どこのコンビニやスーパーでも存在感たっぷりに棚の多くを占領するポテトチップス。毎日のように「新作は出ているか」「美味しそうだな」「この味は…微妙そう」とチェックする人も多いだろう。
裏を返せばポテトチップスは、メーカーにしてみると競争厳しい“激戦区”的ジャンル。「せんみつ」(1000の新商品が出ても、残るのは3つ程度)といわれるほど、激しいシェアの奪い合いを日々、繰り返している。
そんな激戦を勝ち抜き、4年前に誕生し、新たな定番商品の座を築いているのが『湖池屋プライドポテト』だ。一般的な商品より20%ほど高いにも関わらず、初年度に菓子業界のヒットの目安と言われる20億の倍にあたる40億円を超える売上を記録。昨年2月のリニューアル後も前年度比517%増で伸びるなど、勢いを増している。
「数字やデータではなく、お客様一人ひとりを見て、つくる。そんな湖池屋流のマーケティングが活きています」と同社マーケティング本部の野間和香奈氏と、高戸万里那氏は口を揃える。
その真意とは? またリニューアルによって、何を変えたのか? お二人にうかがった。
ライバル社ばかりに、目が向いていた。
『湖池屋プライドポテト』は2017年2月に誕生した、まだ若い湖池屋のポテトチップスブランドだ。もともとアラフィフ世代を狙って打ち出したわけではなく、「最高に美味しいポテトチップスをつくる!」という骨太なミッションを掲げ、立ち上げられたものだ。
大仰な挑戦。背景には、当時おかれていた同社の“不調”があった。
1953年に創業した湖池屋は、日本で初めてポテトチップスを量産し、今や定番の「のり塩」などのヒット商品も生み出した老舗企業だ。しかし後発のカルビーが約7割と圧倒的なマーケットシェアを誇り、業界2位が定席だった。
それでも80~90年代は、辛味を全面に押し出した『カラムーチョ』や、ユニークなCMで話題となった『スコーン』や『ドンタコス』といった斬新な商品ブランドで、多くの支持を集めていた。しかし、2000年代に入ってから他社が、資本力を生かした圧倒的な低価格攻勢をかけ、さらにシェアを奪いはじめる。
湖池屋のマーケティング部の野間和香奈氏は「他社との差がなくなってきており、コモディティ化され、価格で選ばれるようになってきていました」と言う。
厳しい低価格競争で、シェアと共に社内の活気が奪われていった。「どうせ勝てない」。そんな気弱さが社内に蔓延していたのが、2010年代半ばだったわけだ。
そこで一念発起して、会社そのもののリブランディングに動き始めた。キーマンとなったのは、今の社長で、2016年10月に招聘された佐藤章氏。元キリンビバレッジの社長で、『FIRE』や『生茶』を生み出した、伝説のマーケターだ。
野間氏「その佐藤が掲げたリブランディングのコンセプトが『一品で会社を変える』でした。失いかけた誇りを取り戻すような、素晴らしい商品があらたに生まれれば、会社はまた息を吹き返す。そう考えて、手掛けたのが『湖池屋プライドポテト』だったんですよ」
合言葉は「ライバルを見ない」こと。佐藤氏は、向けるべき目を会社自身のルーツに、そしてお客様に、と強く訴えたという。
よりどころとなったのは、小池和夫創業社長が残していた「業界で最高のものをつくる」の言葉だ。
日本のポテトチップスメーカーの先駆けだった“誇り”ともいえる、その言葉を起点に、ライバルの動向を追うのではなく、とにかくクオリティの高いポテトチップスをつくることにフォーカスしたのだ。
そして2017年2月に『KOIKEYA PRIDE POTATO(湖池屋プライドポテト)』は誕生した。特徴は「100%日本産のじゃがいもだけを原料にしたこと」「そのじゃがいもの味わいがしっかり伝わるように揚げ方など製法も変えたこと」、そしてそれまでのスタンダードだった赤や黄など視認性の高い暖色系ではなく「真っ白のスタイリッシュな色で、これまでにないタテに立つ新型包装」を採用したことだ。
ライバルを追うでも、気にするでもなく、「最高のポテトチップスを」とつくったのが『湖池屋プライドポテト』だったわけだ。
火はすぐについた。
「めっちゃ美味しい」とSNSでも話題となった。奇をてらった味ではなく、真正面から伝えるじゃがいもの美味しさは、前述のように「こんなポテトチップスが欲しかった」とポテトチップス離れをしていた世代にも響いた。そして年間20億円を売り上げたらヒットといわれる業界で、40億円を売り上げる大ヒットになったのだ。
成功を通じ社員が「プライド」を取り戻した
ところで、ポテトチップスのマインドシェアは、人のライフサイクルに左右されることをご存知だろうか?
