鉄道、バス、タクシー、レンタカーといった従来の交通サービスに加え、カーシェアリング、シェアサイクル、オンデマンド配車サービスなどの新しい交通サービスが登場している。しかし、選択肢が増えても、それを使いこなすことは簡単ではない。
そんな中、あらゆる交通手段を1つのサービスとして捉え、それをシームレスにつなぐ新たな移動の概念「MaaS(Mobility as a Service)」が注目を集めている。、日本でも自動車メーカーや鉄道会社などが、企業の枠組みを超え、1つのスマートフォンアプリで複数の交通手段によるルート検索、予約、決済などを可能にする実証実験に取り組んでいる。
2019年4月17日、プレイドが主催して開催された最先端のCX(顧客体験)を学び、体験できるカンファレンス「CX DIVE」では、MaaSに関わるセッションも開かれた。
「新しい移動体験、変わるCX」のセッションでは、JapanTaxiの岩田和宏氏、トヨタ自動車の天野成章氏、小田急電鉄の西村潤也氏が登壇し、MaaSの取り組みと展望を語った。モデレーターを務めたのは、MaaS Tech Japanの日高洋祐氏。セッションで語られた、各社の取り組みをレポートしたい。
自動車メーカー、タクシー、鉄道が挑む新たな移動体験の創出
セッションの冒頭で、モデレーターであるMaaS Tech Japanの日高氏がMaaSの現状を紹介した。
日高氏「現在、モビリティの技術及びスキームで大きな変化が起きています。自動運転やシャトル型モビリティ、電動スクーターなど、様々なモビリティが登場して、移動の最適化が進んでいるのです。特に、中国やアメリカではシェアサイクルも進んでいます。新しいモビリティが登場するなかで、既存の鉄道や自動車、タクシーをユーザー目線で統合する必要が出てきています」
MaaSの事例で有名なのは、フィンランドのスタートアップ企業MaaS Global(マース・グローバル)が展開すアプリ「Whim」だ。目的地や時間を入力すると、マルチモーダルな輸送サービスに対して最適なルートを検索し、予約、一括決済まで可能。さらに、利用料金を月定額で利用できるサービスも提供する。フィンランドのみならずベルギーや英国でも広がりを見せている。
国内でも、自動車メーカー、タクシー会社、鉄道会社など、登壇したゲストもそれぞれのアプローチで「移動」に携わってきた。すべての会社に共通しているのが、MaaSに取り組んでいるという点だ。セッションは、まず3社のMaaSについての取り組みの紹介から始まった。
東京都と神奈川県の西部を中心に鉄道事業を営む、小田急電鉄の西村氏は、モビリティ戦略プロジェクトチームの統括リーダーとして、新しいモビリティづくりに取り組む。
「新しいテクノロジーを生かして、会いたいときに、会いたい人に、会いに行ける」世界を生み出したい、という方針のもとで、2018年9月、小田急電鉄は、江ノ島電鉄、神奈川県と連携し、江の島周辺の公道において、自動運転バスの実証実験を行った。
(小田急グループが作成した、次世代の“モビリティ・ライフ”についての、コンセプトムービー。高齢の女性が、自動運転バスや予約決済システムを活用して外出するストーリーだ)
西村氏「バスに乗ったり、電動車椅子に乗ったりと、複数のモビリティを用意することによって、高齢の方に移動の機会を作ることができます。コンセプトムービーに登場した高齢の女性は、普段は食事サービス付きの高齢者向け住宅に住んでいることもあって、月に1回しか外出されないそうです。『ずっと藤沢に住んでいるけれども、20年以上江ノ島に来たことがなかった』と言っていました。電動車椅子に乗って、風を感じていた姿は、今でも忘れられません。そういう人の体験に根ざした、新しいモビリティライフを作っていきたいと思っています」
さらに西村氏は、現代の交通事業者の課題にも言及した。
西村氏「交通事業者にとって、マイナスのトレンドが大きくなっています。人口減少やEコマースの台頭による、商業施設の来場者数の減少がその例です。一方で、超高齢社会で、移動に困難を抱える高齢者は増えている。移動の価値を見直すよい機会だと捉えています」
