誰もが発信者になれるなかで、“企業”と“個人”の距離が急速に縮まりつつある現代。企業が届ける商品やサービスの質、語る想いが「どこまで本当なのか」は、緩やかに、だが確実に生活者へと伝わるようになってきている。
そんな環境下で、「正直さ」を貫く姿勢が周囲からの信頼をつくり、顧客の輪を広げている企業がある。創業96年の老舗石けんメーカー、木村石鹸だ。
さまざまな種類の石けん、洗浄剤、化粧品などの製造販売を行う同社。家庭用品から工場などで使われる業務用のものまで、「関わる人すべてが幸せになる」製品づくりを目指し、多岐に渡る顧客ニーズと向き合ってきた。
自社ブランドでは「これがちょうどいい」、OEMでは「木村石鹸と一緒に何かしたい」——そんな声がさまざまに寄せられる、木村石鹸のモノづくり。
同社が開発する上で、大切にしていることは何なのか。その姿勢は顧客にどう伝わっているのか。大阪・八尾市の本社を訪れ、代表取締役社長の木村祥一郎氏に伺った。
自社製造だからできる、“特徴ある”石けんづくり
「石けん」という言葉から、多くの人は四角い固形の、手や体を洗うものをイメージするだろう。しかし、実際には液体の製品もあり、用途も洗濯や掃除用などさまざまものがある。それらを幅広く扱っているのが、木村石鹸だ。
近年は、化学合成の界面活性剤でつくった「合成界面活性剤」も普及しているが、同社によると、石けんはそれらと比較して手肌や衣類に優しい、環境への負荷が少ないといったメリットがある。歴史は古く、紀元前から存在しているという。
木村石鹸を語る際に外せない特徴の一つが、1924年の創業時から続く「釜焚き」製法だ。職人が手作業で調整しながら、製品の主原料となる「純石けん」をつくる。手間はかかるが、石けんならではの安全性や優しさを届けるため、先代の社長・木村幸夫氏もこの製法にこだわってきた。
そんな同社のものづくりの姿勢を、象徴するようなエピソードがある。今から約50年前、当時の銭湯や公衆浴場では、浴室を掃除するのに酸性の強い洗剤でタイルを磨いていたが、作業者の目にしみ、咳こませるうえ、タイルも痛むという問題があったという。見かねた先代の社長は、石けんで優しく簡単に汚れを落とせる洗剤を作れないかと、営業終了後の銭湯に何度も通い、銭湯向けの洗剤を開発。結果、同社最初の“ヒット商品”となった。
こうした多様なニーズに合った石けんをつくる上では、「釜焚き」によるものづくりにこだわり続けたことが大きなメリットになっていると、現社長の木村祥一郎氏は話す。
木村氏「海外から純石けんを輸入して加工もできますが、より“特徴のある石けん”をつくろうと思うと、自社で焚いていないと難しいんです。逆にそれができれば、原材料の油の種類によって性質を変えられますし、純石けん以外の成分とのブレンドの幅も広がります」
そんな木村石鹸が取り扱う製品は、工場や銭湯で使う洗浄剤などの業務用と、一般家庭向け用品に分けられる。後者のなかでも、特に生協(生活協同組合)向けOEMの割合が大きい。木村氏が家業に復帰する前には全社売上の70%を占めるまでとなり、同社の石けん事業を長く支えてきた。
だが、2000年代後半に入ると、原料費の高騰が続く一方で、デフレによって製品価格は上がらず、OEM生産が経営を圧迫するようになる。利益が年々縮小し、2013年には売上7億円に対し、「営業利益なし」にまで追い込まれていたという。
木村氏「従来のように『言われたものを、ただきちんとつくる』OEMだけでは、もはや事業が立ち行かない。そこで、自社でもブランドを立ち上げてきちんと利益を出すことと、自社ブランドの認知をきっかけに他のOEMも増やしていくことを考えました。
家業を継いだときから、石けんそのものには、まだまだ可能性があると思ってたんです。いろんな種類がある“意外性”もそうだし、モノが持つイメージも決して悪くない。
現代に合わせてアレンジを加え、人々にとっての石けんへの『見え方を変える』ことができれば、もっとおもしろくできるんじゃないかな、とは感じていました」
自社ブランド開発でにじみ出た“ちょうどよさ”
『SOMALI』は、木村石鹸が発売した最初のオリジナルブランドだ。100%植物由来の自社製石けんをベースに作られたボディケア・ハウスケアのシリーズである。
SOMALIを開発するきっかけとなったのは、木村氏自身が掃除などの家事を「やりたくないな」と思っていたこと。その理由を考えたとき、市販される洗剤用品などの多くが、日用品なのに「実は暮らしに溶け込んでいない」と気づいたという。
木村氏「SNSやブログの投稿を見ていると、インテリアにこだわる人は、透明なボトルに詰め替えたり、海外の製品を使ったりしていたんです。つまり、“店頭では目立つ”デザインであるほど、“生活空間には馴染まない”。掃除用品って、みなさん扉の奥底とかに隠すじゃないですか。でも、それだと本当に汚れきってからじゃないと、掃除しなくなるんですよ。
もっと傍に飾っておくだけで気分が上がり、使うことで楽しくなるものがあれば、家事をより身近に、前向きなものにできる。多くの人にとって『汚くてやりたくない』ものになっている掃除や洗濯の位置づけを、変えられるかもと考えたんです」
生活が楽しくなることを目指した初めての自社ブランド開発では、狙いの通りに「台所でこのキッチンソープを使うのがすごく嬉しい」「SOMALIで洗濯するのがすごく楽しみです」といった嬉しい声が多く届いた。
