いま、オンライン/オフラインを問わない多様なプレイヤーが顧客体験を注視している。
商品と向き合い良いものを作ればいい時代は終わり、顧客と向き合い商品をいかに求められるかたちで提供できるかを考えることが、いま重要になってきている。それは商品以外への期待値も高いラグジュアリーブランドにとどまらず、デジタルの領域も例外ではない。各領域に携わる経営者は、顧客とどのように向き合っているのか。
スタートアップが盛り上がる地として注目を集める福岡で、「ともに学び、ともに産業を創る」を掲げるカンファレンス「Industry Co-Creation(ICC)サミット FUKUOKA 2019」(主催:ICCパートナーズ)が、2019年2月18〜21日に開催された。
「感動・ワクワク体験をいかに実現するか?」と題されたセッションには、LUCY ALTER DESIGNの青栁智士氏、Lexus Internationalの沖野和雄氏、BnA Co., Ltdの田澤悠氏、アソビュー株式会社の山野智久氏の4名が登壇。
日本茶専門店、高級車ブランド、アートホテル、レジャーマーケットプレイス——畑違いの4つの事業は、それぞれどのように顧客体験をデザインしているのか。75分間の白熱した議論から、各ブランドの顧客体験に対する考えが浮き彫りになった。
その顧客体験の“核”は、どこにあるのか?
セッションは、各登壇者の自己紹介に加え、それぞれのブランドが実践する顧客体験の説明から幕を開ける。最初にマイクを握ったのは、LUCY ALTER DESIGNの代表取締役である青栁氏だ。
同社は「make experience」を標榜するデザイン会社として、クライアントワークのほかデザイナーならではの視点から社会課題の解決にも挑む自社事業として、『green brewing』という日本茶ブランドを手掛けている。
同ブランドの直営店であるハンドドリップで淹れる日本茶専門店『東京茶寮』や、シングルオリジン煎茶専門店『煎茶堂東京』は、顧客が「好みの味を見つける体験の場」として、いずれも2017年にオープンした。これらの店舗における顧客体験はどう設計されているのか? ポイントは、顧客の「WHY」を引き出すことにあった。
青栁「お茶を抽出するプロセスで『蒸らし』という工程が発生します。このときに日本茶専用のドリッパーを使うのですが、コーヒーとは違って液体がポタポタと落ちてくることはありません。この『蒸らし』を見ると、多くのお客様が『なぜ液体が落ちてこないんだろう?』と疑問を抱きます。またドリップするお湯の温度を一煎目から三煎目で変えることで、同じ茶葉でも淹れ方次第で味が変化する不思議さを感じてもらいます。こういった『WHY』が増えれば、必然的にホスト(店員)との会話が生まれる。その積み重ねを通した、顧客と店舗との関係性や体験を大切にしています」
同氏からマイクをパスされたのは、レクサスのブランドマネジメント部に所属する沖野氏だ。レクサスはトヨタ自動車が展開するラクジュアリーカーブランドとして1989年に北米で創立し、2005年から日本での展開もスタート。
グローバルブランドスローガンに「Experience Amazing(驚きに満ちた体験)」を掲げ、顧客体験にも積極的に取り組む姿勢を見せている。
その一例として、レクサスの店舗は「ときめき」と「やすらぎ」の2軸にこだわり構成されており、ブランドの顔である「スピンドルグリル」のモチーフを随所にあしらった内装デザイン、お客様にやすらぎの時間を過ごしていただく、オーナーズラウンジなど空間作りにもこだわりが光る。沖野氏いわく、顧客の「五感」に訴えかける体験づくりの核にあるのは「crafted」だという。
沖野「この言葉には『お客様のために徹底的に考え抜き、作りこむ姿勢』という思いが込められています。私たちが作るのは、車だけではありません。空間や体験、人と人の場なども全部含めて作っている。日本発のラクジュアリーブランドとして、日本の歴史が育んだ“思いやり”の美意識をブランドに入れ込むことを重視しています」
「アート業界に貢献したくて始めたのが宿泊業でした」と話し始めたのは、アートホテルを展開するBnAのCEO田澤氏だ。
同社は「泊まれるアート」をテーマに、宿泊者とアーティストが交流できる場としてホテルを経営している。その特徴はアーティストを尊重した空間や仕組みの作り込みだ。アーティストが作りたい世界観を忠実に再現するため、全室、部屋の形や家具のセッティングは異なる。バーフロントなどのホテルの共有部は、ゲストが地元でクリエイティブな領域に携わる人々と交流できる場として設計され、アーティストが作品を持ち込むこともあるという。田澤氏は、この“共用部”にこそ、宿泊客へ提供したい体験の源泉があると明かす。
