様々なできごとが、年代順に並べられた、いわゆる「年表」。歴史の授業でよく登場したあれだ。そんな年表が、B1判ポスター(約1m×0.7m)×4枚組という、世にもまれなサイズ感で出版され一部で話題を呼んでいる。タイトルは『年表・サブカルチャーと社会の50年 1968-2020〈完全版〉』(百万年書房)。その名の通り、経済、風俗、サブカルチャー、犯罪といったトピックが、ジャンルを横断して収録される。つくったのは、サブカル批評ユニット「TVOD」の一角、パンスさんだ。この巨大年表、ただの酔狂ではない。パンスさんは言う。「できごとを年代順にフラットに並べることで、普通には見えない『文脈』が浮かび上がります」。彼のライフワークを通じ得られる“珠玉の学び”にフォーカスした。
(この記事は2021年9月21日(火)に発売された『XD MAGAZINE VOL.02』より転載しており、記事の内容は取材当時のものです)

パンス
ライター・DJ・年表好き。テキストユニット「TVOD」で活動、共著に『ポスト・サブカル焼け跡派』(百万年書房、2020 年)。近現代全てを把握するべく活動中。
“長編小説3冊分”の巨大年表
パンスさんが、巨大年表『年表・サブカルチャーと社会の50年 1968-2020〈完全版〉』を出版したのは、2021年1月のこと。4枚全て合わせると、文字数はざっと34万字。おおよそ長編小説3冊分にあたる。そしてボリューム以外にも、同年表のユニークな点がひとつある。音楽から芸能、アート、そして政治、社会、犯罪までの様々なジャンルのできごとが、ごちゃまぜに並んでいることだ。
たとえば1969年を見てみると、3月「寺山修司、渋谷に『天井桟敷館』オープン」、6月「機動隊、新宿西口フォーク集会を排除」、10月「『8時だョ!全員集合』放送開始」といった項目が、同じタイムライン上に並列に並ぶ。
もともとパンスさんは、子どもの頃から年表を眺めるのが好きだったという。
パンスさん「小学生のとき、新聞社が出している図録集みたいなものを親に買ってもらったんですが、写真や図版の下に年表がずらっと載っていて、それを覚えるでもなくひたすら眺めるのが好きでした。そうすると、だんだん自分でもデータを補完したくなってきて、気づけば年表を自作するようになっていました」

以降、気になるできごとの年数がわかればメモする “年代ハンティング”がパンス少年のライフワークとなり、今に続く。現在は年表を「音楽」や「政治」などのジャンルに分け、Googleスプレッドシート上で管理している。そのデータベースは膨大で、34万字の巨大年表を出版するにあたっても、できごとを新たに追加する必要はほとんどなかったという。
パンスさん「ふだんからあたりまえにやっていることで、みんなも普通に音楽や映画の年表をつくっているものだと思っていたので、出版の打診を受けたときには『え、こんな普通のものを!?』とびっくりしました。ちなみに年表では年数だけでなく日付けにもこだわっていて、わかるものに関しては全て『◯日』というところまで入れています。だから本やテレビで気になるできごとの日付けを見つけたときは、テンションがブチ上がりますね」
はたして年表の何が、パンスさんをそこまで駆り立てるのか。その大きなひとつが、「時代のリアルな空気を体感できること」だという。

