アンケートやインタビューでユーザーの声を集め、そこで得たフィードバックやニーズをサービスやプロダクトの開発や改善に活かす。ロイヤルカスタマーをいかに育て、関係構築をしていくかが事業成長のカギを握る──。あらゆる事業者にとって当たり前のことだが、本当の意味でその声を事業やサービスに生かしている企業はどれほどあるだろうか。さまざまな声が寄せられるなか、その数で優先順位をつければ、必然的に「見過ごされる」声もある。ましてや変化が激しく、次々と新たなサービスが生まれるアプリ業界では、「長く愛されるサービス」を開発するのは至難の業に思える。
スマートフォンを開けば、SNS、ニュースアプリ、カメラアプリなど日常的に使うさまざまなアイコンが並ぶ。中には10年前後使っているようなサービスもあるだろう。だが、そういったアプリの登場に先駆け、いわゆる「ガラケー」全盛期だった2000年にサービスをスタートし、2020年11月にダウンロード数1600万を記録したアプリがある。女性の健康情報サービス「ルナルナ」だ。
ルナルナを運営するエムティーアイは、「music.jp」など各種デジタルコンテンツを提供する企業。2000年当時、携帯電話各社向けに気象情報や道路交通情報、着信メロディなど各種サービスを提供していたエムティーアイが、新たなサービスとして始めたのが「ルーナ(現・ルナルナ)」だった。2009年にはTVCMを初めて全国放映し、有料会員100万人を突破。2010年にはスマートフォン向けアプリをリリースし、一部機能を無料開放。スマホの普及とともに順調にユーザー数を伸ばしてきた。
2020年11月に20周年を迎えたルナルナは、節目の年にリブランディングを行った。そこで示されたのは、これまでも大切にしてきた「すべての女性に寄り添う」という姿勢と、新たなチャレンジとして「社会の変化を後押しする」決意だ。その言葉通り、ルナルナでは日々膨大な数のユーザーの声を集め、多数かどうかにかかわらず、「ユーザーに寄り添う」ためのサービス改善や機能拡充を行なっている。
今回は、株式会社エムティーアイ ルナルナ事業部・副事業部長の那須理紗氏へのインタビューを通して、ルナルナが志向するユーザーファーストのサービス開発について、いかにユーザーの声と向き合い、それを活かしているのか、その詳細を明らかにしたい。そこから見えてきたのは、思い思いに意見や要望を綴るユーザーの「熱量」と、それに応えたいと願い、ユーザーにできる限りの選択肢を提示しようとするルナルナの誠実な姿勢だった。
ユーザーのリアルな声から新たな機能やサービスを開発
ルナルナというサービスにおいて特徴的なのが、そのユーザー構成だ。生理日管理というサービス特性上、初めて生理を迎える10代前半から閉経に至る50代まで、幅広い年齢層がユーザーとして想定される。10代から50代というと、人生のなかでも実に多くの変化が起こる。当然、避妊や妊活、日ごろの体調管理など、サービスの利用目的は人によって違ってくる。ライフステージも価値観も異なるこれらすべてのユーザーが満足できるサービスを実現するのは、かなりの難易度となるはずだ。
そこでルナルナが重視しているのは、ユーザーからの声だ。サイト内で毎月最低1回はアンケート調査を実施し、数日間で約1万件もの回答が寄せられるほか、随時「ご意見・ご要望」フォームで意見を募っている。アンケートの自由回答欄には数行に渡ってコメントが寄せられることも多く、複数のユーザーから同様の意見が寄せられると、改めて選択式アンケートでどれほどの割合にニーズがあるか定量データを取り、内容を精査したうえでサービス改善を行なっている。
那須氏「自由回答欄には『お世話になっています』『いつも助かっています』から始まって、ご自身の体調や働く環境などパーソナルなことが赤裸々に綴られていることも多く、『こちらこそ、ありがとうございます』と思いながら読んでいます。ご自身のことだけでなく、『うちの会社は変わりそうにないけど、もっとこういう制度があればいいのにと思う』『こうすればもっと社会が変わっていくんじゃないか』などと、社会的にどう改善するかといったところまで、使命感を持って伝えてくださるんです。他の事業部やサービスと比べても、お客様の声がよく集まるサービスとして認知されています」