田澤「私たちはセレンディピティを大事にしています。たまたまその瞬間にあった運命的な出会いや出来ごとが人生を変えるインスピレーションになる。その出会いを創出する場が、今私たちに求められている役割だと思っています。完成品を飾る場はたくさんありますが、未完成品を飾る“実験の場”はなかなかない。実験のライブ感や臨場感のようなものを面白いと思ってくれる方がうちに泊まりにきてくれますから、BnAは実験の場と考えています」
登壇企業のなかで唯一インターネットを主戦場にするのは、遊びのプラットフォームを創設するアソビューだ。
看板事業である日本最大級のレジャー予約サイト「asoview!(アソビュー)」では、アウトドアスポーツやものづくり体験、遊園地や水族館、日帰り温泉などの6,500施設、20,000プランを紹介。ほかに体験を贈るサービス「asoview!GIFT」、レジャー事業者向け予約・販売の業務管理ツール「satsuki」、「チケットマネージャー」なども運営する。
2012年にリリースした「asoview!」は、毎年度順調に成長している。同社代表の山野氏の発言から、その理由は顧客の満足度を追求し続けた結果であることが読み取れた。
山野「私たちはインターネットのサービスながら、お客様の体験がオンラインだけでは完結せず、現地のレジャー施設に訪れてからも続きます。自分が体験した幸せを、誰かにもあげたいというニーズから生まれた『asoview!GIFT』。レジャー施設の予約管理をもっと楽にすることで、ゲストのスムーズな予約を実現するために開発したレジャー施設向けの予約管理ツール『satsuki』。これらはそれぞれ『asoview!』に関わるお客様の意見をもとに作ったものです。インターネットだけで完結しない、顧客の満足度にこだわっていることがコアになっています」
最初から完璧な顧客体験は存在しない
各ゲストが、自社で大切にしている顧客体験について語った。だが、最初から完璧な顧客体験の設計ができる企業は滅多にない。本セッションの登壇企業も、先に述べたような顧客体験の核を築きあげるまでに数多の時間と努力を積み重ねてきた。
山野氏は、同社の看板事業である「asoview!(アソビュー)」で、ユーザーの意見に耳を傾けながら改善を重ねてきたことを明かした。
山野「新機能を実装するたびにユーザーのフィードバックを受け、改善を繰り返していきました。特に非リピートユーザーには直接連絡を取り、徹底的にヒアリングを行いました。その結果、サービスをリピートをしない理由として『アクティビティ体験のクオリティが低いから』という意見が多いことに気づき、それを改善するためにパートナー向けの説明会を全国各地で行ったこともありました。ユーザーの声をもとに顧客体験の核を築いていったんです」
パートナー施設における接客の質を改善する。一見すると手の打ちようがない問題に思えることも、ユーザーが望むならば、自分たちにできることは手当たり次第に行動に移す。その積み重ねが、アソビューの顧客体験の軸を築きあげた。
アソビューが示した顧客の声に耳を傾ける姿勢に共感を示したのは、BnAの田澤氏だ。同氏が経営するアートホテルも、宿泊体験設計するうえでは顧客との「対話」が必要不可欠であった。
田澤「顧客と話す中で、ホテルそのものより、ホテルを作る私たちやアーティストに興味を持って訪れる人が多いことに気が付きました。彼らと話す時間を確保するために、事業スタッフ全員が(ホテルのある)高円寺に引っ越したんです。そこから、宿泊客との対話を繰り返していると、今度はアートホテル自体だけでなく、アートホテルに関わるコミュニティに興味があることもわかりました。つまり、アートはコミュニティの“表紙”に過ぎない。表紙は表紙で重要ですが、顧客がリピートになるかどうかは“中身”にある。それは、おそらくコミュニティ内のアーティストの思いや生き様ではないかと思っています」
どれだけ入念に仮説を立ててようとも、走り出さなければ分からないことはある。LUCY ALTER DESIGNが展開する日本茶専門店は、当初は国内の顧客をターゲットに作られたが、いざ蓋を開けてみると顧客の6割は外国人観光客だった。それを受け、青栁氏はお土産品にある工夫を凝らしたという。
青栁「僕と創業者の思いを綴ったカードを商品と同封するように変えました。それまでは『ハンドドリップのお店です』といった文言のカードを入れていましたが、今は『どのような思いでお店を始めたのか?』をかなり熱く語っています。海外の方は特にモノの裏にあるストーリー性を重視する傾向があります。商業的な店舗であっても、作り手の思いを出すことが響くと考えました」
消費者の感性に働きかけ、感動や共感を得ることによって顕在化する価値は「感性価値」と呼ばれる。経済産業省が策定した「感性価値イニシアティブ」は、この感性価値が新たな需要を喚起し、機能、信頼性、コストといった要素を超えた「+αの価値」を生活者に提供することができると提言した。無論、商品自体は重要だが、こういった付加価値は競合との差別化には有効だと言える。
