“白は、無色ではない。
あなたに染まる色だ。
白は、無個性ではない。
あなたの個性を引き出す色だ。”
店内には、壁一面にかけられた白無地Tシャツ。国内外から白Tだけを集めた世界初の専門店「#FFFFFFT(シロティ)」は、こんなメッセージをWebサイトに掲げている。
同店は、白無地Tシャツに魅了され、数多くの白Tを知り尽くした夏目拓也氏が2016年にスタートした。名刺の肩書きは“白Tハンター”。斬新なコンセプトが注目を集め、これまで雑誌やテレビなどさまざまな媒体に取り上げられ続けている。購入できるのは店舗だけで、週末の午後のみの営業だが、多い日には200枚以上の「個性を引き出す」白Tが売れている。
白Tだけの販売にもかかわらず、オープン以来ずっと人気を維持している背景には、一体何があるのだろう。「#FFFFFFTは店舗での体験がすべて」と話す夏目氏に、店内で繰り広げられるその体験について伺った。
究極にシンプルなのに、奥が深い。それが白T
原宿駅、千駄ヶ谷駅からそれぞれ徒歩10分ほど。#FFFFFFTは、ゆるやかな坂の下の角地にふと現れる、1ジャンルの商品だけを扱う潔い店だ。
白無地Tシャツしか置いていないとはいえ、店内に一歩足を踏み入れると、そのバラエティに驚かされる。クルーネックやVネックなど形の違いだけでなく、ジャストサイズからオーバーサイズまでのシルエット。青みを感じるほどの純白からクリームがかったやわらかい色味までのカラーバリエーション。生地の厚さや触り心地といった質感も、それぞれ違う。
店頭には常時60種類の白Tがそろい、ラインアップも常に入れ替えられている。これまでに取り扱った白Tは、累計で300種類以上に及ぶという。漠然と「白Tがほしい」と思って来店しても、これだけの種類から選ぶのはなかなか難しそうだ。
「顧客層としては『白Tに興味はあるけれど、どう選んでいいかわからない』という“白T迷子”の方がいちばん多いと思います」と夏目氏。それにもかかわらず、来店した人の実に9割が購入に至っているという。通常のアパレルショップでは考えられない数字だろう。
「どうして白Tの専門店がないんだろう」
高校生のころからファッションにのめり込み、様々なジャンルを経験した末に夏目氏が行き着いたのが、白Tだった。虜になったのは日常のふとした瞬間だ。「何気なく買った白Tを着てみたら、妙にしっくりきた」。それから国内外のあらゆる種類の白Tを集め始め、数万円のラグジュアリーブランドからコンビニのPB製品まで、クローゼットが白Tであふれかえるころ、専門店がないことに気づいたという。
白Tにそこまで魅了され、専門店まで開くことになったのは、なぜか。語られたのは、白Tの持つ「二面性」だ。
夏目氏「多くの人は白Tに対して、無難だとか、個性がないとか、どれも同じだというイメージを抱いていると思います。ですが白Tは、究極のシンプル&ベーシックなのに、実はブランドやメーカーによって大きく違う。だからこそ選ぶ人、着る人の個性が引き出される。その二面性が、いちばん面白いと思っています」
夢中になって“白Tハント”をしているとき、「もし白Tだけの専門店があったら、この面白さや奥深さに、もっと多くの人が気付くはず。何より、それは自分にとって夢のような店だ」という思いがずっとあったという。しかし、海外まで見渡しても、そんな店はない。シーズンごとに移り変わるトレンドやニーズに応えて、顧客数を確保するアパレルの常識、もっと言えば小売店の常識とはかけ離れるからだ。アパレルとは関係のない業界で働いていたからこその着眼と、白Tへの思いがそのハードルを越えた。
夏目氏「誰もやらないなら、僕がやるしかない。そんな勝手な使命感が生まれて、この店を立ち上げました」
会社員の傍ら、まずは夫婦で開業した。コンセプチュアルな専門店の登場に、オープン当初から雑誌やテレビなど多くの媒体が注目し、広告にかけた費用はこれまでなんと0円。日本各地だけでなく、海外からも多数の顧客を迎えるようになっていった。
