違う香りのシャンプー&トリートメントを、それぞれ3種ずつ選択。計9通りの組み合わせから、好みの気分が楽しめる、ユニークなヘアケアブランドが花王「and and(アンド・アンド)」だ。
それまで機能面ばかり訴求されてきたシャンプー&リンスの市場に「香りのセルフコーディネート」という新しい選び方を提案。2019年発売以来、感度の高い20代前半の女性たちに支持されている。
『自分らしくありたい。けれど、枠組みも欲しい』――。実は「and and」は、そんな今の20代女性たちが抱く、ある種の“矛盾”を意識して、開発されたものだという。
一体どういうことなのか?ブランド担当の花王ヘアケア事業部・森千紗氏とPR担当の同・俵紀子氏に聞いた。
機能や香りではなく、シャンプー選びを「気分」から。
「シャンプー選びの新たな“軸”を提案したい。『and and』立ち上げの起点はまずそこでした」とマーケティング担当の森千紗氏は言う。
毎年、新製品が発表されるシャンプーやトリートメント。あふれる商品の中で際立つことは難しくなる一方だ。別の角度から新たな魅力をヘアケアブランドに与えられないか、と探ったわけだ。
そこで数種のシャンプーとトリートメントを同時に展開し、ユーザーに組み合わせて選んでもらい「セルフコーディネート」を楽しんでもらう仕組みをまず思いついたという。ヒントになったのは、コスメだ。
森氏「パレットだけ買い、そこに入れるアイシャドウは自分好みの色を選ぶなど、コスメの世界ではパーソナライズやセルフカスタマイズが人気です。
おしつけられるのではなく『自分らしさ』や『自由さ』が支持されている。同じことを『ヘアケアでもご提供できないか』と考えたわけです」
森氏らはまずターゲットとして想定した20代女性3名の買い物に同行。「物の見方」や「選び方」のポイントを事細かに観察したあとで、「買い物時の気持ちの変化」を知るための個別インタビューを行ない、彼女たちがセルフカスタマイズに魅かれるインサイトを探った。
そこで『迷いながら選ぶプロセス』を楽しんでいること。『自分らしさを表現できる』ことに喜びを感じることなどを確信したという。
もっとも、「and and」が真にユニークなのは、シャンプー&トリートメントをセルフカスタマイズするものさしを「気分」にフォーカスしたことだ。
従来、シャンプーなどのヘアケア製品は「髪がしっとりする」「頭皮の汚れがよく落ちる」といった“機能”か、「フローラル」「シトラス」といった“香り”の2軸で訴求され、選ばれるのがスタンダードだった。
森氏「そこで、「and and」では機能や香りから訴求するというこれまでの定石をいったんなしにして考えることにしました。むしろ、もっとエモーショナルなところ。使う人の“気分”はどうかな、とたどり着いたんです」
シャンプーに求める気分と、トリートメントに求める気分は違う
考えてみたら、髪を洗うバスタイムは、リラックスしたり、リフレッシュするなど、“気分”を心地よくする大切な時間だ。花王は、以前から五感の情報をどう心地よく感じているかを脳科学のアプローチでひもとく花王感覚科学研究所を設置し、「髪を洗うときに人はどんな気分を感じ、求めているか」を研究していた。
たとえばシャンプーは一日の疲れを落とす意味で「癒やし」の気分がより求められる。しかし、その後にほどこすトリートメントは、むしろ次の日のために「高揚する」気分を求められることがわかっていた。
だからシャンプーはリラックスできる香りが立ち上りやすく設計したり、トリートメントは流した後にこそ、気分がアガるような残り香がキープするよう設計するなど、ヘアケア商品の企画開発に活かしていた、という。
森氏「このヘアケアに活用していた感性研究を、いわば逆のアプローチでこの商品開発に活かせないか、と考えたんです。『ゆったりしたい』とか『ときめきたい』とか。こんな気分を味わいたいから、この香りを選ぶ! と“気分“を軸にして、シャンプーやトリートメントを選んでもらったらどうだろう? と」
メインターゲットである20代前半女性が求める「気分」もさらに掘り起こした。
森氏「20代女性を中心にアンケート調査を実施したところ、高揚感などよりもどちらかというと『癒やし』をより求めていることがわかった。社会に出たばかりの頃で、学校から職場という環境の変化にストレスを感じている方が多かった。なので、提案する気分は癒やしに寄ったものを、と考えました」
こうして、なりたい気分から逆算して、3種のシャンプー&3種のトリートメントを選んでもらう「and and」のアイデアが生まれた。シャンプーは『自由に』『静かに』『ゆったりと』と3種の違う気分になれる、違う香りの商品を展開。トリートメントも『はしゃぐ』『跳びまわる』『ときめく』の3種の気分になる香りを用意した。
選ぶ人のなりたい気分によって『自由に』+『跳びまわる』、『ゆったりと』+『ときめく』、『静かに』+『ときめく』など9種のニュアンスの違う気分を、自ら選べる仕組みにした。2つを組み合わせるから「and and」というブランド名にしたわけだ。
それぞれ3種ずつ、選択肢を9種にしたのも理由がある。
