ダメージケアや洗浄力などの“機能”でもなく、香りや使い心地などの“情緒”だけでもない。クラシエのヘアケアブランド『マー&ミー ラッテ』が商品企画の際にフォーカスしたのは、“時間”だった――。
「ママと子どものしあわせなバスタイム」を育む。2018年にそんなコンセプトで起ち上げた『マー&ミー ラッテ』は20〜40代のママたちを中心にじわじわとファンを獲得。リピート率25~35%がスタンダードなシャンプーカテゴリーの中でも、46%という驚異のリピート率を誇り、リンスインシャンプーやアウトバス商品もリリースするなど、好調を続ける。
「小さな娘を持つ母でもある私自身の実感が、インサイトの拠り所だったんですよ」と生みの親であるクラシエの綿引志帆氏は明かす。いったい、どういうことだろうか?
同ブランドの3人のキーパーソンに聞いた。
シャンプーの選択肢に2択しかないことへの違和感。
ファミリー向けの新しいヘアケアブランドを創る。それがクラシエが2018年9月から展開しているヘアケアブランド『マー&ミー ラッテ』の狙いの1つだった。
シャンプーやコンディショナーといったヘアケア製品は、パーソナライズ化された新興ブランドが百花繚乱。「あなた好み」の香りや使い心地を満たす商品が支持されているのは知ってのとおりだ。
一方で、家族で使うファミリー向け商品の市場は縮小していた。
「そもそも少子化が進んでいるなかでは、なおさらですよね」とブランドの生みの親でクラシエ・ヘアケアマーケティング部係長の綿引志帆氏は言う。
綿引氏「だからこそチャレンジする機運が高まってもいました」
クラシエは先行する自社の『いち髪』『ディアボーテ HIMAWARI』といったヘアケアブランドに続く、3つめの柱となるブランドを生み出したい思惑もあった。
時代とは少々逆行する「ファミリー向けシャンプー・ブランド」に踏み込むことは、チャレンジであると同時に大きなチャンスでもあったわけだ。
こうして「家族皆が安心して使えるシャンプーを」とパーソナルブランドとは対局にあるブランドづくりが始まった。
ただし、綿引氏は「プロジェクトがはじまった当初、すこし“違和感”を感じた」と明かす。
綿引氏「従来の考え方だとファミリーシャンプーだから、『子どもたちに安全なやさしいシャンプー』『両親が安心して使わせられるシャンプー』という視点で話を進めがちだと思います。ただママたちは、「私目線で選んだ私が満足できるシャンプーは子どもに使っても大丈夫かな?」と感じ、一方で、「子ども目線で選んだ子どもにやさしいシャンプーは私には少しものたりないな…」と、私目線(I)、子ども目線(You)いずれを選択しても“違和感”があったんですよ」
「私」でも「子ども」でもなく、主語は「We」で。
違和感の根拠は2つ。どちらも当時3歳だった長女を持つ母としての実感だった。
まずは『子どもにあわせて泡立ちも効果も香りもソフトなシャンプーを使うのは、本心では不本意な方が多いのでは』という「子ども」目線の選択をした場合の違和感だ。
綿引氏「女性の社会進出が進み、ライフスタイルも変わってきている。結婚して子どもが生まれたからといって、皆がひっつめ髪をして、こう在りたいという気持ちをガマンして、すべて子ども目線になることが正しいのだろうかと感じていました」
2つ目は『大人向けのシャンプーを子どもに使わせてもいいのだろうか?』という「私」目線の選択をした場合の違和感だった。
綿引氏「私が髪をブラッシングしていると、娘も同じように真似をしています。女の子は七五三に向けて髪を伸ばす子が多く、そのタイミングで子ども用シャンプーから家族で一緒に使えるシャンプーを検討し始めます。髪がまとまりやすく大人も満足できる仕上がり、且つ、子どもにも安心して使わせられるシャンプーがあったらいいなと考えました」
綿引氏が違和感解消のためにたどり着いたアイデアが、ターゲットの「主語を変える」ことだった。
これまで「I」を主語に私目線で選んでいたシャンプーは子どもにとっては気になる点があるが、だからといって、子ども目線の「YOU」を主語に、ただ肌に優しい、香りの弱いものにするのでもない。
そこで主語をWe(私たち)にしたのだ。「わたしにも、こどもにも、うれしい。」をブランドコンセプトの真ん中に置いて、商品開発をすることにしたわけだ。
綿引氏「子どものために自分を捨てない。と同時に自分のために子どもを犠牲にすることもない。それなら違和感のない親と子のための、私たちのファミリーシャンプーが生み出せる」
