日本が誇る伝統文化のひとつ「盆栽」。一般的には“老後の趣味”というようなイメージもあるかもしれないが、実はいま、カルチャーに敏感な人々を中心に、アート業界からも注目が集まっている。コロナ禍で高まった園芸人気の流れに加え、海外にも愛好家は数多く、世界的なブームの潮流もある。
そんななか盆栽を使った様々な空間をプロデュースし、その価値を現代に届ける仕掛け人として注目されるのが、盆栽プロデューサー・小島鉄平氏だ。小島氏が率いる「TRADMAN’S BONSAI」は、“伝統的な男たち(TRADMAN’S)”という名の通り、長い歴史のなかで築かれてきた伝統に目を向け、その価値を広めるべく、ラグジュアリーホテルやアパレルセレクトショップ、世界的なハイブランドとのコラボレーションなど、様々なジャンルと盆栽を掛け合わせる斬新なアプローチで、幅広いシーンに新たな盆栽の世界を発信している。
幼少期よりストリートカルチャーに傾倒し、アパレル業界で経験を積んできた小島氏は「盆栽は究極のヴィンテージ」と語る。伝統的な価値を超え、新たな盆栽カルチャーを次世代へと発信する小島氏の取り組みの数々は、どのような視点から生まれているのか。インタビューから見えてきたのは、「何を、誰に、どのように伝えたいのか」、つねに明確なイメージがあるからこそ迷わず挑戦を続ける変革者の視点だった。
人の一生をはるかに超え成長し続ける“アート”
店舗やオフィスへの盆栽のリースから、イベントやアパレルショップなどでの盆栽ディスプレイ、国内外の名だたる企業とのコラボレーションまで幅広く手がける「TRADMAN’S BONSAI」のギャラリーを訪ねた。モルタルの高い塀に囲まれた空間に一歩足を踏み入れると、500鉢以上の盆栽が整然と並ぶ圧巻の風景が広がる。
「まずは実際に盆栽を見てもらってからお話しできれば」と、小島氏に案内されたのはギャラリーの入り口。
小島氏「これは五葉松(ごようまつ)と呼ばれる松で、昔から『御用(ごよう)を待つ(まつ)』『お客様をおもてなしする』という意味を込めて入り口に置かれることの多い盆栽です。盆栽は、どこに何を置くのかということにも意味がある。僕らは、そういうところを織り交ぜながら、盆栽を使った空間プロデュースをしています」
「TRADMAN’S BONSAI」が得意とするのが、幹や枝の一部が枯れ白骨化しながらも、堂々とした枝ぶりで成長を続ける真柏(しんぱく)の作品。生と死のコントラストを一つの鉢に表現するのが真柏の醍醐味だ。1年先は当たり前、5年、10年、100年、1000年先まで見据え、どのような形を作りあげたいのかをイメージし、針金をかける。人の一生を超え何百年と生き続ける盆栽は、所有者を変えながら次の時代へと受け継がれていく。
小島氏「この真柏は樹齢400年ぐらい。これまで途切れる事なく人の手によって継承され、今ここにあります。彼らがどんなものを作りたかったのか。枝ぶりを見て、思いを汲み取りながらも、『でもこっちの方が格好良いだろう』と僕らの解釈で形作っていく。そういう行為が時代を超えて繰り返されていくことが盆栽の楽しみ。ロマンがありますよね」
「盆栽は究極のヴィンテージ」リーバイス501に通ずる盆栽の魅力
いまや盆栽業界の革命児ともいわれる小島氏が、初めて盆栽と出会ったのは小学生の頃。通っていた施設の園長先生が毎日熱心に盆栽を手入れする姿に興味を持ったのがはじまりだった。以来、街を歩いていても自然と盆栽が目に入るようになり、展示があれば足を運び、気になる盆栽を見つければ持ち主に話しかけることもしばしば。
小島氏「わざわざ探していたというより、少し意識すれば意外と周りにあるもの。興味を持つと普段なら見過ごしているものも見えてくるようになります。もともとヴィンテージがすごく好きで、街で格好良いデニム履いている人がいると『それどこのですか』って話しかけに行っちゃうんですが、盆栽も同じ感覚。『格好良いですね!』って持ち主の方に声をかけに行っていました。
