XDの年末恒例企画、年末年始に読みたい #これもCX な書籍の記事をお届けする。2022年も編集部で多種多様な書籍をセレクトした。CXというと、どうしてもビジネス本でよく取り上げられるテーマであるが、モノ・サービス・情報の生産者と消費者の関係を考えるためのアプローチはビジネス領域に限らないはずだ。
そもそも生産者と消費者の関係自体が変化しているし、私たちを取り巻く環境への目配せとともに、卓越した体験価値に不可欠な生産者側の熱量も良いCXの実現には欠かせないだろう。このような発想から、ビジネス、アカデミック、エッセイ、体験をつくるブランド側の実践も含めて13の書籍を選定している。
いいお店のつくり方 保存版
はじめての場所や店を訪れるとき、緊張から居心地の悪さを感じることがある。反対に、身構えることなく自分自身のテリトリーの延長かのように馴染むことができる場所もある。そんな場所に出会うと良い体験として心に残り、自身のいいお店(体験)リストに加わるのだろう。
では一体”いい”とは何なのだろうか?ローカル・カルチャーマガジン「IN/SECTS」の編集部のメンバーが、オンリーワンの“いい”と考えるお店を紹介する人気特集企画をまとめた本書では、サービスを提供する側である店主の視点で、いいお店のつくり方を紹介している。飲食店、雑貨店、オーディオ店、レコード店、珈琲焙煎所など、17軒それぞれの”いい”への思いを読み解きながら、読者自身の考える良い体験というものを言語化してみてはどうだろう。 (橋本)
企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営
2019年に刊行された『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』では、具体的な一人の顧客“N=1”を徹底的に理解するための方法が紹介されていたが、この本のテーマは経営。経営の話となると複雑な話であり敬遠したくなるかもしれないが話はシンプルであり、結局は顧客を理解しようということに帰結する。
自社にとっての顧客は誰なのか、顧客が自社のサービスやプロダクトに感じる便益や独自性は何なのかを明らかにすることが、自社の経営にとって大事であるという話であり、顧客を明確にした後にはやはりN=1分析でさらに深く知るという内容を紹介されている。あらゆる業種で顧客の体験価値を向上するために参考になる内容である。 (川久保)
企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営(Amazon)
私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE
共有するためにサービスを受け、物を買う。日々の営みは、もはや自分のものではなくなっているのではないだろうか。確かにそうなのかもしれないと、ゾッとした人には是非本書を読んでもらいたい。本書は、ひとの営みが軽視される日々にあらがう筆者の意地の歴史を綴ったともいえる一冊だ。
筆者は「食は時間を食うと思っていたが、その考え方こそが、私から時間を奪っていた。食は、与えることなのだ。自分に時間を」と綴っている。日常の些事で生まれる快・不快を判別し、「自分にとって心地よい方へ」変えていく日々の記録は、私たち自身の日々の営みに疑問を投げかけてくれる強烈さがある。 (橋本)
私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE(Amazon)
ファンダムエコノミー入門 BTSから、クリエイターエコノミー、メタバースまで
「ファン化を促しましょう」だとか「ファンを育成しましょう」だとか、ファンマーケティングの必要性を喧伝する記事をよく見かけるようになった。ただ、その多くは自社サービスへのリピート促進やロイヤルティ向上という収益的観点に重きが置かれ、顧客は未だ客体化された存在として把握されてはいないだろうか。
本書はファンダム、つまり「熱狂的なファンたち」がつくりあげる、これまでとは異なるビジネスのあり方とその歴史的/文化的背景、来たるべき未来像を紹介する入門書だ。BTS Armyの実践や中国の音楽アプリのクリエイターエコノミーなど広範なテーマを扱っているが、全体で通底するのは「ファンの主体性」である。そこでは生産者と消費者という区分はもう有効とはいえず、ファンたちは自律的に対象への関与を行うことで新たなコンテンツや文脈を生み出し、ときに政治的運動をも主導する。
つまりファンの主体性を歓迎するということは、ファンの一定のアンコントロールさを許容するということなのだ。ファンダムエコノミーというビジネス側からすれば魅力的で、しかし緊張に満ちた関係性を考えるのに最適な一冊だ。 (柏原)
ファンダムエコノミー入門 BTSから、クリエイターエコノミー、メタバースまで(Amazon)
SENSE インターネットの世界は「感覚」に働きかける
ファンダムのように顧客の主体性が見出される事例がある一方で、消費者たちはモノ・サービス・情報に満たされてもう何もほしいものがないのではないかというリアリティもある。本書は今の多くの消費者が「意欲できない」状態にあり、これまでの「顧客志向で、買い手のニーズを満たす」というマーケティングの基本戦略が通用しなくなったと指摘する。モノが飽和して「意欲できない」、モノ同士に違いがないので「選択できない」、オーバースペックで「理解できない」という消費者たちには、意欲がある人の注意を促すアテンション・エコノミーも通じない。
