今週は、鎌倉の古民家で1週間過ごして、来週は出社するために都内の自宅に戻る予定。次の週は熊本の家を予約してある。
熊本では、週末に地元の方々と近所の畑で野菜を収穫し、キッチンで一緒に料理をする予定。初めて行く土地だけど、楽しみだ——。
多拠点生活プラットフォームの「ADDress」を使うと、このように全国の施設に滞在することができる。利用は月額4万円〜の定額制。会員同士、また各家を管理する「家守(やもり)」と呼ばれる管理人は、オンラインコミュニティ上でも交流している。
同サービスを立ち上げた株式会社アドレス代表取締役社長の佐別当隆志氏は「コロナ禍で利用者層は広がっているが、以前と変わらず『地域との交流』が求められている」と話す。
サービス開始から2年強、会員数は次第に増加し、全国の「ADDressの家」も2021年3月時点で130カ所以上に。退会した“卒業生”が気に入った地域に移住して根を下ろし、事業を興して新しい経済生態系が生まれるケースも出てきている。働き方が多様化する今、ADDressはどのように暮らしの可能性を広げているのだろうか。
月額4万円、全国130カ所以上に滞在できる「ADDress」
「1カ所に定住し、働く」「別の土地に行くのは旅行か出張で」という従来の暮らしではなく、「家を複数持つ」「旅をしながら働き、暮らす」などのライフスタイルが広がりつつある。workとvacationの造語、“ワーケーション”という言葉も普及してきた。
ADDressは、そうした多拠点生活を実践したい人から支持を集めるサービスだ。どの家にも生活に必要なものはそろっているので、会員は全国の家に身一つで自由に滞在できる。冒頭で紹介した例のように、自宅と郊外の家を行き来したり、各地を移動しながら楽しむことも可能だ。
2019年2月にクラウドファンディングを利用したところ、目標金額200万円を1日で達成。4月に正式にサービスを開始した際には、30人の会員枠に1,100人の応募が殺到した。当初はプログラマーやライターなどフリーランスの会員が多かったが、コロナ禍によってリモートワークが進んだことから、2020年には会社員の割合が過半数を超えた。
また、物件も着々と増えている。全国の空き家をシェアハウス型物件として開拓するとともに、宿泊施設などとの提携により空き客室の扱いも増やし、物件の選択肢を広げている。
アドレスは、2018年11月に創業された。代表の佐別当氏は長く寮やシェアハウスに暮らし、結婚後も自宅をシェアハウス兼ゲストハウスとして夫婦で運営してきた。人と一緒に暮らすことに、強い思い入れを持つ。
佐別当氏「新卒で大阪から上京したとき、慣れない満員電車には顔色の悪いスーツの人ばかりいて、機械的な街だなという印象がありました。ただ、会社の寮は楽しかった。同じ志を持った仲間とにぎやかにご飯を食べたり、銭湯に行ったりした僕の体験が、シェアして暮らすサービスのベースにあります」
佐別当氏「ある時、職業も国籍もさまざまな人が暮らすシェアハウスに遊びに行ったことがありました。そこでは、皆が趣味や得意分野を活かしながら、普通の日でもパーティみたいに過ごしていて(笑)。こんな生活もいいなと思い、当時住んでいた寮から恵比寿のシェアハウスに移ったんです。
そうやって暮らしていくうちに『子育てもシェアハウスでしたい』と考えるようになり、自分でも運営するようになりました」
ただ、全国を横断するシェアハウス事業の運営は想定していなかったという。そもそも、どういったきっかけで「多拠点生活」に注目したのだろうか?