JapanTaxiの岩田氏は小田急電鉄の取り組みを受けて、「鉄道会社とタクシー会社はもっと連携できそうです。例えば、タクシーで駅に向かう車椅子ユーザーがいた場合、駅員にタクシー会社から連絡するシステムづくりなどが考えられます」と連携できる余地があることを示した。
その岩田氏が勤めるJapanTaxiは、タクシー配車アプリ「JapanTaxi」を展開する。JapanTaxiは、もともと日交データサービスとして、日本交通グループの基幹業務システムの開発と運用を担当していた企業だったが、2015年に「IT企業として生まれ変わる」という意思表示として現在の社名に変更した。
従来は電話での配車がメインだったが、現在では「JapanTaxi」アプリの普及もあり、無線配車の約7割がアプリによるものになっているという。まさにユーザー体験の変化といえるだろう。
岩田氏「現在力を入れているのは、外部サービスとの連携です。地図アプリはもちろん、海外サービスとの連携も進んでいます。例えば、韓国でタクシー配車サービスを展開する、カカオモビリティ。連携することで、ユーザーが普段から慣れ親しんだアプリで、日本と韓国どちらでもタクシー配車が気軽に行えるようになります。今後もアジアの国々と協力を進めていく予定です。また、AmazonのAlexaなどとも連携し、『タクシーを呼んで』と言うだけで配車が可能になっています」
トヨタ自動車の天野氏も「複数の交通手段や情報サービサーとの連携によりきめ細かいサービスが提供できるのは日本人が得意とするところだと思います。日本は交通事情が複雑なので、ここで鍛えたサービスはきっと世界でも通用すると思います」と期待を寄せた。
天野氏は、トヨタ自動車の直轄組織である「未来プロジェクト室」で、2030年を見据え、新しいモビリティサービスづくりに取り組む。未来プロジェクト室は、30代、40代の社員中心で構成されており、「社会として必要な移動とは何か」をテーマに、日々議論をしているという。
その中で、現在注力されているプロジェクトが「my route(マイルート)」だ。my routeは、公共交通機関やレンタカー、シェアサイクル、マイカーなどの街に存在する様々な移動手段を組み合わせて、目的地までのルート提案をするアプリで、現在福岡市で西日本鉄道をはじめ8つのステークホルダーとともにサービスの実証実験が行われている。
my routeが一般の交通案内アプリと異なるのは、ルート案内にとどまらず、タクシーやバスの予約や決済までできる点にある。さらに、地域のイベントや店舗・クーポン情報も提供。ついでの寄り道を生み出し、まちの回遊性を向上させる狙いだ。
JapanTaxiや駐車場検索の「akippa(アキッパ)」、イベント情報の「ナッセ福岡」など、様々なサービスと協力し、多様な機能を提供している。
天野氏「生活者に親近感を持って頂けるサービスを作りたいと思っています。そのため実証を行っている福岡の方にとって使いやすい機能を提供できるよう、現在は福岡の企業との協業が中心です。
利用者からは『行こうとしていた場所以外の情報を見つけられて新鮮だった』『これまで知らなかった移動手段が分かって便利だった』という声をいただいています。今後は、福岡以外の都市でも展開して、仲間づくりをしていきたいと思っています」
小田急電鉄の西村氏も、「弊社でも2019年に箱根でMaaSの実証実験を行う予定です。トヨタ自動車さんと同じように、箱根の住民の方にとっても役立てるサービスを作りたいと思っています」と共感の言葉を寄せた。
MaaSの推進はまちづくりそのもの
移動体験を新たなものにしようと取り組んでいる各社の発表が共有された後、トークセッションでは「移動体験に革新をもたらす上で、組織作りや社内カルチャーなどで重要なことは何か」という、モデレーターの日高氏の問いが投げかけられた。
トヨタ自動車の天野氏は、時代に合わせて組織の内部の意識を変えることの重要性を伝える。
