米国テキサス州オースティンで毎年3月に行われる「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」。音楽祭や映画祭に加え、新興企業の展示会や講演会などが行われ、最新の事業アイデアや技術のトレンドを知る上でチェックが欠かせないイベントとなっている。
そのSXSWが、2019年のテクノロジートレンドを発表した。今回は、その中でもCXの領域に携わる方々が知っておくべきトレンド5つを選んで紹介する。
「輸送革命」や「サブスクリプションサービス」の他、「キュレーションにおける人間の手の必要性」や、「デジタル時代だからこその信頼性の担保」など、テクノロジーの時代だからこそのアナログな価値の重要性も説いている。事例も交えつつ解説していきたい。
デジタル時代だからこそ、信頼を積み重ねる
1つ目のテクノロジートレンドは、「デジタルへの不信感の克服」だ。
消費者はデジタル・テクノロジーに頼る一方で、不信感も持つようになっている。日々接する情報は必ずしも信頼できるものではなく、個人情報も常に守られているとは限らない。
DAU(デイリーアクティブユーザー)数が14億9000万人(2018年9月時点)を超えるFacebookは、2018年に大規模な個人情報の流出事件が相次いだ。また、機械学習アルゴリズムによって、巧妙なフェイク動画を生み出す「ディープフェイク」も話題となった。
Buzzfeedが啓発目的で作成したオバマ前大統領のディープフェイク動画
XDで以前紹介しているように、消費者はモノを購入するときに、企業から提示された情報だけでなく、SNSや口コミ情報サイトなどさまざまな情報源を調べて選ぶようになった。北米では、一つひとつの製品を丁寧に検証するレビューサイト「BestReviews」が人気を集めていることなどからも、人々が調べることに重きを置き始めていることが伺える。
全体的にデジタルへの疑念が強まる中で、企業が競合に対して優位に立つためには、より信頼できる企業になるよう投資する必要がある。真摯にユーザーと向き合い、信頼できる情報を届けていかなければならない。
輸送・配達分野の進化
2つ目のトレンドは、「輸送革命だ」。
モビリティとデリバリーの急激な進化により、移動や買い物の仕方が変わり始めている。例えば、2016年7月から日本でもサービスを開始している「Uber Eats」では、アプリを利用して注文をすると、最短15分で飲食店の料理を届けてくれる。スマートフォンさえあえれば、近所の人気レストランの料理を手軽に食べられる体験を提供したのだ。
SXSWにスピーカーとして登壇するTexas Guadaloopは、チューブの中の空気を減圧して、人や貨物の入ったカプセルを移動させる「ハイパーループ輸送車」を開発している。700km以上あるロサンゼルスからサンフランシスコまで、ガソリンを使わずに25分で移動することが可能になるという。この新しい移動の体験が実現すれば、旅行が快適になるだけでなく、場所に捉われない生き方が可能になるだろう。昨今重要なトピックとなっている多様な働き方の普及が推進や、介護による離職問題の解決を後押しする手段になるかもしれない。
SXSWは、「今後は陸上に限らず空中においてもオンデマンドな輸送システムが形成され、消費者はより低コストで移動の体験を享受できるようになる」と記している。
サブスクリプションサービスの台頭
SXSWは、サブスクリプションサービスも2019年のトレンドの一つになるとしている。
米国では、ケーブルテレビなどの有料テレビを解約する「コード・カッティング」と呼ばれる動きが緩やかに進んでおり、5G時代の到来でその動きが加速すると予想されている。若年層を中心にモバイル機器で映像を見る習慣が定着していることが理由として挙げられた。
膨大なチャンネル数を持つケーブルテレビも、日常的に視聴するのはほんの一部。「自分の見たいものだけを選択でき、価格も抑えられるインターネット上のコンテンツを見たい」と考える視聴者が増えるのも自然な流れだろう。
「Netflix」や「Hulu」のようなサブスクリプション型の動画配信サービスが普及しつつあるが、Appleがオリジナル作品を目玉にした新たなストリーミング動画配信サービスを2019年後半にも開始する準備を進めていると報道されていたり、Disneyが同社の作品を一部独占的に配信するサブスクリプション型のサービスを2019年に立ち上げると発表するなど、オリジナル作品をめぐって競争は激化し始めている。