もっとも「社内的には若干アゲインストの風は吹いていましたね」と綿引氏の上長であるヘアケアマーケティング部課長の岩谷充陽氏は話す。
岩谷氏「ファミリーというだけでも市場が狭いというイメージに捉えられてしまうのですが、打ち出し方はあえて、『母と娘』にしぼって『2人のレディーを美しく。』というコピーでしたからね。我々としては、家族のシャンプーを購入する決定権は圧倒的に母親が握っていて、しっかりと市場はある。そうしたデータを集めて、バックアップしたりしましたね。あとひと押しとなったのが…」
親と子のかけがえのない“時間”への訴求だった。
親子のバスタイムが、作業になる悲劇。
かつて家でのバスタイムは、親子の大切な時間だった。
湯船につかって裸で向かい合い、「今日あったこと」「ちょっとした悩みごと」を言い合う。「九九を言ったり」「なぞなぞを出し合ったり」して遊ぶ。そんなゆったりとしたコミュニケーションがとれていたからだ。
綿引氏「ところが、今はそうなっていない方が多いと思うんです。共働きで夫婦ともにバタバタしていて余裕もない。しかもスマホなどでいつでもメールなどの通知がくる慌ただしい日々。子どものお風呂は『早く入りなさい!』『さっさと洗って!』となんだか“作業”の時間になっている人が多いだろうと」
アンケート調査すると、予想どおりの結果が出た。「流れ作業になっている」「夫婦で子どものお風呂をおしつけあってしまっている」。中には「皿洗いと同じ感覚」といった声まであった。
そこにインサイトを見いだす。
ほとんどの人が、慌ただしい現代のお風呂での過ごし方、時間の使い方をよしとは思っていない。なんとかしたいと思っているはず。そう考えたのだ。
綿引氏「私自身がそうであるように」
こうして『2人のレディーを美しく。』をキャッチコピーにし、母子共にきれいになりたいという気持ちを大事にする方向に寄せたことに加え、『親と子の大切な会話を育むバスタイム』に寄り添う存在であること。の2つの軸を設けて、共感の輪をひろげることに。結果としてより多くの人に深く刺さるコンセプトで、商品を打ち出せた。
シャンプーは子どもが自分でも洗髪しやすいように、泡立ちと泡持ちがより良いように設計した。子どもと大人ではヘアダメージの種類が違う。そのため子どもと大人のヘアダメージ両方を同時にケアするための成分を配合
『2人のレディーを美しく。』を、機能面でも具現化したわけだ。
「香り」もまた特徴的だ。
子どもは華やかすぎる香りより自然な香りを好む。そのため安心感のあるアップルの香りをまず採用。しかし、大人の女性には少しものたりないので、そこに香水やボディケアフレグランスで人気のピオニー(シャクヤク)の香りをかけ合わせた「アップル&ピオニー」とした。
ブランド名は『マー&ミー』。
“私にも、子どもにも”の意味でマー(ママ)&ミー(私)とした。また、ミーにはママ自身もあてはまる。まさしく「We」の主語を名前からも指し示している。愛称の「ラッテ」は母子のつながりを想起させるミルクが由来となっているという。
大人が好むコーヒーと、子どもが好むミルクをあわせると「ラッテ」になるのもシンボリックだ。
あらゆるタッチポイントで伝える「ママと娘の大切な時間」。
丸みを帯びたボトルのパッケージデザインは「お風呂場でのゆったりとした時間」をまろやかなフォルムと色で表現したものだ。センターに入ったラインを直線ではなく、手書き風に有機的にひき「Latte(ラッテ)」の文字も、わざとにじませてやわらかさを出した。
岩谷氏「競争が激しいヘアケア製品は、店頭で目立たせるためにカラフルで派手なものや文字などの情報量を多くしたデザインになりがちなんですね。なので、デザインも当初は社内で『店頭で目立たないのでは』と不安の声もありました」
綿引氏「けれど、お風呂場を親子のコミュニケーションの場にしたい、忙しいママがほんのひとときだけでも、ゆったりできるものを作りたいという想いで、店頭で存在感を主張するパッケージではなく、生活の場に馴染むパッケージ、いそがないデザインを追求しました」
ボトルの裏側にある商品バーコードまで親子のバスタイムをイメージしたイラストになっているのもおもしろい。お風呂のときに、偶然それに気づいて「親子の会話のきっかけになれば」との思いからだ。
結果、このボトルを見て「パケ買い」する人も多く生まれるほどの支持を集めた。2020年秋には世界3大デザイン賞のひとつといわれる「Red Dot Design Award」を受賞したほどだ。
