おいしい食事は、人の体と心を満たす。家族や仲間と食卓を囲むのはもちろん、一人で摂る食事でも、口に入れた瞬間においしさが広がれば、明日への活力になるはずだ。
1927年の創業以来ずっと、顧客の「おいしいものが食べたい」という期待に応え続けてきたのが、高品質スーパーとして知られる成城石井だ。市場の環境が変わり、生活者のニーズが多様化する中でも「お客様最優先」の姿勢がブレることなく今がある。
その姿勢は商品選びや接客に留まらない。「世界の食品を世界の街角の価格で。」とのスローガンの下、鍛えあげられたバイヤーの購買力を背景に、独自の物流システムを駆使して高品質のまま価格を抑え、既存商品が成城石井の水準に足りなければ自社開発する。郊外から駅ナカまでにおよぶ多様な店舗では、訪れる顧客の声に応え、品ぞろえを大きく変えている。
多様な顧客にそれぞれの“成城石井体験”を提供し続けられるのはなぜなのか? 顧客に対する思いと、その思いをどのように商品へ反映しているかを、成城石井 執行役員の五十嵐隆氏にうかがった。
「食」とは、人を良くすること。その先に豊かな社会がある
1927年、世田谷区・成城に成城石井の前身である食料品店が誕生した。立ち上げたのは、創業家の石井家だ。1976年からは2代目社長の石井良明氏のもとスーパーマーケットとして営業を開始。顧客に喜ばれる品質と品ぞろえを徹底し、今でも社員たちは「目と舌がたしかな成城のお客様に鍛えられて育てられた」と語る。
一般的なスーパーに比べれば高価格帯の商品が多いため、“高級スーパー”と表現されることが多いが、「そう言われたら『いいえ、当店はあえて言うならば“高品質スーパー”です』とお答えしています」と五十嵐氏は話す。実際に、商品ラベルから原材料や製法のこだわりなどを知り「この価格ならむしろ安い」と評価する声も少なくない。
経営理念を「食にこだわり、豊かな社会を創造する。」と掲げ、続いて「食べる喜び、こだわる喜び、会話する喜び、集まる喜びを提供する」と添えられている。ここでいう“食のこだわり”とは、一も二もなくおいしさの追求だ。
五十嵐氏「おいしいものを求めて国内外をバイヤーが飛び回り、顧客満足が得られる商品がなければ、水準に達する商品を自社で開発しています。素材そのものの味を活かした高品質な商品群で、お客様の期待に応えられるよう努めてきました。
ワイン1本とっても、本当のおいしさを届けることが大事だという考えが、私たちの会社のDNA。それを愚直に守り続けてきたからこそ、今があります」
そのこだわりは、商品の質に関わる物流にまで及び、グループ会社には輸入商品の仕入れを担う東京ヨーロッパ貿易がある。設立のきっかけは、当時の社長が耳にした「現地で飲むワインの方がおいしい」という顧客の声だ。石井氏自ら足を運び現地で飲んでみたところ、同じ銘柄のワインでもその味は全くの別物だった。原因を探ると、輸送時に船が赤道近くを通るため、コンテナ内の高温にワインがさらされ、味が落ちていることが判明した。そこで、当時の日本では珍しい定温コンテナを利用したワインの輸入を始めた。今では輸送中はもちろん、国内倉庫での管理方法も徹底している。空輸品の鮮度を維持するために、2017年には既存の物流センターに加えて羽田空港近くにも拠点を新設した。
世界中から集められた粒ぞろいの商品に加えて、成城石井オリジナルの商品も多数。特に、自社のセントラルキッチンの料理人が開発したレシピに基づいて製造される自家製のお惣菜や弁当は根強い人気を誇る。ただし、いわゆるPB商品や自家製のお惣菜、お弁当の類は「成城石井ブランド」などとパッケージで大々的にうたったりはしていない。
五十嵐氏「あくまで大事なのは、お客様においしいものを召し上がっていただくこと。ブランドは関係なく、お客様がおいしいと思うものを選んでいただければいい。オリジナル商品も『お客様にご満足いただける水準の商品がないから、自分たちで作る』というスタンスで開発しています」
そのこだわりが確かなものであることはわかった。では、経営理念の“豊かな社会”とは、どんな状態を指しているのだろうか。豊かさは、人によって定義が異なる。五十嵐氏は「たしかに意味が広いですが、成城石井が考える“豊かさ”は、やはり食卓の楽しさのこと」と話す。
五十嵐氏「私は中途入社ですが、2代目社長と2人で話した際、『食という漢字は人を良くすると書く』と教わったことが強く印象に残っています。家族や仲間と食卓を囲み、おいしい食事と楽しい会話があると、笑顔があふれます。かつ、食卓に並ぶ一つひとつがこだわりの詰まったものなら、そのおいしさに心が満たされる。創業時から『大事なのは食卓だ』という想いのもと、食卓をおいしさで満たすことに尽力していたそうです。もちろん、一人の食事でも、おいしいものを味わうことは力になりますよね。そうして人が心も体も良くなった先にある豊かな社会が、私たちが目指すものです」
