2026年7月31日の発売と同時に、一躍、SNSの話題をさらった本がある。『地球の歩き方 スター・ウォーズ』だ。
『地球の歩き方』といえば、1979年に刊行された老舗旅行ガイドブックだ。長年、海外個人旅行には欠かせぬ旅のバイブルとして、愛されてきたが、今やそれだけにとどまらない魅力を放つ。
「イタリア」「台北」といった旅先をテーマにしたタイトルはもちろん、人気マンガ『ジョジョの奇妙な冒険』やオカルト雑誌『ムー』、さらに今回の映画『スター・ウォーズ』など、『地球の歩き方』名義のユニークなガイドブックを次々刊行。しかも、本が売れない時代に、異例の売れ行きを誇るという。
「突拍子もないチャレンジをしているつもりはない」と株式会社地球の歩き方の新井邦弘代表取締役社長は言う。
「自分たちの本質、“らしさ”を磨いてきた結果です」
いったいどういうことなのか? 『地球の歩き方』が私たちに届けてくれる、変わらぬ体験価値を探った。

ガイドブックは、その役割を終えたのか?
「きっかけはコロナ禍でした」
株式会社地球の歩き方の代表・新井邦弘氏は、そう振り返る。

株式会社地球の歩き方 代表取締役社長 新井邦弘氏
そもそも『地球の歩き方』はダイヤモンド・ビッグ社が1979年から発行していた人気ガイドブックシリーズだ。しかし2020年初頭からのコロナ禍で渡航制限がはじまって、海外旅行市場はゼロに近い状態にまで縮小。「海外旅行ガイドブック」が売れる理由もなくなり、2021年に『地球の歩き方』は、学研グループに事業譲渡されることになった。
新井氏「そこで学研で編集者としてキャリアを積んだ後に、出版事業のグローバル戦略や教育事業などを手がけていた私が代表をつとめることになりました。編集と経営、さらに海外がわかる人材として選ばれたようです」
もっとも、経営母体が変わったからといって、コロナ禍という外部要因で閉じた旅行市場が好転するわけではない。「緻密な現地取材」が売りのひとつだっただけに、取材に行けない状況も『地球の歩き方』をピンチに追い込んだ。
そこで打った最初の一手が「図鑑」だった。過去40年間にわたって蓄積してきた世界各地の写真と情報を図鑑として再編集。『世界のグルメ図鑑』『世界のすごい巨像』『世界の祝祭』……といった具合に、独自の切り口で横串を刺して1冊にまとめあげた。
新井氏「コンテンツのストックがありましたからね。取材が行けない中で、何か作れるものはないかと思案し、出したものでした。また、外部を含めた大切な制作スタッフの方々の仕事を止めたくない思いもありましたね」

コロナ禍に予想外の大ヒットを生んだ図鑑シリーズ。『世界のグルメ図鑑』は、116の国と地域の「名物料理」や「スイーツ」「ドリンク」を紹介する他、自宅で再現できるレシピも収録されている
この策が、思いのほか好評を博す。ステイホームを余儀なくされていた旅好きの読者たちに支持された。「こんな料理が食べられるのか。コロナが明けたら絶対にベトナムに行くぞ」「この大きな石像、見てみたいな」といった具合に、旅のワクワクを喚起してくれたからだ。
さらに大きな支持を得たのが、図鑑と同時期にスタートした「国内シリーズ」だ。
これまで海外の国や都市に特化していた『地球の歩き方』だったが、2020年9月の「東京」からはじまり、「多摩地域」「北九州市」など国内版を刊行した。これが大ヒット。国内版だけですでに累計132万部を売る、出版不況とは思えない人気シリーズになっているのだ。

