日常必ず訪れる場所として「コンビニ」をあげる人は多いだろう。各社がさまざまな動きを見せる中、「ローソン」の動きはすこし印象深い。デザインチームnendoと展開するリデザインも話題になっているが、これまでのイメージを徐々に変えて暮らしに馴染んでいく、新しいコンビニ像を目指しているという。
そんな中でも、目玉商品として特に記憶に残るのが、ローソンが打ち出すスイーツだ。
2019年に発売された「バスチー」や「ザクシュー」は、“気軽さ”というコンビニ本来の特長を押さえながら、キャッチーなネーミングとパッケージデザインで、SNS時代のニーズにも合致。「バスチー」は発売後3日で同社過去最高の100万個を売り上げるなど、現代の消費者心理を見事に掴んだと言える。
すこし歴史をひもとけば、「ローソンスイーツ」は、コンビニのスイーツ人気を引っ張った立役者でもあるという。その流れのなかで「バスチー」はどうやって生まれたのだろう? そこには、幅広い“甘いもの好き”を唸らせる秘訣があるにちがいない。
その企画について、開発の背景について。ベーカリー・デザート部の部長であり、商品開発の総責任者として年間200件弱もの新企画を扱う坂本眞規子氏にお話をうかがった。
味にこだわるローソンが辿り着いた、もう一つの不可欠な視点
今でこそ老若男女がコンビニでスイーツを買うようになったが、10年ほど前までコンビニスイーツは男性の購入比率が極めて高かったのだという。一人でスイーツ専門店に入りにくい男性のニーズから、主なターゲットとされていた。
しかし2009年にローソンが「プレミアムロールケーキ」を発売したことから状況は一変、クオリティの高さが話題となり、これまでコンビニスイーツに目を向けなかった女性客の購入が増加。24時間営業の強みもあって、会社帰りの“ご褒美”として買えるものとして、コンビニスイーツが再定義された。
それ以来、どのコンビニもスイーツに力を入れ始めたことで近年の市場は飽和状態に。そんな中で生まれた「バスチー」の大躍進。またしてもローソンが“映える”スイーツの一番手となり得たのは、生活者からの声がきっかけだった。
坂本氏「『バスチー』開発前の2018年に、定期的に行っているお客様へのグループインタビューで印象的なコメントがあったんです。『ローソンのスイーツって確実に美味しいのだけど、話のネタになりにくい。ほかのコンビニで目ぼしいものがなければ、最後に安定のローソンに行く』と。つまり、“美味しいもの”はあるけど、“新しいもの”がないから行かないということですよね。気になっただけでなく、正直なところ、わかるなという納得感もあって。
というのもローソンのスイーツは『Uchi -Café』という名前をつけたように、自宅でも職場でも手軽に専門店品質の味を楽しんで欲しい、というコンセプトで美味しさを追求して、商品を改良してきました。でも、話題性という視点がなかったことにその時気づいたんです」
ローソンが見出した“美味しさ”路線は「コンビニでも美味しいスイーツが食べられる」という驚きとともに迎えられたが、それが当たり前になったときに、コンビニに求める生活者のもう1つの視点が足りなかったことに気づく。それは、「便利に美味しいものを」という視点だけでなく「新しい話題性のある商品に出会える」という視点だ。
スマートフォンの普及とSNSの発達から、しぜんと消費者一人ひとりの発信力は上がった。「ネタ消費」という言葉が生まれたように「新しいものを見つけて、人に伝えたい」という欲求が高まり、それに応える場としての役割もコンビニは担うようになった。
話題性のある商品を生み出せた秘訣。それは顧客視点への切り替えという、意外にもシンプルな気づきだった。
どんなお客様に、どのような商品を届けるのか
坂本氏「2018年までは商品ターゲットについては性年代別の支店で商品開発をしていたんです。でもひと口に30代の女性と言っても、独身で働いている方もいれば、子育てしながら専業主婦をしている方もいるので生活シーンは全然違いますよね。