「多拠点生活ニーズ」×「地域の空き家問題」
ADDressの創業には、佐別当氏の原体験に加えて、大きくふたつの視点があった。
佐別当氏「ひとつは、僕自身が自然豊かな場所にも家を持ちたくなってきたことです。都内の自宅は交通の便が良く、来日する外国人の方を迎えるにも都合がいいのですが、子育てや自分の将来を考え、2拠点生活を思い描くようになりました。
もうひとつは、社会的なニーズです。仕事としてもシェアリング事業に携わるなかで、さまざまな地域から『経済が回らない』と相談を受けていました。聞けば、人口減少、空き家問題、企業の撤退・縮小や若者の転出など複数の要因が絡み合っている。解決の手段として、地域でのシェアサービスの可能性を探っていました」
ただ、Airbnbなど世界のシェアリングサービス全般を見ても、人口密集地で発展していくのが王道。観光シーズンやイベント時などに、既存の事業者による供給が需要に追いつかない部分を個人が補う構図がほとんどで、人口減少地域で成り立つのか懸念があったという。
佐別当氏「どうすれば、人が来ない場所でシェアリングを成立させられるか。考えたのは『訪れる人が、やること(=仕事)を持ってくる』『働くための場所は地域が提供する』という、地域だけで完結しないモデルでした。
それなら、利用者は都市部で仕事を持ちながら柔軟に多拠点生活ができ、地域としては空き家問題の解決につながります。また、一度暮らしてもらうことで、離れていても気にかけてもらえる『関係人口』が増え、地域経済に貢献できると考えました」
同時に、起業による地域移住にも着目。地域での起業は国が後押ししており、市区町村が民間の事業者と連携して策定する「創業支援等事業計画」は、2020年12月時点で1,300件以上が認定されている。また「創業支援等事業者補助金(旧・地域創造的起業補助金)」の支給も続いている。特に3.11以降、地域で起業する若者も目立っている。多拠点生活よりもハードルは上がるが、実際に各地を巡ると、若者が若者を呼び、カフェやゲストハウスができて新しい経済生態系が生まれる——そんな例も目にすることができた。
多拠点生活者や若い起業家を増やすことで、こうした発展を促したい。それにはさらに、未知なる土地でもまずは気楽に飛び込んでもらえる仕組みも重要だと、佐別当氏は考えた。自身が2拠点生活を検討した際を思い返すと、住まない間は掃除もできず、いざ行っても短期滞在だと友達もできにくく、地域の習慣もわからない……と、複数の課題が挙がっていた。
佐別当氏「僕は知らない土地の方々とも積極的にコミュニケーションを取るほうですが、それでも不安なのだから、一般の人はもっとですよね。
僕の2拠点生活の候補のひとつは熱海だったんですが、熱海が大好きな理由は立地や環境ではなく、地域の方々、特に熱海で活躍する若者たちの勢いなんです。刺激を受ける人、会いたい人がいるからこそリピートする、そんな実体験があったので、管理だけでなく“人”というソフトの面も含めたサービス設計ができないかと考えました。
訪れたときに地域の人が温かく迎え入れてくれると、多拠点生活が初めての人でもハードルがぐっと下がるはず。『身一つで行ける気軽さ』と『人がいることの安心感』を、あらかじめ用意したいと思ったんです」
“暮らし”の体験がもたらした双方向の利益
そうして生まれたADDressには、「家守(やもり)」と呼ぶ、家ごとに管理人を置くオリジナルの仕組みが用意された。家あるいは近隣に暮らし、家の管理責任とともに会員同士や地域との橋渡し役を担ってくれる人だ。
地域との交流を促すのは決して義務ではないが、多くの場合、間を「うまくつないでくれている」という。実際、会員の体験談などを豊富に紹介しているnoteでは、どの会員も「人との交流」を魅力として挙げている。自然豊かな郊外でただ仕事をしたいだけなら、普通の旅館やホテルに泊まればいい。ADDressを利用する理由は、地域に溶け込んでいける点にある。
佐別当氏「ADDressには必ずキッチンがあり、地域での生活を実感できることも、同じく魅力になっていると思いますね。地元のおいしい食材を教えてもらい、みんなで料理して、みんなで食べる。普段は実家に住んでいる人が『自炊の楽しさを知った』と話してくれることもあります。
よく『住まいと暮らしは違う』『都会には“暮らし”がない』といった話を聞いたりします。住まいは、ただ食べて寝るだけの場所、箱みたいな位置づけ。一方で暮らしは、誰かと会話しながら料理をしたりDIYをしたり、隣近所の方と交流したりして、手触り感のある生活を楽しむこと。そうすると『暮らし』とは本来、一人でするものではないと思うんですね。会員の方には訪れる先々で、そんな暮らしの体験をしてもらいたいと思っています」
一方、地域の方々にとっても、全国から多様なバックグラウンドを持つ人が滞在することは大きな価値を生んでいる。例えば、都市部に仕事を持つ若者には当たり前のSNS発信も、地域の個人商店にとっては新鮮な話だ。
佐別当氏「『地域にもDXが必要だ』とお題目的に言われても、地方の飲食店さん、工務店さんや農家さんで、そんな言葉をしっかり理解できている人はほとんどいません。でも、皆さん具体的な情報は求めているので、会員の方がYouTubeやドローンの活用例を紹介したり、ライター講座を開催したりすると盛況なんです。
