映画やゲームを3Dで楽しめるVRゴーグルや、マンションにスマホのカメラをかざすと賃貸情報がわかるLIFULL HOME’Sの「かざして検索」など、VRやARをはじめとした新しいテクノロジーが様々な業界に取り入れられ、私たちの暮らしも日々進化を遂げている。
世界的な家具チェーンの「IKEA(イケア)」も、持続可能な生活のかたちを探求する研究機関「SPACE10」を通して、テクノロジーに関する取り組みを積極化している。今回は、SPACE10から生まれた未来の暮らしを変えるアイデアたちを紹介する。
よりよい生活をデザインするためのイノベーションラボ「SPACE10」
SPACE10は、2015年にデンマークの首都であるコペンハーゲンに開設された。“サステナブルな暮らしを実現する、新たな方法を探求する”ことを目的とし、「5年後、10年後の世界」や「都市のあり方や人々の暮らし方」をコンセプトに研究を行っている。
研究の対象は、IKEAに関連がある食や住にまつわること。IKEAは、なぜSPACE10を立ち上げたのか。SPACE10 コミュニケーション・ディレクターのモン・キャスパーセン氏は、「WORKSIGHT」のインタビューで「今までのような『モノのデザイン』だけではなく、『空間のデザイン』を提案した」と、語っている。これまでのように良い「モノ」だけをデザインしていればいい時代が終わりを告げ、取り組む範囲を広げていることが伺える。
SPACE10で実現化されたアイデアを見てみよう。
ARを使って家具配置のシミュレーションができる「IKEA PLACE」や、設計データがオープンソースとなり誰でも作れる菜園ソリューション「Growroom」、自動運転車の未来をイメージして発表された「Space on Wheels」などが挙げられる。
「IKEA Place」は、約2000点の家具が掲載されたIKEAのカタログから好みの商品を選び、部屋の写真をスマホで撮影すると、商品を配置した時の様子が確認できるサービスだ。
家具は部屋の雰囲気を大きく左右する重要な要素だ。自宅をイメージしながら店頭で選ぶよりも、買いたい商品をスマホ上で自宅に置けばイメージの相違が減り、ギャップのない家具選びが可能になる。家具を置く場所のサイズをメモし、商品の寸法と照らし合わせるという面倒な作業も一切なくなる。ARを使った空間デザインによる、新しい顧客体験の事例だ。
菜園ソリューション「Growroom」では、都市部の土地が少ない場所でも食料栽培を可能にする。球状の菜園となっているGrownroomには、球面に沿ってハーブや野菜が栽培できるスペースがあり、積み上げ式菜園のような形を取っている。
大きなポイントは、設計データや組み立て手順が誰でも閲覧可能なオープンソースとなっているところだ。これによって世界中どこでもGrownroomが組み立てられ、場所を問わず食料の栽培が可能となった。
このようにSPACE10からは、人々がより便利な生活を送れることや、住みやすい環境づくりに貢献する「空間をデザイン」したアイデアが世界に向けて公開されている。
2030年には車内オフィスも?「Spaces on Wheels」の7つのアイデア
SPACE10から生まれた「Space on Wheels」を詳しく見てみよう。彼らは、2018年9月に発表されたレポートで、空間のデザインを自動運転車の車中に広げた「Spaces on Wheels」を発表。出発地点から目的地まで、自動運転車に乗車した際の時間の過ごし方について、SPACE10は新しい車内体験を提案した。SPACE10のiOSアプリをダウンロードすると、下記の動画にあるように、ARを活用したSpaces on Wheelsの世界を体感することが可能だ。
自動運転車であれば、車内にオフィスやカフェ、ホテルの店舗を作ることも実現可能だ。オフィスへ向かう車内にオフィスの設備があれば、「通勤時間」という概念がなくなり、仕事が始められる。
自動車で移動する時間は、作業やイベントが一区切りした後に発生することが多い。カフェの設備を持つ自動運転車が生まれることで、移動時間を次の予定までの休憩時間に変えてリラックスできたり、友人と一緒に乗ればコミュニケーションの時間にしたりもできる。できることが限られていた移動時間に、活動の選択肢が広がるのだ。
Spaces on Wheelsでは、都市部から離れた地域に暮らす人々向けに、病院や車内での農業などが提案されている。病院の機能を持つ自動運転車は、低所得層地域など病院までの移動が困難な人に医療を提供可能だ。農業は、マーケットや店頭での販売が難しい地方の農家向け。出荷に時間がかかり、新鮮な野菜を市場へ届けることが難しかった人々も、すぐに車内で販売が可能になる。
時間の有効活用や利便性の向上だけではない。周囲の環境に応じたARのゲーム体験や教育コンテンツ体験もSpaces on Wheelsの提案の一つ。これにより、余暇や娯楽の質も自動運転の普及によって変わることが予想される。私たちの生活に“移動する空間”が加えられることで、これまでとは違ったライフスタイルが出てくるはずだ。
家具配置のシミュレーション、オープンソースの菜園、自動運転車の空間デザイン――。SPACE10を通してIKEAが目指す未来は、住む場所や状況に関わらず、誰もが便利に、そして人々がずっと暮らしていける社会だ。
家具の販売による室内のデザインを皮切りに、人々の暮らしを作る空間のデザインへと進むIKEAの描く未来は、そう遠くはないだろう。
img:SPACE10,SPACE10 Medium,Unsplash