2012年12月からはアンケートをもとに「ルナルナ通信」として毎月「PMS(月経前症候群)」「不妊治療」などさまざまなテーマでレポートを公表するほか、首都圏だけでなく地方在住のユーザーにも対象を広げ、さまざまな年齢層に対するユーザーインタビューでより詳細なニーズをリサーチ。アプリの使い勝手や機能、デザイン、実現してほしいことなどさまざまな角度から率直な意見を伺い、サービスの改善と拡充につなげている。
ユーザーの意見が新たな機能やサービスにつながった事例は数多くある。例えば、蓄積されたユーザーデータから独自のアルゴリズムを開発した「排卵日予測」や「基礎体温仲良し日」(妊娠しやすい日の予測)。医師の監修のもと開発された、月経困難症患者などに対して低用量ピルの服用を支援する「ピルモード」。いずれも、ユーザーがそれぞれの目的に応じて、登録コースや表示モードを切り替えることで使い分けることができる。機能やサービスを複数の選択肢として提示することで、幅広いユーザー層の多様なニーズに対応している。
2018年に開始した、婦人科への受診をサポートする「ルナルナ メディコ」も、ユーザーの声で実現したサービスの一つだ。
YouTube「産婦人科医師と女性をつなぐ『ルナルナ メディコ』の使い方」
那須氏「2010年以降“妊活”というワードが定着し、不妊治療に取り組む人も増えました。女性が検査や治療のためにクリニックを訪れた際、生理周期や基礎体温といった情報が必要となります。けれども多くの医療機関では、基礎体温表に生理日や基礎体温を書き込んでいくというアナログなスタイルです。せっかくアプリで記録をしているなら、それをそのまま医師に共有できればいいのに……といったユーザーの声が長らく寄せられていました。そこで医療機関との連携を可能とする、ルナルナ メディコをサービスとして提供し始めたんです」
ルナルナ メディコを導入しているクリニックを受診すれば、ルナルナに記録された生理日や基礎体温、ピル服薬時の体調などのデータを、6桁の特定番号を伝えるだけでクリニックへ提示することができるのだ。さらに「ルナルナ 体温ノート」を使って転送機能付きの婦人体温計とアプリを連携すれば、基礎体温グラフを自動作成することができる。これまで、細かいグリッド線の引かれた基礎体温表に毎朝体温を記録し、定規で線を引いてグラフにしていたことを思えば、圧倒的な効率化だ。
その一方で、純粋に「希望するユーザーが多いから」だけでなく、ごく少数のニーズであっても要望に応じる場合もあるという。そこにあるのは徹底した「ユーザーに寄り添う」視点だ。
那須氏「2017年にスタートした妊娠育児支援アプリ『ルナルナ ベビー』には、流産などやむを得ない事情で妊娠継続できなかった方のために、『休止モード』を追加しました。ルナルナ ベビーには妊娠週に合わせて赤ちゃんの状態をイラストともに示す『今日の赤ちゃん』という項目があるのですが、『アプリの中で赤ちゃんが育っていくのを見るのがつらい』というお客様からの声を反映した形です。言葉に表せないくらい落ち込んでしまっているであろうお客様に対し、その悲しみを助長するようなことがあってはならない。全体のユーザーからすれば必ずしも多数ではなくても、そういったお客様に寄り添えるよう、優先度を上げて対応することもあります」
こうしてユーザーのリアルな声を丁寧に拾いあげ、医療機関や企業などと連携し、サービスをアップデートしてきたルナルナだが、20年に渡るサービスの変遷をみていくと、社会の変化を感じることもあると那須氏は語る。
那須氏「ルナルナにはパートナーと生理日や周期を共有できる機能もありますが、実は当初、多くの方から反発の声が寄せられたんです。2010年に『彼女の医学』という機能名でリリースしたのですが、その時は『パートナーと生理日を共有するなんて……』と抵抗を感じた方も多く、あまり受け入れられませんでした。当時はまだ、『生理は他の人には隠すもの』という意識が今より根強かったのかもしれません。
ですが現在は、生理によって起こる心身の不調などについて少しずつ知られるようになり、それらについてSNSなどでも、語りたい人がオープンに語れる空気感が醸成されつつあります。そうした社会の変化を受けて、パートナーの女性に毎月起こる不調を理解し、サポートしたいと考える男性も増えているのではと感じています」
20周年でリブランディング。ブレなかった軸は「ユーザーのため」
