あらゆるものがECで購入できるようになり、買い物はとても便利になった。
だが、現物を見ずに買うには少し躊躇してしまう領域もある。
今や複数のサービスが広がる花や植物のECも、そのひとつ。
同じものは一つとしてない植物は、サンプル写真が掲載されていても、ちゃんと良い状態のものが届くのかどうか不安がある。実際に届いた商品がイメージと異なっていた、という経験を持つ人も少なくないだろう。
オーダーしたときの顧客の期待値と、実際に受け取ったときの体験のズレを、どうしたらなくせるか?
花と観葉植物のEC「HitoHana(ひとはな)」は、仕入れから発送までを自社で手掛けるSPAの仕組みによって、その課題に取り組んでいる。現在、取り扱い商品数は約2万点、顧客からのレビュー投稿は1万件以上。平均評価は5点中4.8点と、高い満足度を誇る。
HitoHanaにはなぜ、これほど多くのレビューが集まるのか。また、顧客の期待を汲むのが難しい領域で、満足度の高い体験を提供できているのはなぜなのか? サービスを運営するBeer and Techの創業者・森田憲久氏に、顧客体験の質を高める取り組みについて聞いた。
全商品の写真が生む、安心とレビューのサイクル
「Find Your Favorite」をコンセプトに掲げるHitoHana。贈答用の花束から自宅用の花や観葉植物、法人向けの胡蝶蘭、花瓶や鉢までさまざまな商品を扱い、価格帯も3,000円から5万円以上と幅広い。
最大の特徴は、各商品のページに「過去に発送した商品の写真」をすべて掲載していることだ。一般的なECサイトではイメージ写真を1枚掲載しているのみだが、花束やアレンジメントは、どうしても商品ごとの雰囲気が異なってしまう。そのため、HitoHanaでは過去に発送した実際の写真を一覧で見られるようにした。
それにより、届く花の振れ幅がわかり、安心して注文することができる。「フローリストおまかせ」など、価格は手ごろだが振れ幅が大きい商品でも、イメージに近い写真を指定できるので選びやすい。さらに発送前には「今回の現物写真」がメールで届くので、贈り物の場合も実際にどんな花が届けられたかを確認できる点も安心だ。
レビューの掲載手段も独特だ。実際に届けられた1点1点の写真にひもづく形で、購入者のレビューが掲載されている。その数は1万件以上で、実際に届けられた写真を確認しながら読めるため、これも安心材料につながる。
実際のレビューには「贈った相手が写真付きでお礼を送ってくれるほど感激してくれた」「次も必ずお願いしたい、信頼できるお花屋さん」など、熱量のこもった感想が並ぶ。これら写真とレビューが商品選びを助け、オーダーが次のオーダーを呼ぶ好循環が生まれている。
「顧客の期待値」を捉える難しさを知った
HitoHanaは2015年、胡蝶蘭のECを皮切りにスタート。その後、枝ぶりや葉の微妙な色味の指定がより難しい観葉植物、さらに無限のデザインが生まれる生花の商品へと、扱う領域を拡大していった。現在、一般向けの事業が約6割、企業への祝花やオフィスのグリーンの手配・管理など法人向け事業が4割。2019年から2020年にかけて、生花カテゴリは出荷ベース700%以上の成長を実現した。
HitoHanaを率いる森田氏は、ネット広告代理店で事業責任者を務めたのちに起業。実家が胡蝶蘭農家を営んでおり、植物に縁が深い。だが、創業時の事業はHitoHanaではなく、シーンや好みに合わせておすすめの飲食店を予約するコンシェルジュサービスだった。当時は森田氏以外、全員エンジニアという布陣。
森田氏「残念ながらうまくいかず、1年で撤退せざるを得なかったのですが、顧客の期待値を捉える難しさが学びになりました。仮にデートで利用するとしても、個室なのか横並びのカウンターがいいのか、理想のイメージは人によってかなり違いますよね。その中で、期待にしっかりと応えるのがとても難しかったんです。
そこからまず、顧客の満足度を左右する変数が少ない事業のほうが立ち上がりやすい、と思ったんです。期待通りの商品を提供するのが『正解』だとすると、その答えの半分を顧客の側から教えてくれる仕組みをつくれたら、初回から満足していただけて、良い顧客体験を提供できるのではないかと考えるようになりました」
