まとまった休みが取れるタイミングで日頃できない体験に時間を注ぎ、楽しむ人は多いだろう。
私たちはすでに、“非日常”を味わう手段をいくつも知っている。遠方に出向き、現地での宿泊を伴う「旅行」は、その代表格だ。
しかし、時代は変化した。世界では今、従来の「旅行」とは異なる多様な時間の過ごし方の選択肢が生まれている。
本記事では、近年、海外を中心に広まりつつある「ステイケーション」「ブリージャー」「ワーケーション」という3つの旅行スタイルを紹介。それらがなぜ受け入れられているのか、背景にある変化を紐解いていく。
“あえて遠出しない”──ステイケーション(Staycation)
一つ目のステイケーションは、“Stay”と“Vacation”を組み合わせた言葉だ。遠方に出向くのではなく、自宅と同じ市内など、近くの宿泊施設に滞在して過ごす旅のスタイルを指す。
ステイケーションのメリットは、「手軽に非日常を味わえる」点にある。総合旅行サイトを運営するエクスペディア・ジャパンの調査によれば、旅行をしたいと思っても断念したことが「ある」と回答した割合は65%に上るという(10年以内に1泊2日以上の旅行をした20代~50代の男女400名が対象)。その理由の上位を占めたのは、コストや日程面の課題だった。
目的地を遠方に設定すると、前後の移動時間が長くかかり、まとまった休みを確保する必要がある。それに伴い、費用もかさむ。長期連休であれば、移動費も宿泊料金もさらに高額になり、予約の取り合いや混雑などのストレスも加わるだろう。
同調査でも、「ステイケーションをしたい(した)期間」は、「1泊」が44%を占めるなど、短期旅行の傾向が強い。また、「誰とステイケーションしたいか」という問いにも、「配偶者」という最も身近な存在を挙げる人が多かった。
近場で、親しい人とゆっくり、手軽に“非日常”を体験する。ステイケーションは、時間や予算も限られる中で、「ストレスなく旅を味わいたい」という傾向の現れともいえるだろう。
“出張先で休暇を”──ブリージャー(Bleisure)
二つ目に紹介するブリージャーは、“Business”と“Leisure”が合わさったもの。仕事での出張期間に、旅行の日程を追加するスタイルだ。「出張休暇」と訳される場合が多く、仕事を終えたあとに延泊するなどして、観光やレジャーを楽しむ。
出張・経費管理クラウドサービス「SAP Concur」を運営するコンカーによれば、2017年の1年間で同サービスに蓄積された出張・経費データを調査したところ、確認されたブリージャーは全世界で220万件(前年比20%増)、出張件数全体の約10%を占めたという。
コンカーは「出張を利用して、旅行をリーズナブルに楽しむ出張者が増えてきたこと、また企業がそれを認めている背景がうかがえる」と調査結果を分析する。
実際、ブリージャーであれば、往復の交通費を会社の出張経費で賄うことができる。遠方に旅行するには、移動そのものにも休暇期間をあてがう必要があるが、延泊であればその必要はない。時間、コストとも、旅行にまつわるペインは少なくなるだろう。
2016年、宿泊予約サービスのブッキング・ドットコムが13カ国を対象に行った調査によれば、「出張の機会が多い仕事なら、今より給与が低くなっても構わない」と答えたビジネス旅行者は30%にも上るという。リフレッシュすることで仕事の生産性向上につながり、社員の満足度も得られるのであれば、企業にとってもメリットは大きい。
また、コンカーは先述の調査で、「特にAirbnbを利用した出張の場合、70%が延泊している」とのデータも示している。
民泊は、ホテル宿泊ほど費用もかからない。滞在先で知り合う人とのコミュニケーションなど、オリジナリティの高い旅が実現できる点も魅力だ。ブリージャーが拡大する背景には、こうした新たなサービスの登場で、「長く滞在できる」「長く滞在したいと思える」ようになっていることも要因にあるだろう。
“旅と仕事の融合”──ワーケーション(Workation)
最後に紹介するワーケーションは、“Work”と“Vacation”の掛け合わせだ。中長期で旅を楽しみつつ、移動先のオフィスやカフェで仕事もするスタイルを指す。
近年、Wi-Fiなどの通信インフラや、チャットツール、クラウドサービスなどの発達により、時間や場所を選ばず「いつでも、どこでも働く」ことができるようになってきた。
ワーケーションでは、遠く離れた場所にいながら、通常通り仕事もこなす。そして、仕事以外の時間は、旅先での観光やレジャーを楽しむ。
フリーランスの働き方のようにイメージされやすいかもしれないが、企業でもこうしたスタイルの推奨は始まっており、海外だけでなく日本国内にもいくつか実例が出てきている。
例えば直近では、2019年3月にJTBが、働き方改革の一環として「ワーケーション・ハワイ」の導入を発表した。社員は、ワイキキの海が窓から一望できるテレワークスペースに出社しながら、ハワイでの休暇を楽しむこともできる。
また、行政と企業が連動する動きも見られる。和歌山県と白浜町は、2015年より企業のワーケーションを推進。「ITビジネスオフィス」を整備し、民間へ貸し出している。2018年8月には三菱地所も事業に参画し、同社のテナント企業が利用できる環境を整えるとのことだ。
企業がこうした取り組みをする背景には、働く社員のモチベーションを向上させ、生産性を高めることや、イノベーションを生むことへの期待がある。普段とは異なる環境で仕事をすることで、新たなアイデアも得られやすくなるだろう。
祝休日にとらわれず、いつでも旅ができることは、働き手にとっても魅力だ。家族を連れて1カ月の旅に出る──そんなバカンスの文化に乏しい日本だったが、旅と仕事が融合していくことで、今後そうしたことも当たり前になっていくかもしれない。
多様な選択肢で、“非日常”をストレスなく実現
2019年の日本のゴールデン・ウィークは、史上初の10日間という大型連休となっている。JTBの事前調査では、国内旅行人数、海外旅行人数ともに過去最高となる見込みだ。
だが、誰もが出かける時期に自分も旅行すれば、移動中や移動先での混雑は避けられない。気力や体力へのダメージはもちろん、宿泊費や交通費も高騰するため、予算も確保しなければならない。
コロナビールなどを販売するAnheuser-Busch InBev(アンハイザー・ブッシュ・インベブ)が日本で行った調査によれば、今回のゴールデンウィークでしたいことに「ゆっくり寝る・ゴロゴロする」を挙げた人は全体の57.0%(1位)。その理由のトップは「経済力」、次いで「気力」となった。
また、旅行に行く場合であっても、旅先でしたいことの1位には「のんびりしたい」が挙げられた、という結果も示されている。
時間やお金、労力を費やすだけの価値があるから、人は旅行に行く。わざわざ旅先で「のんびりしたい」のも、それが日常では得られない体験だからだ。一方で、旅で得られる“非日常”感を持ちつつ、伴うストレスを減らせる方法が他にあるのならば、人々は積極的にそれを選ぶこともあるのではないか。
時代と共に、人々の行動は変化する。テクノロジーの進化なども影響して、個人の取れる選択肢は大きく増えてきた。
もちろん、今回紹介した3つが、新しい旅のスタイルの全てではない。旅行という体験は、一人ひとりの働き方や生き方に合わせて変わる。それぞれが最適な旅を選ぶことで、今後も多様なスタイルが生み出されていくだろう。