僕にとって『格好良いかどうか』は重要な判断基準。そのルーツはストリートカルチャーです。小学6年生の時にヴィンテージのリーバイス501を初めて知って、なんで人が履いたものなのに値段が上がるのかが不思議でしょうがなかった。気になって調べ始めたら、様々な時代背景が見えてきて、学校の勉強は全然できないんですけど、古着の勉強は知れば知るほど面白くて、夢中になりました。持ち主の履き方や生き方までもが色落ちやシワになって表れるデニムの魅力に強烈な衝撃を受けましたね」
マジョリティに対するカウンターカルチャーとして生まれたともいえるストリートカルチャー。持ち前の探究心で古着にはじまり音楽やスケートボードまで、その奥深さにどっぷりとのめり込んでいった。その後アパレル業界に入り、バイヤーとして海外へ買い付けに行くようになると、不思議と再び目に入ってきたのが盆栽だった。
小島氏「海外では盆栽を『格好良いもの』『アート』として捉えている人が多くて、街なかのフリーマーケットで若い人が気軽に買って楽しんでいました。でもそこにあったのって、僕が知っている盆栽とは大きくかけ離れた『カリフォルニアロール』みたいな盆栽。すごく違和感を感じて、改めて身近にあった盆栽の魅力に気がつきました。何人ものオーナーさんに受け継がれてきて、育てる人の思いとか価値観で形が変わる。ヴィンテージのデニムと一緒だ! って、リーバイス501に出会った時と同じぐらいの衝撃を受けて、気持ちを一気に持っていかれました」
その後、「日本の伝統文化である盆栽を世界に伝える」というミッションを掲げ、2015年に「TRADMAN’S BONSAI」を結成(のち2016年に株式会社松葉屋を設立)。憧れていたアパレルの仕事から迷わず転身、盆栽を生業とすることを決めた。小島氏を突き動かした盆栽はいま、世界的にもブームの潮流にある。この状況を小島氏はどのように見ているのだろうか。
小島氏「海外での人気はTRADMAN’Sの立ち上げの頃から実感していましたが、コロナをきっかけに特に国内でも盆栽人気が高まったのを感じます。リモートワークが広がり、今まで忙しすぎて時間がなかった人たちが自分の時間を持てるようになったことや、ストレス社会のなかで、自分と向き合う時間や“マインドフルネス”が注目を集めるようになりました。その流れで緑や土をいじること、観葉植物や盆栽を育てることを楽しむようになった人が増えてきているように思います」
小島氏「盆栽の面白さはやっぱり『生きてる』ということ。人間の寿命は80年ぐらいですが、盆栽はちゃんと手入れをすれば800年ぐらい生きられる。ずっと成長し続け、完成がないというところが格好良い。あとは、思い通りにならないこと。手入れをする時は、この先どんなふうに成長させたいか、先のことを考えて針金をかけていきますが、いくら考えたとしても相手は生き物なので思った通りにはいかない。それでも向き合っていくうちに、だんだんと思い描いたような枝ぶりに成長していく喜びや面白さがあります。
僕が子供の頃って近所のおじさんやおばさんから話しかけられたり、怒られたりとか、大きな家族の様にも感じるような光景が当たり前のようにありました。そこには人々に余裕があるからこそ生まれる“粋さ”があったけど、いまは皆あまりにも忙しすぎて余裕がない。忙しすぎる現代人にこそ、盆栽と向き合ってみて欲しい。向き合うようになると何かが変わると思うんです」
伝統を守るからこそ、派生していける
一つの鉢の中で、先人たちから継承された美しさや技を紐解き、ときに新たな解釈を加え次の時代へ繋げていく盆栽の世界。奥深い世界をより多くの人に届けたいと考えた小島氏は、盆栽の魅力を最大限に引き出すため「見せ方」にこだわった。
小島氏「僕らがいくら盆栽を格好良いと思っていても、そのまま『格好良いでしょ!』と言うだけでは世の中には伝わらない。僕らの強みは、ストリートカルチャーというバックボーンと盆栽という伝統文化を掛け合わせられること。二つのカルチャーが混ざったのがTRADMAN’Sであり、それは僕らにしかできない見せ方。めちゃくちゃ自信がありました」
