かつて、人々にとってバイクは、50cc以下のスクーターを中心に一家に一台あるような身近な存在だった。スクーターが主要なモビリティだった時代から、一家に一台クルマとなり、公共機関が発展していく中で、クルマも必要ないと言われる昨今。二輪車の国内販売台数は1980年が約235万台だったが、2018年には37万台を割り込んだように、その存在は愛好者中心のものになりつつある。
「乗る人が減ると、バイクの話題が出ることが減り、どんどん遠い存在になってしまいます。反対に、少しでも乗ったことがある人は自分の体験を語ってくれる。私たちはバイクの関係人口を増やして、“日常の中にある身近なものであること”を伝えたいんです――」
そう語るのは、ヤマハ発動機 NV事業統括部MSB部の深見剛彦氏だ。二輪業界大手である同社は時代の変化に対応するべく、2019年5月に新しいサービス「月極ライダー」を発表した。
「バイクを買っても、維持できるか不安」「自分が乗りたいだけ期間だけ、一時的に利用したい」。月極ライダーは、そうした悩みに応えるバイクの所有体験サービスだ。新たな顧客とのつながりを模索する同社、月極ライダーの特徴やそこに込めた思いを聞いた。
購入よりもハードルを下げた形でバイクと接する機会を
「手軽にバイクの所有体験をしてもらうこと」がコンセプトの月極ライダーは、30日単位(最長半年)の料金でバイクに乗ることができる。月額料金は提携バイクショップにおける支払い総額の7.5%。たとえば、33万8000円のバイクだと月額2万5330円で利用可能だ。また、任意保険料やメンテナンス料も月額料金に含まれており、複雑な手続きも必要ない。
こうした新たな顧客との接点を作る理由は、消費志向の変化にある。ヤマハの調査によると、免許を取得した人のうち20~30%は、バイクに乗っていないことが分かったという。そこに該当するのは、バイクの購入やレンタルという、これまでに提供されている手段を選択しなかった人たちだ。
深見氏「免許を取ったにも関わらずバイクに乗らないということは、その人がバイクの話を他の人にすることはほとんどないと思うんです。そうなると、友達とバイクに一緒に乗ろうという話にもならないですし、大型免許を取ろうという発展も生まれません。そういった流れが、負のスパイラルとなって、バイク人口がどんどん減っていってしまっていると考えているんです」
月極ライダーという新たな選択肢を作ることで、免許に取ってバイクに乗っていない人や、過去に乗っていたけれど何らかの理由で手放してしまった人に、バイクに乗る機会を作りたいという考えだ。
深見氏「お客様は買い物をする前によく考えるようになっていると思うんです。家だっていきなり買う人は非常に少なくて、ほとんどが賃貸からですよね。『いきなり50万や100万円のバイクを買うというのは本当に賢い選択なのか?』と、過去よりもずっと考えるようになっている。
クルマにしても、トヨタの『KINTO』や『NOREL』が登場するなど、“買わない”選択肢がどんどん増えていますよね。ニーズは確実に変わってきていると思います。どちらかというとバイクのニーズが変わってきているというよりは、社会環境とか世の中の一般サービスがどんどん変わっていて、それに対する変化だと考えています。『バイクに何でその選択肢がないの?』って思われるのは当然です。いまは買うことのハードルが非常に高くなっています」
これまでにもレンタルという選択肢はあったが、深見氏は月極ライダーとの違いについて次のように説明する。レンタルの場合、「この日にツーリングをしたい」というように、事前に予約して計画的に利用するのが一般的だ。しかし、利用日が決まっている分「今日は天気が良いから、近くの海まで行ってみたい」といった偶発的なニーズには応えにくい。
月極ライダーの場合、1ヶ月単位で契約する形となるので、常にバイクが手元にある生活をすることができる。思い立った時に、バイクで海に行くことはもちろん、近所のお店までいくのも自由だ。
