「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせである」
名著「アイデアのつくり方」の中で、ジェームス W.ヤングはこのように語っている。
静岡県沼津市にある、泊まれる公園「INN THE PARK」は、「公園」と「宿」という慣れ親しんだ2つの要素を組み合わせ、新しい「体験」を生み出している。ここでは、代々木公園に匹敵する約600,000㎡もの広大な公園に、球体のテントやセルフリノベーションした宿泊棟が用意されている。敷地内にはカフェ・ラウンジもあり、夕食・朝食とも地元の食材を活かして、シェフが腕を振るうという。
運営するのは、リノベーションや街づくりを得意とする設計事務所「Open A」の子会社、「インザパーク」だ。同社に所属する山家渉氏は、現場責任者として施設の立ち上げから携わり、支配人を経て、現在は副支配人、広報、行政協議など多岐にわたる業務を務めている。オープンして2年、試行錯誤を続けながら「INN THE PARKらしい宿泊体験が少しずつ見てきた」という山家氏に、この施設が目指す体験の輪郭を伺った。
突然始まった宿泊業。経験ゼロの支配人の葛藤
INN THE PARKのプロジェクトは、コンペから始まった。この施設は元々、利用者が減り赤字経営だった「少年自然の家」だったのだ。沼津市は施設の活用と運営を民間委託するために、コンペを開催し、Open Aが選ばれた。
「Open Aは、建築設計を基軸としながらリノベーション、公共空間の再生、地方都市の再生、本やメディアの編集・制作をおこなっている会社です。宿泊施設の運営実績はありませんでした。そんな私たちがコンペに応募したくなるほど、ここは明らかにポテンシャルの高い場所だったんです。デザイン性の高い建物、広大な芝生や森、車でも電車でも首都圏からスムーズなアクセス。プランが良ければ、かなりおもしろい施設にできると考えました」
このとき、プロジェクトチームが考えたコンセプトが「泊まれる公園」だった。公園に禁止事項が増えていき、自由さが失われていく現代において、もっと自由に使える公園があってもいいのではないか。ここならば、自分たちの理想とする公園がつくれるかもしれない。そんなアイデアが、沼津市に見事に刺さったという。
「当時、私はOpen Aのインターンでした。コンペのことは知っていたものの、少し手伝った程度。上司から『どう?やってみない?』と言われ、翌日には上司と沼津市役所に向かっていました。『彼が住み込みます』と紹介されて、ここでの仕事が突然はじまったんです(笑)」
大学では建築学科でランドスケープデザインを専攻した山家氏。いうまでもなく、宿泊業は未経験。当初は、試行錯誤の連続だった。ただ、「それが功を奏した部分もある」と山家氏は考える。
「僕はこの施設に対して、公園の新しい活用方法としての興味を持っていました。『宿泊施設』や『泊まること』に、特別な想いや原体験はないんです。だからこそ、宿泊施設としての“あるべき姿”にとらわれず、お客さまの反応をよく観察し、自分たちが提供すべきものをゼロから考えられた。それが今のINN THE PARKの体験にもつながっています」
「おおらかさ」と「新しさ」がある公園
INN THE PARKがもつべき役割を考える上で、山家氏は公園の可能性と向き合った。そこで見いだしたキーワードが『おおらかさ』だ。公園をどう使うかは、使う人が決められる。その自由さこそが公園の魅力だという。
「ホテルと名付ければ『ホテル』になってしまいますし、グランピングと言えば『グランピング』になる。言葉による定義は、イメージも、過ごし方も固定化させてしまいます。『公園』には人それぞれの過ごし方があります。最近の公園は禁止事項が増えていますが、本来はもっと自由に楽しめる場所のはず。
私たちは、そんな公園のもつ『おおらかさ』に寄り添いたいと思い、場を作っています。たとえば、部屋は公園の森の中にありますし、まだ実現できていませんが、芝生にライブラリーを置いたり、川辺にバーを出したりといった計画もあります。宿泊施設の要素を公園に点在させることで、公園の持つ動きのある風景や、何かできそうなワクワク感をもっと強く伝えたいんです」
ここには、一般的な公園のような制約は少ない。だからこそ、どこの公園にも存在しない景色や体験が実現できるという。
「これまでになかった『公園×◯◯』の風景を作りたいと思っているんです。例えば、球体テントは当館のために作ったオリジナルで、森の中にテントが浮かぶ風景を作りたかった。芝生と遊具がある既存の公園にはない、そんな新しい価値や意外性を提供したいと考え、日々新たな景色を模索しています」
お客さまの要望に沿ったお手伝いができるように
公園のもつ「おおらかさ」を存分に活かしたINN THE PARKは、当初からターゲットを大人中心に考えていた。公園という場所の特性を加味すると、子連れのファミリーがメインかと思いきや、そこはあえて意識しないようにしているという。
