住む場所を決める。それは人生において大きな決断と考える人は多いのではないだろうか。物件を購入するのはもちろんのこと、賃貸ですらそのように感じてしまうのは、金銭的な問題だけでなく、複数年契約を前提とした物件選び、煩雑な契約手続き、引越しにかかる労力など、発生する様々な負担が心理的な障壁となって立ちはだかっているからだろう。
しかし「家」というのは、暮らしに大きく影響するものだ。これからの生き方を模索するなかで、住む場所によって行動を縛られるのは、機会損失にもなりかねない。もし、もっと気楽に住む場所を選べたら、理想的なライフスタイルへの近道になるかもしれない。
2019年3月に誕生した「OYO LIFE(オヨ ライフ)」は、従来の不動産業界にはなかった「住みたい場所に気軽に住む」「契約期間に縛られずに引っ越す」などの新たな選択肢を提供するサービスだ。敷金、礼金、仲介手数料が無料。家具家電付きの物件をスマホで手軽に契約することができるため、不動産における賃貸契約のハードルを大幅に下げた。
このサービスを提供するOYO TECHNOLOGY&HOSPITALITY JAPANのCEOである勝瀬博則氏の取材から見えてきたのは、日本の不動産業界が向かっている「供給過多の時代」のサービスの在り方だ。勝瀬氏が強調するのは「家が余るこれからの時代にこそ、顧客には自由度が必要」ということ。その真意について、詳しく話を聞いた。
賃貸契約の面倒をすべて引き受けるOYO LIFE
家を借りるのは面倒くさい。不動産仲介業者を経由して部屋を内見し、決まれば提出書類に記入、審査を待つ。電気やガスの会社の手続きも必要だ。お金もかかる。月の家賃に加えて、敷金と礼金を支払い、家具をそろえなければならない……。
長い間、変わってこなかった不動産契約。今まで多くの人が面倒だと思いつつ、しょうがないと諦めてきたこの仕組みをOYO LIFEは覆した。Webサイトやアプリから気に入った物件を選べば、スマホでそのまま予約と契約が最短30分でできる。クレジットカード決済も可能だ。まるで旅行先のホテルを選んでいるような感覚で、賃貸物件を契約できるという。
勝瀬氏「家って1日のどのタイミングで探すと思いますか? 多くの人は、夜寝る前にスマホで検索しているのではないでしょうか。ということは、良い物件を見つけたとしても、その時間は仲介業者が閉まっていますよね。
翌日電話すると『とりあえず来て』と言われて、行くと目当ての物件は既に契約済み。代わりの物件を1日かけて数件見て、決まらなければ何度も電話が来るようになり、決まれば契約のためにまた仲介業者に足を運ばなければならない。そんな面倒を、OYO LIFEは全て省きました」
契約するときに必要なお金は、スマホに表示されている1カ月分の家賃だけ。敷金、礼金、仲介手数料は不要だ。電気、水道、ガスなどのライフラインは、OYO LIFEが事前に契約している。家具家電やWi-Fiも完備。キャッチコピーとして掲げている「旅するように暮らす」の言葉通り、手荷物を持っていくだけで、すぐに住み始められる。
また、鍵の受け渡し代行サービス「KEY STATION」との提携により、最寄りのファミリーマート店舗などで24時間、好きなときに鍵を受け取ることが可能になっている(一部物件での導入)。
他にも、入居者は「OYO PASSPORT」として、50社を超える提携企業のさまざまなサブスクリプション、シェアリングサービスを1カ月間無料で利用できる。たとえば、カーシェアリングや家事代行、収納サービス、洋服レンタルなど。これらを利用することで、「持たない生活」を送ることができるようになるのだ。
賃貸契約の面倒をすべて引き受けるOYO LIFE。こんな好条件で賃貸不動産を始めてしまっては、従来の不動産仲介業者の反感を買いそうだ。しかし、勝瀬氏は「OYO LIFEのビジネスモデルは、不動産仲介業の敵となるものではない」と語る。
勝瀬氏「OYO LIFEにとって、実は不動産仲介業者さんも“お客様”なんです。私たちが扱う物件は、入居者に代わって仲介業者さんから借りているもの。仲介業者さんやオーナーさんからすれば、OYO LIFEは多くの物件を借りてくれるお客様になるということです」
2018年7月現在、都内を中心に提供物件を拡大し続けている。勝瀬氏によれば、入居者の多くは20代後半~30代で、エンジニアやマーケター、クリエイターなど専門性の高い仕事を持つ人たちという。
不動産業界の「売り手市場」は長く続かない
もともとOYOは、世界各国でホテルチェーンをメイン事業として展開し、わずか5年で時価総額50億ドル(約5,500億円)へと急成長を遂げた企業だ。2019年4月の時点で客室数は世界第6位だったが、2019年7月には第2位となり、その勢いが注目されている。
これまでもバケーション用の住宅レンタルサービスは提供していたが、「暮らす」ことをメインにした同社の賃貸住宅サービスは日本で始まったOYO LIFEが初の取り組みとなる。なぜ日本では、ホテル事業よりも先に不動産業に参入することにしたのだろうか。
