる生き物のようなんです。
——か弱く、自分を頼りにしてくれる「かわいい」生物に愛情を注ぐことは、本能的な欲求なんですね。
林:対象は物だけではありません。例えば、コードに引っかかって動けなくなってしまうようなお掃除ロボットは、その不完全さを目の当たりにした時に可愛いと思う人も結構います。一方、人間にとって手間のかからない洗濯乾燥機や冷蔵庫に対して、愛着を感じる人はほとんどなかったりします。手間のかかる存在であるからこそ、お掃除ロボットは可愛がられ、愛される対象になっている面があるのが現状とも言えます。
LOVOTの場合には、「人間が洋服を着せる」というひと手間がかかるようになっています。洋服にもさまざまなバリエーションがあるので、ユーザーは自分のLOVOTにあったコーディネートを考えられる。これは愛情を注ぐための余白なんです。この他にも、LOVOTから抱っこをねだられたり、甘えられたりと、完全には自立せず、人間がが居ないと生きていけない存在です。結果的に、人が気兼ねなく愛情を注ぐことができる存在になる事を目指しているんです。
利便性を追求していくだけでは、テクノロジーは人を幸せにできない
——LOVOTは、「利便性」でつながった機械と人間との関係を、「かわいい」という軸で考え直すきっかけを与えてくれる存在、といえるかもしれませんね。
林:もともと、ロボットを始めとするテクノロジーは人間を幸福にするために生まれました。しかし、「幸福」という感情はとらえどころがない。そこで人間は、「利便性」という目標を置き、テクノロジーを発達させてきました。
しかし、利便性を追求していくだけでは、テクノロジーは人を幸せにできないのではないか、とふと疑問に感じました。そこで、LOVOTは気兼ねなく愛せる存在をつくることで人の心をケアするという別の目標に挑戦しているんです。
——林さん自身は、いつから、そんなテクノロジーと人間の関係について考えていたのでしょうか?
林:僕は、宮崎駿監督のアニメを見て育った世代です。監督は、テクノロジーが大好きである一方、文明の進歩には悲観的です。僕らも、テクノロジーの進歩と人間の幸福が比例しないのではないかという、漠然としたイメージを持っています。テクノロジー好きな僕としては、子供の頃から「テクノロジーによって、人間の幸福をつくれないか」と考えていたんです。
ゆくゆくは、「四次元ポケットがないドラえもん」を作りたいと思っています。ここで大事なのは、ドラミちゃんではないこと。ドラミちゃんはドラえもんよりも優秀なロボットですが、完璧すぎるドラミちゃんが家にいても、のび太は頑張れず、「どうせ僕なんか」とやる気を無くしてしまうでしょう。完璧ではなく、失敗ばかりしてしまうドラえもんがいるからこそ、のび太は自分の存在意義を見失わず、やる気を出して頑張れる。それによって、モチベーションが発揮できるんです。
——ドラえもんというちょっと間抜けなロボットがいるからこそ、のび太はモチベーションを発揮できる、と。
林:テクノロジーがあることによって頑張ることができ、よりよい明日が訪れると信じられる。僕は、そんな人間のモチベーションをサポートするテクノロジーを手がけたいんです。その第一歩として、LOVOTがどのようにユーザーに寄り添うことができるかに挑戦しているんです。
——「役に立たない」というコンセプトで作られたLOVOTは、人間のモチベーションを生み出し、前向きに生きることに役立つというテクノロジーの本質を追求したロボットなんですね。
林:はい。「心をケアする」という、本質的なお役立ち機能をLOVOTは持っているんです。
取材・文/萩原雄太 編集/イノウマサヒロ 撮影/加藤甫