「子どもにとって公園は遊ぶだけでも十分楽しめる場所なので、あえて子ども向けに特別なサービスやコンテンツを考えることはしませんでした。むしろ、ウェイトを置くべきは親である大人。一般的な公園は、遊びに行くことと、その日に帰ることをセットで考えねばなりません。大荷物は避けたいだろうし、帰るだけの体力や気力も残しておかなければいけない。
公園で過ごす時間を、存分に楽しむわけにはいかない場面もあります。でも、当館は泊まれる公園。ビールを飲んでもいいし、子どもたちを芝生で遊ばせながらマッサージを受けてもいい。大人が楽しめる要素を大切にしているんです」
大人の体験に比重を置いた結果、ファミリーだけでなく、20代前半〜中頃の女性グループの利用も多いという。森の中の球体テントは、アウトドア感あふれる見た目ながら、中にはエアコンが設置されるなど快適さも担保されている。また、食事にも力を入れていることもあり、アウトドア感を体験しつつ、キャンプほど不便さや手間はない。そのバランスが若い女性の支持を集めているのだ。
「SNSを中心に球体テントが話題になったことで、『このテントに泊まりたい』と、訪れていただける機会が増えました。あのテントは『映える』だけでなく、快適性もありますし、ふわりと揺れる感覚や、森を眺められる窓など、独自の体験を提供できる。一度体験いただければ、見た目だけではない価値を見いだしてくれているように思います」
おおらかさという言葉のもと、使う人が使い方を自由に決められるINN THE PARK。しかし、手放しに「自由にしていい」と言われても、困るゲストも少なくない。どこまでその余白を残すかはINN THE PARKが提供する体験の肝ともいえるだろう。山家氏自身「試行錯誤が続いている」というが、現状は一つだけ明確な方針を掲げている。
「お客さまの『こう過ごしたい』に沿った『お手伝い』ができるようにしています。体を動かして遊びたい人には外遊びに道具を貸せるように。昼寝してゆっくり過ごしたい人には静かな場所を提供できるように。準備はしておきつつ、お客さまの要望があるときに提供する。
昔は、『どう過ごしてもらっても大丈夫ですよ』と手放しにしていた時期もありますし、『こういう過ごし方がありますよ』とさまざまな提案を押し売りのようにしていた時期もありました。ただ、どちらであっても、心地よいと感じる方もいれば、困った顔をする方もいる。現時点では、『お客さまの過ごし方に寄り添う』という今の方針が最適解だと考えています」
宿泊者のニーズは多様だ。それを特定の型にはめて提供していくことは、同館の掲げる“おおらかさ”とは反するともいえる。
外遊びをしたいゲストには、多様な遊び道具を貸し出す。ゆったりと過ごしたいゲストには、ラグやエアソファを貸し出して公園でのんびりしてもらう。室内で遊べるボードゲームもあれば、テイクアウトしたコーヒーやビールを片手に公園を散歩してもいい。
「施設の共用部も公園も、お客さまの過ごしたいように過ごしていただきたい。そのための準備だけは入念にしています。当館では、サロンカフェのソファで昼寝している人もいます。一般の宿泊施設ではあまり見ない景色だと思いますが、公園の延長として施設があるので、それも楽しみ方のひとつだと思っています」
長い時間を共有するからこそ、価値観や世界観をより濃く
チェックインからチェックアウトまで続く、一泊二日からの「生活」を提供する宿泊業。さまざまな宿泊体験を提供する施設が生まれる中、INN THE PARKは公園のもつおおらかさに着目し、それと宿泊とを掛け合わせ価値を見いだした。
では、公園と掛け合わされた“宿泊施設であること”にはどのような意味があると考えているのだろうか。インタビューの最後、宿泊施設だからこそ提供できる体験価値について、山家氏はこう話す。
「宿泊業は、1泊2日以上の長い時間をお客さまと共有します。その長さこそが、私は宿泊施設の価値だと考えています。例えば、当館では素泊まりプランを作っていません。というのも、ここに籠もってもらいたいからなんです。夕暮れから暗闇になり、眩しい朝の光で目覚めるという自然の移ろいは、長く滞在するからこそ体験できる。
そのために、球体テントのように部屋自体にも多様な仕掛けや楽しめるポイントを用意しています。食事も、夜にはシェフが地元の食材を使った夕食を提供。朝にはサンドイッチのセットをテイクアウトして公園内のお気に入りの場所で食べられます。
私たちの提供しているものは、いずれもおおらかさを体現しつつ、お客さまに寄り添うもの。私たちが提供する価値はわかりやすいものではない部分もありますが、共有する時間が長ければ長いほど、提供する機会は増えていく。提供したい価値観や世界観が明確なほど、宿泊施設はそれが濃密に伝わっていくんです」
公園と宿という新しい組み合わせによって生まれた、INN THE PARK。公園のもつおおらかさに軸足を置きながら、宿泊施設としての意味を掛け合わせ、独特の非日常を宿泊者へと提供している。
一方、このように振り切った組み合わせを成立させるためには、その調和、つまり両者のバランスが重要になる。この調和に必要なものこそが、山家氏が繰り返し強調した「おおらかさ」であるのかもしれない。
文・取材/葛原信太郎 編集/小山和之 撮影/須古恵