ジェンダーレスやサステナブル、時代の変化と共にブランドに求められる要素は変わっていく。重要なのは、これらが表面的な取り組みではなく、ブランドのDNAに紐づくものになっているかどうかだ。だが、加速度的に変化する社会に対して、どのようにブランドのらしさを活かしながら適応すればいいのだろうか。
そんな問いを考えるうえでのヒントをもらおうと、「うれしいことが世界でいちばん多いお店」をビジョンに掲げ、サロン運営や商品開発・販売を手掛けるトータルビューティーカンパニー「uka」を訪ねた。同ブランドは、時代の変化を捉え、ジェンダーレスやサステナブルなどの要素を先行して取り入れてきた。
「uka」が掲げるビジョンにはどのような想いが込められているのか。そのビジョンの実現に向けて、どのように歩んできたのか。株式会社ウカ 代表取締役CEOの渡邉弘幸さんに、背景にある考えや実践についてお話を聞いた。
コロナ禍でも「トータルビューティー」に向き合う
ヘアとネイルを同時に受けられるサロン、性別を問わないエステメニュー、時間に合わせて使い分けるオーガニックのネイルオイル、CO2の排出が少ない素材でつくられた商品パッケージ…。「トータルビューティーカンパニー」を標榜するukaは、それを体現するように多様なサービスを展開している。
例えば、サロンではヘアやネイル、ヘッドスパ、エステティック、アイラッシュなど複数のメニューを用意。1回のカットで3通りのスタイルが楽しめる「1cut3ways」を提案するなど、性別や年齢にとらわれず、顧客の好みや理想の姿に合わせたサービスを提供している。以前は、店舗展開に注力していたukaだったが、この2、3年は変化の時を迎えていた。
渡邉氏「コロナ中に店舗のフォーメーションを大幅に刷新しました。サロンを各地に広げていく方向性ではなく、サロンは港区エリアにぎゅっと凝縮したんです。その一方で、商品を販売するストアの展開は続け、ECも強化しました。ご自宅でケアする商品を提供するための利便性を高めていたのです」
自宅でのケアのためにECやストアで販売している商品たちは、「忙しくて、めんどくさがりで、よくばりな大人たちへ」をコンセプトに開発されたもの。代表的な商品のひとつが、ネイルオイルの「uka nail oil」だ。ボトルには時刻が刻まれており、朝の7:15から昼の13:00、夕方18:30、深夜24:45と、それぞれの時間帯をイメージして作られていて、時間帯がそのまま商品名になっている。
ヘアオイルの「uka hair oil」も、梅雨の時期には「Rainy Walk」、北風の吹く真冬には「Windy Lady」、紫外線の強い夏は「Girls on the beach」と、商品名自体が季節ごとに適したヘアケアがあることも伝えている。「梅雨のじめじめでも、私は平気で歩く」や「一年中ビーチにいたいよね」といった洒脱なタグラインも目を惹く。
2016年発売の頭皮ブラシの「kenzan」は、まさにケアを必要とする顧客から、多大な支持を集めた商品だ。頭皮や顎関節、首など、人によって異なる凝りに対応できるよう、4種類の硬さを用意。新型コロナウィルス感染症の流行下、リモートワークを行う人々の間で話題を呼んだ。
渡邉氏「kenzanは、SNSでの評価もすごく高くて、使い方をお客様が勝手に編み出してくれることもありました。首コリにもいいよとか、二つ使いがいいよとか。そういう反応を見ていると、お客様と一緒に、楽しくマーケットをつくっている感覚がありますね」
根気強く人々をケアするための商品をつくり、学ぶ
SNSでukaの商品名を検索すると、愛用している商品とともに「何本もリピートしている」といった声が多数投稿されている。人々に支持されるukaの商品開発は、サロンでの顧客との関わりから発想が生まれているという。例えば、ukaの最初の商品であるネイルオイルは、当時流行していたジェルネイルを楽しむ人々の爪を見て、uka代表兼トップネイリストの渡邉季穂氏が得た着想から開発された。
渡邉氏「ジェルネイルは、一度施すと3週間くらい爪に蓋をしてしまいます。その爪をケアするために、ネイルオイルを塗るといいのですが、当時はその習慣があまり一般には普及していなかったんです。
季穂は、開発まで十数年、ネイリストとしてお客様と向き合ってきましたから、自爪への影響が見えてしまうんですね。だから『どうやったらネイルオイルをつけてもらえるか』を考えながら作り上げていきました」
美容業界では、爪を美しくジェルで彩るジェルネイルのように、顧客のベネフィットを叶えるプロダクトが次々と生まれている。使い続けていく中で、徐々に影の部分が出始めることもある。ukaは、そこに向き合ってきた。