プロモーションも独特だった。CMを大量投下して、機能性を訴えるような、従来のスタイルはとらず、「本当に届くべき人に届くように」と体験型のリアルイベントを重視した。
たとえば発売当初は、各地のショッピングモールを行脚。プロのヘアメイクがママと娘を同じヘアスタイルにして撮影する「リンクヘアー」イベントを開催して、大好評だった。
「母子で同じファッションを楽しむ“リンクコーデ”が広まっていた。『マー&ミー ラッテ』の世界観でこれを表現するなら、一緒にお風呂に入ったあと、同じヘアスタイルをつくる“リンクヘアー”かなという発想で実施に至りました」と宣伝・販促部係長の駒村友紀氏は言う。
駒村氏「オリジナルのヘアゴムでアレンジするのですが、それをつけたリンクヘアーをハッシュタグと共にインスタでアップしてくださった参加者の方々が本当に大勢いたんですね。熱量というか、濃度が違いました」
こうしてあらゆるタッチポイントで『2人のレディーを美しく。』と『親と子の大切な会話を育むバスタイム』をていねいに訴求。
『マー&ミー ラッテ』は徐々に支持を集め、2020年に行った調査では通常リピート率が40%いけば大ヒットとされるヘアケアジャンルで、46%という驚異的な数字を叩き出す人気ブランドとなった。
一貫した世界感の構築は、社外の方々との連携によるところも大きい。しかし、やはり自らの母親としての実体験から引き出された「リアルなママの満たされないニーズ」をぶらさずに形にさせてきた、綿引氏らの強い勇気と決断力のたまものだろう。
駒村氏「私も含めブランドに関わるチームメンバーも同様に“自分ごと”として熱量を持ってとりくんでいることも大きいと感じます。これは私たち3人だけではなくて、各地域にいる営業担当のメンバーもすべて含めて、の話で」
リンスインシャンプーを使うことで、「おやこの時間」を得る。
実は“自分ごと”化してもらうための、仕掛けも作った。
自分ごと化してもらうために、卸し先や小売店との折衝用にも使えるパンフレットをつくったのだ。
駒村氏「今回は、機能的な価値でなく、情緒的価値を全面に推したブランド。しかも“母と子が一緒にきれいになることを楽しむ大切な時間”というこれまでにない価値を訴えているわけですからね。『2人のレディーを美しく。』というコピーとイメージ写真。さらに開発のコンセプトなどまでていねいにひもといたオリジナルのパンフレットをつくり、全国の営業担当の方々に配ったんです」
もちろんそれをもとに営業先でプレゼンもできるが、社内向けのインナーブランディングのツールとしても機能したという。
だからこそ綿引氏ら開発担当者はもちろん、現場でがんばる営業担当者のすべてが同じ目線で、“自分ごと化”してブランドを語れるようになった。
それくらいの理解と本気度、また熱量があったからこそ、「そうだよね。お風呂の時間って大切だよね」と大勢のママたちの心をつかめたのだろう。
熱は伝播しながら増幅して、さらに新しいプロモーション、新商品開発につながっている。
キャンペーンのプレゼントアイテムは、2枚をつなぎ合わせたような超大判のバスタオルや、大小の同じデザインのヘアブラシなど「ママと子どもの一緒の時間」を意識して企画されたもの。毎回、大好評だという。
今春発売したリンスインシャンプーも、実に“らしさ”にあふれている。リンスインシャンプーは、利便性が高いだけに「ラクなだけで効果が薄いのでは」と疑念をいだくユーザーも少なからずいるという。「冷凍食品は便利だけど、栄養が偏るのではないか」という思い込みに近い。
綿引氏「まったくそんなことはなくて、しっかりと効果もあり、ママにもお子さんにもうれしいリンスインシャンプーにしました。むしろリンスインシャンプーを使うことで、空いた時間を、お子さんとの大切なコミュニケーションに使ってほしい、そんな思いを込めました」
新発売のタイミングで、クリエイティブディレクターの福部明浩氏作による『シャンプーしてるのだーれだ?』と題した絵本付きの限定商品を用意した。お風呂あがりの時間に、それを親子でゆっくりと読んでほしい、そんな願いが込められている。
綿引氏「この絵本付きの限定商品は、リンスインシャンプーを使うのは悪いことじゃないよ、効果感もあるし、他の時間ができるよ、って背中を押してあげるようなイメージです」
パーソナルな悩みは、意外と誰かのなやみごとと重なり合い、マスの課題解決にすらなりえる。よき企画者はよきユーザーなのだ。『マー&ミー ラッテ』の成功は、あらためてそんな当たり前に気づかされる。
執筆/箱田高樹 撮影/西村満 編集/サカヨリトモヒコ(BAKERU)