2020年に出版された、パンスさんと早春書店店主・コメカさんのテキストユニットTVODによる『ポスト・サブカル焼け跡派』(百万年書房)。1970年代から現代に至るサブカルチャーを、その時代のアイコンを分析することで総括している。巻末に掲載されていた「年表・サブカルチャーと社会の50年」が、ポスターサイズの“完全版”発売へのきっかけとなった。
自分にとって真に大切なものが見える
パンスさん「たとえば1976年を見てみると、1月に『クロネコヤマトの宅急便』がはじまり、10月にはVHS方式のビデオ機器が発売されています。政治面ではロッキード事件でてんやわんやな年で、また全国で暴走族が暴れていた時期でもあります。一方で今も刊行される雑誌『POPEYE』が創刊し、あの『こち亀』もこの年にはじまっています。こんなふうに現在もおなじみのものから、今ではあまり語られないことまでが並列に並ぶことで、『これとこれが同時期だったのか』という発見ができるとともに、その時代全体の雰囲気を色濃く体感できる。それを楽しんでいる感じですね」
それは同時に、「思考をフラットにする」行為でもあるという。
パンスさん「今は情報が操作されやすい時代です。たとえ自分の意見だと思っても、実際は誰かの意見だったりすることが少なくありません。でも、できごとをただ年代順に並べた年表であれば、そうした周りのムードから解放されます。もっと言えば、自分の好き嫌いをもいったんフラットにできる。だからこそ、年表を通すことでものごとを謙虚に、ニュートラルに見られるのかなと。さらにはフラットな視点を得ることで、かえって真に自分の好きなもの・嫌いなもの・譲れないもの・許せないものも見えてくると思うんです」
それは言いかえれば、「予定調和に対する裏切り」だ。たとえば男女の格差問題や環境問題などの社会問題は、現代から見ると、ここ数年で急速に改善しているように感じる。ところが年表を大局的に眺めれば、数十年前からその萌芽がいくつもあったことがわかる。ここ何年かで一気に変わったというより、何十年もかけて少しずつ地続きで変わってきたことが見えるのだ。
一方で、たとえば1970年を見てみると「東京都杉並区で高校生40人余が、光化学スモッグによりグラウンドで倒れる」という項目もあり、さすがに50年以上前のできことに隔世の念を感じざるを得ない。50年単位で見れば、時代は大きく、確実に変わっているとも言える。こうして“思考の予定調和”が、年表によって次々と切り捨てられていく。そしてそれを経ることで、自分の真の価値観も浮き彫りになる。
さらに年表にはもうひとつ、稀有な効能がある。それは「時代の文脈」を見つけられる点だ。

情報の海の先に広がるアナザーワールド
たとえばパンスさんは、年表をきっかけにこんな「文脈」を見出している。
パンスさん「時代のターニングポイントについて考えるとき、それこそ元号が昭和から平成に変わり、天安門事件やベルリンの壁崩壊があった89年や、阪神淡路大震災・地下鉄サリン事件などが起こった95年が、大きな転換点になっていると言われます。それは当然そのとおりだと思いつつ、もっとカルチャーに寄った見方をすれば、音楽の世界で渋谷系っぽい流れが終わり、スーパーカーやくるりがデビューして雰囲気が一変した97年も、個人的には大きな節目ととらえられます。そんなふうに、普通には見えにくい『新たな文脈』を、年表を通して掘り起こすみたいな作業を、自分はひたすら行っているのかもしれません」
普通に生活しているだけではなかなか見えてこない時代の文脈=関係性。でも、できごとをフラットに並べた年表であれば、かえってそうした文脈が浮き彫りになりやすい。そうして新しい文脈を見つけたら、その文脈に沿って世の中を今一度、見直してみる。それは言うなれば、新しい“レイヤー”の世界を生きることであり、そこで見える景色は「まだ見ぬ異世界」に他ならない。

パンスさん「極論、解釈が正しいか・正しくないかは関係なくて『一般的にこう言われているけど、こういう見方もできるのでは?』と発見することが、ひたすら面白いんです。カメラをもっと引いて周辺まで目を向けると『これまでとは違う見方が生まれてくるんじゃない?』みたいな。やっぱりゼロから考えるより、年表としてデータをずらっと並べた方が、時代の流れのようなものを客観視できるんでしょうね。そうして新しい文脈を発見した後に、他のできごともその文脈に沿って眺めると、まったく同じ事実の羅列であっても、今までとは違った意味合いに見えてくるんです」
パンスさんにとって、年表という膨大なデータの海に身をゆだねることは、ただただ心地よい行為だという。その心地よさの源泉となっているのが「時代感をリアルに感じられること」や「思考をフラットにできること」であり、果てはそこから生まれる「まだ見ぬ世界を発見できること」なのだろう。
私たちも、年表のこうした得がたい効能を活用しない手はないのかもしれない。これまでの自分の仕事史でもいいし、聴いてきた音楽史でもいい。それこそ、恋人とのできごと史でもいいだろう。自分にとって「大切なこと」
「譲れないこと」「行き詰まりを感じていること」などに関するできごとを詳細に集め、年代順に並べ、その情報の海に無心でダイブしてみる。その地平には、見たことのないアナザーワールドが広がっているはずだ。

取材・文/田嶋章博 写真/タケシタトモヒロ