AT&Tも、2018年6月から月額15ドルで30チャンネルが見れるインターネットテレビ「Watch TV」の提供を始めた。「オンライン上で限定されたチャンネルを見る」ことがスタンダードとなり、国内企業もそれに対応したサービス展開が求められるだろう。
サブスクリプション型のサービスは、上記で挙げた動画配信サービスや音楽、本、雑誌などコンテンツ領域の話題が目立つが、日常生活のあらゆるシーンの中に浸透し始めている。
たとえば、ホテルの一室に月額で滞在できるサービス「Anyplace」や毎月コスメや雑貨が届く「My Little Box」、レンタル倉庫サービス「MakeSpace」なども登場した。
その他にもコスメや飲食分野などで、さまざまなサブスクリプション型のサービスが生まれている。自分のモノを所有することの重要性が、少しずつ薄れているのかもしれない。
人の手によるキュレーションはまだまだ必要
4つ目のトレンドは、「AI(人工知能)と人との住み分け」だ。
AIは、さまざまな領域において積極的に活用され始めている。AIが活躍する領域が拡大していく中で、SXSWは「人の手によるキュレーションはまだまだ必要」としている。
その具体例として、Spotifyのキューレーターチームを挙げたい。マイナビの取材によると、Spotifyには世界中の音楽を聴いてプレイリストを作るキュレーターが世界に60人ほどおり、そのラインナップの質が高く評価されているという。
中には、音楽ファンに影響力を持つ有名キュレーターも出ている。本棚の選書を見ると、その人の人間性が出るように、キュレーションにはその人らしさがにじみ出る。その領域は、AIにまだ再現できないのかもしれない。つまり、Spotifyの事例にあるように「人の手によるキュレーション」は、AIのリコメンドにはできないユーザーとの対話や新しい発見を提供し、エンゲージメントの高いコアなファンを生むことにつながるのだろう。
一方で、日々蓄積されているビッグデータからユーザーの嗜好を解析することによって、楽曲をオススメするAI的な機能の二軸でユーザーに音楽発見の楽しさを届けている。
今後もAIを活用することで利便性の向上や効率化を図る企業は増えると思うが、サービスの提供者にとって「人が介在すること」の価値も忘れてはならない視点になるだろう。
誰もがバーチャルリアリティを楽しめる世界
最後に紹介するのが、「誰もがバーチャルリアリティを楽しめる世界」だ。
SXSWは、ARコンテンツを容易に作ることができるAppleの開発者向けフレームワーク「ARKit」「ARCore」などの普及が、XR(VR、AR、MRなどの総称)の可能性を飛躍的に高めるとしている。
このフレームワークでは、スマートフォンのカメラで撮影した画像にデジタルデータを重ねることができる。部屋の写真をスマートフォンで撮影すると、家具を配置した時のシミュレーションができるアプリ「IKEA Place」が分かりやすい例だろう。
また、ARKit2では複数のユーザーがそれぞれのデバイスでARコンテンツを同時に体験したり、マルチプレイヤーでゲームを楽しんだりすることが可能になったという。
こうしたツールを通して、現実世界と仮想世界がシームレスに融合していき、「ポケモンGO」が普及したようにXRの世界が私たちの生活に身近な存在となっていくのだろう。仮想オブジェクトを見ても、現実世界と認識してしまうような体験も待っているかもしれない。
今回紹介した5つのトレンドは、企業が顧客体験を考えていく上で重要な要素となりそうだ。今回、特に重要だと感じたのは、4つ目のトレンド「AIと人との住み分け」だ。
テクノロジーの進化を通して、私たちの移動や買い物の体験、情報の接触の仕方は変わり始めている。AI関連の技術が発達すれば、多くの仕事が失われる可能性もあるかもしれない。
しかし、テクノロジーはあくまで手段であり、サービスへの信頼を得るためには「人」の手によって生み出された思想や“温度感”のようなものがより重要になるなのではないか。
それは新しい発見を促すものかもしれないし、ユーザーのニーズを徹底して分析し、サービスに組み込むことかもしれないし、丁寧な接客やカスタマーサポートかもしれない。どれだけテクノロジーが進化をしても、サービスの提供者はこのような視点を忘れないでほしい。
img:Uber Eats,Texas Guadaloop,Watch TV,ARKit