幼少期より夢中になってきた二つの文化が出会うことで生まれたTRADMAN’S(伝統的な男たち)という新しい価値観。ストリートカルチャーで培われたセンスと審美眼、熟練の盆栽職人を含めたチームが伝統としての盆栽に親しみ、文化として盆栽をリスペクトするからこそ、既存の枠組みにとらわれない見せ方で新しい盆栽の可能性を広げていける。小島氏ならではの革新だった。
小島氏「伝統文化こそ『革新』を続けていくことが必要だと思っています。盆栽以外にも日本にはいろいろな伝統文化がありますが、長い歴史のなかで絶対にどこかで革新者がいて、彼らが伝統を作って次の世代へと繋げてきた。僕らもそんな革新のきっかけになれたらいいなと思っています。
でも重要なことは、盆栽の格好良さ、美しさは、これまで受け継がれてきた伝統を守ってこそということ。伝統は絶対に崩さないし一番大事にしています。土台があるから、派生していける。オールドスクールがあるからこそのニュースクール。いきなり新しいことをやったって、ただのフェイクになってしまう。そこから文化は生まれません」
“伝統文化としての盆栽”を新しい世代に届けるため、バイアスを壊し見せ方を革新する。ファッションではなく文化として、「格好良さ」という価値を伝えていく。それを誰に、どのように伝えたいのか。小島氏の中では明らかだった。
小島氏「僕らがいま盆栽の魅力を伝えるべきなのは特に日本の若い人たち。彼らに盆栽を格好良いと気づいてもらう、見てもらうアプローチをすべきだと感じました」
アパレルショップやクラブイベントなど、若者たちが集まる場所で集中的に盆栽のプロモーションを重ねることで、盆栽と若者との接点を広げていく。さらに自身のinstagramで始めた「STREET BONSAI」と題したシリーズの投稿に一気に注目が集まった。
小島氏「街なかで刺青を出して盆栽を持つ姿って『違和感』がありますよね。だからこそ絶対見てもらえるという確信はありました。
最初は、ただ単純に格好良いと思って始めたんですけど、結果的にすごく注目していただいて、この投稿をきっかけにいろいろお声がけをいただくようになりました。これだけ情報が溢れていると、当たり前なものは埋もれていってしまうけど、違和感には目が留まる。『バランスの良い違和感』をいかに作るかというのは常に考えています」
instagramを中心に発信される彼らの活動は、その思いに共感する人々へと確実に届き、広がっている。2023年9月に大阪で行われた関西初のポップアップイベントは、約250鉢の盆栽がほぼ完売となる盛り上がりとなった。来場者の9割が若い世代。そのほとんどが小島氏のinstagramを見てイベントに訪れた、盆栽初心者の若者たちだ。
小島氏「まずは盆栽を目の前で見てもらいたい。見てもらわないとやっぱり伝わりませんから。興味を持ってもらえたら、展示会や盆栽園に行ったり、観葉植物と同じぐらいの価格で購入できるものがたくさんあるので、小さい盆栽からでも実際に育てたりしてもらえたらいいなあと思っています」
「次世代に届けたい」という想いは、盆栽業界を知るほどに見えてきた後継者不足の現状への問題意識からもきている。小島氏は盆栽文化を継承する次世代を育てることを目指し、通常5、6年の住み込みの修業期間が必要とされる盆栽の世界で、自社の社員を全国の職人のもとへ出向させ修行に励める仕組みをつくり、若手育成に取り組んでいる。そんなTRADMAN’Sはこれまでスタッフ採用の募集を行ってはおらず、ともに活動するスタッフはみな小島氏の活動に共感し自ら門を叩き、集まっている。
「盆栽」の新しい楽しみ方を提案する