渡邉氏「プロダクトのイノベーションは、お客様のベネフィットを叶える方向にも、影の部分をケアする方向にも起き続けている。ukaはお客様と接しながら、後者のほうをケアしていくのが、得意技なのだと思います」
顧客をケアしようと商品開発に取り組んできたukaは、その過程で気づきを増やし、それが次の商品開発へのヒントになっていった。
渡邉氏「最初は、ネイルオイルをつくる際に、商品開発パートナーの方からオーガニックや天然由来の原料を用いる重要性を教えてもらったんです。自分でも調べ、傷んだ爪を優しくケアするには、そのほうがいいと納得し、今のものづくりにおいても大事にしています。初期はそうやって教わることが多かったのですが、やり続けていくと、自分自身の気づきも出てくる。今、僕たちの作っているものが、どういう形で、世の中に影響をもたらしているのか。扱う品数が増えるにつれ、より考えるようになりました」
ukaが向き合うようになった問題のひとつがプラスチックごみの削減だ。渡邉氏は、関東近郊ではビーチクリーンが開催され、清掃も行われている一方、離島では「凄まじい勢いでペットボトルのゴミが漂流している」のを目の当たりにした。
渡邉氏「プラスチックごみがマイクロ化して、海水に混ざり、魚が食べ、魚を人間が食べる。そうした負のサイクルには加担したくないと思うようになったんです。では、加担しないためにどうするのか。
どういう素材を、どういうふうに持続的に作り続けるのかも考える必要もありますし、さらに突き詰めるなら、生産量のコントロールも必要になってくるでしょう。また、商品へのニーズが高まるにつれ、生産量は増やさなければいけなくなる。そこで生産者の方もしっかりと利益が得られる構造をどうつくるかなど、視野が広がってきました」
こうした気づきと、それに伴う学びは、近年のukaの商品に反映されている。3年ほど前から開発に取り組んできたヘナカラー剤「ウカヘナ」は、農薬や化学肥料を一切使用せず、無農薬で栽培されたヘナとインディゴを原料としている。
90年代のヘアカラーブームから約30年を経て、傷んだ髪をやさしくケアする商品だ。顧客の地肌にも、地球環境にもやさしい商品を実現するべく、開発パートナーと直にやりとりをし、生産工程から栽培、加工までこだわった。
渡邉氏「人生100年時代と呼ばれるように、人の一生が伸びているじゃないですか。ヘアカラーを長く楽しんでもらうために、やはり体の負担が少ないほどいい。だから、人にも環境にも優しい原料、製造工程の商品に、徐々にニーズはシフトしていくはずです。そういったところもこだわって、満足いただける商品を作るには、時間も、根気も必要。そのための経営的な体力をつけるのは、とても大切だなと思っています」
ブランドの原点である「お客様に褒められること」に向き合う
ukaの商品開発、そして商品開発のインスピレーションのきっかけになっている店舗。それぞれこだわりを持って活動してきているブランドの土台は、どのように培われたのだろうか。渡邉氏に問いかけると、2009年に実施したリブランディングの話を共有してくれた。
渡邉氏「元々、ukaは理容室として始まりました。先代の代表である季穂の父親が退く際に、『引き継ぐべきことはなにか?』を考えたんです。そのときに『お客様に褒められること』なのではという話になって。
先代は、なかなか技術が伴わず悩んでいた時期に、『せめて』と大切にしていたのが、お店をピカピカにすることだったそうです。それをお客様に褒めてもらったのが、先代にとって強く印象に残っていて、スタッフにも繰り返し語っていた。
季穂と会話を重ねるなかで、この言葉を『お客様のうれしいこと』と解釈していたことがわかってきたんです。じゃあ、それをブランドの軸にしよう、と決めて。どうせなら世界一を目指そうと話し、『うれしいことが世界でいちばん多いお店』をビジョンに定めました」
リブランディングの際に言語化された、「うれしいことが世界でいちばん多いお店」というビジョン。そのほかにも先代が残した言葉が、ブランドの指針になった。なかでも重要なのは、「本物」という言葉だ。
渡邉氏「先代は、本物の技術、本物の感性、本物の気配りといったことを、事あるごとに言っていました。これらを世代を超えて引き継いでいくには、どんなふうに普遍的な言葉にするか、どう解釈するか。整理をする必要があると考え、作業を進めていきました。
まず、技術については、当然ながら刷新していかないと本物にならないし、どんどん古ぼけていく。ですから、技術という言葉の定義に『新しいものにチャレンジする姿勢そのもの』という意味を加える形で、解釈しました。
次に、感性は、美容だけに限らず、世の中のさまざまなデザインを感じ、インスピレーションを得ることで身につくもの。デザインやフォルム、ディティールを取り入れていく。広く、あまねく、いいデザインを吸収することで、感性が本物になっていくと捉えました。