野間氏は「老若男女に人気なのは変わらない。しかし実のところ世代で人気に浮き沈みが激しいんです」と言う。
小学生くらいの頃、ポテトチップスはおやつの大人気メニュー。しかし中学生を超えるとダイエットを気にして敬遠されたり、ポテトチップスだけじゃ足りない」とハンバーガーなどに心奪われる。しかし20歳をすぎると、酒のつまみとしてポテトチップスが再浮上。結婚して、今度は家族のおやつとしてまた消費される。そして40~50代を過ぎる頃は「塩分と油が気になる…」と敬遠しはじめ、米菓に心が向いてくるのだ。
野間氏「でも『湖池屋プライドポテト』は、ポテトチップスを卒業していく大人世代にまで支持される商品になりました。50代くらいの方々からも『上質でしっかりじゃがいもの旨味を感じる』『こんなポテトチップスを待っていた!』と支持いただいたのです。これが成功要因の1つだと思います」
好調な売り上げを受けて、活気を失っていた社内のムードもじわじわと変わっていった。発売当初、新入社員として福岡で営業職だった現マーケティング本部の高戸万里那氏は振り返る。
高戸氏「九州はとくに業界1位の企業が強いため、新製品を売り込むにもバイヤーの反応は薄かった。けれど、『湖池屋プライドポテト』の商談では、『え、で、どんな味なの?』とはじめて目の色を変えてくれました(笑)。
だからこちらの売り込みに熱も入りましたし、実際にお客様にも湖池屋の想いが届き、買っていただきました。商品に、会社に、どんどん自信と思い入れが強まっていったことが忘れられません」
同様にすべての湖池屋社員にとって『湖池屋プライドポテト』は、自分たちの誇りを取り戻す象徴的な一品となった。『湖池屋プライドポテト』のヒットが牽引し、売上もシェアも回復のスパイラルに入った。
もっとも、そう簡単に勝ち続けられるほど“激戦区”は甘くない。
迷子になっていた「プライド」。
発表した翌年から毎年、マイナーチェンジを繰り返した『湖池屋プライドポテト』だが、デビュー当時の勢いは出ていなかった。
「少し和のデザインを強めよう」「味も増やして喜んでもらおう」。様々な方面から価値を創造しようと努めたが、なかなか定着させられなかった。
野間氏「湖池屋プライドポテトは日本を代表する味にしよう、湖池屋の本来の老舗らしさを全面に出そう…と追い求めすぎたきらいがあった。たとえば、白いパッケージが斬新だったのに『日本らしさ』に注力しすぎて、日の丸をイメージした赤いパッケージにしたり、老舗の品質感を…と“味名”も控えめの読みにくい文字でデザインしたり」
そもそもコンビニなどで人が商品を選ぶとき、「2秒」ほどの短い視認で、手にとるかとらないかを決めるという。世の中の情報量が増え、選択肢が増える中で、この時間は日に日に短くなっている印象だ。
そんな中で『湖池屋プライドポテト』は、ハイセンスなデザインに足をとられ、たった2秒で選ばれる戦いの中で敗者になっていった。ようするに「わかりにくい」デザインになっていた。
「ライバルではなく、自分たちを見つめ直す」。リブランディングに成功し、力強い幕開けをしたばかりに、あらゆる需要に応えないと、と、本来の立ち位置を見失い、迷子になっていたわけだ。
野間氏「だから、この“迷子”を終わらせるため、お客様の視点をあらためて取り戻すことにした。それが、2020年のリニューアルのテーマでした。だからリニューアル担当としてプライドポテトに熱い想いのあった高戸をアサインしたんです」
高戸氏は、先述どおり、九州で営業職として最も初代『プライドポテト』を売っていたため、バイヤー、小売店、そしてお客様に最も近い場所にいた。そのうえ、社内で最もプライドポテトを愛していた。いわば「ユーザー目線」を誰よりも持っていた。
高戸氏「ただ、手掛けたことはシンプルです。2秒ですぐに『あのプライドポテトだ!』とわかってもらうことでした」
まずは商品名を欧文からカタカナにした。湖池屋はみな『湖池屋プライドポテト』を認識していたが、買う側は“湖池屋の白い袋の、プレミアムなポテトチップス”程度の認識しかなかったからだ。
味名も視認しやすいはっきりとしたフォントを選んだ。しかも、単なる「のり塩」ではなく「神のり塩」や「感激うす塩味」と、いま風の大胆な形容詞をつけた。