「メロン箱」に込めた、贈る方と受け取る方に対する「親切な心」
食を通して豊かな社会をつくるという意志の根底には、徹底した顧客視点がある。経営理念や信条をまとめた「成城石井BASIC」でも、「お客様最優先」という価値観が語られている。顧客視点、顧客を大切にするという言葉は多くの企業でもうたわれているが、成城石井の「お客様最優先」という言葉の奥にあるのは『親切な心』だと五十嵐氏。
相手の気持ちを汲み、思いやる「親切な心」。そのあり方を、目に見える形で示しているのが、紙袋やビニール袋、また包装紙にも描かれている「箱に入ったメロン」だという。
成城石井は『世界の食品を世界の街角の価格で。』という言葉をスローガンに掲げ、輸入食材が高価な時代から、手に取りやすい価格で顧客に届ける姿勢を大事にしている。その中、国産であっても当時のメロンは2-3万円と高額で、卸先も百貨店や果物専門店に限られていた。はじめは成城石井に卸されるのは難しかったが、2代目社長が日々市場に通って信頼を得るようになり、卸業者と関係を構築して、質のいいものを手に入れ、百貨店の半値に近い価格で店頭に並べられるように尽力したという。
五十嵐氏「『本当においしいものを少しでも手軽に召し上がっていただきたい』という想いのもと店頭に並べたんです。当時、高価なメロンは主に贈答用だったので、購入する方は贈り先の方に、『おいしいものを召し上がってほしい』という思いを込めて選んでくださる。それを私たちは『ぜひ楽しんでいただきたい』という気持ちで箱に入れ、丁寧に包んでお渡しします。受け取られた方は、味に満足いただいて、贈り主に『ありがとう』と感謝の気持ちをお返ししますよね。
購入されるお客様、成城石井、そして受け取る方の間に、それぞれ思いがあり、リレーのようにつながっている。ここで相手に対する思いやり、つまり『親切な心』が欠けてしまうと、リレーがつながらない。だから私たちは『親切な心』をいつどんなときも持ち続けなければいけません。そして『親切な心』を常に忘れないよう袋に『メロン箱』のイラストを入れています。この話は、社員研修などでも繰り返ししています」
買い物の背景にある相手の気持ちを汲み取り、大切にしようという「親切な心」をもって、食の領域で思いのリレーをつなげているのだ。
とはいえ、全国185店舗、従業員は7000人。この思いをどう浸透させていくのか。そこで成城石井は、CSリーダーという役割を設け、研修を経て各店舗に1名ずつ配置している。彼らに「親切な心」を伝え、店舗スタッフへ共有してもらうことで、従業員がその思いを常に念頭に置いて働けるよう促している。
相手を思う「親切な心」は、全国に広がる取引先メーカーや生産者に対しても同様に徹底されている。メーカーや生産者との商談会を定期的に行い、膝を突き合わせて生産者の思いやこだわりに耳を傾け、お客様に商品の「価値」を伝えることを重視している。手に取っていただきやすい価格設定も大事なポイントだが、無用な安売りはしない。
五十嵐氏「つくり手に無理を強いると消耗戦になり、お互いに疲弊します。お客様とだけでなく、お取引先とも良好な関係を築き、『三方よし』の状態を実現できるよう、いつも心がけています」
商品の卸に留まらず、ワイナリーや蔵元、酪農家など多くの生産者が成城石井オリジナル商品の開発に協力しているのも、こうした考えがあるからだろう。
高品質な商品と両輪の「顧客の声を聞く」姿勢と仕組み
商品のこだわりと同様に、接客にも並々ならぬ工夫がなされている。前述の「親切な心」をはじめ、理念の共有と並行して、チェッカー技能検定の取得の促進や、ミステリーショッパー(※覆面調査による第三者評価)を導入して個々の店舗の課題にいち早く対応するなど、複数の仕組みも取り入れている。
加えて、顧客の生の声を吸い上げる仕組みも日々稼働している。毎日17時ごろ、その日受けた指摘や提案などが全従業員にメールで共有されるのだ。たとえば自社開発のお惣菜の味への不満が挙がれば、原材料や製造方法などを見直し、場合によっては販売を取りやめることも珍しくないという。
その声に真っ先に目を通しているのは、現トップである原昭彦社長だ。17時を過ぎると、外出先でもレポートをチェックし、五十嵐氏や各部門の役員に直接連絡を入れる。
五十嵐氏「毎日、新しい宿題を次々と受け取っています。もちろん私たちの部門でも細かく確認していますが、トップ自ら顧客の声の一言一句に目を通し、即断即決するからこそ、改善策を即実行できる。このスピード感は、また来ていただくために大事な要因だと思っています」