1回1回の接客は、唯一無二の体験
メディア露出によってネット上で話題になり、一時的に人気を獲得することは、ないわけではない。だが、そこで実際に提供する体験が満足いかないものだったら、この時代、客足は即座に止まってしまうだろう。
#FFFFFFTの来店客には、創業6年目の今も「割合でいえば、まだまだ初めて来店される方が多い」と夏目氏。熱心なリピーターはもちろん、いわば白Tの初心者が、興味を持って訪れている。それを後押ししているのは、一度訪れた人のポジティブな口コミだ。パブリシティとの相乗効果で、実際に店舗で白Tの世界に触れる体験が伝播している。
夏目氏「もともと白T好きな人の期待に応えるだけでなく、何となくメディアや口コミで知って、そこまで強く期待せずに来られる人にも、白Tの奥深さを体感して、驚いて帰ってもらいたい。来てくれる人を選びたくないんです。
表面的に白Tだけを集めて店で売ることは、その気になれば、他の人でもできるかもしれません。でも、商品のラインナップや質、店頭でのコミュニケーションも含めて、どんなお客さんにも満足してもらうことは、本当に白Tが好きで始めた自分にしかできないという自負があって。キャッチーなコンセプトを打ち出すだけでなく、『自分の1枚が見つかる、出合える』体験を高いレベルで提供し続けることを強く意識しています」
同店では現在、企画から商品の仕入れ、接客まで夏目氏がひとりで行っている。そのため、店舗での体験がすべて自身の行動にかかっている重圧がある。
夏目氏「だから、今でも店に立つのはすごく緊張感があります。週末だけ開けているのは、そういう理由もありますね。大げさに聞こえるかもしれませんが、お客さんと白Tとの出合いを、ディズニーランドのショーやアトラクションのような、その日そのときしか味わえない体験にしたいんです。
『とにかく俺が選んだ白Tを買ってくれ』といった押し付けをするつもりはありません。わざわざ週末をめがけて、遠くから来てくれる人もいるなかで、『本当に来てよかった』とか『期待以上の白Tに出合えた』と感じてもらいたいと思っています」
#FFFFFFTがマニアによるマニアのための店に留まっていない理由のひとつは、この姿勢だろう。
顧客の悩みに合わせて「翻訳」する
顧客が期待以上の1枚に出合うためにできること、それは顧客の悩みや要望に合わせて、白Tの情報を「翻訳」していくことだと夏目氏は語る。
夏目氏「たとえば『生地の厚い白Tがほしい』と言われたとき、Tシャツの生地の厚さ、正確には重さを表す『オンス』という単位で説明することはできます。ですがその手のスペックの話をしても、多くのお客さんはピンとこない。提供側にこだわりがあると、つい専門的な話に踏み込みたくなるものだと思いますが、お客さんはそれが聞きたいわけではないんです。
だから意識的に『この厚みなら、1枚で着ても絶対に透けませんよ』『ガシガシ着てもへたれませんよ』とか、『たとえばこんな格好にいいですよ』など、お客さんのこだわりや悩みに対して必要な話をわかりやすく、翻訳するように伝えています。
極論すると、作り手のこだわりよりも、お客さんの満足度がすべて。もちろんブランドのストーリーなども聞かれたら解説しますが、あえて自分からは話しません。ブランド名で買うより、見て、触って、比べて、納得して選んでもらう。それを大事にしています」
いかにすぐれたものかよりも、いかにその人に合うものか。まだ言葉になっていないイメージも含めて顧客が求めていることを探り、必要な情報を翻訳して、接客という限られた時間の中で伝えきる。
アパレルは基本的に、トレンドの商品を早く大量に販売するビジネスだが、#FFFFFFTでは、時代に左右されない白Tという永遠のベーシックを顧客のニーズに合わせて“深く・濃く・狭く”提案していく。
夏目氏「はじめは『白Tなんてどれも同じでしょ』というマインドの人でも、ちょっとした興味から来店して、僕とセッションして納得して選んでもらえたら、その人の中で白Tの位置付けは変わります。
