「俺は、レストランがインスタレーションアートそのものだと証明しているだけ。81に来れば、ゲストは一期一会のアートを体験できる」
席数約50に対し、年間200万件もの予約が殺到する、世界で最も予約が取れない伝説的レストラン「エル・ブリ」。そこでの修行を経て、東京・広尾にインスタレーションアート(空間や観客を含めて作品と捉え、体験まで設計した芸術作品)を体現するレストラン「81(エイティワン)」をオープンした永島健志氏。
店舗のテーマは「メメント・モリ(ラテン語で『死を想え』の意)」。内装やスタッフの服は黒で統一され、コの字型のカウンターは墓石で作られている。
1日2回、予め決められたコースのスタート時間になると、客席と厨房を仕切る引き戸が開く。独創的で完成度の高い料理が次々と運ばれ、カウンターに立つ永島氏はその料理のストーリーを伝える。まるでライブのようなスタイルは、極上のグルメ体験を求める人々から絶大な支持を得ている。
永島氏が語る「レストランはインスタレーションアートそのもの」とはどういうことなのか。81の体験を通じて、顧客に何を伝えようとしているのか。実際に81にお邪魔して、話を聞いた。
「遊び」に行ってわかった「世界一予約が取れないレストラン」の理由
――エル・ブリでの半年間の修行で、何が得られましたか。
そもそも、エル・ブリでは「修行」していません。すごく楽しくて、遊んでいる感覚に近かった。もちろん得たものはあります。料理はクリエイティブであり、アートだと気づかされたことです。エル・ブリは、多様な人々が集まるクリエイティブチームでした。
――「多様な人々」とは?
本当いろんな人がいましたよ。世界中から様々な経験値や価値観を持った人間が、ゲストを喜ばすために集まっているんです。共通していたのは向上心が高いところと、アートが好きなところ。
さまざまなバックグラウンドを持った人間が、上下関係のないフラットな空気で働く。共通の目的を持っていますから、誰でも発言しやすいのです。ディスカッションが起こり、クリエイティブに発展する。
クリエイティビティには、たくさんのアングルが必要なんです。価値観の異なる人間が集まれば、その分アングルが増える。エル・ブリの強さは多様性のあるチームにあると感じます。
自称「面倒な性格」、だからこそ「できる限り優しく」
――エル・ブリでの経験は、81にも影響しているのでしょうか。
もちろんです。81では、1人では到達できないような世界に辿り着きたいと考えています。1人で見る夢よりも10人で見る夢の方が大きくなる。100人なら、もっと大きい夢を見ることができる。1人では投げ出してしまいそうな嫌なことも、仲間がいれば簡単に諦められないですしね。
最近は、メンバーが育ってきたので自分で包丁を握ることはほとんどありません。彼らをまとめあげ、81というアトラクションを構築する役割に徹しています。
――メンバーとはどのようなコミュニケーションを取っていますか?
メンバーを大切にする一方で、俺はできるだけ距離を置くようにしています。メンバーと同じ場所にいても、同じ景色しか見えません。アングルの多様性が大事なのです。
多様性を保つためにいろんな人間が混在しているほうが良い。スタッフには一人ひとりの良さを活かした仕事をしてもらっています。マネージャーはとても几帳面。俺が苦手なことをやってくれています。顧客情報を丁寧に把握してサポートしてくれる。逆に、マネージャーは俺のように世界観は作れない。そうやって異なる能力を持つ人間が集まってこそのチームです。
――距離を置きつつチームをまとめるというのは相反する行為にも思えます。そのためにどのようなことを大切にしていますか。
優しくあることでしょうか。自分自身、面倒な性格だと自覚しています。気分の上がり下がりが激しいし、言っていることもコロコロ変わる。普通は、そんな人と働きたくないですよね(笑)。だからできる限り優しくするようにしています。
人が生きていく上でも、優しさがとても大事だと感じています。自分の子どもたちにもよく「優しくないなら死ね」と伝えている。優しさとは人を思う気持ちです。人間は1人で生きていけないから、優しさが不可欠なんです。だから優しさを持てないなら1人で生きるべき。でも、1人じゃ生きられないので、結局は優しい人でいてほしいなと。
「劇場」ではなく「ライブ」、ゲストは81にダイブせよ
――81のレストラン体験では何を重視していますか。いわゆる「顧客目線」でしょうか。
いえ、それは全く考えていません。81は、俺が表現したい世界を実現するための場です。ゲストを「もてなす」ことを優先すると、想像の範囲内のことしかできない。
夏に冷たいおしぼりを出してもらえればうれしいけど「感動」することはない。感動を提供するには、ゲストの想像を超えなければいけないんです。
――想像を超えた体験を生み出すからこそ「劇場型レストラン」と評されていると。
「劇場型レストラン」とよく言われますが、自分たちでそう表現してはいません。実際、ちょっと違うんです。目指しているのは、インタラクティブで、ライブ感のある空間。劇場では、観客は話さず、ただ見るだけです。81ではゲストに参加してもらいます。ゲストの「食べる」という行為そのものも含めての「ショー」、「ライブ」なんです。
――コース中はゲストとどのようなやりとりをされるんですか?