天野氏「常に意識しているのは生活者視点という言葉を使うことですね。お客様視点と言ってしまうと、どうしてもトヨタの車を乗っているお客様をイメージしてしまいますが、それだと社会として必要なものを考えるときの視野を狭めてしまいます。チームの意識を変える上で徹底していますね。あとは、便利な世の中なのでなんでも情報を取れてしまうのですが、必ず現地に足を運んで現地現物を図ることを大切にしています」
小田急電鉄の西村氏は、組織の年齢構成と、グループ企業との協業、地域との対話の重要性について述べた。
西村氏「私が所属している次世代モビリティチームは、基本的に35歳以下のメンバーで構成されています。サービス開発の中心は、若いメンバーです。一方で、新しい概念を経営層に理解してもらうのが難しい部分もあるのですが、何度も対話していくことで、少しずつ理解を進めていきたいと思っています。
グループ企業や地域との対話も大切ですね。グループのバス会社から、バスの乗客の困りごとを教えていただいたことで、アイディアが生まれることもあります。商業施設や商店街の方にも話を聞いて、地域全体の声を聞きながらサービスをデザインしていくことの重要性を実感しているところです」
セッションの最後に、モデレーターの日高氏から、各社がモビリティの未来をどのように描いているのか、今後の展望を聞く質問が投げかけられた。トヨタ自動車の天野氏は、多様な移動手段の可能性について述べた。
天野氏「今回登壇した3社の取り組みは、まちづくりそのものだと思います。今は駅からの距離などの交通の利便性が、場所の評価基準になっていますが、もっと多様な移動手段に対応できる街であったらいいなと考えています。 加えて、天候や気分など、ユーザーの状況に応じて、最適な移動手段が提供できるようにしていきたいですね」
移動手段が変われば、都市も変わる。小田急電鉄の西村氏も、移動手段の変化にあわせた都市構造を追求していくそうだ。
西村氏「今の都市構造は、鉄道やバスなど、既存のモビリティを前提とした都市構造になっています。だから、新しいモビリティが登場したときに必要なサービスデザインや都市構造を考えなければなりません。サービスを変えていくために、小田急線の駅でチャレンジできるというのはワクワクしますね。デジタルとリアル、両方をしっかりとデザインした上で、その先の都市構造を考えていきたいと思っています」
岩田氏「CXやUXが重要であることに尽きるかなと思います。お客様だけではなく、タクシードライバーや運行会社も含めて、体験を大事にしていかないといけない。だから、私たちの事業部も『配車UX事業部』と名称を変更しました。そして、移動は顧客の生活に密接なもの。様々な事業体と連携することで、私たちだけでは想像ができないような体験の提供が可能になっていくと思います」
トヨタ自動車の天野氏は、今後の事業者間連携について、会場に呼びかけた。
天野氏「人間には移動する欲求がある。そうでなかったら、わざわざ北極まで移動したり、富士の登山に行かないと思います。こちらが、どう移動の欲求ボタンを押せるか。その可能性を広げるために、もっと多くの人たちと共創したい。『移動×〇〇』の可能性は無限大です。移動について考えている人たちと出会い、一緒に新しいことをやりたいと思っています」
すでに、世界でもMaaSの実現に向けた動きは進んでいる。人口が減少していく日本において、人々の行動に合わせた移動体験の実現は関わる事業者にとって急務だ。だが、人々の移動の選択に、事業者は関係ない。最適な移動体験のためには、垣根を越えた連携が求められる。
今回、CX DIVEに登壇した3社とも、既にサービスを提供し、実証実験を行っている。移動体験のアップデートに向けて取り組みを始めている各社が連携すれば、この先の数年で体験を大きく変え、その先には都市のあり方をも変えていくだろう。今後の移動体験の展開に期待が持てる形で、MaaSのセッションは終了した。
img:JapanTaxi,トヨタ自動車
文/吉田瞳 編集/モリジュンヤ 写真/須古恵