店に入ると、レーンを次々に流れる寿司が目に飛び込んでくる。席に座り、着く前から狙っていたネタ、あるいは直感的に「食べたい」と思った皿へ手を伸ばす。タッチパネルを触りながら、ゆっくりサイドメニューを選んでいく——。
私たちが今、当たり前のように楽しんでいる「回転寿司」。市場の拡大とともに、各社による店舗体験のアップデートが進むなか、2019年7月、新たな取り組みを発表したのがくら寿司だ。『スマホdeくら』と冠したそのサービスにより、同社はアプリを通した予約や持ち帰りに加え、「着席したままパネルを介さず注文できる仕組み」を、他社に先駆けて実現させた。
XDでは、くら寿司 広報宣伝部の岡本浩之氏、業務本部 先進技術開発部の橋本大介氏にインタビュー。同社の歩みと回転寿司の歴史をたどり、スマートフォンを活用した施策について話を聞いた。
その過程で見えてきたのは、顧客の声を常に意識したテクノロジー開発と、「あるべき店舗の姿」を目指す戦略だった。
回転寿司の“当たり前”をつくってきた「くら寿司」の技術開発
回転寿司の登場は、1958年の元禄寿司にまで遡る。「高級」の代名詞ともいえる寿司を、より手軽に楽しんでもらうべく、新たなかたちの店舗を考案。握る職人を中心に、楕円形のレーンに乗った寿司がぐるりと流れる、まさに“回転”寿司という業態が立ち上がった。
各社が追随するなか、次に大きな変革をもたらしたのが、大阪府堺市に本部を構えるくら寿司だ。1987年にボックス席を備える「E型レーン」を導入した。
岡本氏「カウンター席しかない構造では、会社帰りの男性などが客層の中心で、他の方は入りづらい雰囲気になっていました。くら寿司としては、もっとご家族連れなどにも来てもらいたいと思っていたんです」
岡本氏「そこで、ファミレスの座席をヒントにボックス席をつくることを考えました。結果、家族連れがとても増えて顧客層も変わった。最初の、非常に大きなイノベーションでした」
しかし、E型レーン導入の初期は、顧客からの注文をインターホンを通じて厨房で受けるシステム。「誰のオーダーか」まではわからない仕組みだった。皿には「注文分」としか書けず、レーンに流しても途中で別の人が取ってしまうなど、顧客を戸惑わせることがあったという。
岡本氏「何とかしたいと考え、次に導入したのが、タッチパネルとオーダーレーン(注文者のところに直接届く専用レーン)の組み合わせです。オーダーレーンは他社でも登場していましたが、そこに注文用パネルを併用するシステムを、2002年に開発しました。スムーズな注文を実現し、今日に至る店舗形態がつくられていったんです」
くら寿司が発案した顧客視点の改善策が、業界全体に定着していった例は他にもある。ラーメンの販売開始をきっかけにした「サイドメニューの充実」だ。数名で外食をしようとした場合に、生魚が苦手な人がいても一緒に楽しんでもらえるよう配慮したという。
E型レーン、タッチパネル、サイドメニュー。回転寿司のかたちを変化させてきた同社の技術開発を、先進技術開発部の橋本氏は、創業者である田中邦彦氏(代表取締役社長)の「破壊と創造」という言葉で説明する。
橋本氏「くら寿司は常に、お客様を“当たり前”に誘導していった会社だと思っています。『インターホンがあるのが当たり前』の状態から、それを壊して『タッチパネルがあるのが当たり前』に変えた。私たちは常に新しいスタンダードを生み出し、お客様に提案し続ける会社でありたいと考えているんです」
顧客課題をエンターテイメントへ。『ビッくらポン』『鮮度くん』の狙いと効果
くら寿司特有の“進化”もある。たとえば、『ビッくらポン』。空き皿をテーブル備え付けの投入口に5枚入れるとゲームに挑戦でき、当たりが出れば、オリジナルグッズ入りの『ガチャ玉』が出てくる。これも、顧客側の課題を解決しようとしたことが発端だそうだ。
