「さあ、1時間でテキパキお料理していきますよ」
「みなさん、どうですか? 質問がある方は音声でもチャットでもどうぞ!」
“隊長”の声掛けに合わせ、手を動かしていくと、スマホやPCに映る参加者の間に不思議な仲間意識が湧いてくる。ときどき画面をのぞく子どもたちの姿が、場の雰囲気を温かくしていく。——2020年にスタートしたオンライン家事講座、『タスカジブートキャンプ』のいち場面だ。
プログラムを提供するのは、家事代行のマッチングサービスを運営するタスカジ。CtoCのプラットフォーマーが、こうした家族で楽しめるイベントをも催す背景には、「家事は女性だけが抱えるもの」「家族内だけで解決すべきもの」という既成概念を変えていこうとする同社の思想がある。
サービスを開始して7年、顧客の困りごとにどう寄り添い、その生活をどのように支えてきたのか。「核家族から、拡大家族へ」というスローガンに込められた意味とともに、代表取締役の和田幸子氏にうかがった。
「家事は女性がやるべき」という根強い既成概念
2014年にスタートした『タスカジ』は、個人の家事ニーズに合ったハウスキーパー、通称“タスカジさん”を探せるサービスだ。
顧客は頼みたい家事に応じてタスカジさんを検索し、カレンダーから空いている日時に依頼。すると、可否や質問などのメッセージがサイトを通じて届くので、事前に直接やり取りをしてから当日を迎える仕組みになっている。1回3時間を基本に、スポット利用または定期利用を選べる。
依頼できる内容は、掃除や整理収納、料理・つくりおきなど多岐にわたる。対応エリア、さらに1時間あたりの料金も1,500円からさまざまで、均質的なサービスを提供する従来の家事代行会社にはない選択肢を幅広くそろえるのが特徴といえる。
担い手であるハウスキーパーにとってもタスカジを通すメリットは大きい。自身の得意分野を活かせるうえ、「小さい子どもがいるので平日午前しか働けない」といった条件があっても、依頼を受けられる時間を自分から指定できるからだ。むしろ、離乳食づくりやおもちゃの片付けなど、子どもに関わる家事の課題から「子育て経験者を」といった選ばれ方もある。
現在のサービス利用者は8万人、タスカジさん登録者は2,500人(2021年4月)。関東・関西圏を中心に、秋田県湯沢市や奈良県生駒市といった自治体とも連携し、働き口の創出やシニアの家事代行ニーズという地域の課題解決にも取り組んでいる。
タスカジは、創業者である和田氏自身の悩みから生まれた。富士通でシステムエンジニアをしていた2010年ごろ、フルタイムワーキングマザーの大変さに直面。どれだけ夫と家事を分担しても、残業の多い仕事との両立は厳しかった。
当時提供されていた家事代行サービスは高額で、定期的な依頼は難しい。そんな折、海外では個人間契約で家事をアウトソースしていると知り、自らフリーランスのハウスキーパーを探して依頼していたという。
和田氏「改めて周囲に聞いてみると、同じように忙しい女性で、手ごろな家事代行サービスへのニーズはやはり強かったんですね。ちょうどシェアリングサービスが知られ始めたころだったこともあり、家事代行にもCtoCの可能性があると考えました。そこで、まずは『仕事と家事の両立がなかなか果たせない女性』にフォーカスして起業しました。
同時に、やりどころのない怒りのような感情も、原動力になりました。当時の世の中は、今よりももっと女性に家事負担が偏っていましたが、かといって遅くまで働く男性に動いてもらえばいいのかというと、それも難しい。この社会課題を何とかしたいという思いがありました」
ところが事業を始めてみると、家事に対する複雑な心理と社会の認識が壁として立ちはだかる。「家事は女性がやるべきだ」「家事代行なんて富裕層が使うものだ」「家の中の問題は家族だけで解決すべきだ」といった刷り込みが、男性にも女性にもあった。それがお金を払って家事を頼むことに先立ってしまい、手ごろな家事代行サービスの存在を知っても、具体的な検討に至らない。
和田氏「サービス自体にはニーズや関心があっても、実際の依頼には二の足を踏まれる様子があって。直面したのは、強い『既成概念』でした。
特に、家事は女性の仕事だと思っている女性ほど『外注する=さぼっている』意識が強く、なかなか利用のハードルが下がりませんでした。また、家事代行サービス自体を具体的にイメージできず、『来てもらっても何をどう頼めばいいのかわからない』という方も多かった。そうした不安を取り除くことに最初はとても苦労しました」
「核家族から拡大家族へ」——必要なのは家事のパートナー
「家事代行サービスへの理解が進んだ」と和田氏が感じた節目のひとつは、政府が「女性活躍推進」を打ち出したときだ。2014年、政策として国家戦略特区における外国人の「家事支援者の受け入れ」が提起され、17年から受け入れが開始。家事代行の利用が後押しされた。
また、2016年のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』も、社会の理解が進む機会になった。