認知能力の浪費を回避する消費者に向けたアプローチとして、認知負荷の低さから「音声」への評価を促すのが本書だ。ただこれは、無前提でラジオなどの聴覚メディアが復権するというということではなく、人間の判断や選択に、聴覚および視覚と聴覚の組み合わせがどのように作用するのかを事例をもって紹介する。視覚と聴覚を効果的に組み合わせたHIKAKINの動画編集の妙、ブランド名の音声の機能など、対象に時間を割けない消費者へのアプローチを考えるうえで参考になるだろう。 (柏原)
SENSE インターネットの世界は「感覚」に働きかける(Amazon)
加速する社会 近代における時間構造の変容
2022年の日経MJヒット商品番付の東の横綱には「コスパ&タイパ」が選ばれた。特にタイパは近年生まれた新語で、処理しきれないほどの情報に浸され、忙しい日常を生きる現代人のニーズを捉えた言葉だといえよう。仕事では効率化が求められ、余暇でもショート動画が支持される。なのに忙しさは一向に解消されない。
私たちはなぜこんなにも忙しいのか? どうしてあらゆるものが早く流されていくような感覚を持ってしまうのか? 本書はこのような問いに対して、「近代社会の基本原理は時間構造の変容にある」という認識をもって回答しようとする。すなわちタイパが求められる要因は、今に始まったものではなく、近代以降のメカニズムに内在しているという指摘だ。近代の基本原理は技術による加速、社会変動の加速、生活テンポの加速という3つのプロセスの循環と強化に特徴づけられる。
著者のハルトムート・ローザはドイツ人の社会学者で、イェーナ大学で教授を務める。重厚な理論研究であるが、タイパそれ自体に批判的な検討を加えたい方や、物理的現象ではなく、人間の主観と時間の関係について考えたい方にお勧めしたい。 (柏原)
ドンキにはなぜペンギンがいるのか
ドン・キホーテはXD編集部の編集会議でも度々名前が挙がる企業だ。最近ではPB「情熱価格」の失敗例を顧客からのネガティブ意見とともに赤裸々に公開したダメ出しの殿堂は、ドンキらしさがよく表現されていて好評だった。
ドンキらしさ。所狭しと商品が陳列された棚。迷ってしまいそうな店内通路。楽しい衝動買い。そして、街なかで目に飛び込んでくるドンペン、といったところだろうか。しかし本書を読むと、これらは確かにドンキの特徴ではあるものの、すべての店舗で統一的に展開されているわけではないことがわかる。
チェーン店であるにもかかわらず、地域によって店舗作りにかなりの違いがあるドンキ。スーパーマーケット、銀行、安藤忠雄建築、秘宝館。居抜きを得意とする彼らは全国の多様な建物を居抜く。結果、店舗作りは一様ではなく、それぞれの地域に溶け込むことを志向する。このようなあり方は、ショッピングモールとの対比で「周囲から隔離されたユートピアの空間を作ろうとするショッピングモールと、地域共同体と融和させる祭りの空間を作ろうとするドンキ」と表現される。
ドンキとともに考える日本都市論というべき本書。帰省で訪れた地元のドンキに、別のまなざしをもたらしてくれるだろう。 (柏原)
voice of wear
流行に左右されず、長年着用できる普遍的な価値を持つ「特別な日常服」をコンセプトとし、日本各地の生地産地と深い関係性を紡ぎながら、オリジナルの生地からプロダクトを生み出す独自のものづくりをつづけるミナ ペルホネン。
291点の愛用者の服と記憶をまとめた本書は、人とものの豊かな関係性を感じるエピソードで溢れている。衣服と記憶。そこに生まれる愛着とモノへの眼差し。服が着用時の想い出と重なっていくことで、かけがえのないものになっていく様は、ブランドと顧客が長い時間を共にした記録としても読むことができる。 (橋本)
voice of wear(minä perhonen ONLINE STORE)
消費は何を変えるのか 環境主義と政治主義を越えて
著者のダニエル・ミラーはユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで教鞭をとる文化人類学者。現代の消費文化研究の第一人者であり、FacebookなどSNSや携帯電話が社会の中でいかに用いられているかを明らかにする「デジタル人類学」を代表する研究者の一人ともされている。
本書は人類学の立場による消費文化研究の入門書ともいうべきもの。副題にもある通り、無闇な買い物を地球環境に悪影響をもたらすものだとする立場(環境主義)と、消費を社会階層の従属物として捉える立場(政治主義)を乗り越え、人々が買い物や買ったモノに、自分が属する文化や周囲の人間関係の影響も受けながら、独自に意味や価値を見出していく過程を明らかにしていく。買い物する人々の主体性を歓迎する姿勢は、まさにCX的だ。
人々が購入したモノやサービスをどのように使い、そこにどのような価値を見出しているか。XD読者であれば誰でも知りたいであろうこのインサイトを考察するための人類学的な方法論を紹介する書籍としては、『Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界』(ジリアン・テット)もおすすめできる。 (柏原)
消費は何を変えるのか 環境主義と政治主義を越えて(Amazon)