この店の目指すところは、自分がそうであるように、ひとりでも多くの人に白Tに夢中になってもらって、世の中に“白T Lover”を増やすことです。だから、ここは白Tの聖地にならなくてはいけない。そのために白Tを追求し続けたいと常に思っています」
店舗体験を限りなく再現したオンラインオーダー
店舗での体験がすべてという同店だが、昨年4~5月の緊急事態宣言下では休業を余儀なくされた。EC販売はそれぞれの白Tの個性や質感を伝えきることや、細やかな接客ができないため避けてきたが、このままでは売り上げが立たない。
ここでしかできない唯一無二の体験を、オンライン上で限りなく再現するにはどうしたらいいか。考えた末に出てきたアイデアが、チャットを使った臨時のオンラインオーダーだ。
夏目氏「リアルの体験こそが、この店の価値であり、本質です。それを極力損ねないよう、インスタやフェイスブックのダイレクトメッセージで、店頭さながらに顧客と密にコミュニケーションを取りながら、どの商品を購入するか決めてもらいました」
その際には、インスタグラムに日々蓄積していたアイテム解説が役立った。顧客の要望に合いそうな投稿のリンクを送り、写真や文章だけでは伝えきれない生地感やシルエット、サイズ感などの情報とともにカウンセリングする。オーダーの対応時間は、当時の営業時間に合わせて土曜日の12時~19時に限定したが、始めてみると予想以上に反響があった。国内外からの問い合わせに、オンライン上で一度に10人を“接客”したこともあったという。
夏目氏「店舗での体験を完璧に再現することは難しいですが、オンラインオーダーで買ってくれた方がその後改めて店に来てくれたり、『すごく良かったからもう1枚ほしい』と言ってくれたりして、手応えもありました。特に、遠方や海外の方、週末は仕事で行けないという方にも対応できたのは、可能性を感じました。
もちろん、チャットも店頭での接客と同じで、自分の知識や経験、あらゆる引き出しを総動員していました。物理的に店を開けないからといって、ECを始めて顔の見えない1,000人や1万人に販売するよりも、顔の見える10人、100人に対して濃い感動を生み出す方が、僕の性格にもこの店にも合っていたと思います」
オンラインオーダーに加えて、コロナ禍がきっかけのひとつとなり生まれた店舗もある。2021年4月に新宿歌舞伎町にオープンした黒無地Tシャツの専門店「#000T KABUKICHO(クロティ カブキチョウ)」だ。
夏目氏「#FFFFFFTが注目されると、多くの方から『黒T専門店はやらないのか』と聞かれるようになりました。もちろん構想や、ラインナップなどの点で実現の見通しもありました。しかし、そもそも白Tは好きで始めたからこそできたという自負があったので、ただ単純に黒に広げるのはどうなのか、と。もしやるなら、本当に意味のある場所で、意義のある形で始めたいと思っていました」
構想が現実へと近づいたのは、昨年の秋。歌舞伎町の元ナンバーワンホストで、現在はホストクラブの経営や飲食店、美容室、書店など歌舞伎町で複数の事業を展開する手塚マキ氏に出会ったことから大きく動き始め、手塚氏とタッグを組むことでオープンに至った。現在、店頭に立つのは、もともと手塚氏の下で働き歌舞伎町を深く知る黒瀧紀代士氏、黒瀧保士氏の双子の兄弟と、#FFFFFFTの販売スタッフでもある石井雄也氏だ。
夏目氏「歌舞伎町って、性別や年齢、職業や国籍を問わずいろいろな人を飲み込む街だと思っていて。その懐の深さや多様性の象徴として、黒。絵の具で色を全部混ぜたら黒になる、そのイメージが以前からあったので、もし黒T専門店を出すなら歌舞伎町だと思っていたんです。だから、これは縁だなと。
さらにその頃は、コロナの影響で歌舞伎町が“夜の街”としてフォーカスされ、根拠のないネガティブな風評も広がっていました。なので、こんな状況だからこそ、歌舞伎町でやる意義があると考えて決断しました。接客にあたる3人には、もちろん商品のレクチャーは徹底していますが、黒ならでは、歌舞伎町ならではのスタイルをつくってほしいと思っています」