特に前述のオリジナルの自家製商品に関しては、トップの強いコミットメントとそれに柔軟に対応できるセントラルキッチンでの製造という2つの要因によって、一般的な小売業には真似できないクオリティを担保している。だから、顧客のニーズとの間にミスマッチがあっても、顧客の心が離れる前に、引き戻せる。「この前より良くなっている」という体験を通して、一層ファンになってしまうのだ。
五十嵐氏「店舗で扱う商品はほとんど、特に自社開発の商品はすべて、原が試食して吟味しています。ただ、原も決して自分の好みで選んでいるわけではありません。お客様が何を、どんな水準で求められているのかを考え、お客様の立場で判断しています。
しかしそれでも、お客様の目と舌のほうがもっと厳しいので、日々さまざまなご指摘を頂戴しているわけです。昔も今も、お客様に育てていただいていると実感しますね」
住宅街の大型店から、新宿や恵比寿、赤坂といった都心の駅近・駅ナカ店まで、店舗面積や顧客層がかなり異なる場所に出店しているのも成城石井の特徴だ。品ぞろえに一定の原則はあれど、店舗ごとに喜ばれるものが違うため、前述のように顧客の声を取り入れてどんどん変えているという。
たとえば、同じ東京でも成城と亀戸では顧客層も異なるため、売れ行きとなる商品も異なり、品揃えも異なる。185店舗あれば、185通りのラインナップがあるといっても過言ではないという。
五十嵐氏「品揃えの基準がないのが基準、とも言えますね。私たちには“ターゲット層”という考え方がなく、おいしいものを求めるすべての方がお客様なので、来店いただく方の声が指針です。
大型店だと1万2~3000アイテムを扱っていますが、日々の売れ方とお客様の声に対応して品ぞろえを大胆に変えていくのは、小売業・成城石井を続ける醍醐味であり、厳しさでもあります」
価値を押し付けず、一人ひとりの顧客に寄り添いたい
商品、接客、店舗づくりのすべてに顧客視点の考え方が徹底し、三位一体となっている。それが成城石井の強みであり、結果的に築かれたブランドだ。長年、食にこだわり抜いてきた姿勢が顧客との絆を強固にし、新しいファンも増やす、その原動力になっている。
五十嵐氏「私たちの商売は一期一会じゃないんですよね。来店いただき、満足する体験を提供し、その先に食卓での喜びがあって、はじめて、また行きたいと思っていただける。私たちの商売は喜んでいただくこと、満足していただくことの繰り返しなんです。ですから、いい加減なことや信頼失うことは絶対にできない。
どこかでごまかしはじめると、いつか『あんなに信用していたのに、もう二度と行くもんか』となってしまう。愚直に正直に、おいしさを追い続けるしかない。その姿勢こそが、成長し続ける根源でもあるんです」
伝統を踏襲するだけではなく、常に新たな価値を模索し提案しているところも、永く愛される要因だ。創業90周年を迎えた2017年、若手社員から幹部希望者を募り、経営人材の育成を始めた。彼らのアイデアから、購入した食材をその場で調理してもらえるグローサラント(※グローサリー×レストランの造語)の新業態店舗が生まれている。同年には、セントラルキッチンで腕を振るう料理人による最高峰のオリジナル商品シリーズ「desica」も立ち上げ、メディアを賑わせた。
2022年には、大型工場の新設も控える。生産力向上による商品群の充実・拡充を見越して、まさに今、さまざまなチャレンジをしているという。これまで積極的には展開してこなかった点心の商品を実験的に展開したり、10g単位でハンバーグのサイズを変更したりしているそうだ。盤石な支持の上で、試行錯誤はさらに加速しているといえる。
ほかにも、簡単に手作りの食事を楽しめるミールキットは、コロナ禍の影響による中食・内食のニーズの高まりや、自炊を始める人の増加を受け、新しい顧客層への提案となっている。
五十嵐氏「コロナ禍では、私たちの自社流通網が力を発揮しました。国際物流が各所で止まってしまった際にも、その状況ごと最適なルートに組み替えながら運ぶことで、お客様に在庫切れなどのご不便をかけずに済みました。また私たちの想像以上にECが伸び、前年同月比300%を記録。これを機に、ECやデリバリーでのサービス展開にも注力しているところです。
社会が大きく変化する中でも、理念をしっかり持ち、お客様のご期待やご要望に全力でお応えすることの大切さを改めて学びました。これからも『お客様最優先』の姿勢で、新しい挑戦を続けていきます」
最後に成城石井ブランドの価値をどう捉えているかを聞くと、「ブランドとは、それぞれのお客様の中にある成城石井への評価を積み上げたもの。それはお一人ずつ違うので、こちらから価値を押し付けず、今後も個々のお客様に寄り添っていきたいです」との答えが。
これからも成城石井では、一人ひとり異なる喜びや驚き、温かさを含んだ無数の顧客体験が生まれていくはずだ。
執筆/高島知子 編集/小山和之 撮影/須古恵