大手各社がしのぎを削る自動車産業でもこの流れは同様だ。“モノ”だけの価値では商品が売れなくなり、機能性やデザイン性以上に、購買体験そのものが見直されている。
沖野「レクサスの車を買うことは、オーナーになる体験を買うことでもある。車体験はもとより、店舗におけるコミュニケーションや購買体験にも重きを置いています。現場のスタッフがブランドの持つフィロソフィを如何に、お客様に「体験」として提供できるかが顧客体験の質を左右する。それをいかに設計するかを考え続けています」
レクサスが創業以来25年間守り続けていたタグライン「Pursuit Perfection(飽くなき完璧の追求)」は、車にフォーカスしたものだった。機能的で高品質、安全性も高く、価格競争力があることを表す。一方、現在のタグライン「Experience Amazing (驚きに満ちた体験)」は、文字通り“体験”に主軸を据えたものだ。ブランドの軸を考える上でも「顧客体験」が無視できないレベルにまで達している。
これからの顧客体験を考えるうえで必要な視点
セッションの最後は、今後、顧客体験を作るうえで何を意識していきたいか? という質問が投げかけられた。この問いに、LUCY ALTER DESIGNの青栁氏がゆっくりと口を開いた。
青栁「『世界観』ですかね。僕らもまだまだ小さい店舗なので、これからも試行錯誤すべきことはたくさんあると思います。ただ、そのなかでも『エゴイスティック、かつスケーラビリティである』という世界観をいかに作るかを大切にしたいです」
「煎茶堂東京」には、何度でも試飲ができるティーサーバーが設置してあるほか、カラフルなパッケージデザインの茶葉缶が並ぶ。
お茶のパッケージといえば、茶葉の深緑を彷彿とさせる“渋い”デザインを思い浮かべる人も多いだろうが、ここでは日本茶の常識は全く通用しない。その型破りな姿勢はエゴイスティックさがなければ実現できない。同時に、そこまでして日本茶の新境地を拓こうとする勢いはが顧客を惹きつけるのかもしれない。
続く、レクサスの沖野氏は顧客に提供する体験のメッセージの「分かりやすさ」に着目していきたいと語る。
沖野「提供している体験から、レクサスのブランドフィロソフィーを感じ取って頂けているか?この体験が持つメッセージは、顧客に伝わりやすいか? 常にそう自問自答しながら、これからも新たな顧客体験を作っていきたいです」
本イベントでの展示ではないが、筆者が取材する機会を得た、レクサスプロデュースの企画展示「Journey on the Tongue」では、参加者が「五感」を使って“味わうこと”を体感する場だった。感覚的なブランドメッセージを、身近な「食」を手段に感覚的に伝える。そこには車体験や購買体験に収まらない、新しい顧客体験の原型が見えた気がした。
BnAの田澤氏は、今後の顧客体験を考える上で、社会的な変化も敏感に取り込んでいく必要だと考える。多様化する個々の好みに合わせたパーソナライズもそのひとつだ。
田澤「アートホテルの顧客は、写真だけ撮りたい人もいれば、一緒にプロジェクトをやりたいという人など、様々なレイヤーの人がいます。ただ、どちらかを排除することはせず、それぞれにちゃんと受け皿を作るべきだと思っています。顧客に応じて、個々に合った体験を提供していきたいです」
顧客がサービスに求めることは、顧客によって異なる。一人ひとりのユーザーがどのような思いでサービスを利用し、どんな場面で何を期待するのか? それを考えるには、サービスを提供する側が「ユーザー」であり続ける必要がある。
最後にマイクを握ったアソビューの山野氏は、この“ユーザー視点”に触れ、セッションのラストを飾った。
山野「自分がヘビーユーザーであり続けることを何よりも大切にしていきたいです。自社のプロダクトが実現したい世界を誰よりも信じ、期待をする。同時に、自社のプロダクトを誰よりも使い倒すヘビーユーザーであり続けます。そのなかで自社が実現したい世界とのギャップを常にフィードバックし続けることを忘れずにいたいです」
本セッションに登壇した畑違いの4ブランドは、アウトプットの形こそ違えど、顧客体験設計の入り口はどこも「顧客のために」という共通の思いにあった。
だが重要なのは、そこからどこまで本気になれるか。
顧客のためにスタッフ全員で引っ越す気力を持てるか。25年間守り続けたタグラインを変える勇気はあるのか。時間をかけてでも顧客一人ひとりの意見と向き合う根性は、実現したい世界観のために伝統や常識を破る覚悟はどうだろう?
感動の顧客体験は、企業の“本気”からしか生まれない。
文/中川明日香 編集/小山和之