購買体験のパーソナライズ化が進んでいる。
私たちの嗜好や行動はデータ化され、ウェブサイトを開けば、一人ひとりに合った「おすすめ商品」が表示される。まさに欲しいと思っていたようなものが提案されることもあり、買う予定ではなかったものまで買ってしまうことも少なくない。
しかし、過去の購買や行動履歴などから予測されるレコメンドには限界がある。なぜなら、おすすめされる商品はあくまで過去の行動結果から推測されるものであって、なぜその商品を買ったのか、なぜその商品を閲覧したのか、といった背景まで正確に推測することは困難だからだ。
例えば、新居の家具を買い揃えようとしているケースをイメージするとわかりやすいだろう。ダイニングテーブル、ソファーなどを購入した顧客に対して、似たようなスタイルを提案することは可能だ。しかし、“最終的にどのような部屋にしたいのか”という視点が欠けているため、トータルコーディネートが考慮されたレコメンドにはならない。
求めているものをヒアリングしきめ細かな提案することは、まだまだ人が介在しなければ実現できない領域だ。
今回は、専門家による「レコメンド」をテクノロジーによるサポートによって多くの人に届けようとするスタートアップの取り組みを紹介していくことで、人が介在する価値について考えてみたい。
AI×コーディネーターでインテリアを提案「KAREN」
インテリアにこだわることで、暮らしが変わる。けれど理想の部屋を実現するためには相応の労力がかかる。限れられた予算のなかで気に入る家具を見つけるのは手間がかかったり、購入してみるとサイズや色味が部屋に合わず後悔することも多い。
そんな部屋づくりの悩みや不安を解消するのが、オンライン上でプロによるインテリアの提案を受けられる「KAREN」だ。
同サービスでは、ユーザーが事前に入力したデータをもとに、インテリアコーディネーターが部屋のデザインプランを3Dイメージで提案。提案されたプランで使用した家具は、そのまま購入することができる。
コーディネートを担当するのは応募倍率20倍の審査から選ばれたメンバー。データ入力が完了してから最短5日で提案が届くという。
KARENでは、一人ひとりに合ったインテリアの実現のため、ユーザーの好みやライフスタイルを理解することに力を入れている。
データ入力時には、間取りや部屋の写真といった基本的な情報に加え、その部屋での過ごし方や部屋にいる時間帯、部屋を訪れる人や理想の生活など幅広い質問が用意されている。さらに、複数のインテリア写真から気になるものを選択するプロセスを繰り返し、AIがユーザーの好みを分析する。それらの情報をもとにコーディネータが家具を提案していく仕組みだ。
通常、インテリアの専門家にコーディネートを依頼すると十数万円の費用が発生するが、サービスの利用価格は1部屋当たり7980円と良心的だ。相談や発注のプロセスをデジタル化することでコスト削減につなげている。
インテリアは、サイズや用途だけで購入を決めるものではない。その空間全体のコンセプトから導き出される、質感や色、サイズなども重要だ。インテリアこそパーソナライズが必要なアイテムなのだが、アルゴリズムだけで個人の好みを判定するには変数が多すぎる。自分に合ったインテリアを選ぶためにはやはり人の存在が欠かせないだろう。テクノロジーがコーディネーターの負担を軽減することでコストが下がり、より多くの人が恩恵に預かれる。
KARENは、従来の部屋づくりにおける課題に対し、専門家による知識とテクノロジーで向き合う。上手く機能すれば、より多くの人が理想の暮らしを手に入れられるようになるかもしれない。
企業のアイデンティティを音楽のプロにキュレーションしてもらえる「Atmosphere」
SpotifyやDeezerなどパーソナライズが進む音楽配信領域にも、プロによるレコメンドサービスが存在する。
「Atmosphere」は、DJ、ミュージシャン、プロデューサーなど音楽業界のプロが、企業やブランドのイメージに合わせて音楽をキュレーションするサービスだ。
月額課金制となっており、課金したユーザーはキュレーションされたプレイリストをショップやカフェなどの商業施設でも流すことができるという。
店舗の雰囲気づくりには内装や接客だけでなく、音楽が担う役割も大きい。実際、店内のBGMが顧客の消費行動に影響するというデータもある。音楽も含めた店舗体験の向上がブランドへの信頼の醸成にもつながるはずだ。
しかし、単にオーナーが好きなBGMを選曲するだけでは、「企業らしさ」を体現することはできないとAtmosphereを運営するKollekt.fmの CEO、RolfDröge氏は語る。