地域の活動に参加させてもらったり、農作物を提供してもらったり……僕らの側がいただく価値のほうがずっと多いですが、持てるものを提供していった結果、足りないものを補い合う関係が生まれています。当初の『多拠点生活ニーズ×空き家問題』を発案した時点では想定していなかった、嬉しい作用が起きています」
働き方の多様化で広がる多面的な価値
そうしたADDressのニーズは、働き方の多様化に伴って年々加速。特に2020年はコロナ禍の影響で在宅勤務が拡大したことで、会社員をはじめ会員の職種のバラエティが広がった。
佐別当氏「都内で一人暮らしをしていて、仕事をしながら都心近郊の家に滞在した方から『家守さんや会員さんと話せて楽しい』といった声を聞くと、多少の気分転換になったならよかったと感じますね。
また、大学生や新社会人も増えています。本来なら同世代と絆を深められる時期にすべてがオンラインになってしまったので、『刺激的な生き方をしている人たちの話を聞けるのが、すごく学びになる』と。
また主婦の方で、家族の在宅時間が増えて『一人の時間や空間がほしい』と利用されるケースもあり、ADDressが多くの人に受け入れられているのだなと実感しています。昨年末に会員の方へアンケート調査をしたところ、9割以上が『幸福度が向上した』と回答され、『都会で生きてきたこれまでよりも、今がいちばん幸せ』と言ってくれる方もいました」
コロナ禍の影響とは別に、アドレス側でも利用促進の取り組みを重ねている。
例えば、多拠点生活に発生する移動のコストを軽減する策。ANAとは定額制航空券を、JR西日本とは新幹線の特別プランを提供する実証実験を実施した。地方では車も重要なので、カーシェアサービスとの連携企画も準備中だ。
さらに、会員と家守が参加するオンラインコミュニティを発足させた。3人集まれば「部活動」も立ち上げられるようにしたところ、登山部やサウナ部、日本酒部など、すでに十数個が誕生している。
佐別当氏「月に何度かオンラインのイベントも立ち上がるようになり、『オンラインでつながってから、リアルで会う』という流れができています。事前に交流できると、初めての地域でも安心して行けますね。オンラインの役割は、今後ますます重要になると実感しています」
移動から定着へ。チャレンジが新たな生態系を生む
サービス開始から丸2年が過ぎ、最近では同じ家をリピートしてその地域に詳しくなる人や、“卒業生”も増えてきた。「この地域にどっぷり浸かりたい」と家守になる人、完全に移住する人、さらには起業する人もいるという。例えば熊本県宇城(うき)市では、ADDressを退会した卒業生が移住し、ゲストハウスをオープン。こうした例が次々と生まれている。
この状況は地域の方々にも喜ばれている。退会は事業上では損失だが、「関係人口を増やすという観点ではプラス」と佐別当氏。
佐別当氏「『これまで100%都会生活だった』という人も、積極的に地域の人とかかわって社交的になったり、泥まみれになって農業を手伝ったり。会員さんがどんどん変わっていく姿を見ていると、こちらもわくわくしますね」
世界の潮流として、定住社会の前提が変わりつつあり、まちづくりや法規制の見直しが迫られていると佐別当氏は指摘。その中でADDressも、「移動しながら暮らす人」に合った生活インフラのサポートを模索している。
例えば「教育×ADDress」。熊本県球磨郡の多良木町では、子どもを現地校に通わせたいと希望する会員がいたことから、教育委員会の理解を得て、地元の小学校でデュアルスクール(※2拠点で学校に通うこと)制度が立ち上がった。
同様に、「医療×ADDress」にも注目する。すでに医師や看護師で多拠点生活を送りながら、訪問医療や過疎地医療に携わる人も出てきており、地域の側から「滞在費を提供するからADDressで医療従事者を誘致してくれないか」という相談もあるという。また、農業に携わりたい会員が地域の人と「シェア農場」を始める「農業×ADDress」の事例も。地元の飲食店に食材を卸すようになるなど、新たな経済圏が生まれている。
佐別当氏「僕も、できるだけADDressで多拠点生活をしています。若い人が移住したり起業したりして、活気がある地域がどんどん増えていますね。
一方で、人生の先輩方との出会いも刺激になります。地域に長く暮らす方の話を聞くのは、僕の楽しみのひとつです。『東京の家には庭がないだろう? でも、庭や縁側があるから話が膨らんで、人とのつながりが生まれていく。だから、本当は庭があって「家庭」なんだよ』なんて話をしてくれると、家や暮らしの概念を改めて考えさせられます。
多拠点生活って自由でポップに見える面もありますが、根幹にある価値はこのように地域の人を知り、少しずつ自分も“そこの人”になること。そして、地域の方々に支えられながら、自分もまた新しくチャレンジができることにあると思います」
「人との出会いは、掛け算」と語る佐別当氏。多拠点生活を実践するなかで、この掛け算が会員の体験を深め、地域にも豊かさを増している。
働き方や生き方は、今後も多様化していく。ADDressが全国でつくり出している稀有な好循環は、始まったばかりだ。
執筆/高島知子 編集/佐々木将史 撮影/植村忠透