岡本氏「狙いは“お皿を見えなくさせる”ことでした。女性のお客様からの『食べたお皿をたくさん積んでおくのが恥ずかしい』という声がアイディアのもとになったんですね。それをきっかけに、空のお皿を座席から投入してもらい、水の流れる“見えないレーン”で回収するシステム(水回収システム)を開発したのが始まりです。
その後、「この仕組みを使ってより楽しんでもらえないか」とエンターテイメント性を足していった結果、お子様に景品をお届けするビッくらポンにたどり着きました」
水回収システムには、食べた皿の「洗いの効率化」という目的もある。顧客課題の解決、業務効率化、そして店舗での“楽しさ”が、密接に結びついているのだ。このような開発の姿勢は、2011年に始まった『鮮度くん』(寿司皿キャップ)にもつながる。
橋本氏「小さなお子様が寿司を触っていたというクレームや、他の客の唾が飛んでしまっているのでは、などのお声をいただくことがありました。それをもとに、皿の上にキャップをつけ、取るとき以外は触れない構造にしました。『流れているものをあまり取りたくない』と警戒する心理があるのならば、それをわずかでも緩めたい、安心して手にしていただきたいという気持ちから開発したんです」
鮮度くんもまた、「キャップにより寿司の保ちが良くなる」「キャップにつけたICチップと連動させて一定時間が経過したら自動廃棄できる」など、オペレーション上の副産物も多い。だが、くら寿司がこうした施策を打っていくのは、なにより「流れている寿司を取ってもらう」ことを重視しているからだ。
その結果、回転寿司業界としては異例の数値が出た。「タッチパネルからの注文と、レーンから取られる比率は7:3」と言われるなか、くら寿司の割合はほぼ「5:5」になったのだ。レーンから多く手にしてもらえれば、それだけたくさんの皿を流せるようにもなる。
岡本氏「目の前を流れるものを見ていると、『これ食べたことないけど美味しそうやな』って気持ちになっていただけるんですね。『次は何がくるんやろ』とワクワクもする。そんなエンターテインメント性があることが、やっぱり大事なのかなと思います。
当社は今、海外への出店も積極的に行っていますが、一番ご評価をいただくのもエンターテインメント性ですね。お皿が流れてくるのがまず、非常に楽しいと。『テクノロジーとの融合がすごい、アメイジングだ』といって、SNSにもたくさん投稿いただいています」
ピーク時の「予約」システム利用は9割。“待たされ感”を減らす
顧客の声を受け、次々と新たな仕組みを生み出した、くら寿司のテクノロジー開発。もう一つ同社がこだわり続けているポイントが「予約」だ。
橋本氏「スマホ以前、携帯電話の時代から始まったサービスとして、予約システムがあります。こちらも、回転寿司店では先駆けて導入しました。番号札を取るような、単純な順番待ちの仕組みからのスタートです。2015年にアプリをリリースして、今は『スマホでテーブル予約』という名前で、時間指定の予約ができるようになっています」
橋本氏「くら寿司の場合、10分刻みの予約枠を用意しているのが特徴です。今すでに、店舗を訪れるお客様の約5割が、スマホからの予約になっていますね。平日の午後などはそもそも予約をする方が少ないのですが、ピーク時間帯だけに限ると、9割が予約で埋まります」
そのため、くら寿司の店舗には、土日でも長い行列ができたり、駐車場での渋滞ができたりすることが少ない。それは「並ぶのが嫌」という本質的な顧客心理に、極限まで応えることを目指した結果だという。
橋本氏「行列があると、流行っているようにも見えるんですが、待たされるお客様はやっぱりストレスですよね。当社にはかつて『くら渋滞』という言葉があって、私も店長時代に4件隣のお店まで車が連なり、お客様からすごいクレームを受けたことがありました。
そこから、どうすれば気持ちよく来ていただけるか、時間を無駄にさせないかと考えた結果が、今のシステムなんです。『映画を見るような感覚で、座席を取っていただけませんか』というご提案を通じて、お客様にも浸透してきています」
