2018年6月、カスタマーエクスペリエンス(CX)について議論するイベント『CX meetup #1』が開催された。
本イベントは、「企業・職種を超えた、CX向上のためのstudy meetup」として、日本語ガイド対応の海外ツアー予約サイトを運営する株式会社タビナカが運営している。第1回のテーマは、「そもそもCXってなぁに?」だ。
テクノロジーの発達に伴い、消費者が多様な形でサービスと触れ合うようになった中で、CXは注目されるようになった。一方で、定義にはあいまいな部分もあり、それぞれの企業がどのような取り組みをしているかまだ十分に可視化されていない。
そこで、CXと向き合い、その向上に挑んでいる実践者が登壇し、それぞれの実践を共有する場として今回のイベントが企画された。初回となった今回登壇したのは、スタートアップで日々カスタマーと向き合いつづけている面々だ。
一人目は、スタートアップ専門のマーケティングアドバイザーとして活動するビタミン株式会社CEOの高梨大輔氏。二人目は、お笑いアプリ「ボケて」などのサービスをプロデュースしたPLAY株式会社 代表取締役のイセオサム氏。三人目は、ウノウやZynga日本法人などを経て、データで恋するマッチングアプリ「Pancy」を手掛ける株式会社クト代表取締役になった松浦想氏だ。モデレーターは、タビナカ プロダクトマネージャーの島田真寿美氏が務めた。
本記事では、イベントの中からパネルディスカッションで議論された内容を紹介する。
CXは全てを覆う。思想・哲学から各施策まで
最初のパネルでは、イベントのテーマでもある「CXとは何か?」について議論された。CXの定義については各所で議論されているが、登壇者もそれぞれの実践の中で、捉え方はさまざまだ。
そこで、高梨さんは自身のCXに対する考えを整理したフレームワークを用意。耳慣れたカスタマーサポートやマーケティングといった言葉と対比しつつ、登壇者とともに全体像を整理していった。
高梨:今回のイベントに登壇するにあたり、CXについて色々調べてみました。しかし概念そのものがフワッとしていて、わかりづらい。そこで今回はCXとはそもそも何かの認識を参加者のみなさんとすり合わせるため、私の経験上から考えるCXを図式化してみました。
このフレームワークには、「思想・哲学」「世界感」「ビジネスモデル」「KPI」「プロダクト」「マーケティング」「エンドユーザー」といった項目があり、各要素をつなぐ存在がCXではないかなと私は考えています。いうなれば、その全てにCXが内包されているという感じです。皆さんはどう思われますか?
松浦:図の話で言うと、UIとの対比はまさにその通りだなと思いました。CXと比べて、UIには「思想・哲学」「世界感」とは関係ない狭い範囲を表している。私の考えるCXはより広い範囲に関わるものだと思っています。たとえばサービスを知る機会から、エンドユーザーからの問い合わせも含めた全ての顧客接点がカスタマーの体験に関わるのではないでしょうか。
イセ:エンドユーザーからの問い合わせもカスタマーの体験に関わる要素のひとつという考え方には同感です。サービスの雰囲気が温かいのに、カスタマーサポートは冷たい企業も少なくありません。CXという言葉や考え方が普及することで、カスタマーサポートもカスタマーの体験に関わる重要な一部であることが浸透するかもしれない。すると、よりサービス全体が良くなると思っています。
高梨:ありがとうございます。仰っていただいているように、CXは「思想・哲学」など上位のレイヤーから、エンドユーザーに向けた各施策まで、全ての項目に関係する要素だと私も考えています。
CXは、マーケティングやカスタマーサポート、UIなどの要素と同様に、プロダクトに関する一つの要素として言及されることが多い。しかし、一要素というよりプロダクトに関わる全てをカバーする広範な概念だと言及された。
良いプロダクトにするためにもCXへのこだわりは欠かせない
次に議論されたのは、「スタートアップにおけるCX」だ。急成長を指向し、少ないリソースで集中と選択が常に求められるスタートアップはどのようにカスタマーの体験をより良いものにしていけばよいのか。最も重要なものは企業の「思想・哲学」か、「良いプロダクト」なのかといった議論がおこなわれた。
イセ:スタートアップならではの難しさもありそうですね。さきほど、高梨さんが見せてくださったフレームワークを全て実践できているところは珍しいかも知れません。たとえばエンジニアが強い会社は、プロダクトは良いのに問い合わせの対応が間に合っておらず、カスタマーとの接点がイマイチということもあります。
島田:なるほど。では、スタートアップがカスタマーの満足度を高めていくためには何が必要になりそうでしょうか?