『話題性』を念頭に置くにあたり、年代別の分け方がうまく当てはまらなくなっている感覚がありました。そこで販売動向などの要素も含めて分析を行う事で、どんなお客様に対してどのような商品を開発するのかを明確にしたんです」
そうして生まれたのが「バスチー」なのだが、話題性を追求する前に「ローソンの顔となるチーズケーキを作りたかった」と坂本氏は言う。
坂本氏「チーズケーキは、市場調査で常に上位にあがるスイーツです。なので、ローソンのチーズケーキを作りたいという想いがずっとありました。
2018年4月にも、レアチーズケーキとベイクドチーズケーキをメインにして売り出したのですが、美味しいという評価があったにも関わらず、定着せずに半年ほどで販売が終了してしまいました。
だからなんとかチーズケーキを持ち返したい、チーズケーキでローソンのスイーツを復権したいという気持ちがすごく強くあったんです」
味への評価を得られても、何かが足りずに定着できなかったローソンのチーズケーキ。そんな中で行き着いたのが“バスク風チーズケーキ”だ。2019年にローソンが売り出すまでは、市場での認知度は低く、話題性を狙うには不安があるはずだが、これを選んだのには根拠がある。
坂本氏「2018年あたりから、ハイブリッドスイーツがトレンドにありました。たとえばクロワッサンにドーナッツを合わせた、『クロナッツ』とか。発祥はNYと言われていて、それが日本でも定着しつつありました。バスク風チーズケーキはカラメルを使っているので、いわばプリン×チーズケーキの掛け合わせ。ハイブリッドにすることの何がいいかといえば、伝統的な味という“安心感”がありつつも、“新しさ”があるのではないかと考えたんです」
こうしたリサーチを経て「話題性を求める顧客=新しいものを発見したい顧客」から見ても十分に魅力的なスイーツだと確信。顧客視点での話題性を考えたときに、今まで以上にこだわったのがネーミングだ。
坂本氏「SNSが普及する一方で、口コミをしていただくのはなかなか難しいという状況もありました。そこで、とにかく“口ずさみやすいかどうか”をポイントにしました。今までの商品名は、品質や原材料を推したものが多く、今回のケースにしても『レアでもベイクドでもないチーズケーキ』という案がありましたが、それだと長くて人に伝えづらいよね、と。全部で30案くらい出してもらったのですが、ネーミングは『3文字の商品名が口ずさみやすいし、言いたくなる』という社内からの声もあったので、最終的にバスク風チーズケーキを表す『バスチー』を採用しました」
販売してみれば同社過去最高の売上になるほどの大ヒット。一時はTwitterのタイムラインが「バスチー」で埋め尽くされるほど、話題性も伴った。
これで当初の目的は達成かと思いきや、思わぬ発見もあったという。
坂本氏「2019年の3月に発売して、12月にリニューアルをしているんです。きっかけは、ツイートを見ている中で『カラメルがベタベタして食べづらい』という声を多く見つけたから。それを改善するために、味は変わらないように気をつけながら、焼き方などの製法を見直しました」
つまり、話題性を狙った商品開発をすることで、SNS上での顧客からの忌憚ない意見が多くなる。それを元にしながら商品を改良していくサイクルが副産物的に生まれたのだ。「バスチー」での成功以来、近いコンセプトから生まれた「ザクシュー」(2019年3月より発売)などの新感覚スイーツが、「新しいものを自分で見つけ、発信したい」顧客のニーズにヒットし続けている。
おいしさのヒケツは、シーンへのこだわり
もちろん、バスチーしかり、ザクシューしかり、ローソンスイーツは美味しい。そしてどこか愛らしい雰囲気も相まって、存在感が魅力的なのだ。その魅力を生むのは、前述した“美味しさ”への徹底した姿勢でもある。
以前筆者が「バスチー」を購入した際、レジを担当した女性が「スプーンで食べると美味しいですよ」とスプーンを添えてお勧めしてくれたことがある。言われなければ手づかみでパクっと食べていたところだが、試しに真上からスプーンを入れて食べてみると、チーズケーキの柔らかさがより伝わり、とても美味しく感じたのだ。