森氏「選択肢が多すぎるのは、選ぶのがしんどい。個性を出したい、自由に選びたい一方で、想定する20代前半女性には、そうしたインサイトも同時にある。そう気づいたからなんです」
インスタの端に映った「キャラクター」がヒントに
「自分らしくコーディネートしたい」「選べる自由が欲しい」。原宿での買い物同行とアンケート調査では、そんな20代女性の消費性向をつかむと同時に「選択肢が4つ以上になると選ぶのがしんどくなる」心理を強く感じるシーンがあったという。
森氏「洋服も十色以上もある中から選ぶとなると、『逆に選べないよね』という声があった。あるいは『たくさん色や形があっても、個性的すぎるものはやっぱり選ばない』という声もあった。
自分を振り返ってみても、パーソナライズやセルフカスタマイズなどで『選べる自由』はたしかに欲しいけれど、『この枠の中でどうぞ』と言われたほうが楽だし、間違いがないって実感もありました」
行動経済学でいう「決定回避の法則」。選択肢があまりに増えすぎると、その中から選ぶ行為がめんどうになり、失敗も回避したい心理と相まって、むしろ「選びたくなくなる」という心理が、まさにターゲット層の買い物でも見てとれたわけだ。
こうしてシャンプーもトリートメントも各3種にしぼり、「3×3=9通り」の選択肢にすることで、選びやすさにも配慮している。
パッケージも、ターゲットユーザーのインサイトを考えぬいた。たとえば「気分」を伝える文字数。できるだけ短く、完結にしたのは、若い世代ほどひと目でわかるシンプルで、視認性の高い情報を好むからだ。
森氏「個人的には『月明かりの中にいるような静けさ』みたいな文学的な表現で気分を表現したかったのですが、デザイナーに却下されました(笑)」
パッケージ・ラベルの下に、「ウサギ」「王冠」「ハチドリ」などのイラストアイコンを配したのも、ユーザー目線をつきつめた結果だ。
森氏「ターゲット調査する中でユーザー層と思われる20代で感度が高い女性の方々の、Instagramもものすごくチェックした。すると『パッと見、キレイ系でクールなファッションをアップしている子のインスタ画像に、よくよくみると家の端っこにキャラクターグッズが写り込んでいたりする』ことがけっこうあったんですね。
スタイリッシュな中にも、かわいらしさが同居するような雰囲気、気分が好まれるんじゃないか、という仮定のもとで、さらにユーザー調査で磨きあげて、ほどよくかわいいイラストアイコンを入れることにしたんです」
購入者アンケートによると、6人に1人は「イラストに魅かれた」「お月見のシーズンだからウサギの絵のボトルを選んだ」とアイコンに触れる声が届くという。
森氏「結局のところは、実際にお店の棚に並んだときにどう見えるのかが一番大事。他のブランドとの差別化を図りつつも、『and and』の世界観をブラッシュアップするために『香りとデザインがマッチしていないのではないか』といった懸念点や、インタビューのなかで特徴的だった『なんとなく、ここが好き』といった声を確かめるため、20回以上にわたる微調整を重ねることで、今のデザインに落とし込んでいった」
「PRイベントも既存とは違うものにした」とPR担当の俵紀子氏は言う。
俵氏「トップスとボトムスの組合わせでファションをコーディネートするように楽しめるのが『and and』の特徴。それを伝えるためファッションスタイリストの風間ゆみえさん、山脇道子さん、小山田早織さんの3名をお呼びして、例えば『静かに+ときめく』の気分ならこんなファッション、という風にそれぞれの組合せにあったコーディネートを提案していただきました。
また今はInstagramなどで『and and』で提案している9通りの気分にフィットする音と映像を、Web限定動画としてアップするなど、世界観を伝える努力を続けています」
気分と香りと、デザインとイメージ。20代前半女性のインサイトを徹頭徹尾調べて、それをかたちにする作業を『and and』は愚直に続けている。
森氏をはじめ手掛けるチームのメンバーのほとんどが20代女性とターゲットに近いことも、思い切ってアクセルを踏み込める一因になっているようだ。逆に、コーディネートの楽しさを際立たせたいがために「あえてブレーキを踏んでいることもある」とも言う。
森氏「流通の現場からは『組み合わせた香りの見本』を売り場に置きたい、というご意見もありましたが、お風呂場でシャンプー×トリートメントを組み合わせる体験を、店頭でも実感してもらいたく、香り見本も単品でご用意し、実際に組み合わせの体験ができることにこだわりました」
花王という伝統的な大企業ながらも、若いチームがチャレンジングなアイデアを次々と具現化。下支えとなった感覚科学研究所などが積み重ねてきた知見がかみあうことで、ヘアケア市場に、「セルフィコーディネート」と「気分で選ぶ」といった新機軸を切り開いた「and and」。今後もさらに組み合わせを楽しめるような商品を検討中だという。世界観はさらに磨かれ、広がりそうだ。
成熟しきったと思われがちな市場や商品も、編集のやりようで、広がる可能性がある。満たされぬニーズは掘り起こせる。ヘアケア製品に限らず、コーディネートの幅はまだまだありそうだ。
執筆/箱田高樹 編集/浅倉潤一、大沢景(BAKERU)