絶妙の丈でお腹が出ない肌着「おなかでぬ」。裏表、前後もないTシャツ「ぜんぶおもて」。
子どもが快適に着られ、親にもストレスがない子ども服ブランド「アルトタスカル」は、大阪のアパレル企業、チルドレン通信が展開する自社ブランドだ。開発メンバーの「親としての視点」、そして顧客の声を取り入れながら商品を拡充・改良し、2022年3月に1周年を迎えた。
前述の商品のほかに、小さく生まれた赤ちゃん用の「ちいさなふく」、医療的ケアをしやすい前開きでサイズ展開が豊富な「おしゃれバリアフリー」シリーズなど、市場規模からすると決して大きくはない衣服も開発。医療の領域にも、口コミで広がりつつある。
さまざまな顧客の要望の中から、今応えるべきもの、保留するものをいかに決めるのか。同社代表の参鍋開人氏とデザイナーの林真奈氏はそろって「正解がない、難しい」と口にする。それでもブランドが育っていけば、対応できる幅は確実に広がっていくと考えている。
根底にあるのは、すべての子どもを笑顔にしたい、という思いだ。「アルトタスカル」発足の舞台裏と現在進行形の取り組みを、両氏に聞いた。
毎日の子育てを「あると助かる」衣服で支援
「どっちもおもてTシャツ、とにかく最高」「裏返しでも履けるパンツってすごい」「アルトタスカル届いた、本当に助かる!」――。Twitterで「アルトタスカル」を検索すると、こうした感想を目にすることができる。
子育て中の親にとって、たとえば朝の時間は特に慌ただしい。着替えの補助ひとつとっても、着せようとしたら裏返しだったり、子どもの「自分で!」の強い主張に任せると後ろ前だったり。それをほほえましく思う余裕もなく、やり直そうにも嫌がられ、親にも子どもにもストレスに……。そんなシーンに、同ブランドが「あると助かる」と受け入れられているのが、前述の感想からうかがえる。
同ブランドでは、SNSの公式アカウントでアンケートを取るなど、商品についての意見を積極的に募り、改善に生かしている。たとえばTシャツの第一弾商品は、裏表で着られる仕様だったが、発表後に「前後ろもなくしてほしい」という声が多かったために第二弾を計画。裏表、前後ろの区別がない「ぜんぶおもて」Tシャツが生まれた。税込1,280円という量販店並みの価格帯も、支持される大きな要因だ。
多くの子育て家庭の“あるある”な悩みに向き合うかたわら、「ちいさなふく」「おしゃれバリアフリー」にも力を入れている。アルトタスカルは自社サイトのほか、Amazonや楽天でも販売しているが、4月半ばには楽天のベビーファッションのランキングにて「おしゃれバリアフリー」の前開きロンパースがトップ10にランクインしていた。限られた需要に対する商品が、こうして一般市場の中でよく売れているのは、これまでになかった商品だからとも考えられる。
同ブランドを手がけるチルドレン通信の代表取締役、参鍋氏は「まだ2年目のブランドなので、一人でも多くの方に知っていただきたいな、というのが今の思いです」と話す。
参鍋氏「アルトタスカルは、当社にとって初めての自社ブランドなんです。購入していただいた方の口コミや、新聞などメディアに取り上げられた効果で、少しずつ広がっていることを社内でも実感し始めていますが、まだまだです。
同時に、アルトタスカルというブランド名を掲げている以上、本当に『あると助かる』ものをつくっていかなければと感じています」
「顧客と長く付き合いたい」と、ブランド立ち上げへ
チルドレン通信の主力事業は、子ども服の製造とECによる販売だ。「chil2」というショップ名で、人気キャラクターのライセンス契約商品も含めてさまざまな商品を手がけている。同社の親会社であるオーパスは、しまむらやトイザらスなど大手小売店への子ども服の卸売りを約30年続けてきた。
チルドレン通信はその中で、直販を新たな柱とするべく、2011年に社内事業として発足。当時から関わっていた参鍋氏が代表となる形で、2014年に分社化した。チルドレン通信という社名は、社内公募で決めたという。取引先を介する卸売り事業では実現しにくい顧客との“通信”、対話やインタラクションを大事にしていきたい考えが込められている。
親会社の規模やネットワークを生かして手ごろな価格帯に抑え、かわいい・かっこいいデザインにこだわった商品群は、右肩上がりで伸びていった。だが、市場にあるたくさんの子ども服と、大きな違いがあるわけではない。そのため固定客が少なく、次第に「自社ブランドを確立して顧客と長く関係を築きたい、ファンになってもらいたい」との思いが強くなった。それが、アルトタスカル立ち上げの背景だ。
参鍋氏「ブランドの方向性として、デザインに凝る案も挙がりましたが、デザインを第一の特徴にしても流行が変われば廃れてしまいます。長くお付き合いいただくためには、まず機能性に目を向けたいと考えました。