和田氏「会社員で一人暮らしの男性が家事代行を利用していて、また明るくさわやかな新垣結衣さんがハウスキーパーを演じることで、それまでの“ご年配の家政婦さん像”が変わりました。
これを機に日本人のハウスキーパーが注目され始め、『スゴ技を持つ方、いませんか?』といったメディア取材が急激に増えたことも、大きな要因です。利用者さんのレビューも参考に“スタータスカジさん”を見つけて紹介していったところ、ハウスキーパーという仕事の存在や、その専門性の高さが認知されていきました」
一言で「家事」と言っても、窓ガラスの拭き方ひとつ、食材の保存ひとつにもコツがある。家庭で家事を担うなかで編み出した工夫は、和田氏曰く「家事の知見」だ。テレビ番組や書籍でのタスカジさんの活躍は、家事のおもしろさと奥深さを世間に印象付けると同時に、ごく普通の主婦が自身のスキルに気付くきっかけにもなった。
とはいえ、前述の既成概念が完全に払拭されたわけではない。「つらいのに、家事代行の利用に踏み切れない。そうした方がまだまだたくさんいることもわかっていた」と和田氏は振り返る。
和田氏「社会は一気には変わりません。なので、マッチングサービスの提供を通した『家事文化のアップデート』が仕事の中心、という気持ちで事業を運営していました。家事のサポートを受けることが、新しいスタンダードになってほしい、と。
また、働き手もまだ少ないので『あなたの家事の知見はプロとして仕事になるんですよ、家事の仕事ってこんなにクリエイティブなんですよ』という発信も心がけていました。家事を仕事にするという、こちらも新しい家事文化の創出を狙ったんです」
その活動の根幹にあったのが、タスカジが掲げる「核家族から拡大家族へ」というスローガンだ。背景には、ライフスタイルそのものの変遷の歴史がある。
ひと昔前は大家族が多く、隣近所も巻き込んだ“広い”家族観があった。しかし、高度経済成長期になるにつれて核家族が中心になり、家事の問題はどんどん“狭い”範囲で解決すべきことに。そこで今、「共働きの増加」というライフスタイルの変わり目に改めて「家族」を捉え直せれば、家事を抱え込むつらさから解放される人がいるはず——そんな考えがあった。
和田氏「『家族観を再定義できるのでは』という予感は、実は創業前からありました。私自身がハウスキーパーさんに家事をサポートしてもらう中で、単なる“外注”との関係とは違うなと感じていたんです。ただお金を払って家事を任せるのではなく、もっと近しい存在、家事のパートナーなんだなと。部分的に家族のような感じがしていました。
そのイメージはなかなか言葉にできなかったのですが、サービスを運営するなかで『拡大家族』だと思いついて。『家事のパートナーやサポートしてくれる人も“家族”と捉えたら、気持ちの負担も軽減できる』と説明すると、スタッフもすぐにわかってくれました」
目指す姿を明文化したことで、顧客のすそ野も広がった。口コミも順調に増え、利用を迷っていた人が「自分と同じライフスタイルの友達が使っている」と知るや、申し込みにつながるケースも見かけるようになったという。
「社会的にも『家事代行という選択もあるね』といった認識の広がりを感じていた」と和田氏。実際に、タスカジは2018〜19年に利用者数を大きく伸ばし、2020年2月の時点で約6万6,000名。登録タスカジさんも約2,200名のサービスに育っていた。
コロナ禍において「家事の知見」をどう還元するか
そんな折、社会はコロナ禍へと突入した。各家庭のなかでは、対面サービスである家事代行を頼みにくくなった一方で、家族の在宅が増え「家事負担の増加」という新たな課題が生じていく。外食しにくく、外で遊んでストレスを発散するのもはばかられる。在宅勤務の広がりはオンとオフの切り替えを難しくした側面もあった。実際、3月に学校が一斉休校になったあたりから、サポートセンターへの声などを通して利用者の疲れが見て取れたという。
和田氏「タスカジでは以前からよく意識調査をしているのですが、今回もみなさんの状況をもう少し詳しく知るために、ライフスタイルの変化についてのアンケートを取りました。するとメールを送信した途端、一斉に回答が返ってきて、今までにないほどフリーコメントもぎっしり。切実さがひしひしと伝わってきました」
ただ同時に、悲惨でつらい話一辺倒ではなく「この生活をどうにか良くできないか」と希望を見出そうとする意志も和田氏は感じとっていた。その姿勢にタスカジが応えられることは何か、具体的にどんなバリューを提供できるか。
和田氏「考えてみると、私たちのサービスの本質は、物理的に家に上がって家事を片付けることではないんですね。『家事の知見』を各家庭へ、ひいては社会に還元してきたのだという自負がありました。それなら、この状況下でも方法はあるはずだ、と。
ヒントになったのは、タスカジさん向けの研修です。各地にいるハウスキーパーに知見を共有するために、以前からオンライン研修を試していました。そこで、利用者さんに対してもオンラインで家事教室をお届けするのはどうか……と企画したのが、タスカジブートキャンプだったんです」