国内シリーズ。もともと2020年の東京五輪に向けて企画されていた東京版を皮切りに、『地球の歩き方』らしい国内ガイドブックづくりに着手したという
スマホやSNSの普及で、旅の情報収集はネットが当たり前になった。ガイドブックは旅の必需品ではなくなった。それでも『地球の歩き方』は売れ続けている。
なぜ、ここまで支持されているのか? 正面から聞くと、新井氏は「結果論になりますが」と前置きしつつ、教えてくれた。
新井氏「『地球の歩き方』の本質というか、“イズム”のようなものを外さなかったことでしょうね。図鑑でも国内版でも、ジョジョなどとのコラボでも同じ。かねてから『地球の歩き方』にブランドを感じていただいているロイヤルカスタマーのような方々に、ちゃんと刺さるものを作ってきたからだと思います」
「旅のバイブル」とはまた違う使い道
では「『地球の歩き方』イズム」とは何なのか? “出自”と“変遷”からひもとけそうだ。
まずは出自から。そもそも『地球の歩き方』の生みの親で、発行元だったダイヤモンド・ビッグ社は、新卒大学生向けの就職情報誌が柱の事業だった。
一方で『地球の歩き方』創刊前夜の1970年代といえば、世界的なヒッピームーブメントがあったり、『深夜特急』で有名な沢木耕太郎がユーラシア一人旅をしたりした頃。リュックサックひとつで世界を旅するバックパッカーが流行し、自由な個人旅行にあこがれる大学生が出てきた時代だった。
新井氏「そうした流れから、ダイヤモンド・ビッグ社は、すでに販売チャネルにいる大学生向けに、バックパッカーの旅のような個人の自由旅行を斡旋する旅行事業も手掛けるようになったそうです。そうしたお客様向けに、旅の基本情報や現地の口コミ情報を掲載した『旅の文集』のような冊子を無料配布しはじめた。これが大変好評だったそうです」

もともとはツアー参加者への無料配布だったという『地球の歩き方』。1976年に作られ、学生の旅行体験談や口コミをまとめた非売品の「旅の文集」がベースとなった
既存のガイドブックには出ていない海外の情報、しかも等身大の学生たちが拾ってきた生の声は、今でいうSNSのようなリアルさがあったはずだ。あまりの人気から、同じく口コミ情報を多く掲載した国や地域ごとのガイドブックとして編集、販売することになった。最初に刊行されたのは「ヨーロッパ」と「アメリカ」の2冊。1979年のことだった。『地球の歩き方』はこうして生まれた。

1979年9月に創刊された『地球の歩き方』
ようするに、それまでとはまったく違う新しい切り口の媒体として『地球の歩き方』は生まれた。通り一遍の観光地や見どころを記したガイドブックとは一線を画す出自が、DNAとしてあるわけだ。
新井氏「だから、私と同じくらいの年代の方たちに名刺を渡すと、『学生の頃、お世話になりました』と本当によくお礼を言われるんですよ(笑)」
その後の“変遷”は『地球の歩き方』ブランドをさらに確立させた。
1985年にプラザ合意で、円高ドル安の状況が生まれ、海外旅行のハードルがうんと下がった。より多くの読者が、自由旅行のバイブル『地球の歩き方』を手にするようになったわけだ。

ただ、問題があった。当時、掲載されていた口コミ情報は独特の臨場感と面白さを宿らせ、誌面の魅力になっていた。しかし、それは「玉石混交な不確かな情報」が含まれていることと表裏一体だった。
読者が増え、学生や若者だけではなくなってくると、そうした曖昧な口コミ情報は心もとなかった。ときに「地球の迷い方」などと揶揄されていたという。
新井氏「そこで1990年代後半からは、情報の信憑性を高めて、ある種のクオリティペーパーのようなガイドブックとしての質をあげる方向に変わったのです」
具体的には、制作に関わるスタッフの現地取材を元にした正確な情報を重視する方針を強化。また、カラー化や見やすい地図など紙面構成やデザインも整理統一していった。
とはいえ、単なる観光地だけをなぞるようなガイドブックではない創刊以来の姿勢は崩さぬままだった。歴史や文化まで深く踏み込み、読むだけでその土地への理解が深まる──それが『地球の歩き方』だった。
たとえば「ベトナム」のガイドならば、しっかりと中国やフランスに支配されていた歴史、ベトナム戦争の爪痕、そして社会主義国家としての形やドイモイと呼ばれる経済政策などにも何ページも割かれる。その国や地域の輪郭が、深く、わかりやすくつかみとれる編集がなされているわけだ。
新井氏「ベトナムに『美味しいものが食べられるビーチリゾート』としての旅を求めている方も多いでしょうが、それだけではないベトナムの深みが、行きの飛行機の中の読書でも知ることができる。単なる旅行情報だけで終わらず、歴史や文化などへの興味までひろげてくれる“情報拡張性”のようなものがあるガイドブックであること。それが『地球の歩き方』が身につけた、“イズム”のひとつなんです」