カスタマーサクセス経営: 顧客に成功と優れた体験(CX)を届けるプロダクト主導型成長(PLG)戦略
カスタマーサクセス経営という邦題になっているが、原著のタイトルは『Mastering Product Experience in SaaS - How to deliver Personalized PX with PLG Strategy』であり、「元祖PLG(Product Led Growth)本」として数年前より一部では話題になっていた本である。PLGとは、SlackやZoom、Dropboxなどのアメリカで急速に成長したスタートアップが実践していた方法で、セールスを介さずにプロダクトそれ自体が魅力を伝え成長を牽引するという考え方である。
テクノロジーやSaaSプロダクトを提供している企業向けの内容になるが、ここでも鍵となるのはCXであり、カスタマー体験の時代だと記されている。顧客との接点がデジタル化していく中では、テクノロジー企業のみならずすべての企業において参考になる内容になっていくはずである。
カスタマーサクセス経営: 顧客に成功と優れた体験(CX)を届けるプロダクト主導型成長(PLG)戦略(Amazon)
鈴木敏文のCX(顧客体験)入門
ここ2,3年で一種のバズワードのように扱われているCXだが、「セブンイレブンジャパン」を創設した鈴木敏文氏は約50年前のセブンイレブン創設当初よりCXを重視し、顧客の体験価値を高め日本一のコンビニチェーンに成長させたということが本書より分かる。
デジタルやデータにより体験価値がさらに重視される流れに向かっているが、それより以前から顧客が受け取る価値を重視していた企業や製品、サービスは多数存在し、そういった企業が生き残ってきた。デジタルやデータによる最先端の事例も参考になるが、本質的には長い間顧客に支持され、時代の変化に対応してきた企業からCXについて学ぶべきことの方が多いのではないだろうか。 (川久保)
ソーシャルメディア・プリズム――SNSはなぜヒトを過激にするのか?
人々のソーシャルメディア利用を語るとき、エコーチェンバーという概念が使われることがある。ソーシャルメディア利用者は自分の嗜好に合った同質性の高い者同士で関係を築き、別の価値観を持った人と交流することがないため自分の考えが支持される状況になり、価値観をますます強める、という主張だ。本書はエコーチェンバー現象の実態を計量的な調査分析によって検討する。著者クリス・ベイルは米デューク大学社会学および公共政策教授。
本書のある実験では、エコーチェンバーを壊すことを試みる。仮説によれば、エコーチェンバーが壊れ自分とは逆の意見に触れれば主張は穏健になるはずだが、結果は逆であった。共和党派は保守的意見を、民主党派はリベラル的意見を強めたのである。
このような結果の理由を、著者は「アイデンティティ」に求める。エコーチェンバーが壊れたときに触れる対立意見を自分のアイデンティティへの攻撃として認識する場合があるということだ。ここからソーシャルメディアを、自分のありたいアイデンティティをさまざまに試せるツール、つまり“プリズム”として捉え、政治的分極化を検討していく。
大規模なデータに基づく分析が提示されるが、分極傾向は一部の過激派に限られ、人々の想像ほどは発生していないという。ソーシャルメディアの影響を過大に見積もらないためには、このような調査等に基づく実証研究が有効であろう。この論点を考えるには『陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム』(秦正樹)も参考になる。 (柏原)
ソーシャルメディア・プリズム――SNSはなぜヒトを過激にするのか?(Amazon)
XD MAGAZINE VOL.6「贈る」
すでに休暇に入っている人にとっても、これから休暇を控えている人にとっても、ホリデーシーズンやお正月は贈り物を渡したり受け取ったり、「贈る」ということを考える機会が多い季節。ひょっとしたら、コロナ禍でずっと会えていなかった人たちと会う機会自体を「贈り物」と考えている人もいるのではないだろうか。「贈る」のはものだけではなく、機会や言葉なども贈る対象となりえる。
われわれXD編集部が定期的に刊行する雑誌である『XD MAGAZINE』では、今まで「学ぶ」、「聞く」、「動く」、「誤る」という言葉を特集テーマに掲げてきた。12月発売の最新号VOL.6のテーマは「贈る」。こうやってテーマを並べてみて初めて気づいたが、今までの動詞とは違い、「贈る」という動詞には、一人称の行為で完結せずに二人称や三人称の他者の存在がその行為に含まれていることが多い。
CXを考えるとは他者を(あるいは自己を客体として)考えることが第一歩である。まずは「贈る」という行為あるいは言葉をきっかけに、そこに含まれる自分以外の他者の存在や気持ちを考えるきっかけとしてみてはどうだろうか。 (川久保)
XD MAGAZINE VOL.6 特集『贈る』は、全国の取り扱い書店のほか、プレイドオンラインストア、Amazonなどで販売中。
これらの書籍と雑誌が、CXへの理解を深め、関心を広げるための一助となれば幸いだ。もちろん、今回紹介した本はほんの一部にすぎない。「ぜひこの一冊もおすすめしたい!」という書籍があれば、ぜひとも「#これもCX」 というハッシュタグをつけて投稿してほしい。
Cover photo by Christin Hume(Unsplash)