次の事業として膨大な数の案を検討し捨てながら、成長マーケットとして着眼したのが、花や植物のECだった。当時、肉や魚、野菜の産直プラットフォームが相次いで登場しており、花や植物にも「生産者と顧客を直接つなぐ」流れがくると予測したのだ。
森田氏「考えてみれば、ECで植物を買う体験には、“期待値”という観点でまだまだ改善の余地がある。僕らのチームの強みであるテクノロジーの力を投じれば、もっと豊かな体験を生み出せるのではと考えました。
また、実家では以前から、胡蝶蘭を市場を介さずに花屋へ納品していたんです。父親が『顧客に直接届ければ、花のロスをなくしてその価値を最大化できる』とこだわって話していたことも、花や植物のECという計画を後押ししてくれました」
仕入れから発送をまで手掛けるSPAで、期待値のズレを最小化
はじめは法人向け事業としてスタートしたが、検索で上位に出てくるサービスから価格帯で選ばれることが多く、差別化できないという壁に直面。そこで個人のインテリア需要に舵を切るべく、森田氏らメンバーは花屋を回って「観葉植物が普段どう買われているか?」を観察した。しかし、アパレルショップやカルチャー誌などで見かけるような、しゃれた観葉植物やアレンジメントは、街に出て探してもなかなか見つからなかった。
森田氏「みんな、どう買っているのかな、と。さらに見ていくと、店頭で『葉の色はこんな感じだけどもっと豪華な……』とか、『鉢はもう少し小ぶりがいいんだけど』と、お客さんがかなり細かい要望を話していたんですね。店員さんは鉢のカタログを広げて『すみません、メーカーさんに確認してご連絡しますね』と謝っていたりして。
その分厚いカタログ、今すぐ貸してください! と即座に思いましたね。植物も鉢もバリエーションが広いから、最終形をイメージできないと買いづらい。それならECで、種類を一覧できて好きなように組み合わせて選べたら、希望通りのものを購入できます。
同時に、組み合わせが顧客満足のポイントになるのは、きっとフラワーアレンジメントにおける花選びでも同じだと直感しました」
無限の組み合わせの中に、“めちゃくちゃかっこいいデザイン”が眠っている。それを掘り当てるには植物と鉢の提供可能数を増やし、購買データを蓄積して知見を得ることが必要だ。そこから、在庫を自社で管理する植物のSPA、つまり仕入れから制作、販売までを一気通貫で手掛けるように。花の領域に拡大した2017年から、フローリストの採用も始めた。
既存の花のECサービスでは、仕入れや制作を提携店に委託することが多いが、この転換こそが今の“HitoHanaらしさ”を生み出す鍵となった。SPA型だからこそ、花材やラッピング資材のばらつきなく、顧客のイメージに寄り添える。制作した全商品の撮影も、自社だからこそ同じクオリティで確実に行えるわけだ。
森田氏「すべてを自社で行うことで、振り幅が大きい『顧客の期待値』を捉えてマネジメントできる。SPAは、お客さんのイメージとサービスの間にあるズレを最小化する仕組みなんです」
注文時に不安を抱きやすい商材だからこそ、届いたものが期待以上だったらそれは感激につながる。期待値を超える体験を提供できているから、1万件ものレビューが自主的に投稿されているのだ。
「データ」の蓄積から見出す、顧客への新たな付加価値
HitoHanaでは「届く」体験にも工夫が凝らされている。どの商品も、上部がフィルムで中が見える梱包になっており、配送の担当者から手渡された瞬間に新鮮な驚きが広がる。同時に配送業者に対しては、中身が軽いだけについ雑に扱ってしまわないように、という意図もある。「受け取る側にはたったひとつの商品なので、破損は極力避けたい」と森田氏。
リアルな店舗の場合、その商圏の顧客にまんべんなく受け入れられるラインアップを意識せざるを得ないが、ネットならデザイン性に振り切った商品も扱える。結果、感度の高い顧客を捉えられ、評判が広がっている。
テクノロジーが介在することで、花のECにおける顧客体験の課題を解く道が拓けていく。「同時に、花き業界の課題も解決していける」と森田氏は話す。
極めて労働集約型である花き業界では、花や植物を育てて商品に仕立てる一連の流れに人の手がかかるため、大量生産が難しい。企業規模も大きくなりづらく、担い手のほとんどが小規模な花農家や花屋である業界にとって、テクノロジーの活用はどこか遠い話だった。
