進化を続けるテクノロジーは、企業と顧客のつながりをどのように変えているのか――。
2018年10月19日、「モバイルテクノロジーで革新を起こそう」をコンセプトに、ヒューリックホール東京で「YAPPLI SUMMIT 2018」が開催された。
今回の記事では、「リアルとデジタルの融合による購買体験とマーケティングの進化」についてレポートする。登壇者は、パルコ執行役員 グループICT戦略室担当の林直孝氏、LIFULL新UX開発部 デバイスソリューションユニット ユニット長の横山明子氏、資生堂ジャパン EC事業推進部 コンテンツコミュニケーショングループ長の吉川拓伸氏だ。
パルコが予測する2020年のショッピング体験
パルコの林直孝氏は入社後、同社のWeb事業を行う関連会社であるパルコシティ(現・パルコデジタルマーケティング)に出向。そこで得たノウハウを生かし、現在はアプリ開発や店舗事業のデジタル化などの事業を推進している。
2015年に開発したスマートフォンアプリ「POCKET PARCO」は、全国のショップが更新するブログの閲覧や気になった商品のクリップ(お気に入り登録)、来店後のサービス評価ができる機能などをそろえ、これまで難しかった来店前後の顧客の行動分析を可能にした。
2018年には、同アプリ内に新機能「PARCO WALKING COIN」を導入している。林氏はセッションの始めに、PARCO WALKING COINの概要と成果について語った。
林「PARCO WALKING COINは、パルコ館内を歩くことによって、優待券と引き換えられるコインが得られる機能です。スマートフォンの位置情報とアプリ内の歩数計の連動をオンにして館内に入り、チェックインを行うことで、500歩で5円相当のコインをもらうことができます。通常よりも多くフロアを歩いていただき、目的としていなかったお店にも出会ってもらうことが狙いです。同機能を利用したユーザーは、アプリをただ利用しているユーザーと比較して平均で倍の店舗数を回り、一人あたりの購買価格も30%ほど増えました」
林氏は米国で毎年開催されているイベント「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」で、2018年に出展した内容も紹介。同展示では「2020年の買い物体験」をテーマに、洋服の背景に込められた物語をVR空間で可視化する試みが行われた。
林氏は、VRなどのテクノロジー活用により、購買体験が進化すると考えている。その理由は二つあるという。
林「一つは、デザインデータさえあれば、商品がなくとも試着可能となります。これにより、服を在庫として持つ必要がなくなる。また、『VRで触れた商品=関心が高いが購入に至らなかった』という、顧客の行動データも蓄積することが可能です。
もう一つは、売り場空間の概念を変えられること。ショッピングセンターはブランドの鮮度を保つため、数年に一度内装を変えています。しかし、内装の変更をテクノロジーで置き換えることができれば、その分の費用を商品設計などに活用できます」
テクノロジーで新しい顧客体験を整え、お客様の行動や購買時点の情報もデータ化することで、接客に生かしていく。「このサイクルが一番重要だと思っています」と林氏は語る。
LIFULL HOME’Sの「かざして検索」
続いて、LIFULLの横山氏がスマートフォンアプリ「LIFULL HOME’S」の「かざして検索」機能について説明した。かざして検索は、街を眺めていて見つけた気になるマンションを見つけた際に、アプリを起動してカメラをかざすことで、賃貸情報を確認できる機能だ。
横山「スマートフォンで不動産を探すときは、地域や駅、家賃などの条件を選び、絞っていくのが一般的です。不動産という商材自体はどの競合サービスも一緒なので、探す体験で差別化するのが重要だと思い、ARを使った検索を考えました」
機能発案のきっかけは、会社の移転だったと横山氏は語る。会社の移転に伴い、自宅の引越し先を検討していた時、スマートフォンの画面上で検索するだけではなく、より気軽に物件を探せるようにしたいと思ったことから、この機能が生まれたという。
横山「アプリ内には『見学メモ』機能もあり、内見の際にARを使った間取りのメモが可能です。見学先の部屋でスマートフォンのカメラをかざすと、当社のキャラクター「ホームズ君」が出現して、壁の長さや窓の高さを1cm単位で計測してくれます(現在はiOS11.3以上のARKit対応端末で利用可能)。これにより、メジャーがなくても持っている家具が入るかが分かりますし、キャラクターを活用したことで親しみを持ってもらえたと思います」
資生堂のテレビ会議サービス「TeleBeauty」
最後は、統合美容情報のECサイト「ワタシプラス」の運用部門で、テクノロジーを活用したコンテンツ開発を担当する資生堂ジャパンの古川氏がプレゼンした。同氏は、スマートフォンで肌測定ができる「肌パシャ」や、その技術を使い最適な化粧品を調合してくれる「Optune」など、テクノロジーを活用した資生堂ならではのサービスを世に出している。
吉川「新しいサービスを開発する時にいつも考えているのは、ユーザーの体験をよりリッチにするためにテクノロジーを使うことです。今回紹介したいのは、バーチャルメイク後の顔をテレビ会議で表示する『TeleBeauty』です」
自宅で仕事をする女性がオンライン会議に出席する時、子育てや家事で忙しく化粧ができない場合が考えられる。TeleBeautyは、こうした化粧が出来ない状況でも、相手にメイク後の顔を表示できるようにと考えられたサービスだ。
吉川「TeleBeautyは、90年代から自社で取り組んでいたメイクシミュレーション技術を活用し、Microsoftと共同で開発しました。背景にある洗濯物をボカスことができる機能なども注目され、世界40カ国で報道されました。広告換算では約10億円の価値があったと言われるなど、良い意味で期待を超えられたサービスを開発できたと思っています」
スモールスタート後の改善が、テクノロジー導入の鍵
どの登壇者もそれぞれの業界で新しいサービスや機能の提供に挑戦してきた。だが、業界で新しいテクノロジーを用いるのには、ハードルもあったはずだ。新しいテクノロジーを用いてサービスを開発するとき、各社はどのように導入を図ってきたのか。
林「プロダクトアウトとマーケットインを組み合わせて、改善サイクルを早く回すことが重要だと思っています。例えば、SXSWで出展したMRによる購買体験は、プロダクトアウトで発表した後、展示会でたくさんの方から意見を聞きました。
展示会に訪れた人から体験した印象や感じた改善点を聞きました。すぐにマーケットインの観点で改善を行い、2か月後には渋谷で4日間のポップアップ店舗を作ったんです。このサイクルを早く回すことで、商品をより良くしていくことが大事だと思います」
横山「ユーザーの負を解決できるサービスなら、とりあえずやってみるのが当社の方針です。まずは20%くらいの完成度でスタートして、改善をしていく。ユーザーの反応を見ながらチューニングするイメージです」
林「大きく始めないことは大事ですね。アプリを開発した時も、成果が出やすい店舗で限定的に始めてから横展開しました。その方が、うまくいかないときもすぐ次に移れるんです」
前例のないサービスはリリース後の結果も予測が難しい。革新的に見える3社のサービスも小さな気づきやきっかけから着想を得て、スモールスタートし、試行錯誤を繰り返しながらマーケットのニーズをつかんでいた。新しいテクノロジーの導入は、大きな一手にかけるよりも、日々の気づきや改善の積み重ねが重要になっていくのだろう。