TRADMAN’S BONSAI結成から8年。着実にファン層を広げるなかギャラリーには連日、国内外から愛好家や美術品コレクターをはじめとした人たちが訪れている。しかし「生きているアート」だからこそ、毎日の手入れと管理には経験が大切だ。TRADMAN’Sでは、海外のコレクターが所有するために所有権をNFTとして販売し、所有者が来日した際に盆栽を滞在場所に届けるといったサービスも行っている。高額なものでは数百万円をくだらないTRADMAN’Sの盆栽だが、この仕組みが成り立つのも、盆栽が一つの資産価値として広く認められているからこそだろう。
古き良き伝統的な存在であった盆栽は、その枠を超え、唯一無二の生きた「アート」として広く認知されるようになった。いま、小島氏が見据えるのはさらなる革新だ。
小島氏「2024年4月に、東京・丸の内仲通りに初めてのお店をオープンします。物を売るだけでなく、意味や価値を伝えるコンセプトショップにしたいと思っていて、盆栽はもちろん、盆栽と絡めて様々な日本の伝統文化を表現、発信していく予定です」
丸の内仲通りといえば、エルメスやティファニーなど世界的なハイブランドの旗艦店が並び、ビジネスマンが行き交う丸の内のメインストリート。なぜ、丸の内なのか。
小島氏「僕、丸の内が大好きなんです。歴史ある土地で、建築も東京駅とか格好良いじゃないですか。店を作るなら、このエリアでやりたいというのはずっと思っていました。
店を開くことなんて全く決まっていなかった時に、友人と丸の内を歩きながら『ここに盆栽を置いたら格好良いよね』『こんなことしたら面白いよね』って思い描いたイメージを話していたんです。数日後、いろいろな偶然が重なって、丸の内北口のビルに盆栽をディスプレイしたり、日本庭園を作ったり、いくつかのプロジェクトをご一緒していた三菱地所の方から『丸の内をTRADMAN’Sの盆栽で彩りたい』って本当にオファーをいただいたんです。 お店の話もそうですけど、『イメージすること』はいつも大事にしています。目指すところに行くためにはイメージが絶対必要で、イメージがあると思考も行動もその方向に向かっていきますから」
100年先の姿を見据え盆栽に手を入れるように、小島氏はありたい未来を明確にイメージし、ブレずに進んでいく。革新を続ける小島氏が、次に見つめるのはどのようなイメージなのだろう。
小島氏「丸の内仲通りで盆栽の展示会をやりたいですね。かつて、盆栽の屋外での展覧会が初めて開かれたのは日比谷公園だったんです。それをもう一回リバイブさせたい。
少し前だったら刺青が入ってる人が丸の内の街で店を開くなんてとてもできなかったと思うんです。でも今、三菱地所さんがアートの力で街を面白くしようとしているなかで、表現したいことや見せたいものに対して同じ感覚を持っているから、僕らも一緒にプロジェクトに加わっている。トラッドな革靴を履いたビジネスマンに混ざって、スニーカーを履いた僕らみたいな人がいて、アートがあって、盆栽があって、カルチャーが入り乱れたすごく面白い空間が丸の内に生まれるんじゃないかなとワクワクしています」
出店のほかにもこの春、ストリートカルチャーを代表するスニーカーブランドとのコラボレーションを準備中だ。歴史ある業界の中で変革を起こしていくことは決して簡単なことではないが、「盆栽の格好良さを次世代に届けたい」というシンプルな思いは、既成概念の枠を軽やかに飛び越え、盆栽の新しい可能性を引き出した。
先人たちから継承されてきた伝統文化としての盆栽から派生し、所有する楽しみを提供したり、様々な空間を彩ったり、異ジャンルとタッグを組み新たな体験を創出したり、街に賑わいをもたらしたり。TRADMAN’Sは次々に、新しい盆栽の楽しみ方を私たちに提案する。「格好良いかどうか」。ブレない軸があるからこそ、誰に、何を、どのように届けるべきか、常にその選択には迷いはなく、そして自由だ。「伝統は革新の連続」と語る小島氏は、これからも少し先の未来をイメージして、新たなカルチャーを私たちに見せてくれるに違いない。
取材・文/裏谷文野 写真/坂井竜治 編集/浅利ムーラン、大沢景(BAKERU)