気配りは、傾聴からスタートし、ニーズを察して、驚きを提供できること。会話もそうですし、お客様の動作の邪魔にならないよう、周囲にあるものを片付けるなど、先回りする力と考えています」
変化し続けるブランドになるために、顧客の声に耳を傾ける
ブランドは、言葉を掲げるだけでは成立しない。どう具体的な行動に反映し、実態を伴うものにしていくかが重要だ。リブランディングを行ったあと、ukaも順調に現場に落とし込めたわけではなかった。
渡邉氏「お客様に対して、『うれしいこと』が提供できているのかチェックする機能もなく、時には大きなクレームも起きる。最初のころは、なぜクレームが起きるのか、原因究明のオペレーションに精一杯。なかなか苦労しましたね。
かつ、僕自身がサロンに立ち、腕を振るう『職人』ではありませんでした。当時働いていた職人たちは、新しい方針を理解しようとしてくれたとは思いますが、『とはいえ、あいつ(渡邉氏)は職人じゃないから、わからないだろう』とも感じていたはずです」
どうすればブランドの理想を体現できる現場になるのか。悩むなかで、知人からの紹介で星野リゾートの星野佳路氏が登壇するセミナーに参加した。家業を継ぎ、海外MBAで学んだ理論を現場に述べても、耳を傾けてくれるスタッフが少なかったというエピソードを話していた。
星野氏は、いったいどうやって状況を打破したのか———。その解決方法は、徹底して顧客の声を聞くCS調査だった。
渡邉氏「星野さんは、実際に宿泊した方に聞くのが一番だと思ったらしく、徹底した顧客の声を聞く調査を地道に始めたそうなんです。その結果をもとに話すと、それまで料理の味について『それは、お坊ちゃまの主観でしょ』と突っぱねていた板長の態度が変わり始める。同じ意見でも、『お客様の声だから』と言って伝えると、職人たちはその声には答えないわけにはいかない。職人の性(さが)だろうとおっしゃっていました」
「これだ」と、渡邉氏は思った。提供するサービスの何が「うれしかったのか」あるいは「うれしくなかったのか」。お客様にとって何が「本物」なのか、技術と感性、気配りに分けて具体的に聞くことで、職人と一緒に改善を重ねていけるはず。さっそく、かつての知り合いのマーケターや協力機関からも借りながら調査を計画。経営陣に計画についても共有した。しかし、返ってきたのは「嫌だ」の一言だった。
渡邉氏「『お客様にそんなことを聞く会社は信用ならない』とか『そんなスタッフを育てるつもりはない』といった意見が返ってきて。どうしようかなと思いましたね」
反対の意見を浴びる中、渡邉氏はこう問いかける。
「俺たちがいなくなった後に、どうやって価値を引き継ぐのか?」
その問いかけが、議論の流れを変えた。
渡邉氏「お客様の『うれしい』は、時代によって変わるけれど、うれしいことは常に起きている。それを吸い上げられないと、価値を引き継いで、届けていくことはできないのではないかと問いかけたんです。
そうしないと、『うれしい』や『本物』というものの定義が、自分たちの主観的なものになってしまう。『うれしい』も『本物』も、不変ではない。変わるものなのだから、聞き続けようと。職人たちもそれならばと納得してくれて、CS調査を始めました」
この議論を経て始まったのが、アンケートに書かれた顧客の声を毎日確認し、改善案を決めて取り組む「ukaizen」だ。単に問題を調査するだけ、改善するだけではないと、渡邉氏は語る。
渡邉氏「改善した後は、社内で共有するのはもちろん、お客様からの声の原文と会社としての改善について新聞15段サイズにして配布します。そうすると、サロンのお客様が施術を受けているときに読んでくださる方もいらっしゃいます。『こういう意見があるのね』と話しかけてくれて、ご自身の考えを伝えてくださることもあります。そこから話が盛り上がることもあるのも珍しくないですね」
うれしいこと、うれしくないことを顧客から聞き、その内容をスタッフに共有していくうちに「徐々に潮目が変わり始めた」と渡邉氏は振り返る。
渡邉氏「うれしいことも、うれしくないことも、冊子にして全員に配り朝礼で読み上げました。継続していくと店舗のオーナーや先輩が自分の軸ではなく、お客様軸で判断できるようになっていく。
さらに、その人たちの元で働く人たちも、自分たちでお客様にとっての『うれしさ』を考え、判断しようとする姿がみえるようになりました。現場からそういう発想がでてくるようになったんです。
ukaのような美容の世界は、すべて1on1の勝負。いかにお客様にリピートしてもらうかがビジネスの根幹なので、一人ひとりのお客様と向き合うことを徹底的にやる。お客様に、一発で本物だと感じていただくために、どうするかを追求してきました」