深見氏「月極ライダーは、バイクに乗ることに対して、明確なゴールを置く必要がありません。バイクが日常にある生活ってどんなものかを体験できる。また、レンタルだと最初から無理して遠出をしてしまいがちです。バイクが手元にあれば、まずは近くのコンビニに行って、次は隣町に行って、と自分のペースで徐々に慣れていくことができます。バイクが身近にあることで得られる喜びや楽しさを実感してもらえると思います」
業界全体の活性化のため、ヤマハ以外の車種も対象に
月極ライダーはまだ全国でサービスを展開しているわけではなく、提携している埼玉県のショップ「はとや(全7店舗)」で利用することが可能だ。2020年5月末までは実証実験としており、反響を見てからエリア拡大や新たなサービス開発につなげていく。
サービスをリリースしてから半年強、ユーザーは月あたり10人前後のペースで増加。ユーザーからは「初めてバイクに乗り、その楽しさを知った」「家庭の事情で購入できなかったが、月極ライダーでバイクを手元に置けるようになった」という声をもらったという。
また、好意的な反応を得ているとしたのが、月極ライダーの車種がヤマハ発動機以外のメーカーも対象となっていることだ。その理由について、深見氏は次のように話した。
深見氏「業界全体の衰退に対する危機感があったからです。市場全体として二輪車の国内販売台数は厳しい状況に立たされています。長期的に業界を盛り上げるためにも、顧客視点で選びやすい、使いやすいサービスにすることが必須だと考えました。
まだまだ車種は多くないですが、月極ライダーではWebサイトやLINE@からいただく要望を反映し、ニーズに合わせて車種を展開するなどの取り組みも始めています。当社はものづくりを強みとするメーカーですから、Webを活用したサービス運営はまだまだ知見が足りないのも事実です。だからこそ、数人のチームでフィードバックいただいた声と向き合いながら改善を進めるのは、『お客様と一緒にサービスを作っている』という感覚がありますね」
バイクを日常の生活に身近なものとして取り入れる人が増えることで、再び多くの人が電車や自動車のように移動手段の選択肢として検討するようになってほしい――。
ヤマハ発動機が月極ライダーの先に見据える世界だ。その実現には、現在ユーザーの対象である免許を持っているがバイクに乗っていない人以外に、これまでバイクに触れてこなかった人にも興味を持ってもらうきっかけを作ることが必要と、深見氏は考えている。
深見氏「バイク好きな人間だけが自分たちの好みや経験を“押し付ける”やり方だけでは不十分です。若い世代が熱狂して活用するYouTubeやTikTokのように、人それぞれのワクワクするような体験をバイクでも届けなければいけないと考えています。しかし、私たちのようなバイクのヘビーユーザーだけで考えるのはなかなか難しい。バイクにどのような可能性があるのか、興味がなかった人が何を求めているのかも、月極ライダーを通して今後探りたいですね」
「映画の主人公が乗っているバイクがカッコ良かった」「父がバイクに乗っていた」「友人のバイクの後ろに乗せてもらった」人が何かに興味を持つことは、自身が何かしらの体験をしなければ起こりえない。
深見氏「私の場合、父のバイクの後ろに乗せてもらったのがバイクとの出会いでした。そういう体験があるかないかで、モビリティに対して感じる親近感が大きく違ってくると思うんです。身近にバイクに乗っている人がいなければ、そういう体験は起こりえません。バイクが日常の中にあるかないかはとても大きな違いになっていくので、月極ライダーがその機会のきっかけを作っていきたいですね」
時代の流れにともない、変化してきた生活者とバイクの“距離感”。バイクが身近にあるものとして浸透しなければ、業界全体の衰退は避けられない。そんな思いを胸に、ヤマハは月極ライダーを通して日々ユーザーと向き合い、新たな可能性を探っている。
文/藤堂真衣 編集/庄司智昭 撮影/佐坂和也