“あると助かる”というコンセプトは、私を含めて開発チームに子育て中の親が多く、ブランド開発に関する外部パートナーも交えて話し合う中で生まれました。日々、子どもの世話をしていると、ちょっとしたストレスの種がありますよね。衣服だったら、洗濯しようと思ったら全部裏返しに脱がれていたり、子どもが前後ろを間違えて着ていたり。
そんな悩みをメンバー間で共有できたので、これらを解消できるブランドなら、生活者の中にも潜在的な需要があるのではと思ったんです」
開発に加わったデザイナーの林氏も、子育て中のメンバーの一人。大人向けのアパレルデザインを経てオーパスに入社し、二度目の産休・育休から復帰したタイミングで「アルトタスカル」プロジェクトへの声がかかり、チルドレン通信の担当デザイナーとして加わることになった。
林氏「ブランドコンセプトや商品企画を話し合う際、仕事としてどうすべきか、何が売れるかというよりは、親の立場で『どんなものがほしいか』と意見を出し合っていきました。社内の子育て中のスタッフや、周囲の親御さんにも、衣類や身支度で困っていることがないか聞いたりしましたね。
また、私の子どもは医療的なケアが必要なんですが、医療的ケア児の親という当事者になって気づいた小さな需要もたくさんあるんです。たとえば、サイズの大きめな前開きの服があれば世話をしやすいのに、なかなか見つからない、とか。
そうした自分の経験を話すと、じゃあそれも商品化してみようという話になって、おしゃれバリアフリーやちいさなふくの企画につながっていきました」
正解がないからこそ、顧客の声でアップデートできる
ブランドの立ち上げを計画したのが、2019年。1年以上をかけて準備し、2021年1月にクラウドファンディング「Makuake」にてブランドを発表した。その際は「どっちもおもて」のTシャツと、「おなかでぬ」肌着を商品化し、リターンとした。
親としての困りごとや周囲の意見から、商品の案は最初から複数挙がったという。難しかったのは、実際につくるところだ。通常、衣服の裏側は明らかに裏とわかる縫製になっているが、「表も裏も着られる」ためには、どちらも表に見えないといけない。
林氏「生地の合わせや縫い方を変えたりして、何度も試作品をつくったのですが、ミシンの調整が少しでもうまくいかないと、やっぱり裏っぽく見えてしまうんですね。ちょっと糸が出てしまって、不良品かな、とも思えたり。
細かいところですが、『裏表がない』ことを売りにするので、その点がきれいにできないと商品として出せません。それがいちばん苦労したことでした」
「おなかでぬ」も、どのくらいの長さが最適かを探るため、周囲の家庭に協力を得て試作を繰り返した。丈がある程度長ければお腹は出ないが、長すぎると子どもが扱いにくかったり、トイレのときに邪魔になったりもする。複数の人の意見を数値でまとめ、ベストな長さを決定した。
品質、機能性や使い勝手と並行してこだわったことがもうひとつある。デザイン性だ。デザイン優先にしないとはいえ、子どもにも好みがあるし、子ども服を選ぶのは親の楽しみでもある。
林氏「どんなに便利でも、かわいくなければ買っていただけないので、今のトレンドを入れることも大事です。たとえばTシャツなら基本の形より少しゆったりめで、肩のラインが落ちたような感じにしています」
たくさんの要素を、ひとつの商品に入れ込んでいく。「何が正解かがわからないところを目指してやっていたので、本当に悩んだ」と林氏は話す。
だが、開発メンバーが共通して「正解がない」と思いながらもMakuakeで一歩を踏み出したことで、思いがけず顧客の声が多く寄せられた。応援コメントの中に、「こうしたほうがいいのでは」「こんなものもほしい」と、改善のヒントが書き込まれていったのだ。
林氏「私たちが最初に考えた案より、実はこうしたほうがよかったな、などと後から気づくことも多々ありました。それを、どんどん商品の改善につなげています。出したところがゴールではなくて、今も継続的に商品をアップデートしているんです。商品が、成長し続けている感じがしますね」
「私が、いつか実現したかった商品」
Makuakeでブランドを発表すると口コミで話題が広がり、当初目標額の2倍以上の応援購入を得た。2か月後の2021年3月、正式に発売。その時点ですでに、Makuakeで得られた「裏表だけでなく前後ろもなくしてほしい」との意見を反映し、Tシャツも肌着も「ぜんぶおもて」を実現。春の新作としてラインナップに加えた。
間をおかず4月には、ちいさなふく、おしゃれバリアフリーの商品を追加。これらはもちろん、ブランド発表前から着々と準備していたものだ。他の商品と同じように、顧客の声、ニーズがある人の声を聞き、取り入れていった。市場になかなかない商品だけに、口コミで着々と広がっており、病院や療育園、訪問看護師など医療関係者がSNSやブログで紹介するケースも出てきている。