旅好き女子のためのプチぼうけん応援ガイドとしてつくられた「aruco」シリーズ。『地球の歩き方』の姉妹ブランドとして、ビジュアルの構成を重視し、旅先での体験を絞って紹介している
だから、『地球の歩き方』の読者は、かねてから「その地を旅行する人」だけではなかった。たとえばイスラエルで紛争が起きると、むしろ旅先としては除外するようなタイミングなのに、イスラエルの『地球の歩き方』の売れ行きがあがるようなことが頻繁に起きたという。
新井氏「イスラエルがどんな国か、歴史と地理と文化的背景をおおづかみできて、地図まで載っていて立体的につかめる。専門書ほど難しくなく、ガイドブック以上に深い。思うにニュースで興味をもった方々や、ジャーナリストや学校の先生などに手にとっていただくような傾向があった」
つまり、“『地球の歩き方』イズム”とは「国や地域を深く、素早く大づかみできるちょうどいいさじ加減の教養本」という、ガイドブックを超えた唯一無二のスタイルといえそうだ。
新井氏「だからこそ、海外に行くたびに『地球の歩き方』を買ってくださる方々が今も昔もいてくださる。コロナ禍以降の一見、突拍子もない挑戦のように見える企画の数々も、そうしたロイヤルカスタマーのような方々の期待に応える『地球の歩き方』らしい編集スタイルをつらぬいてきた。だからこそ、支持されたのだと思うのです」

「地球の歩き方 島旅」シリーズは、特定の「島」や「島群」に一冊丸ごと特化。旅行情報や体験だけではなく、ディープな文化や歴史も本家同様の編集方針のもとにつくられている
セルフパロディから滲み出る情熱
『地球の歩き方』イズムを取り入れているからこそ、斬新な企画も多くの読者に受け入れられた――。
それを端的に表すのが、国内シリーズだろう。
たとえば、『地球の歩き方』は、必ず「ジェネラルインフォメ―ション」と名付けられた基本情報のページからはじまる。「スペイン」でも「中国」でも「ニューヨーク」でも、各国、各都市の人口、平均気温、言語、通貨……などが端的にまとめられている。その後、「そんな小さな街や地域まで!」と驚くような情報まで、網羅されている。
国内版も同様のフォーマットを踏襲した。
国内シリーズ「新潟」も「北九州市」も「杉並区」も、すべてジェネラルインフォーメーションから入る。人口、平均気温などはもちろん、地下鉄の乗り方や、時にはエスカレーターは左右どっちに並ぶ習慣なのか、まで掲載。セルフパロディを楽しんでいる様相すら感じる。

もちろん、海外版同様に、各市町村やエリアについて事細かに取材してあるのが特徴だ。単にグルメ情報やリゾート情報を紹介するのではなく、各地に根付く歴史と文化が骨太に、しかし、わかりやすく理解できるように掲載されている。
新井氏「たとえば『地球の歩き方 沖縄』をつくったときは、編集方針として“ノー・バナナボート”というコンセプトを掲げました。ビーチでバナナボートを楽しむのが沖縄旅行の定番のひとつですが、『バナナボートに乗りたい人のガイドブックは他社にまかせて、地球の歩き方は、そうじゃないガイドブックにしよう』と。むしろ首里城の成り立ちから建築としての見どころを紐解き、沖縄の文化と歴史を深く知りたくなるような本にした」
こうした“らしい”編集をつらぬいたことで、国内シリーズは旅行者以外の人が多く手に取ってくれるようになった。
「長くこの街に住んでいるけれど、知らなかった」
「これは県民として一家に1冊、置いておきたい」
「子どもたちが地元を深く知るきっかけになりそうだ」
そんな具合に、深堀りした知識と、網羅的でていねいなつくりから、地元の住民が買う、ユニークなガイドブックになったからだ。いわば『地球の歩き方』イズムに基づいた、情報拡張性をうながすような編集姿勢は、“地域愛”をくすぐる力もあったわけだ。
もちろん旅行のために買う地元以外の人もいるので、想定以上に広い裾野の読者にリーチできたわけだ。これこそが、国内版だけで累計132万部も売れている秘密だ。
加えて、国内シリーズに関しては「地元の書店や自治体の後押しも大きかった」という。
新井氏「『北九州市』版などは、市が全面的にバックアップ。小倉駅などの北九州市が持つビルボード看板や階段を使って全面的に宣伝に協力してくれました。それに呼応して市内の書店も初回から大量の冊数を注文してくれ、しかもそれが初日にほぼ売り切れたんですよ」
「ちょうどいいさじ加減の教養本」をセルフパロディとして使うことで、読み物としての面白さを際立たせる。このスタイルをさらに磨き上げて成功したのが、『ジョジョの奇妙な冒険』や『スター・ウォーズ』といった、既存の人気コンテンツとのコラボシリーズだろう。