「自社のアイデンティティにふさわしい音楽や、顧客を引き付ける音楽を考えるのは簡単ではありません。私たちはCI(コーポレートアイデンティティ)の作成にたずさわってきたメンバーと、音楽プロデューサーやミュージシャンといったキュレーターによって、このような課題を解決します」
Atmosphereでは、ユーザーのビジネスを分析し、ブランドのメッセージやターゲットとなる客層、理想とする顧客体験などの設計をAtmosphereのチームがサポート。企業のコアとなる要素を抽出し、キュレーターがプレイリストを提案する。どんな音楽をかけるかは、ブランドイメージに影響する。
CI(コーポレート・アイデンティティ)やVI(ビジュアル・アイデンティティ)のように、体験がアイデンティティを表す「XI(エクスペリエンス・アイデンティティ)」という概念がある。企業のCIが単なる飾りを超えて企業そのものを表すように、Atmosphereが提案する音楽は単なるBGMを超えて企業そのものを表すXIということだろう。ロゴを自動生成するサービスも登場しているが、デザイナーによるCIデザインの需要はむしろ増している。人のキュレーターによるプレイリスト提案が求められる背景と親しいニーズがありそうだ。
クライアントのビジネスの根本と向き合い、曲を通じてその企業を核を探す。人と人とが対話をしながらアイデンティティを探していく工程は、今のテクノロジーではカバーできない。
日本でも、企業やサービスの特徴と個性を一貫したイメージとしてユーザーに伝えていくCIデザイナーの重要性が見直され始めているが、企業向けストリーミング音楽配信にはどのような展開が待っているのだろうか。
スタイリストが5つの香水を選定する「セレスのセレクト」
最近では、フレグランススタイリストが一人ひとりに合った「香り」を提案するECサービスも登場している。「セレスのセレクト」はフレグランス協会が認定したプロのフレグランススタイリストが、200種類以上の香水からユーザーに合った香水を提案する。
ユーザーは自身が求めるイメージを「スウィートな香り」「爽やかな香り」「官能的な香り」の3つの中から選び、利用するシチュエーションやイメージなどをスタイリストに伝える。その情報をもとにスタイリストは5つの香水を選定しユーザーのもとへ配送する。
欧米では香水は化粧品の売り上げとほぼ同じ市場規模だが、日本では化粧品の売り上げ全体の2~3%ほどで、先進国の中では最も香水使用量が少ない。香水をつけない人のうち35%がその理由に「自分に似合う香りが分からないから」とあげている。
洋服であれば日常的に自分に合うか合わないかをジャッジしている。しかし、香水は自分に合うか合わないか、ジャッジすらできないということだ。このとき「あなたにはこの香水が良いはずです」と言われる相手が、人なのか、AIなのか、どちらがより良いかは想像に難くない。日本の香水市場を活性化には、様々なブランドから香水を提案するフレグランススタイリストの存在が重要かもしれない。
「セレスのセレクト」は2018年6月からサービスのβ版を展開。これまで100名以上のモニターによりサービスの改善を重ねてきた。人によって好みの分かれる「香り」を適切に提案する仕組みと、リアル店舗に負けない購買体験をいかに創造していくかが、今後の課題になるだろう。
人とテクノロジーの組み合わせで、より良いパーソナライズに
今回取り上げた事例から、購買行動の中で、人が関わることの価値について改めて考えたい。
インテリア、音楽、香り。いずれも、リアルな場での体験に影響する要素だ。私たちは、自覚している以上に空間において、これらの要素から影響を受けている。
空気を読むという言葉があるが、雰囲気というものは、全体から醸し出されるものだ。人は五感を駆使して、全体を把握し雰囲気を汲み取ることができる。例えば「この人は怒っているな」と分かるとき、表情だけじゃなく、息遣いや声のトーン、周りの人の表情なども含めて総合的に判断しているはずだ。
音声や表情から感情を読み取る技術もある。ありとあらゆる全ての要素をデータ化し雰囲気すらテクノロジーが理解するかもしれない。が、今のテクノロジーには空気は読めない。
人が介入することにより、雰囲気や空気感、その人の思想や思い入れなど曖昧なものを汲み取り、レコメンドすることが可能になるだろう。
自動化されたレコメンドは、時間やコストの削減に有効的にはたらくが、それだけで人の感情を動かすことは難しい。人とテクノロジーを組み合わせたパーソナライズは、テクノロジーのパラドックスを打破する一つのモデルになるのだろうか。その行く先を、今後も注視していきたい。
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