参鍋氏「この部分は、主に林が自分のネットワークを通して、多くの方の意見を聞いてくれました。また発売以降は、アルトタスカルのTwitterやInstagramのフォロワーさんに、バリアフリーの服を気に入ってくださった方の割合がかなり大きくなっているんです。そうした方々にアンケートを取らせていただいたりして、商品企画を進めています」
「これらの商品は、私がいつか実現したかったもの。会社のプロジェクトを通して、自分の夢も叶えてもらった形です」と林氏は話す。医療的ケアが必要な子どもを育てる当事者として、自身がこれまで「こんな商品があったらいいのに」と感じてきた。
林氏「プロジェクトに参加するにあたって、普段、子どもがお世話になっている訪問看護のステーションやデイサービス施設にも話したんですね。そうすると『うちの利用者さんにも知らせたい』『チラシがあれば配りますよ』と言ってもらって。ほしいと思う人はたくさんいるはず、と後押ししてもらいました。
また、以前から子どものことやこうした服への思いをつづってきたSNSでもブランドを報告していくと、共感してくれた方から広がっていって、胸が熱くなりました。直接知らない方から『つくってくれてありがとう』とメッセージをいただくこともあるんです。これまでの活動がちゃんと必要な方に届いて、本当によかったと実感する場面がたくさんありました」
ニーズの小さな声に応えていく意志と姿勢
前段で紹介した、多くの子育て家庭の“あるある”に応える商品群とは違い、これらは決して需要が大きいとは言えない。だが、需要が小さいからこそ市場に手ごろな価格で出回っておらず、ニーズがある人には強く望まれていた状況があった。ただ、アパレルビジネスの観点では、やはり商品化にいくつものハードルがあるという。
参鍋氏「まず実店舗を持たれている企業は、お店の限られたスペースの中で効率的に売り上げることを考えざるを得ないので、ターゲットの母数が少ない商品は扱いづらい事情があります。
なので、やるとしたらECになると思いますが、それでもやはり数が見込めないと、その分を価格に載せなければならない。そうすると、買う方からすると手が届きにくくなってしまいます。個人の方の手づくりのような商品もネットに出ていますが、手間がかかるのでそれも高めですね。
我々も、コストの部分は決して簡単にクリアしているわけではないですが、『あると助かる』ニーズを知ったからにはやはり実現したくて。親会社も含めて、普段扱っている商品や生地を用いながら、当社の商品の価格帯に収まるよう工夫しています」
需要の小ささに加えて、医療的ケアの必要な子ども向けに開発しているおしゃれバリアフリーは、個々のニーズがピンポイントだからこその難しさもある。「お子さんごとに状況が違うので、そうすると必要なものの独自性も強くなります。困っていることが本当にさまざま」と林氏。
当然、すべてを入れ込んだ商品をつくるのは現実的に不可能だ。極端な話、こういう機能がほしいという意見と、こういう機能は要らないという意見の両方が寄せられたりもする。多種多様な要望の中で、どの声に応え、どの声には「今は応えられない」と判断するか。
林氏「現段階では、やはりいちばん多い意見や、より多くの方に役立ちそうな案を選んでいっていますね。その絞り込みは、本当に難しいです。
メンバー間で話し合って、最終的に『今回はこれで』と決めても、発売後に『やっぱりここはこうしてほしかった』と聞くこともあります。それは心苦しいですが、今はこれが精いっぱいで。ブランドを成長させて、もっといろいろなことに挑戦できるようにしていければと思っています」
参鍋氏も、顧客の声への向き合い方の難しさを話す。明確な基準はないが、さまざまな条件やバランスの中で都度決めている。
参鍋氏「生産のボリューム、在庫や物流の問題を踏まえて、シーズンごとに判断しているのが現状です。強いニーズがある方の意見や、今進めている方向と正反対の希望を聞いたりすると、申し訳ないとも思いますね。ブランドを地道に育てて、お応えできる範囲を少しずつ広げていきたいです」
今後も情報発信を重ねて、少しずつでも確実に知られていくように努めていく。また、状況が許せば、リアルな場で顧客の座談会なども実施したいという。
「ケアが必要な子どももそうでない子どもも、みんな同じ子ども。私たちの商品を通して、みんなに笑顔になってもらえれば」との林氏の言葉に、参鍋氏もうなずく。顧客の意見で成長していくアルトタスカルは、一つひとつの声に真摯に向き合って、この先どんな「助かる!」を生み出していくだろうか。
執筆/高島知子 編集/葛原信太郎 撮影/其田有輝也