“様々なところで木村石鹸のよさを耳にしていましたが、商品を使ったことがなかったので、この機会にぜひ使ってみようと思います。”
“お風呂の床洗剤を使って大ファンになりました。商品で納得させてくれるのが一番嬉しい。シャンプーも期待します。”
——これらの言葉は、2019年12月に開始されたシャンプー&コンディショナー『12/JU-NI(ジューニ)』のクラウドファンディングで、木村石鹸に寄せられたコメントだ。
これまで、さまざまな種類の石けん、洗浄剤、化粧品などの生産をしてきた同社の「初めてのヘアケア製品」には、最終的に750人を超える支援者、目標の約17倍となる509万9175円の支援金が集まった。木村石鹸の積み上げてきた“信頼”が可視化されたことは、プロジェクト成功の大きな要因と言えるだろう。
上記の記事では、同社が大切にしてきた「正直さ」「バランス感覚」といったモノづくりの姿勢、それを体現した自社ブランド開発の裏側を、代表取締役社長の木村祥一郎氏に伺った。
今回は、そうして得られた顧客との関係性をより長く、より深めるための取り組みとして、同社が挑むクラウドファンディングと新たな製造拠点の話を掘り下げていく。
シャンプーへの想いが生んだ『12/JU-NI』
自社ブランドの展開と、それをきっかけとしたOEM提携の広がりから、「売上高7億円、営業利益なし」の危機を乗り越えた木村石鹸。業績も順調な伸びを見せ、2019年6月の決算では売上高12.2億円となった。今年度はさらなる成長を見込んでいるという。
そのなかで、新たな転換点を感じさせるのが、クラウドファンディングを達成したばかりの12/JU-NIだ。痛んだ髪や、まとまらない髪に悩む顧客に向けたシャンプーとコンディショナーで、これまでと同様に「正直さ」にこだわり、話題性のある成分の配合・不配合などを謳うことは狙っていない。各成分のメリットとデメリットをコントロールしながら、あくまで「髪を本気で良くすることだけを考えて」開発をしてきたという。
だが、同社に過去、ヘアケア分野の実績はない。なぜこの製品が生まれたのだろうか。
木村氏「そもそも木村石鹸は部署に関係なく、『つくりたい』という思いがある人がつくり、責任を持って売る会社です。仮に結果として売れなくても、最後まで開発者が『自分は顧客だ』と思える、そんな製品だけをつくっています。
12/JU-NIは、前職で長くヘアケアに携わってきた多胡健太朗という社員が開発しました。彼は木村石鹸の考え方に共感し、自らも『良い原材料をきちんと使って、本当に効果があるものをつくりたい』と転職をしてきてくれた人間です。これまでもいろんな製品の開発をしてもらいましたが、長年関わってきたシャンプーづくりには並々ならぬ想いがあり、彼自身が納得できる製品を目指して何度も試作を繰り返していました」
木村氏「多胡は謙虚な性格なので、開発した製品の良さを自分で口にすることがほとんどありません。その彼が2018年の暮れに、グループチャットで『すごいものができました』と報告してきたんです。そんなことは一度もなかったので、社内がざわつきましたね(笑)。
実際に試作シャンプーを使ってみると、これがびっくりするぐらい良かったんです。従来のものと比べて、驚くほど髪のまとまり方が違う。『何としても世の中に届けたい』と思えるものでした」
その後、木村氏らが170人ほどにサンプルを配ると、さらに大きな反響があった。8割ほどのユーザーが「すぐにほしい」と声を返してくれたのだ。
「まだきちんと製品になってなくて構わない」「何とかして譲ってもらえないか」。過去、さまざまなサンプルを使ってもらうなかで、ここまで強く求められたことはなかったという。熱烈な反応を前にして、木村氏は製品化を決意した。
クラウドファンディングで体感した「顧客の熱量」
しかし、「良いもの」をつくるべくこだわり抜いた結果、12/JU-NIには課題もあった。
一つは、非常にシビアな条件でしか生産ができないこと。ビーカーの試作と大型タンクの生産では全く違うなかで、スケールアップが非常に難しい製品だとわかった。
また、訴求ポイントのセオリーである「○○由来」「○○不配合」などの要素を一切考えず開発したため、「圧倒的に良い」と思えるのに、特徴をわかりやすくアピールできる言葉が何もなかったという。
木村氏「サンプルテストの結果、1割ほどの方は髪がまとまり過ぎてしまい、全く合わないことも明らかになりました。要するに、非常に“極端な”製品ができてしまったんです。
幅広い展開が難しいとわかるなかで、まずは大々的に売り出すのではなく、サンプルで熱烈な反応をくれた方に応援してもらおう。そこから少しずつ話題をつくろうと考えました」
手法として選んだクラウドファンディングでは、製品の良さや木村氏と多胡氏の思いなどをプロジェクトページで丁寧に伝えながら、「ある人には120点でも、ある人には10点、20点というケースも出ています」とも記し、正直さを貫いた。
当初の目標金額は30万円。蓋を開けてみると、想像を超える支援が寄せられた。
