東京の中心地として、一日約100万人の人々が行き交う東京駅。
2023年3月、東京駅の東南側に位置する八重洲エリアに新たな公共スペースが生まれた。場所は東京ミッドタウン八重洲。「ヤエスパブリック(通称:ヤエパブ)」と名付けられたこの場所は、商業施設の2階に位置しながら、誰でも自由に使えるスペースとして訪日客や近隣で働く人などに広く利用されている。
足を運んでみると、フロア全体の約半分を占める250平米の空間に飲食店などが軒を連ね、下町や横丁を思わせる和やかなムード。中では仕事帰りの人が立ち飲みをしていたり、その横でPCを開いて作業をしていたりと、それぞれが気兼ねなく利用しており、いわゆる“商業施設”の一角とは思えないほど自由な雰囲気だ。
大手デベロッパーである三井不動産が手掛けるこのスペースを新たな公共スペースへと昇華させたのは、クリエイティブエージェンシー・スマイルズ。ネーミングにはじまり、コンセプト、ロゴや空間、さらにはテーマソングまでを手掛けている。エリアごとに分かれた空間設計や個性的なテナントなど、ひと目見ても気づくような工夫が随所に凝らされているが、実現までにはどのような意見が交されていたのだろうか。
同スペースの開発を担当した三井不動産の田中彩華氏と、プロデュースを担ったスマイルズ社の野崎亙氏にお話を伺うと、デベロッパーとテナントの新たな関係性から生まれる場のつくり方が見えてきた。
目的×自由度のかけ算から生まれた“きっかけ”のある公共スペース
東京駅周辺と聞けば、ビジネス街のサラリーマンや駅を利用する観光客など、人々が慌ただしく行き交う印象がある中で、「ヤエスパブリック」の悠然とした自由な空間には新鮮な印象を受ける。この空間のコンセプトは『人と場所、文化が重なる。新しい八重洲の公共スペース』。東京駅の目の前になぜこうした公共スペースが生まれたのだろうか。まずは設立の背景から尋ねてみた。
田中氏「開発をはじめる構想段階から、公共スペースを作りたいというイメージがありました。八重洲エリアは東京駅の目の前という一等地、かつ都内有数のオフィス街も隣接しているので、仕事に慌ただしくされている方や東京駅をつかった移動ですこし疲れてしまった方がちょっとゆっくりできる、余白のような場所があったらいいなと思っていたんです。でも立地上、ビルの外に土地を確保するのは難しく、ビル内の一角にそういった使い方ができる公共スペースを作れないでしょうかと、スマイルズ社にお声がけしました」
野崎氏「お話を頂いた段階では、本当に『いい感じの公共スペースが欲しいんです』くらい抽象的な状態でしたよね(笑)。そんなところからスタートして会話を重ねる中で、そもそも八重洲ってどういう場所だろうと考え直したんです。
例えば『新橋らしさ』と聞いたら、サラリーマンの街で、飲み屋街で……とその土地固有のイメージがありますよね。でも八重洲の特徴としてはオフィス街ではあるけど、そう聞いて思い浮かべる場所は都内で他にもあるし、私が考えた上では、八重洲らしさはまだ見出されてないかもと思ったんです。丸の内や銀座ほどハイソじゃないけど、新橋ほど庶民的でもない。特徴のある街に囲まれた『じゃない方』の街だからこそ、そこに新鮮なイメージをプロットして、新たな文化や価値観を生み出せる可能性があるのではないかと考えました」
「じゃない方」を活かし、文化醸成も見据えた公共スペース。そのためにはまず人々が足を運んでくれる魅力的な仕掛けが必要と考え、ヤエパブでは飲食や物販も楽しめるようになっている。
野崎氏「いわゆる公共スペースとなると、なにもない広場が連想されますよね。これはつまり『なにもない空間を好きに使ってね』という提案だと思うのですが、何もないスペースを設けても、目的がなくては人は集まらない。だからこそわざわざ足を運びたくなるような要素が必要なんじゃないかと考えたんです。そこにいけば美味しいものが食べられたり、作業しやすい空間であったり、人と会いやすい場所であったり。そうした訪れるきっかけとなるよう飲食店や物販店といった『目的性』を生むコンテンツを盛り込むことにしました。さらにそこで、利用してくれる人が使い方を選べる『自由度』が担保できれば、公共スペースとしてのちょうど良いバランスが取れるのかなと」
「はじめからひとつの開けた空間を作りたいわけではなくて、訪れる人それぞれに合わせた使い方ができる空間にしたかったんです」と重ねる田中氏。「目的」と「自由度」のバランス感覚は、特徴的な空間設計にも現れている。