『ムー』とのコラボレーションも「歴史時代」シリーズも、時代や暮らしや文化を、『地球の歩き方』ならではの視点や切り口で編集していく姿勢は変わらないと新井氏。こうした企画ものは、新境地を開拓し、マニアックな読者を中心に話題を呼んでいる
第一弾はオカルト雑誌の『ムー』とのコラボから生まれた。実はもともと新井氏が、『ムー』の編集者をしていたことがきっかけで走り始めた企画だったという。
新井氏「私が社長になったタイミングで『久しぶりに出版事業に戻ってきた』とムー編集部に挨拶にいったのです。すると、翌日に『地球の歩き方 ムー』ってやってみません? と表紙のダミーが送られてきて、始まりました」
ギザの大ピラミッドやバビロンの空中庭園など、いわゆる「世界の七不思議」などを柱にして2誌のコラボは組み立てられた。ページを色分けして『ムー』側のページはオカルト雑誌らしく、思う存分、トンデモ理論を展開。一方で『地球の歩き方』ページは、実際のエジプトのピラミッドやペルーのマチュピチュなど、「見に行ける七不思議」をいつものフォーマットで丁寧にガイドブックとして掲載した。
こうした本気のパロディに尋常じゃない熱量を感じた『ムー』の読者が支持した。まさに教養本として、本書をきっかけに老舗オカルト雑誌や、七不思議のおもしろさに目覚めた読者もいただろう。
その他の『ジョジョの奇妙な冒険』や『宇宙兄弟』といったマンガとのコラボなども同様だ。
新井氏「それぞれのコンテンツのファンの方に認められるために制作スタッフがモチベーションをあげた面もありますが、むしろ『地球の歩き方』としての矜持のようなものも強い。この看板を掲げて1冊出すならば中途半端なものは出せないというエネルギーの注ぎ込みが、セルフパロディからもにじみ出ているのだと思います」

©Chuya Koyama/Kodansha ©荒木飛呂彦 & LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
マンガとのコラボレーション企画も、作品の世界観を旅行ガイドスタイルでひもといていくスタイルは変わらない。『ジョジョの奇妙な冒険』とのコラボレーションは、熱意ある編集部員が作品の権利元へ表玄関から声をかけ、実現までたどり着いたのだとか
歴史時代シリーズとしてヒットした『地球の歩き方 ハプスブルク帝国』も熱が伝播した好例だ。言うまでもなく、13世紀から19世紀にかけてヨーロッパを支配した名門王家の帝国をガイドした1冊だが、これが歴史好きはもちろん、宝塚ファンにも絶大な支持を受けた。『エリザベート』や『ベルサイユのばら』、『ハプスブルクの宝剣』など、ハプスブルク帝国を題材にした作品が数多くあったからだ。
新井氏「マーケット的な仮説はありましたが、ヒットするかはどうかは結果論、フタを開けてみれば、という話でした。少なくとも単に旅の本、歴史の本、マンガの世界観などといったくくりだけでモノを見ず、熱量を捧げてものをつくれば、必ず刺さる方はいるのだと感じています」
この熱こそが、出版不況の中でも売れ続ける、世界でも稀有なガイドブックブランドを支えている。まるで「出版業界の歩き方」をガイドしてくれているようだ。『地球の歩き方』が届けているのは、旅行情報ではない。知りたい気持ちが広がり、旅へ向かう視点まで変わる”体験”そのものなのだ。
取材の最後に「それでも旅を誘うガイドブックではあり続けたい」と新井氏は言葉をつなげてくれた。

新井氏「『旅の価値って何ですか?』と最近よく聞かれるんです。私は脳科学者の茂木健一郎さんがあるインタビューで言っていた『旅は“オーバービューエフェクト(見晴らし効果)”に似ている』という言葉を引用して、答えています。
オーバービューエフェクトとは、宇宙飛行士が宇宙から地球を見たときに、ものの考え方が大きく変わる心理的変化のことを言うのですが、旅も同様に、大陸を渡り歩けば、実際には国境の線なんてあとから政治的にひかれたものでしかないと気付ける。それを五感で感じることの情報量の多さ、豊かさは計り知れないし、実際に旅をして得られる最上の価値だと思う。
そうしたかけがえのない素晴らしい体験を誘う立場として、私たちは『地球の歩き方』をつくり続けていきたい。もしかしたら、提供する形は時代に合わせて変わるかもしれませんけどね」
取材・文/箱田高樹 写真/田巻海 編集/鶴本浩平(BAKERU)