集まった額も人数も驚きだったが、木村氏は「クラウドファンディングをやって良かった」と強く感じたことがあるという。それは、これまで木村石鹸を「密かに応援してくれていた」顧客と直接つながれたことだ。
木村氏「私たちを応援いただく声は、この数年で少しずつ増えてはいました。けれど、今回のように形ある、まとまりをもった熱量として伝わってくることはなくて。
12/JU-NIを待ち望んでくれた方たちの声と、それを見て賛同してくれた方の応援コメントを見ていたら、今までの消費体験と少し違うなと思いました。このプロジェクト、あるいは木村石鹸に“賛同するから買う”という気持ちが、すごく伝わってきたんですね。この方々との関係をしっかり深く、長く続けていきたいなと、はっきり実感できました」
新工場で、顧客や社員と“楽しい”をつくる
「ファンとブランドの関係づくり」という意味で、木村石鹸の大きな転機になりそうな取り組みがもう一つある。製造設備の移設を進める『IGA STUDIO PROJECT』だ。木村氏はここをただの新工場ではなく、「顧客との交流を深める場所にしていきたい」と語る。
木村氏「たとえば、製造の裏側を気軽に見てもらえるようにしたり、ワークショップルームをつくって実際の石けんづくりを体験してもらったり。お客さまを積極的に巻き込んで、新しいプロジェクトが生まれる空間にできればと考えています。
木村石鹸と関与した人に『より好きになってもらえる』場にできたらいいなと思いますね」
IGA STUDIO PROJECTを建設する直接のきっかけは、現工場の老朽化だ。そこに向き合うなかで、未来のモノづくりを見据え、木村氏は三つのことを決めた。
木村氏「一つは、最近よくあるファブレス(工場を持たない会社)にはせず、新しい拠点を設立すること。釜焚き製法を含め、自社で石けんをつくり続けることが、やっぱり『木村石鹸っぽい』だろうと思ったんです。
加えて、単に生産量や生産効率だけを求めないこと。それを追うと『たくさんつくって、たくさん売る』が前提になりますが、これから先の時代、そんなモデルってもう成立しなくなりますよね。数字ではなく、『一人ひとりの顧客とどう深い関係を築けるか』を重視したい、それを体現できる工場にしたいと考えました」
木村氏「もう一つは、社員が働きたくなるような楽しい場所にすること。誰だって、単純に流れ作業の歯車になるだけの仕事はやりたくないですし、そこから良い製品も生まれない。自分たちでいろんな挑戦ができる、よりクリエイティブでおもしろい工場にしたいなと思っています」
モノをつくる工場から、“楽しい”をつくる工場へ。木村氏が顧客はもちろん、社員の楽しさを考える根底には、あらゆるステークホルダーの幸せを目指してきた同社の姿勢がある。
木村氏「製造工程を通して、関与してくれた人みんながハッピーになる構造じゃないといけないと思っていて。社員もそうだし、協力会社や取引先のパートナーもそうです。たとえば、うちは協力会社から相見積もりを基本的に取らないし、取るとしても見積もりしていただくお金をきちんと払います。
自分たちだけ儲かることを考えるのではなく、すべての人がちゃんと幸せになっていくものかどうか。これが、本当の意味で『良い製品』を届けるのに必要な考え方だと思うんです」
数字よりも、「関係性の深さ」を大事にしたい
顧客から社員、協力会社、取引先まで、あらゆるステークホルダーにとっての「良い製品」を追い求める木村石鹸。その姿勢は「関わる人すべてが顧客にもなり得る」点でも、実は大切だと木村氏は話す。
木村氏「取引先の会社の方も、一人の個人。生活のなかで、うちの製品を使ってくれる顧客になるかもしれません。最初は仕事で関与してくれた人が、木村石鹸を好きになってくれて、使おうかなとちょっとでも思ってくれたらたら嬉しいですよね」
ブランドとファンのあり方として、そうした今ある小さなつながりを、より深く、そして長い関係性に結びつけていく。「正直さ」を貫いてきたモノづくりの先に、木村石鹸が今もっとも大事にしたいと考える部分だ。
“この商品は、1000人のコアな顧客(ファン)がいます。その1000人の顔もほとんど知っています。長い人はもう10年ぐらいお付き合いしてます。”
木村氏は、クラウドファンディング中に書いたnoteでも、企業と顧客の理想の関係を上のように表現している。この言葉にこそ、木村石鹸が目指したい姿が詰まっているのだろう。
だからこそ、クラウドファンディングの過程に大きな手応えを感じ、新しい工場でもあえて数や生産性を追い求めず、ファンとの「顔の見える」関係づくりに力を注ぐのだ。
木村氏「メーカーにいると、どうしても『出荷数』が興味の軸になっちゃうんです。でも、『最終的に何万個売れた』という数字からは、実際にそれを使ってくれてる人の姿が見えにくい。その方々がどのくらいの回数や期間使ってくれているのかもわからない。
僕は、本当に重要なのってそこだと思うんですよ。個々のお客さまとどれだけ深く関係を持って、どれだけ長く信頼が築けているか。そこを誇れるような会社に、木村石鹸がなれたらいいなと思っています」
執筆/佐々木将史 編集/庄司智昭 撮影/其田有輝也