ヤエパブは大まかに3つのエリアから構成されている。台湾料理やイタリアンなどジャンルを問わずに立ち飲みもできるエリア「ALLSTANDS」、待ち合わせやちょっとした休憩、買い物を楽しめるエリア「イチジテイシ」、八重洲の裏路地を模した空間にポップアップ形式のラーメンショップや会員制バーが並ぶエリア「八重洲のロジウラ」と、訪れる相手やシーンによって利用者が自由に使えるという設計だ。こうしたエリアに分かれた空間設計も、それぞれの境界は曖昧に設計されていて、そのグラデーションを自然に往来できるようにつくられているという。
野崎氏「依頼時から三井不動産からは『路地裏』というアイデアはいただいていたのですが、このスペースを作っていく上で、全体をコンパクトな街のようなものとして再現できないかと考えたんです。
街を歩いていると、ベンチに座ってコーヒーを飲んでいる人もいれば、ただ座っているだけの人もいますよね。そんな表通りがあれば裏通りもあって、ちょっと路地に入ると飲み屋街の立ち飲み屋でお酒を楽しんでいる人もいる。その路地を抜けると、親御さんがいて子どもが走る電車を見て喜んでる……みたいな。それぞれの場所は『こういう使い道です』と定義されていないのに、各々が最適なエリアを自身で選んでいる状況、つまり街こそ巨大な公共スペースに近いのではないかと着想を得たんです。なので、ヤエパブは街をコンパクトに再現するつもりで3つのエリアを設け、境界を曖昧に感じてもらえるような設計にしています。ある程度の役割は分けつつも、賑やかなエリアで作業したい人は飲んでいる人たちの横で作業できるし、その逆に一人でちょっとだけ静かに飲みたい時もそう出来るようなつくりになっていて、いうなれば塗り絵のアウトラインだけ描いておいて、この中は自由に使う人が好きな色で塗ってね、という設計を意識しています」
ヤエパブの設計時から明確なターゲットは設けていなかったと続ける野崎氏。しかし、野崎氏の中で何度も思い描いた景色はあったという。
野崎氏「利用客も幅広いからこそ、どんな人でも利用しやすい空間になっているかという精査は綿密にしています。中でも個人的にずっと思い描いていたのは、上司と部下が一緒に行きやすい場所。特に上司側が部下と一緒に行きやすいかを強く意識したんです。私も上司をやっているから悩むことでもあって、部下の人たちと仲良くなろうとして自分が普段行くようなお店に連れていくと、こちらの世界に引き込む感じがして緊張させてしまうんです。でも、ヤエパブのような立ち飲みもできるようなカジュアルで開けた空間であれば、お互い肩肘張らずに過ごせるんじゃないかと思って、その点にはこだわってますね」
“個商い”だからこそ賑わいが生まれる
「ヤエスパブリック」には、街の小さな人気レストランや路面の名店、地方の人気専門店など、個性的な店舗が軒を連ねており、既存の商業施設では出会うことのなかったラインナップに驚かされる。これらはどのようにして実現したのだろうか。
野崎氏「まず、“新しい公共スペース”として作り上げていくとはいえ、八重洲の歴史を部分的に踏襲できないかと意識していました。そこで八重洲の歴史を掘り下げていくと、江戸の商人文化、とくに個人で商いを行う『個商い』で賑わっていたことを知りました。今なお八重洲はビジネス街でもあり、その系譜が脈々と受け継がれている場所でもあります。なので、当時の江戸の様子を想像しながら、店ごとの個性が光り、ワイワイとした活気のある場所づくりを目指しました」
田中氏「その方向性は私たちからお願いした側面もあります。せっかく新しい空間をつくるので、商業施設に出店したことがない方々に出てもらいたかった思いもありますし、私たちもそこで新たな出会いや発見も生まれると思ったので、個人店や路面店を中心にお声がけしようというのは構想の早い段階で決まったことでもありましたね」
いざ個人店に入ってもらおうと決めても、その数は計り知れない。食事だけでも、また一軒目の飲みの場としても、気分に合わせて食べたいもの、飲みたいものが選べ、バランスよく構成されたように見える「ヤエスパブリック」の飲食店はどのような選定によって実現されたのだろうか。
田中氏「これを言うとちょっと驚かれてしまうかもしれないのですが、飲食フロアを構成する場合、通常は先にジャンルを決めてから絞り込んでいく進め方になるところ、今回はそうした計画がない状態で進めていました。食にすごく情熱があるリーシング担当のメンバーが、個人的に入ってほしい、ここに出してもらえたらお客さんに絶対喜んでもらえると思ったお店に直談判して決めていったんです。会社として懇意にしているレストランだとか、コネクションがあるとか、そういったことで決まったわけではなくて、何回も足を運んでお願いしにいったりして、ようやく出店を決めてくださったお店もあります」