顧客の声に耳を傾けるukaizenの他にも、ukaの3つの本物をスタッフに浸透させるための社内教育プログラム「ukademy(ウカデミー)」もある。ukaは、ブランドとして掲げていることを現場に浸透させるために、様々な試行錯誤を重ねてきている。
多様なチャネルで顧客の「うれしい」を広げ、ブランドを後世につなげる
ブランドとしてのDNAを大切にしながらも、スタンスや考え方をアップデートし、顧客に「うれしい」を届け続けてきたuka。同ブランドは、冒頭で触れたようなコロナ禍による変化を経て、新たなステージへと挑もうとしている。新たな挑戦のひとつが、サロンとEC、ストア共通の会員サービス「ukainn(ウカイン)」の導入だ。
渡邉氏「ukaのエクスペリエンスを、EC、ストア、サロンを問わず、好きなように楽しめる、お客様のファンクラブのようなものと捉えています。ukaの最高峰のエクスペリエンスはサロンですが、ECやストアとも融合させ、よりukaを深く体験し、良さに気づいていただきたいと思っています」
ECとストア、サロンという異なるチャネルでサービスを提供しつつ、より深く、ukaの思いに共感してもらうための施策としてukainnが位置づけられている。余談だが、筆者がukaの店頭で商品を購入した際に、ukainnでの購入履歴等を見たスタッフから、「このサンプルを使ってみていただくといいかもしれません」と、自分に合ったレコメンドをしてもらえることもあった。顧客としての「うれしい」を感じた瞬間だ。
ECやストアなどそれぞれの新チャネル単体だけでなく、チャネルをつないで一人ひとりの顧客の「うれしい」に向き合おうとしているuka。ビジネス的にも新たなフェーズを迎えているなかで、今後はどのようなことを大切にしたいと考えているのだろうか。
渡邉氏「ちょうど今朝、全社ミーティングで季穂が話していたんです。お客様の根本的なインサイトは『今日よりも明日を美しく生きたい』ではないか、と。
そして、それを実現するには、ケアを継続するしかない。決して一日、二日ではできないので、毎日怠らないことが唯一の方法。
だからこそ、毎日のケアを楽しくやりましょうと提案する。それはukaにしかできないことのはずだと話していて、まさにその通りだなと感じました」
「毎日ケアすることは楽しい」と、商品やサロンでの体験だけではなく、会員サービスを通しても提案していく。掲載するコンテンツを、商品や体験などと同様に磨き込み、「良いファンづくり、良いマネタイズを実現できれば、つぎの価値づくりに投資できる」と渡邉氏は展望を語る。
創業時から変わらない思い。それを、時代や顧客の変化に合わせて、自らを更新していくことで継承し続ける。その中で、自然とオーガニックやトレーサビリティなどにも取り組んできたukaが、今見据える「つぎの価値づくり」とはどのようなものなのか。10年、20年先に実現したいことについて伺った。
渡邉氏「日本人の平均寿命は、男性が80代前半、女性が80代後半と言われていますが、健康寿命はそれよりも10年短くなるんですね。10年、あまり幸せではなく、亡くなっていくわけですよ。寝たきりだったりとか。
それは、あんまり幸福ではないのかもしれないと思っているので、なるべく回復していく機会を増やしたい。楽しく、美しく、自分を好きでい続けられるというポジティブな希望を、何かご提供できたらという気持ちがあります。
この間、うちのCMOと一緒に話したのですが、僕は『レジリエンス』という言葉が好きなんです。しなやかに回復できるということを、しっかり伝えていきたい」
渡邉氏が高齢になってもポジティブに生きられるようにと考える背景には、自らが子どもの頃に「かっこいい」と感じた大人たちの姿があったという。
渡邉氏「僕たちが子どもの頃は、海外の年配の俳優さんを見て、『めちゃくちゃかっこいい』と感じていたんです。おそらく、その人が経験してきたことで培われた価値観やライフスタイルに、表れているように感じられたんだと思います。自分もどうすればそういう大人になれるかを考えてきました。ukaとしても、東京という街を素敵な大人が大勢いる場所にしたいと思って運営してきました。
かっこいいと感じる大人たちを増やして、その姿を見て育つ下の世代にいい影響を与えるお手伝いができたら嬉しいですね」
『あんな大人になりたい』に影響を受けて、下の世代がインスピレーションを受け、次の世代をつくっていく。この社会、そしてuka自体も、そうやって引き継がれていくのだろう。
渡邉氏「いい影響を与えようと取り組む姿勢を見てくれていれば、きっと次の世代が、どう引き継いでいこうかを考えてくれるはず。だから、時代に合わせて『ああなりたい』の連鎖をつくること。それが、季穂と僕にやれることなのではないかなと、今は思っています」
取材/モリジュンヤ 執筆/向晴香 撮影/伊藤圭 編集/モリジュンヤ