店舗1階の隣にはバー、2階にはアートスペースも併設されている。それぞれ異なる目的を持った人がその場所で混ざり合う、“黒”になる場所という構想が具現化されている。
その人の「究極の1枚」を提案し続ける
これまで相当数の白Tを提案し、販売してきた夏目氏。今、初めて訪れる人でも白Tへの関与度が上がっているのを感じているという。顧客の要望を受け、土曜のみだった営業日も今年5月には日曜が加わった。
夏目氏「初めての方から『こんな条件の白Tをずっと探しているが、なかなかない』『今日着ているジャケットに合わせる白Tがほしい』といった具体的な相談も受けるようになり、白Tに対する知識や経験、“白Tリテラシー”が上がってきている感覚があります。お客さんが専門店に求めるレベルも高くなってきていますね」
白Tの奥深さや面白さが、徐々に浸透している実感が得られ始めてきた。今後、さらに“白T Lover”を増やす施策はあるのだろうか。夏目氏は、東京で成功したら2号店を大阪で、次は名古屋で……といった展開は最初から考えていなかったという。そもそものコンセプトにも通じるが、「アパレルビジネスの常識を“いい意味で”裏切りながら、白Tの魅力をさらに広げたい」と語る。
夏目氏「たとえば昨年は、渋谷に開業したミヤシタパークに『東京五輪期間中に出現する、期間限定の白Tキオスク』というコンセプトストアを出店しました。残念ながらオリンピック自体が延期になりましたが、千駄ヶ谷とは違った客層にもリーチでき、非常に手応えがありました。
今後も、既視感のないことをやっていきたい。本当に“たとえば”の話ですが、リゾート地のプールサイドやビーチでお客さんが水着のままふらっと立ち寄れる、とことん開放的な店舗とか。白Tを起点に、新しい体験の可能性を探っていきたいです」
さらに、状況が許せば海外で限定ストアを出して回る“ワールドツアー”ができれば、と夏目氏。
夏目氏「これまで海外の方も接客するなかで、白Tをこんなに面白がれる背景には、日本的な美意識、禅や侘び寂びといった東洋思想が影響しているんじゃないかと思うようになりました。もちろん欧米のお客さんもたくさんいますが、割合としては圧倒的にアジア圏の方に響いています。シンプルなものに奥ゆかしさや豊かさを見出す、共通の価値観があるのかも。このコンセプトが海外でどのように評価されるのか、試してみたいです」
また先日は、夏目氏が「長年の夢のひとつだった」と話す企画が形になった。この5月、かつて日本に白T×ブルーデニムの一大ブームを巻き起こした、俳優・歌手の吉田栄作氏とコラボレーションした白Tを発表した。
夏目氏「これまでも様々なブランドとのコラボレーションや別注モデルは手掛けてきましたが、今回は初めて“人”にフィーチャーした企画です。その第一弾は白Tのレジェンドアイコンである、吉田栄作さん以外考えられませんでした。
細かい話をすると、今はTシャツに限らずファッション全体にオーバーサイズの流れが続いていますが、栄作さんのイメージからあえてジャストサイズを採用したり、二の腕がたくましく見えるよう袖口をロールアップ仕様にしたり。結果的に、クラシックでありながら新鮮にも映る、『吉田栄作モデル』と呼ぶに相応しい1枚になったと思います」
では、白Tを愛する夏目氏だからできる、店舗オリジナルブランドは作らないのか。聞くと、顧客視点に振り切った回答が返ってきた。
夏目氏「究極の1枚は、その人、その時々によって違うという考えが根本にあります。お店側の“正解”を無理に押し付けたくはないから、純粋なプライベートブランドを作る予定はありません」
無類の白T好きだからこそ、ひとりでも多くの人にその魅力が伝わるよう動く。顧客の希望に沿った、その人の個性が存分に発揮される1枚に出合ってもらうため、夏目氏は今日も提案を続ける。
執筆/もりや みほ 編集/高島知子 撮影/植村忠透