野崎氏「その話もちょっと下町情緒がありますよね(笑)。でも担当者の、いち企業の計画としてではなく個人としての『入ってほしい』という思いが伝わったから、納得してくれたお店が多いんじゃないかと思います。
先日、地方創生のカンファレンスに参加していて聞いたのですが、例えばなにかのプロジェクトの協力を地元の方々にお願いする時に『こういう目的があって〜』とか『こういうビジョンがあって〜』と説明しても、ほぼ反応してくれないそうなんです。でも、『僕はこれをやりたいんです!』と個人の思いで話していくと、周囲も協力的になってくれるらしくて。つまり、個人と個人で繋がる方が熱量も高いし、本来のコミュニケーションの方法なんだと思います」
しかし、こうした小規模な店舗が商業施設に出店すること自体、かなりリスクになるはずだ。東京駅の目の前という一等地で、かつ大規模商業施設の中に出店するとなると、テナント料も安くはない。こうしたリーシングの面ではどのような工夫があったのだろうか。
野崎氏「私たちは飲食事業も手掛けていて、テナントとして商業施設に出店する側でもあったので、そこのパターン化した仕組みに疑問もあり、今回はデベロッパーとテナントの関係を考え直すこともひとつのテーマでした。従来の都市開発では、デベロッパーがビルを建てて、テナントがそこを間借りする。でも、一等地だとテナントの競争率も高いので、テナント側は新業態を捻出して一定期間そこへ出店して、軌道に乗ったら場所を変えて店舗を構えるといったサイクルがよく見られます。そうしたサイクルがいわゆる“商業施設”のような画一的な側面を形成している部分もあると思ったんです。だからこそ、デベロッパーとテナント同士がより密接に関わりながら一緒に場所を作っていけるような仕組みをつくれないかと考えていました」
田中氏「リーシングにおいてもお店の方々が心配されるリスクをなるべく抑えられるようにしています。設備はすべて私たちが整えた上でテナントを募っているので、お店側は身一つで入れるようにしていたり、各店の都合に合わせて柔軟に出店期間を変えられるような仕組みにしたりと、従来の商業施設とは異なった仕組みに挑戦したんです」
この空間を実現できているのは、なによりリーシングにおけるチャレンジがあったからだと続ける野崎氏。厨房などに必要な設備をすべてデベロッパーが整備し、出店期間を店側の事情によって柔軟に調整する。大手である三井不動産はこれまで培ってきたシステムがあるにも関わらず、これほど柔軟に変えられるものなのかと驚かされる。これにより、通常のリーシングの募集をはるかに上回る応募があったそう。さらに、こうしたチャレンジは開業後に思わぬ成果に繋がる。
野崎氏「今回このスペースをつくる上で特に感じたのが、CX(Customer Experience/顧客体験)のためにはEX(Employee Experience/従業員体験)がとても重要、ということでした。
皆さんが普段行く居酒屋でも、お店によって接客スタンスって全然違うと思うんですよ。いい意味でテキトーだったり、一杯サービスしてくれるような自由な雰囲気があったり。『ヤエスパブリック』に出店しているお店でも、いわゆる商業施設のレストランフロアにお店を構えて接客するのと、ここで接客するのとでは、接客スタンスは違うはず。つまり、場の持つ空気感が従業員、ひいてはお客さんに影響を与える部分はとても大きいと思っていて。
なので、『ヤエスパブリック』の接客はいい意味でテキトーであって欲しかったんですよ。お店同士の空気感やお客さんとのコミュニケーションから、秩序が生まれていくといいなと思ったんです。それで実際オープンしてみて、まさに自然発生的に『場のルール』が生まれ始めました。
お客さんが複数のお店のメニューを注文して食べ終えると、本来はセルフでそれぞれのお皿を各店に戻しに行く仕組みなのですが、あるお店で働くスタッフが気を利かせて他のお店のお皿まで一緒に持って行ってくれるようになったんです。これはテナント同士で規律性や自立性のようなものが生まれているからなのかなと。さらに、こうした『お皿を下げてくれる』体験はレストランだと当然ですが、ここではお客さんとしても『え、持って行ってくれるんですか!』と喜べるようなサービスになっている。顧客体験がどれほどいいものになるか、というのはこうした微細なことの積み重ねだと思うんですよ。こと運営側の努力だけで成し遂げられるものではなくて、そこでお店を構える人々のスタンスであったり、利用してくれる人の期待値だったり、色々なギャップや差分が噛み合うことで、記憶に残る体験がつくれるのではないかと。オープン前にはそこまで意図はしなかったのですが、今自分が客として足を運ぶと理想的な運営がなされてるなと思いますね」