坂本氏「『バスチー』は情報がなければ手掴みで食べる人が多いでしょう。ただ、それではこの商品の魅力でもある『レアでもないベイクドでもない』微妙な食感が分かりづらい。食べるシーンは、『プレミアムロールケーキ』以来、開発において特に気を配っている点です。
コンビニスイーツは“手軽さ”が利点ではありますが、“お家でゆっくり食べる”という需要に取り組めていなかった。『プレミアムロールケーキ』ではパッケージに『スプーンで食べる』という言葉を入れて、お客様に食べるシーンを提案するようにしました。プレス向けのイメージ写真でもスプーンを添えたりしています」
最近の人気商品のもう一つ「カプケ」(2019年10月発売)も同じようにシーンを想定して作られた商品。ソファーに寝転びながらでも、仕事中でも、手軽にケーキを楽しみたい。そんな女性客のニーズにマッチした。
ちなみに、実際に開発を続けていく中では、思わぬところから反響を得たケースもある。
坂本氏「お餅の食感が好きな女性って多い。『もち食感ロール』(2016年7月発売)は、シェアしやすいつくりにして、お子さんと一緒に食べたい女性を想定して作っていました。けれど実際には、男性のサラリーマンに大人気(笑)。手掴みしやすいサイズ感で、お餅を使っているので腹持ちもいい。仕事しながら食べられる“ながら需要”にはまっていたんです。結果、通年の人気商品のひとつになっていますが、いい意味で期待を裏切られたスイーツでした」
スイーツは”心の栄養素”。
一定層だけじゃなく、幅広い層のお客を幸せに
最近はTV番組でもローソンスイーツが一流の職人によって“格付け”され話題となっていた。放送から時間が経った今でも、Twitterには「テレビ番組で見たスイーツ、ぜんぶ食べたくなった」というツイートが見られる。特にイチ押しとして満場一致で“合格”した「バスチー」の反響はすごい。
とはいえ、販売から1年以上経った今、その存在は顧客にとって馴染みのあるものになりつつある。当初は「新しいもの見つけた!」という内容だったツイートも、「ようやく食べた」「やっぱり美味しい」という安定感が伴う声色に変わっている。事実、私の身近なスイーツ好きに聞いてみても「バスチーを買うためにローソンに行く」そうで、「バスチー」が定番化していることが見てとれる。
「新しいものを見つけたい」という欲求が加速度的に上がっている現代だから、「ローソンに行けば何か新しいものがあると認識してもらうことが重要」だと坂本氏は言う。今は、固定客のついた「定番スイーツ」と話題性を求めるお客が好む「新感覚スイーツ」。それぞれファンの多い2つの軸で展開しているが、全く異なる顧客を想定した商品開発も進行しているそうだ。
SNSによる消費者の購買サイクルの変化もあれば、アフターコロナと呼ばれるライフスタイルの変化も顕著。そんな中で、美味しさの開発と新しさを打ち出す企画性を追求する、ローソンスイーツ。これからの時代において、お客がローソンスイーツに求める価値はどう変わっていくのだろうか。
坂本氏「コンビニという業態はインフラ的な側面もありますが、スイーツはあくまでも嗜好品です。つまり『美味しいものを手軽に』という利便性はもちろんなんですけど、スイーツに求められていることは“心の栄養素”となるかどうかだと思います。
コンビニってとても間口の広い業態。本当にいろんなお客様がいらっしゃるので、ペルソナの定義を増やして、誰が来ても自分の欲しいスイーツがある。そんな風にお客様の日常に寄り添う価値づくりを目指したいと思っています」
最後にご自身の生活の中で気になったトピックを挙げてもらうと「私もよく利用するUber Eatsです」と即答。ローソンでも2019年8月からUberEatsを導入しているが、家の近くにコンビニがあるにも関わらず、玄関まで来てくれるサービスをつい使ってしまう社会がやってきたことに驚いたという。「“コンビニ”が“コンビニエンス”と言えなくなる日も近いかもしれない」と話す坂本氏。数々のヒットにたずさわってきたこだわりの力が、次なるローソンスイーツを生み出していくのだろう。
執筆/koke1 編集/大沢 景、浅倉潤一(BAKERU) 撮影/栗原大輔