今年の夏のコース料理では、まずカツオを出して、次にトビウオを出しました。そこで「これは食物連鎖の逆なんですよ」と伝えます。
――「どういうこと?」と聞きたくなります。
でしょう。更に「そもそも、トビウオってなんで飛ぶか知ってますか。魚なのに進化の方向、間違えすぎじゃないですか」と問いかけてみる。
少し考えてもらったあと「実は、カツオのような天敵から逃げるために飛ぶんです」と答えを明かす。「水の上に飛び出せば、カツオのような大きな魚は追いつけない」「最長7分飛んだ記録もあるらしい」と話を畳みかけると、さらに楽しくなってきます。
そんな話をすれば、ゲストの頭のなかには、カツオから逃げるために大海原を飛ぶトビウオのイメージが浮かぶでしょう。地球のドラマを想像しながら食べてもらえてこその料理。
「まあ海から飛び出したところで、今度は鳥に食べられちゃうんですけどね」としっかりオチもつけて、笑いで締めくくります。
――ゲストが、より料理に興味を持てるような体験を提供するのですね。
こちらからはいろいろ提供するので、ゲストも積極的に81へダイブしてほしい。そうしなければ醍醐味は伝わらないと思います。インタラクティブなことが大事なんです。会話が起きることで、はじめて「体験」になる。
最終的には、ゲストとホストの垣根が溶け、融合するのが理想です。NO BORDERですよ。料理は「何を食べるか」と同じぐらい「誰と食べるか」も重要。その「誰」に81のメンバーを入れてほしい。
俺たちは食のプロであり、アーティスト集団なんです。24時間、常に食のこと考えている。18時のコーススタートから23時のゲストアウトまでの5時間、最高の集中力を発揮できるように、1日の過ごし方を考えています。終えても集中力の高ぶりは収まらず、どうしても夜型の生活になる。そのまま夜の静かな時間を使って考えつづける日もあれば、朝早く起きて思考に充てる日もあります。自転車通勤中も常に新しいアイデアを考えている。俺は人間を進化させるために本気でこの仕事をやってるんです。81はそういうチームなんです。そんな俺たちが参加すれば、確実に最高な料理を楽しめるはず。
――クリエイティビティを発揮するために実践していることはありますか?
よく旅に出ます。今年も夏のメニューをずっと考えていて、完成したら抜け殻のようになってしまった。だから、京都の職人と一緒にカリフォルニアへ2週間ほどの旅に出ました。日本の伝統工芸ってなんだろう、アートってなんだろう、そんなことを突き詰めて、最後には宇宙の話にたどり着く。地球、自然、宇宙。砂漠のど真ん中で、月を見ながら思考を深める。そこで得たものが、81に反映されていく。
自分の部屋で夜中にほろ酔いで考えたって旅になる。誰かと飲みにくのもいいですよね。俺の周りには、天才がいっぱいいる。彼らと会って、考えてることを話すことで思考がまとまる。ただ遊びに行っているように見えるかもしれませんが、俺は命をかけてますよ。
地元に帰ることだって旅になります。先日、地元の神輿を担いできました。3日間不眠不休で、重たい神輿を担ぎ続ける。トリップでしたよ。神様がいる・いないなんてどうでもいい。神様って概念を大事にするか・しないかなんです。大事したときに、どんな景色が見えるのか。アイヌの人々は動植物にも、自然にも、あらゆるものに神様が宿ると考えていたそうです。食は全て地球の恵みであり、神様からの恵み。ここまで考えて、俺は料理を出しているんです。
「ネットで見た」の弊害。疑似体験でなく「体験」を
――永島さんが実現したい食体験とは、どのようなものでしょうか?
俺は、レストランがインスタレーションアートだということを証明したいんです。食事ほど、インスタレーションなものはない。レストランという空間があって、シェフが料理を作って、ゲストが料理を食べる。そこではじめて「食事」が成立するんです。これぞインスタレーションアート。
だから、俺は食事が本来持つ芸術性を再構築して表現しているだけなんです。決して目新しいことをしているわけではない。イノベーションって、トラディショナルの先にあるんです。あとから振り返ったときに、あのときイノベーションが起きたって気づく。つまり、イノベーションは過去のことなんですよ。未来のことじゃない。
こうやって取材していただいて、81の一端を感じていただくことはできるけど、コアな部分は絶対に伝わらない。体験してもらうしかないんです。
――取材なんかしていないで、まずはゲストとして体験してほしいと。
そうなんです。今はネットさえあれば何でも見聞きできる時代です。高画質な動画で限りなく現実に近い疑似体験することもできる。でも、あくまで疑似は疑似。実際に体験しなければ得られないものってたくさんあると思います。
たとえば隅田川の花火大会は、現地で熱気や爆音を感じながら観ないと、1つの作品として成立しない。
81も同じです。ウェブの記事や動画を観ただけで知った気にならないでほしい。店舗があって、スタッフがいて、食材がいて、ゲストがいてはじめて成立するんです。全員で一緒に作り上げるものなんです。
食材も人も日によって変わるから二度と同じショーはできない。もっと貪欲に、もっと前のめりに来てください。
文/水落絵理香 取材・編集/葛原信太郎 撮影/須古恵