田中氏「まさにそうですよね。施設として最低限のルールはありますが、それ以外は自治というか。個人店の方々が集まっているからこそ、それぞれで話し合って解決すればもっと楽しく出来るよね、といった工夫はされているように感じます。今現在も運営の担当者がイベント好きなために、音楽機材が大量に置いてあったりするのですが(笑)。そうした運営の自由さの端々が、出店してくれているお店の方々にも伝わって、そのムードがお客さんに伝播することで、自由な雰囲気ができあがっているのかもしれませんね」
都市にこそ必要な“つながり”を考える
「ヤエスパブリック」のオープンから約半年が経ち、リピーター客が生まれていたり、テナント同士で積極的にヤエパブを盛り上げる動きも見られるようになっている。「八重洲に公共スペースを作りたい」という思いからはじまったこの場所は、どのような未来を目指しているのだろうか。
田中氏「このスペースをどのように使えるかというのは、運営する側としてもまだまだ手探りな部分があります。音楽イベントを実施したり、施設全体のイベントのいち区画として使ったりと表情を変えながら試行錯誤していますが、今後は利用してくれる方々からのアイデアも積極的に取り入れながら盛り上げる方法をもっと見つけていきたいと思っています」
野崎氏「どのようにしていきたい、というより、どうなっていくかを見守りたいという感じですね。あくまでもパブリックスペースなので、こう使ってね! とか示唆はしたくないし、利用してくれる人々によって自然発生的に用途も拡張していってくれるのかなと。リレー形式のポップアップに毎回来てくれるお客さんもいらっしゃって、時間を“はしご”して楽しんでくれている感覚があって、こういうことになるんだという発見もあります。
地方創生の話に重ねると、そうした議論において、都心のコミュニティって話題に上がりませんよね。都心のほうが個人と個人の繋がりが希薄なのに、チャレンジングな開発はリスクが大きいから出来ていなくて、コミュニティの醸成に目が向いていないように思います。同じ場に集まることで仲良くなれたり、なにかコラボレーションが生まれるきっかけになったりするような場所として、『ヤエスパブリック』が都心版の地域おこしのあり方のひとつとして盛り上がっていくといいですよね。
あと、個人的には、音楽のイベントの時にビール樽を背負った売り子がお客さんにビールを注いでまわるようなイベントをやりたいと思ってるんです。お店や売り子対抗で売上げを競ったりするようなイベント。スマイルズもそこで売り子をやったら、絶対に負けない自信がありますよ(笑)」
ヤエパブの開業からはや半年超。順調なスタートを切ったこのスペースは、今都市に求められる公共スペ―スのあり方を体現するモデルの一つとして今後も注目を続けたい。最後に、今回のチャレンジングな取り組みを実現させた秘訣について聞いた。
野崎氏「新しいことに挑戦するときは、どうしてもロジックだけでは説得できないことがあると思うんです。それでも世の中で新しいことはたくさん起きているじゃないですか。そんな状況を突破するためにはまず、個人の思いがとても大事だと思うんです。
今回も関わっている方々が全員『私はこういうスペースにしたい』『私はこの飲食店に入ってもらいたい』とか、自らの課題意識やビジョンがあったから実現できたこともとても大きいと思いますし。やっぱり、そういう思いなしでは何も始まらないので」
田中氏「今回のプロジェクトも私たちの中の『何かを変えなきゃまずい』という問題意識があってスマイルズ社に相談したことでしたしね。プロジェクトを進めるための秘訣……というほどではありませんが、社内で自分と同じような問題意識を持っている人はきっといるので、色々な人と問題意識を共有してみると、プロジェクトを進めるための糸口が見つかるかもしれませんね。あとは、社内で味方を“うまく”つけていく、とかでしょうか(笑)」
取材・文/梶谷勇介 写真/タケシタトモヒロ 編集/浅利ムーラン、鶴本浩平(BAKERU)