高戸氏「2秒で選んでいただくための決断です。味名を説明するものではなく“感性”に訴えかけて、美味しそう! と感じていただく必要があると考えました」
チップスの写真も感性を意識した。初代のプライドポテトのようなチップスを均等に並べるレイアウトを採用したが、ポイントは「やや大きめ」に配したこと。写真やテキストは白バックで小さめに配すと高級感が醸し出される。しかし、小さくなると見る人に美味しそうだと感じさせる「シズル感」が出しづらい。
高戸氏「そこで、もう何度も何度も微調整をしました。おもしろかったのが、最後に半径1ミリほど大きくした途端、ぐっと美味しそうに見え始めたこと。それ以上大きいと少し下世話になるが、そのギリギリをねらうことによってちょうどいい感じになった」
旨味の濃いじゃがいもを選定し。その味わいをより出せるよう、油の温度を見極めながら揚げた後、かつおの旨味で下味をつけてから味付けをするといった調理法に変えた。視認性を高くして、手にとってもらったあとは「『プライドポテト』は美味しい」「神だ」「感激…」と圧倒的な味の違いを感じてもらう狙いだった。
狙いは的中した。リニューアルした2020年2月には、前年同月比で517%アップ。『湖池屋プライドポテト』の磨き上げられたポテンシャルが、シンプルに伝わった。2秒の戦いに勝つようになったのだ。さらに2021年2月1日からは、新味「凛凛レモン」もラインナップに。永野芽郁さんのCMも話題だ。
野間氏「高戸の『湖池屋プライドポテト』への思いが、功を奏したのだと思います。アンケートデータや数字も大いに参考にしますが、担当者の熱意で大きく変わる。しっかりとお客さんの目線になって、こうしたい、こうつくりたい、これなら選ぶ! と情熱や思いがなければ、2秒で選んでもらえない。神は細部に宿る、と言いますが、商品づくりもそう。また、細部までこだわれるのは、本気でお客さん目線をもっているからだと思う。こなしているだけなら、お客様に見透かされますよね」
スナック菓子は、ユーザーにまだまだ「寄り添える」。
ポテトチップスなどのスナック菓子を食べるシーンは、いま増えていると同時に、多様化しているという。
理由のひとつは、「食事の時間を減らしたい」人が増えたこと。スマホやタブレットなどで提供されるコンテンツが溢れ、ゆっくりと時間をかけて食事を楽しむことより、そうしたネット動画やSNSに時間を割きたい人が若者を中心に増えている。手軽に「ながら食い」できるスナック菓子は、ベストな食事代わりになるわけだ。
新型コロナウイルスの感染拡大も大きな影響を及ぼしている。
リモートワークが増え、仕事も生活も自宅で…という人が増えた。同社の実施したアンケートによると、コロナ禍で不安やストレスが増え、手軽に食べられるスナック菓子でリラックスやリフレッシュする人が多いという。
野間氏「またオフィスにいるときは、なかなか袋の大きなポテトチップスのようなお菓子をひとりで食べるのは気が引けた。けれどリモートワークの方なら、周りを気にせず、食べられますからね」
また「ストレス解消のためにご褒美としてプレミアムなポテトチップスを選ぶ」人もいれば、「ストレス解消のために味の濃い、ガツンとしたストロングなものを求める」人もいる。実に多様なのだ。
野間氏「だから、湖池屋でもプレミアムな『湖池屋プライドポテト』を出す一方で、味の濃さと硬さを押す『湖池屋STRONG』というシリーズもある。ちなみにこれはガツンとした濃い味が大好きなマーケターが担当しています(笑)。
本当にスナック菓子に求めるものが多種多様になっている。それだけにマーケティングのためのデータや数字だけをみると見えてこない。一人ひとりのお客様を想像して、熱をもってつくっていかないと追いつけない。そう感じているし、まだまだスナック菓子は、お客様に寄り添っていけると確信しているんですよ」
データを塊としてみるのではなく、一人ひとりに向き合うつもりでないと、見透かされるし、寄り添えない。熱がなければ、人の心は動かせない――。2秒程度で選別されているのは、ポテトチップスだけではない。スナック菓子に限らず、多くのプロダクト、あるいは職業人に響く言葉にも聞こえた。
執筆/箱田高樹、撮影/川島悠輝、編集/BAKERU(サカヨリトモヒコ、大沢景)