イセ:まずは「思想・哲学」を決めることではないでしょうか。具体的な施策に落とす前段で、企業・サービスとして譲れないものは何か、どうあるべきかを整理する。すると、その下のレイヤーを考える上での判断基準が生まれます。
これまで良いプロダクトを作れているチームであれば、その思想を言語化し、他要素にも落とし込めれば必然的にカスタマーの体験はより良いものになっていくはずです。点の話で言えば、前述のサポート品質の向上などにもつながるでしょう。そういった全体を統括する考え方がなければ、数字を上げることだけや、個別最適なアプローチに目がいきがちです。
松浦:私は、まず本当に価値のある良いプロダクトを作ることが大事だと思っています。極端な話「思想・哲学」は後付けでも良いかなと。もちろん「思想・哲学」は大切ですが、実践の中で見えてくるものもあります。スタートアップは資金や時間が潤沢にあるわけではありませんから、まずユーザーとの一番の接点であるプロダクトの満足度を突き詰めていき、徐々に上位のレイヤーの視点を持ち、プロダクト以外の顧客接点における体験の質をあげていくアプローチも必要かなと思っています。
高梨:たしかに、スタートアップは常にリソースとの戦いですから、「思想や哲学」が追いついてないところもありますよね。ただ逆説的ですが、良いプロダクトを突き詰めていくと、いかにカスタマーへ良い体験を提供できるかという視点が欠かせないものになると私は思っています。カスタマーの体験を改善することは、結果的にユーザーや売上の増加にも繋がります。成長角度やタイミングで優先順位の差はありますが、どこかのカスタマーの体験を重視する時期はくるかなと。
お二方の話で挙がった「良いプロダクト」も「思想・哲学」も、カスタマーの体験を重視し、その改善にアクセルを踏む段階ではできあがっているといいなと思いますね。
チーム全員の認識をそろえることができる
パネルディスカッションの最後には、登壇者がCXと向き合うことのメリットに対する自身の考えを共有した。ここまでもカスタマーにより良い体験を提供する重要性がさまざまな角度から語られたが、かみ砕いていくと、どのような価値を生むのかが述べられた。
島田:ここまで高梨さんが用意したフレームワークを元に各レイヤーを基準に話しましたが、より大きな視点で見るとさまざまな価値があると思います。最後に皆さんが考えるCXと向き合う価値を教えてください。
イセ:経営からカスタマーサポートに至るまで、プロダクトに関わるすべての人がカスタマーとの接点について考えるきっかけとして価値があると思います。どんな職種やポジションでも、どのようにカスタマーの体験を改善していくかという視点で話すと、カスタマーに向き合う仲間として同じ土俵で議論し、認識をそろえることができる。大人数になればなるほどこの作業は必要だと思いますが、少人数のスタートアップでもぜひ取り組んでみてほしいですね。
松浦:近しい話だと、CXを考えることは顧客接点ごとの体験を俯瞰し、一連の流れとして見る「カスタマージャーニー」へ立ち返る意識を持つ良い機会にもなると思います。スタートアップは、日々の数値に追われてしまい、なかなかサービスの全体感を振り返る機会がありません。
カスタマーにより良い体験を提供するためには?という視点を持つことで目の前の作業に追われるのではなく、体験の全体感を俯瞰してみる。すると、サービスの課題が本質的にどこにあるかと考えられるのではと思います。
イベントを通して語れたのは、リソースが少なく、プロダクト作りにも集中しなければいけない中で、スタートアップがいかに顧客へ良い体験を届けるかという視点だった。
本イベントを主催した株式会社タビナカは、今後もCX meetupを開催する予定としているだけでなく、CXコミュニティを盛り上げていくためのFacebookページも開設している。CXに関連した業務に携わる方々は、チェックしてみると良いかもしれない。