岡本氏「ただし、この戦略には懸念点もありました。ピーク時間は予約がないと座れなくなってしまったので、『くら寿司には入れない』と諦めてしまう“見えないお客様”が相当数いるのではないかと。そこで、2019年7月のアプリのリニューアルで誕生したのが、『スマホでお持ち帰り』なんです」
スマホで「持ち帰り」から「座席注文」までを可能にし、より個人に寄り添うサービスへ
「スマホでお持ち帰り」は、同社の新サービス「スマホdeくら」の機能。上述の「テーブル予約」を含め、来店前、あるいは滞在中にスマホを活用してもらうことで、ユーザビリティの向上と、店舗オペレーション軽減の両立を目的とするという。
橋本氏「たとえば、予約は2時間待ちでも、お持ち帰りは30分後にできるのであれば、『今日は持ち帰りにしておこうか』となるかもしれない。その選択の幅を、お客様へ予約の段階でご提示できることが重要だと考えました」
同サービスは、2019年11月上旬で全店舗への導入が完了する。成果が数字として見えるのはこれからだが、それまで電話でテイクアウトの注文をしていた顧客から反響が寄せられているという。
橋本氏「電話注文をくださっていた方が、『実は電話が嫌だった』とおっしゃったんです。場所やタイミングを問わず、気軽に選べる。伝え間違いの不安や、営業時間など店側への気遣いもいらない。『すごく気が楽になった』という声をいただいて。繁忙期に回線が埋まってつながらない、ということもWebならばありません。おそらく、今まで電話でご注文いただいた方の、相当数はアプリへ移行するんじゃないかと思っています。
ただし、年配のお客様のなかにはどうしても『スマホに馴染めない』という方がいるのも事実。そうした方々に柔軟に対応していくことも、一方では大切だと考えていますね」
「スマホdeくら」について特筆すべきはもう一つ、「スマホで注文」というサービスだ。これは、テーブルごとのQRコードを通じて、タッチパネルと顧客のスマホ6台までが連動し、各自メニューを注文できるというもの。より気軽に注文しやすくする狙いだ。
橋本氏「テーブル席のオーダーパネルは、小柄な方にとっては高めの位置になってしまうんです。当社は通常レーンの上にオーダーレーンがある構造上、特に高いという声があった。加えて、通路側に座った人は、レーン側の人にパネルを押してもらわないとメニューを見ることができないので、気も遣うと。それなら、手元で注文できたらいいよね、と開発に至りました。
タッチパネルからスマホにして良かったのは、カスタマイズをしやすいこと。実際にこの3カ月で、『子ども向けメニューがほしい』『トップは全部のメニューを表示させて』などの意見を受けて、メニューのタブを変えました。タッチパネルではこうした変更も簡単ではないんですが、アプリであれば気軽にお声をいただけて、柔軟に改善できそうだな、と感じていますね」
すでに導入が終わった約250店での利用率は、取材時点(2019年10月)でアプリ予約者の2割弱。今後、さらに利用が広がることにも自信をのぞかせる一方で、橋本氏は「サービスとしてはまだまだ道半ば」と語る。
橋本氏「今はまだ、お客様が『利用する』ツールなんです。それを、お客様がインストールすることによって、『くら寿司に来る価値を高める』ものに進化させたいなと。特に、注文データの分析を通じて、個別にカスタマイズしたご提案をしていきたいと考えています。
現状では、スマホから注文した分しか顧客の傾向がわからない。タッチパネルからの注文やレーンから取られた注文も私たちの側には販売履歴として残りますが、それがテーブル内の誰のものか、まではわかりません。今後はそこをIDと結びつけて、データを蓄積していく。非常に複雑なんですが、そこまでやらないと、意味がないと思っています」
岡本氏「“あなただけに”の情報って、やっぱり嬉しいと思うんです。『今売れていますよ』ではなく、『これが好きじゃないですか?』という。とはいえ、勧められすぎても快くないので、バランスがすごく難しいんですが。