勝瀬氏「まず強調したいのは、OYOは自分たちを『ホテルの会社だ』と言ったことはないということです。人々が生活する場を居心地の良いものに、という意味を込めた『Quality Living Space』を重要視したサービスを一貫して提供しています。つまり、『生活する場』という意味では、私たちにとってホテルと賃貸住宅に大きな違いはないということです」
そう断りを入れた上で勝瀬氏が指摘したのは、日本の住宅事情の変化だ。今までは「建てれば売れる、貸せる」が当たり前だった不動産業界。しかし、人口が減少している現在も物件は増え続けているため、長期的に住宅は供給過多になるという。
勝瀬氏「日本は少子高齢化で人口が減少していくことがわかっていながら、物件が建てられ続けているんです。どんどん建物が余っていくと、今までのように『貸してあげる』というスタンスで入居者に多くを要求できなくなります。むしろ『借りていただけませんか』と、サービスや付加価値をつける必要が出てくると考えています。
例えば、私が前職で韓国の統括をしていたホテル宿泊予約サービスの『Booking.com』は、予約の敷居を下げるために後払いの形をとっているので、7割がキャンセルされるんです。例えば当日の天気次第、あるいは都合が悪くなったらキャンセルするなんて、ホテル側からするととんでもないですよね。でも、旅行者に対してホテルの数が多く供給過多なので、お客様のニーズを満たすサービスを提供しなければいけない。Booking.comはそこに着目して、圧倒的な予約量とともに成長してきました。
百貨店は上質な接客や特典を提供しますし、Amazonは1日でも早く商品が届くように配送システムを整えています。不動産業界だけが、いまだに売り手が強い時代のままなんです。でも、その期間は長く続かないでしょう。これが日本で不動産賃貸業を選んだ理由です」
OYO LIFEが提供したい「本当の自由」
顧客の要求に応えるため、OYO LIFEはどんなサービスを目指すのだろうか。勝瀬氏はその未来を「流行りのテクノロジーを導入して目新しさを提供するのではなく、人間の本質的な欲求に対して忠実に向き合い続ける」と表現する。
勝瀬氏「Amazonのジェフ・べゾス氏が『10年後のテクノロジーの進化よりも、10年後に何が変わっていないかに興味がある』とおっしゃっていたんですね。Amazonであれば、みんな簡単に注文がしたいし、1日でも早く届いてほしい、という原理原則があります。何年経っても変わらないところに、本当の欲求がある。それを解決するのがAmazonだと。
それはOYO LIFEも同じで、『Quality Living Space』という価値観を実現するために、『ロケーション』『デザイン』『コスト』の3つを提供しています。いい場所で、快適な住空間に、できるだけ安く住みたい。これはずっと変わらない人間の原理原則ですよね。私たちは、その変わらない原則に対してアプローチしていきたいと考えています」
サービス開始から約4カ月。その間、不動産賃貸仲介大手大東建託リーシングやハウスコムとのパートナーシップを締結し、新規顧客を獲得。また、中国最大級の日本不動産ポータルサイト「神居秒算」を展開するNeoXと業務提携し、日本の不動産を持つ中国人オーナーに対してOYO LIFEの活用を提案するなど、サービスの拡大を続けている。
今後は、人気の高い低価格の物件を増やしていく予定だ。実家を出て一人暮らしを始める学生や、転勤者などに向けて、10万円以下の物件を増やしていく。現在扱っているのは都内中心の物件だが、いずれは郊外や地方へのエリア展開も視野に入れている。人口減少や空き家問題など、地方が持つ課題への解決策の一つになる日が来るかもしれない。
勝瀬氏「日本は、他に例を見ない勢いで人口減少の道をたどる初めての国です。そこで課題となる『空き家問題』を始めとした物件の供給過多に対応できる不動産業界を作り出すことができたら、いずれ同じような状況になる世界の国々にも展開できると考えています」
賃貸契約は手間がかかるもの、引っ越しはお金がかかるもの――。そんな「当たり前」に対して、OYO LIFEは「本当にそうだろうか」と問いかける。「持たない」という選択や、更新期限に縛られずに暮らすこと(*)。一昔前であれば「ありえない」と言われていたことが可能になり、人々の暮らしはさらに多様化していくだろう。
(*)OYO LIFEの契約期間は最短31日から。オンライン上での契約は最長14カ月までの入居が可能となっている。
勝瀬氏「私たちが提唱しているのは、アドレスホッパーのように住むところを短期間で変えよう、ということではないんです。ただ『オプション』を用意したいだけ。長く住んでも、短く住んでもいい。家具は持ってきてもいいし、私たちで準備してもいい。本当に提供したいのは、自分が楽なスタイルを選んでください、という『自由』なんですよね」
住むところを気軽に変えられる、意志決定を自身で行えるという自由が「生き方」の多様化、そして幸せな人生につながると信じて、OYO LIFEは新しい提案を続けている。
執筆/ウィルソン麻菜 編集/庄司智昭 撮影/イイヅカアキラ