リリース以来着実にユーザーを増やしてきたルナルナは、2020年11月に20周年を迎えた。その節目を前に、ルナルナの事業に携わる企画メンバー全員でサービスの本質的な提供価値について見直す機会を設けたという。これまでの20年で追加されたさまざまな機能やサービスを振り返りつつ、社会の流れを追いながら浮き彫りになったのは、目の前のユーザーに向き合い変化してきたルナルナと、それ以上に大きく変わってきた、ユーザーを取り巻く環境だった。
那須氏「ルナルナの変化は少しずつでも、10年単位で振り返ると女性にとってはかなり大きな変化があったと認識することができました。私自身、2013年にエムティーアイに入社して、女性の社会進出は当たり前のような気がしていましたが、何年にこんな法律ができて、女性の就業率がこれだけ上がって……と、だいぶ変わっていたんだなって。同時に、20年という歴史の重みを感じました。モバイルサービスでこれほど長く続いているものって、あまりないと思っています。この20年でこれだけユーザーのライフスタイルが変わったなら、これから先の10年、20年もきっと大きく変わる可能性がある。その中で、ルナルナとしてユーザーにどのような価値を提供していくべきかと議論を重ねた結果、リブランディングに取り組むことにしました」
リブランディングに際し、ルナルナの各サービスを担当する企画メンバー約15名によるミーティングは、半年間でおよそ15回に及んだ。コロナ禍によってオンラインでのディスカッションも挟みながら、ルナルナのどんな部分をどのように、どれくらい変えるのか。メンバーのルナルナとの関わり方やキャリアの違いによって意見がはっきり分かれることもあったという。
那須氏「社歴の長いメンバーは、ユーザーとともに歩んできた歴史を大切にしたいという気持ちが強く、変えることにためらいのある人もいる。ユーザーからたくさんの声を聞いてきたからこそ、一つひとつの物事に思い入れも強いんです。一方で社歴の浅いメンバーからは、ユーザーとして外からサービスを見てきた立場から、新しい価値観を積極的に取り入れ、発信していきたいという声もあがりました。フラットな視点で社会を捉えて、ルナルナが発信することでもっと社会を変えていくべきなのでは、と。普段なら、どのメンバーもアプリの改善や機能追加などに意識が向かいがちなのですが、もっと広い視点からルナルナを考え、ユーザーにどんな価値を提供すべきなのか……。改めて自分たちの立ち位置を捉えなおし、目線を合わせるための良い機会になったと思います」
ディスカッションを重ねる中で見えてきたのは、ルナルナが何を変え、何を変えずにいるべきかという判断軸と、ルナルナがこの20年で積みあげてきたユーザーとの信頼関係だった。
那須氏「この20年で女性のライフスタイルは大きく変わってきましたが、一人ひとりによって考え方や叶えたいことは異なります。例えば、生理についてオープンに話す人が増えたといっても、自分の生理のことを他人に知られたくないという人ももちろんいますよね。
フェムテック業界では先進的な考え方や新しい価値観が打ち出されているけど、そういった価値観だけが正しいとか、推奨されるというふうにはしたくありませんでした。ルナルナとして、『こうすべき』と強いメッセージを打ち出すより、『一人ひとりに寄り添う』という姿勢を明確にしました。多くのユーザーが私たちのサービスを信頼して、長らく利用してくださっているからこそ、『ユーザーのため』という軸はブレませんでした。その一人ひとりを、誰も置き去りにしたくなかったんです」
今回のリブランディングを経て、これまではあえてミッションやビジョンを積極的に発信してこなかったルナルナだが、社内的に共有されてきた「女性に寄り添い、その幸せの実現に貢献する」というミッションを踏まえ、新たにミッションを「すべての女性に寄り添い社会の変化を後押しすることで、女性の幸せの実現に貢献する。」、ビジョンを「カラダと向き合い、あなたに寄り添う。」と定め、ロゴやデザインもアップデートした。
「すべての女性に寄り添う」だけでなく、「社会の変化を後押しする」姿勢を明らかにしたのは、まだまだ生理に理解のない企業や学校、パートナーの存在に悩まされる女性も数多く、社会の変化なくしては、「女性の幸せの実現」もない、という意志の現れだ。
那須氏「PMSや月経困難症などの認知が進み、理解が広がりつつあるとはいえ、まだまだ道半ばです。当事者である女性ですら、毎月の生理をつらいと思いつつも『こんなものだ』と我慢してやり過ごしている人が多いのが現状。ルナルナが適切な情報を発信することで、悩みを解消する方法を見つける手助けができるかもしれません」