実現にあたり、タスカジさんを招いてまず社内イベントとして試したところ、これが非常に好評だった。一緒にやれば、掃除も料理も和気あいあいと盛り上がる。すぐにサービス化を検討、ゴールデンウィークの10日間に「おうち de ミニハンバーガー」「リビングまるごと掃除」など各1時間の講座を11種、特別企画として開催することになった。
ディズニーランドの代わりに!「タスカジブートキャンプ」
迎えた2020年5月。タスカジが思いを込めた企画は連日盛況で、コロナ禍ゆえに遊びの予定をキャンセルした家庭に新たな「楽しさ」をもたらした。
和田氏「ディズニーランドに行けなくても、家事をアトラクションのように捉えて、楽しめたらいいなと考えました。そのため、通常のサービスで提供するルーティーンの家事よりも、親子で参加できる料理などを重視したラインナップにしたんです。
また、従来は会うことのなかった利用者さん同士の顔が見えるのも、『家事が楽しい』と感じてもらう上で大事な要素になるとわかりました」
もともとタスカジでは、新しい企画を展開する際には事前に細かな調査をあまり行わない。家事という形のない領域なので、まずは体験してもらい、反応をリサーチして継続を判断しているという。しかも今回は過去にないオンラインサービスのため、どのくらい「楽しさ」を感じてもらえるかが不透明だったが、「毎日参加してくれた方も多く、カメラ越しでも楽しんでいただけていることがよくわかった」と和田氏。
ゴールデンウィークの開催に手応えを感じ、7月から正式サービス化。プログラムは、参加者の反応を見ながら毎月のように見直されている。コロナ禍で難しくなった対面サービスのマイナスをゼロにしただけでなく、ゼロがプラスになる新しい価値を生み出す企画となった。自社サイトのほか、親子を切り口とした外部サイトにも窓口を設けており、家事の課題だけでなく「親子で自宅で楽しめるイベント」を求める人にも受け入れられている。
さらに、この企画を男性の家事参加にも結びつけていく考えだ。家事は家族みなの責任の下に解決していくものという思いの下、「もっと男性を巻き込んでいきたい」と和田氏は話す。
和田氏「創業時より改善したとはいえ、今もまだ家事負担は女性にかなり偏っています。コロナ禍の家事も、女性だけの問題になりがちです。利用者さんも現状は女性がほとんどですが、本来は男女半々になるのが理想的だと思っています。
世の中の流れをみても、SDGsの5番目にジェンダーギャップの解消があり、家族内での家事・育児の責任分担が掲げられています。人に家に来てもらうよりも気軽なタスカジブートキャンプは、まさにそこに活用できるものではないかと。男性が参加しやすいように、最初はあえて男性限定のプログラムなどをそろえてもいいなと思っています」
「成長」に関与するプラットフォームでありたい
新しい家事文化を広げようと模索を続けるタスカジ。他にも、従来の家事代行に留まらない取り組みを多数展開している。
例えば、法人向け事業『タスカジ研究所』の立ち上げ。「家事の知見」やプラットフォーム運営から得たノウハウを活かし、企業や自治体と連携して、実証実験から開発、プロモーションまで一貫して協働する事業を推進している。
タスカジさんへの支援とネットワークづくりにも、力を入れている。スゴ技を持つ人気の方々を、家事の知見を社会に還元しながらこの仕事の認知を広げていくチーム「タスカジアンバサダー」に認定したり、先輩から学べる研修や、別途「家事クリエイター」という認定資格も設けたりしている。
「タスカジさんクレド」と呼ぶ行動指針を、折に触れて共有しているのも同社の特徴だ。企業文化が社員に浸透していくのと同じように、同社の文化が個人事業主である働き手の方々にしっかりと根付くことを重視。他にも専用のコミュニティで交流を促進するほか、毎年「タスカジさんフェス」を開催するなどしている。
和田氏「タスカジさん同士で連帯感を持てたり、憧れの先輩が見つかったりすると、やはり刺激になりますよね。ただお金を稼ぐためだけの場ではなく、一人ひとりが『仕事を通して気付いたらすごく成長していた』と感じられる、そんなプラットフォームになればと思っています」
さらに、利用者も巻き込んだコミュニティづくりを視野に入れている。「タスカジさんの前向きな姿勢は、利用者にも好影響を及ぼしていると思う」と和田氏は語る。
和田氏「そもそも家事代行を頼む背景には、生活を改善したいニーズがあり、さらに根底には理想の人生や生き方があります。そんなマインドで利用されているからこそ、前向きなタスカジさんと出会うことで、家事のサポートを受ける体験がよりよいものになると思うんです。
人って、いろいろなつながりの中で成長していくもの。ゆくゆくは利用者さん同士、タスカジさんと利用者さんの交流も含めてコミュニティとして提供していきたいですね」
家事のパートナーを通じて生まれる、利用者一人ひとりの充実した体験。社会の認識を変えていくのは、そうした小さな積み重ねだ。拡大家族という新しい“当たり前”への道を、タスカジはこれからも顧客とともに歩んでいく。
執筆/高島知子 編集/佐々木将史 撮影/須古恵