森田氏「SPA型のECなら中間マージンを省き、安価な提供と規模の拡大が可能だと思われがちですが、花の流通ではマージンを省いても、それほど大きな額にはなりません。ただし、これまで着手されてこなかったデータ化の仕組みを整えれば、顧客に今までにない選びやすさと満足感を提供できると考えました。
誰が何を制作し、その実物がどのようなもので、何点の評価を獲得したのか。そういったデータを活用すれば、顧客満足を高めてリピートを増やし、規模化も見込めます。この業界でも、他業界に負けないくらいのテクノロジー投資を当たり前にしていきたいんです」
テクノロジーへの投資によってSPA型とデータ活用を実現したことは、現場スタッフの働き方の改善にもつながっている。例えばレビューは、フローリストが自分の担当した商品の評価を直接確認できる仕組みを整え、技術の向上に生かしている。店舗型の花屋の花材は種類が限られるが、HitoHanaの制作現場には常時200~300種の花材がそろい、接客などをせず制作に集中できるので経験値も積める。さらに顧客の目がないため、若手への指導もしやすい。
森田氏「リアルなお花屋さんは長時間労働などの課題を抱えており、フローリストの担い手が少なくなっています。その点も、ECなら宅配便を出荷したら業務が終わるので、ワークライフバランスをとりやすい。トータルで働き手の満足度が高まれば、より良い制作ができて、新たな顧客の獲得にもつながると思います」
テクノロジーの力で、クラフトマンシップに光を
花のSPA事業を開始して軌道に乗ったころ、Beer and Techでは役員で話し合い、「大切にする3つのバリュー」を打ち立てた。(1)お客様から考える、(2)思いっきりやる、(3)最高のチームをつくる、というものだ。顧客を起点とすることを最初に挙げている背景には、時に反比例する「顧客の満足度」と「事業コスト」を前にしたとき、必ず顧客を優先しようと自らを戒めるような意味合いがあった。
森田氏「当社は事業の撤退とピボットを経てきたので資金に余裕がなく、初期からのメンバーは、HitoHanaが成長し始めても常に改善点を探していました。その延長で『資材の質を抑えよう』とか『こういった要望はお断りしよう』といった、利益を重視した提案が挙がることもあったんです。
でも、そうした思考はカルチャーとして残したくなかった。そこで、とりあえず僕らの利益は後回しにしよう、と話し合いました。自分が顧客だったらそれでいいのか、そんな選択をする事業者を選ぶか、を起点に考えようとみんなで決めたんです」
その意志の下、今HitoHanaが目指すのは「顧客との距離をもっと近づける」ことだ。Instagramの個人アカウントで人気を集めるフローリストが出てきているので、例えば制作の様子をライブ配信すれば、さらなるファンの拡大が見込める。各地の植物市場での買い付けをライブ配信し、生産者に話を聞きながら、顧客からの質問を取り次ぐことも可能だ。
デジタルで埋めきれない期待値の差分は、カスタマーサクセスの考え方におけるハイタッチのコミュニケーション、つまり相手の希望をしっかりと汲んで返していく「人間的な対応」で埋めていく。オーダーメイドの商品なら、フローリストが顧客とオンラインミーティングで相対し、希望を聞きながら制作することもできる。こうした取り組みは、デジタル化に遅れをとる領域に新風を吹き込み、スタンダードを変えていく。
森田氏「飲食予約を撤退したときに思ったことですが、新しい事業がどれだけ生まれても、『この事業者に社会の変化を委ねたい』と顧客に思ってもらえて初めて、それが存続するんです。顧客が望む方向に社会を変えられないなら、事業者として存在する価値がない。これからも、顧客の期待からすべてを発想して動いていきたいですね」
将来的には、同じようにデジタルによる規模の拡大が難しく、若い担い手が減っているような他の業界にも、テクノロジーの力でアプローチしたいと構想している。「その現場でクラフトマンシップを発揮している人に、もっと光を当てたい。それを顧客に還元して、商品の価値や体験の存続につなげられたら」と森田氏。Beer and Techの挑戦は、業界を超えて続く。
執筆/高島知子 編集/佐々木将史 撮影/植村忠透