なかでも木村氏が、自社にとって特に印象的だったと話すのは、“ちょうどいい”という顧客の言葉だ。
木村氏「SOMALIでは、相性の良い素材同士を組み合わせて、石けんが本来持つ安全性などのメリットを最大限発揮できるようにしました。そうしたコンセプトや、尖り過ぎず日本の生活空間に馴染むように意識したボトルデザインを見て、『ちょうどいいなと思いました』という方がすごくいらっしゃって。
それらのバランスは、もちろん意識をして開発していました。ただ、私たちのブランドの姿勢を、お客さまから“ちょうどいい”という言葉で言われたときに、『これって木村石鹸っぽいかも』って気づいたんですよ」
木村氏「後にオープンさせたオンラインショップ『くらしの丁度品店』は、その“ちょうどいい”に、“調度品”を掛け合わせた名前になっています。
会社の姿勢も自社ブランドの製品も、あまり尖りすぎることなく、お客さまにとって一番使い心地のいいところを目指したい。使っているときも使っていないときも、調度品のように愛おしいモノを届けたい。そんな思いを込めて、この言葉を使うことにしました」
「バランス感覚」と「正直さ」重視で顧客に向き合う
SOMALIが目指した「使って楽しくなる製品」という開発姿勢は、『家事を遊びに遊びを家事に』というフレーズとして、木村石鹸のブランドを象徴する言葉の一つとなっている。洗浄力だけを売りにする、あるいは利便性だけを謳う製品は、基本的につくっていない。
たとえば、「家事のシェアリング」を掲げたお掃除用のホームケアブランド『&SOAP』。既存の掃除道具が女性向けのデザインが多いことに疑問を覚え、ユニセックスなデザインにしたほか、掃除を「つけおき」「洗剤」「コーティング」の3ステップに分けて、商品を展開した。「カビ対策のコーティングは私が」と分担できるイメージだ。「家族で家事を担い合うことが前提になっているラインナップがあっても良いのではないか、という想いで作ったんです」と木村氏は語る。
こうした自社ブランドの開発に際して、重視していることが二点あるという。
一つ目は、「バランスの良い」製品づくりをすることだ。石けんへのこだわりを見せ、伝統の釜焚きを続けている木村石鹸だが、化学合成の界面活性剤も決して否定しない。
木村氏「石けんは紀元前から続く歴史もあり、安全面の“無難さ”が保証されているのが、大きなメリットです。一方で、洗浄力は合成界面活性に劣るので、利用シーンによっては洗浄力を確保するために、合成界面活性剤の何倍もの量の石けんを使わなければならないこともある。それは果たして環境に対して優しいと言えるのかという懸念が生じます。
『最終的に商品として安全性の高いものをつくりたい』という思いはありますが、使用者の目的や利便性、環境への負荷を考えた上での、全体のバランスがすごく重要だと思うんですね。なので場合によっては、私たちも合成界面活性剤を選ぶことがあります」
もう一つ心がけているのは、「正直な」情報発信をすること。世の中を見ると、メーカー側が発信する情報には、過度に自社製品の良さをアピールしたり、安全性を訴えるために他を否定したりする「ポジショントーク」がまだまだ多いと木村氏は感じている。
木村氏「科学的に不確かな情報をもとに商品を選ばれてる方って、実はすごく多いんです。でも、製品をつくる以上は良い面も悪い面も必ずある。メーカーはその両方を、お客さまにきちんと伝えないといけない。
なので木村石鹸では、できるだけ客観的で正確な情報を提示するようにしています。そのうえで、納得して選んでいただけるような商品を開発しているんです」
“いいやつだよね”と言ってもらえる会社に
こうしたモノづくりの姿勢への共感から、確実にファンを広めてきた木村石鹸。売上も順調に伸びていくなかで、自社ブランドの展開を機に、明らかな変化が起きてきたという。
新しい取引先などから、OEM開発の話が舞い込むようになったのだ。
木村氏「私たちの取り組みを知って、『木村石鹸と何かしたい』と言っていただくことが増えてきました。店舗でSOMALIなどを扱ってくれていた中川政七商店さんと、オリジナルのキッチンソープをつくることになったり、大手通販会社さんと新しいOEMを始めたりと。『木村石鹸とやることがおもしろそう』と期待いただいてるのが、ありがたいですね」
木村石鹸に惹かれてくる顧客、そして取引先。彼らの想いをひも解くと、同社が発する雰囲気、企業やブランドとしての“キャラクター”への共感から、両者の関係が生まれているように感じる。
その正体はどこにあるのか。自身が考える「木村石鹸っぽさ」について伺ってみると、木村氏は次のように明かしてくれた。
木村氏「すごく伝え方が難しいんですけど……木村石鹸って、“いいやつ”なんだろうなと思っていて(笑)。人だったら明るくて前向きで、悪口を言わなくて、かといって全員に良い顔しているわけでもなく、自分のポリシーは持っている。そんなキャラクターですね。
結局、いろんな要素を踏まえて『木村石鹸っぽさ』って判断されてると思うんです。それは単にバランスのよい製品づくりだけじゃなくて、にじみ出る“ちょうどよさ”だったり、正確な情報発信をするという姿勢だったり、あるいは社員のちょっとした行動かもしれない。
すべてを踏まえて『なんかいいやつだよね』と言ってもらえるのが木村石鹸のキャラクターなんだと思いますし、これからもそう思われる会社でいれたらと考えています」
執筆/佐々木将史 編集/庄司智昭 撮影/其田有輝也