でも、私たちはスマホでの注文を当たり前にした上で、最終的にタッチパネルをなくしたいと考えています。スマホの方が、やはりおもしろい提案ができますから。『どこよりも最初にタッチパネルを導入して、どこよりも最初になくす』。それでこそ、くら寿司なんじゃないかなと」
“当たり前”をつくってきたくら寿司が目指す、未来の世界。岡本氏の発言に同意しつつ、橋本氏はここでも「あまり革新的なことを、いきなり提案しても顧客はついて来ることができない」と補足した。
橋本氏「たとえば、決済は今もテーブルごとにレジで支払う仕組みのままです。アプリ内決済はまだ、機能として入れる時期でないと思っています。実際、かなりシームレスかつスピーディーにできないと、単純に会計の時間が増えてしまうだけだと思っていて。これも社長の田中がよく言うんですが、『顧客は誰か』と。自分たちの自己満足で何かしらをつくっても受け入れていただけないので、常にそこを考えるようにしていますね」
顧客に“驚き”を与え、「来て楽しい」と思ってもらえる店舗づくり
「スマホ」というツールを使って、店舗体験の進化を狙うくら寿司。その開発を推進する立場の橋本氏だが、デジタルに大きな可能性を見出す一方で、「デジタル内での喜びと、アナログでの喜びが全然違うことは、常に意識しないといけない」とも語る。
たとえば、ビッくらポンの体験だ。今回のリニューアルで初めて、「皿のないサイドメニュー」の注文分もカウントできるようになった。
橋本氏「当たりを判定するゲームは、スマホのなかで行われます。ですがポイントは、当たった結果が『レーンの上から玉として出てくる』ことだと思っています。スマホのなかで何かしらの特典がついても、あっさりとした嬉しさで終わるんですけど、リアルにガチャ玉が出てきたら、やっぱり『おお!』ってなるんです。
私は“デジアナ”という言葉を使っていますが、デジタルとアナログをどう融合させて人を驚かせるか、なんですよね」
橋本氏「もちろん、ご年配の方や高校生など、グッズよりポイント特典の方が喜ばれる方も実際にはいらっしゃるので、その対応もしていきたい。個人のニーズに合った選択肢の提案が、スマホであれば可能ですから」
より個人に寄り添った、楽しい時間と空間を演出する。そのために積極的にテクノロジーを使い、店舗のかたち、顧客の“当たり前”を変えていく——。そんな「くら寿司」の今後のあるべき姿について、インタビューの終わりに、2人は次のように語ってくれた。
岡本氏「私たちのような外食の店舗は、『ただ食事ができればいい』というスペースではないはずなんです。ほっこりした温かさを感じ、来て良かった、楽しかったね、と思って帰っていただきたい。それは結局のところ、『おもてなし』としての接客に行き着くと思っています。
今、席への自動案内やセルフレジの導入も進めていますが、私たちは無人店舗を目指しているわけではありません。たとえば、海外からのお客様が多い店舗では、外国語を話せるスタッフを配置しています。私たちも外国にいるとき、日本語で話しかけられたら嬉しいですよね。そういった“人でしか出せない温かみ”はさらに強化していく。その余裕を確保するためのシステム化じゃないかな、と考えています」
橋本氏「社内でも『スタッフに作業をさせるな。接客をさせよ』とよく言われます。座席案内をする人や、会計をする人が要らなくなる分、お客様のコンシェルジュになるような役割を目指していて。来店された際、何も問題がない方には、ニコニコと微笑んでいるだけでいいんです。でも、もし何かあった時には『大丈夫ですか』と尋ねてさしあげる。“困ったときは助けてくれるお店”をつくりたいと思っています。
人は、作業をしている人に対しては、その作業に対しての評価だけを下すんです。しかし、困っているとき助けてくれた人には、とても良い印象を持ってくれます。私たちは接客によって、顧客の満足度を高めたい。『店内は自動化するけれど、顧客満足度は“人”によってさらに上げる』というところを目指して、店舗づくりを進めているんです」
執筆/佐々木将史 編集/長谷川賢人 撮影/其田有輝也