もちろん、ここでもユーザー目線を忘れることはない。情報提供は行うが、それはあくまで選択肢を増やすため。実際にその情報を手にしてどう行動するかは、ユーザーに委ねられる。
那須氏「たとえば月経困難症への対処法のひとつとして低用量ピルの服用があげられますが、副作用の可能性や相性もありますし、ルナルナ側から『こうするべき』と押しつけることはしません。さまざまな情報についてユーザーがきちんと理解をしたうえで、どうするか選択できる。その手助けとしてルナルナを活用してもらえたらと考えています」
ユーザーの課題解決のために。社会を巻き込むルナルナのチャレンジ
「生理日を記録して管理する」。初めはたったそれだけのシンプルなモバイルサービスだったルナルナは、ユーザーの声に耳を傾け、ユーザーが感じる悩みや不安に寄り添い、課題解決を模索する中で、企業や医療機関、自治体などさまざまなステークホルダーを巻き込む道を選んだ。妊娠・出産・育児の支援、不妊治療、月経困難症による日常生活への影響……ユーザーの直面する課題解決のためには、それが欠かせないからだ。
これまでに蓄積されたユーザーの記録情報をビッグデータとして分析・研究する取り組みもそのひとつだ。例えば、東京医科歯科大学と国立成育医療研究センターとの共同研究によって、これまで一律に25〜38日とされてきた平均月経周期と基礎体温について、年齢に応じて変化することが明らかとなった。平均月経周期は23歳でもっとも長く、45歳にかけて徐々に短くなり、その後また長くなる。排卵日前後で変動する基礎体温については、低温期が年齢かかわらず一定である一方、高温期は年齢により変化し、30代でもっとも高くなるのだという。
那須氏「今でも医療現場で使われ、多くの女性が活用している生理に関する基礎知識のほとんどは、1950年代の研究や調査に基づいたものだそうです。ルナルナに蓄積された20年分のデータは、研究者の方にとっても『貴重なデータだ』と言っていただけました。これからもっとデータを分析していくことで、生理周期や基礎体温に限らず、女性の身体や女性ホルモンに関する新たな知見につなげられたら。これまでも『排卵日予測』や『基礎体温仲良し日』といった新機能としてサービスに生かしてきましたが、ミッションに掲げる『社会の変化を後押しする』に沿って、事業と社会への還元という二軸で取り組んでいきたいです」
さらに今後は、女性(Female)と教育(Education)を掛け合わせた造語で「FEMCATION(フェムケーション)」と銘打ち、社会全体への発信にも取り組んでいく予定だ。男性だけでなく女性自身も生理について理解が浅く、不利益が生まれている現状を変えるために、セミナーやSNSでの情報発信を通じて、生理についての正しい知識と理解を広めたいという。
那須氏「女性の思い描く幸せはとても多様です。そのすべての想いに寄り添い、幸せを実現するためには、女性たちだけでなく彼女たちのパートナーや勤務先となる企業、医療機関や行政機関といった、女性と関わる多くのステークホルダーを巻き込むことが不可欠です。社会に正しい知識を発信し理解を促進することが、女性特有の健康課題や生きづらさを解消する後押しになると考えています」
女性にとって「生理」とは、ごく当たり前のものだ。にもかかわらず、自らの生理についてオープンに語ることはタブーとされ、社会では「隠すべきもの」として扱われてきた歴史がある。生理日管理というシンプルな機能からスタートしたルナルナは、そうした女性たちが抱えていた閉塞感にほんの少し風穴をあけるものだったのかもしれない。自分の声を聞いて、寄り添ってくれる存在があること、同じサービスを使っている人が大勢いて、同じように毎月の不調に悩んでいること。SNSでは「女性の生理について理解してほしい」という投稿が注目を浴びることも増え、女性たちは生理について語る勇気を少しずつ与えられてきた。
そんなユーザーの声に真摯に向き合い、常に変化を続けてきたルナルナは、20周年という節目の年にその想いを新たにし、確かな一歩を踏み出した。幅広い年代、幅広い志向をもつユーザーに広く受け入れられるサービスの裏側には、徹底したユーザー目線と、その信頼関係を大切に考え、「誰も置き去りにしない」やさしさがにじみ出ているように感じられた。
執筆/藤堂真衣 編集/大矢幸世 撮影/須古恵