改まった贈り物に添える「熨斗紙」やお金を贈る際に用いる「熨斗袋」。普段何気なく使っているこれらには、どんな歴史や意味合いがあるのだろう。熨斗文化を継承し、次世代に伝えることを目的としたウェブサイト「熨斗の世界 NOSHI WORLD」を運営するのし太郎さんに聞いてみた。
(この記事は2022年12月14日(水)に発売された『XD MAGAZINE VOL.06』より転載しています)
のし太郎
「日本一の紙のまち」愛媛県四国中央市生まれ。文具類の企画・開発・製造を行う「株式会社エム・パック」の経営者家系で、祖父は折熨斗職人だった。家業のルーツを探るなかで熨斗文化に関心をもつ。高齢化する熨斗職人や熨斗ゆかりの地を訪ね歩き、そこで得た知見をウェブサイト「熨斗の世界 NOSHI WORLD」にまとめている。
熨斗の正体は鮑
人に何か物を贈る場面において「熨斗」という言葉は親しみ深い一方で、背景にある歴史やそこに込められている意味を知らない人は多いようだ。のし太郎さんは熨斗文化が衰退していくことに危機感を抱き、ウェブサイト「熨斗の世界 NOSHI WORLD」を立ち上げた。
のし太郎さん 「調べてみると、長い歴史があり興味深い文化です」
起源は「日本書紀」に記されている。天照大神(あまてらすおおかみ)の命によって倭姫命(やまとひめのみこと)が伊勢に御鎮座を終えたのち、 志摩の国崎(くざき)で海女から差し出された鮑(あわび)にたいそう感動し、伊勢神宮への献上を求めた。海女は「生のままでは腐りますので、薄く切って乾燥させましょう」とこれに応じ、以後現在まで約2,000年にわたり、三重県鳥羽市の国崎町では鮑を乾燥させて「熨斗鮑」をつくり、年に数回伊勢神宮に奉納している。
語源は諸説あるが、鮑を乾燥させて板状にすることから「伸す(伸ばす)」、あるいは当時アイロンのように使われていた道具「火熨斗(ひのし)」からきているようだ。

「折熨斗(おりのし)」は、折り方やかたち、色柄、大きさなど多種多様だが、約束事としてはただひとつである、とのし太郎さんは説明する。長六角形に折られた紙の包みの真ん中に、黄色い一片の紙(もしくは樹脂)が入っているかどうか。正式な折熨斗は、白と赤の和紙でつくられる。
のし太郎さん 「寿命を延ばす、気運が伸びる、喜ばしさが長く続くといった言葉にかけられて用いられた他、鮑は女性の象徴でもあり縁起物のひとつとされました。栄養価が高く精がつくことから保存食としても重宝され、鎌倉から戦国時代には武運長久の縁起をかついで『陣中見舞い』として贈られたり、勝利を祈願する儀式にも用いられたようです」
熨斗鮑が贈答品に添えられるようになったのは江戸時代になってからのこと。熨斗鮑を束ね、白と赤の和紙で包み、水引で止め結ぶ、現在よく見られる「折熨斗」のスタイルはこの頃に定着した。
のし太郎さん「日本古来の折形文化、唐の時代に中国からやってきたといわれている水引、そして熨斗鮑が融合したかたちです。水引は主に武士のチョンマゲを結うのに用いられていましたが、明治時代に断髪令があってからは、仕事をなくした水引職人たちが技術を活かす場にもなりました」
熨斗の文化は庶民にも広がったが、鮑は高価で手に入りにくいことから、サザエや昆布、鳥の羽、魚の尾などで代用された。今では本物の鮑を使った熨斗が一般に使われることはなく、ほとんどが紙やプラスチックで代用されている。
熨斗文化の盛衰
折熨斗の全盛期である明治大正時代には、様々なデザインがあったという。
のし太郎さん「各百貨店は自社のロゴをあしらった折熨斗を用意し、いろんな柄の折熨斗をコレクションする人もいたようです。女学校などの義務教育の科目として『折形』があり、折熨斗の折り方も身につけておくべき作法として教えられていました」
しかしながら第二次世界大戦で日本が敗戦すると、GHQの神道指令の影響を受けることになる。
のし太郎さん「熨斗は日本書紀に由来し神道と関わり深いもの。天皇崇拝につながるとして、義務教育からは排除されてしまいました」
熨斗が重要な役割を果たすもののひとつに「結納」がある。不老長寿を願う品で、両家で取り交わす9つの結納品のなかに必ず含まれる。
のし太郎さん「結婚は家と家をつなぐものととらえ、両家の結束を強める儀式が『結納』です。政略結婚が多く行われていた頃には特に重視されましたが、これも核家族化するなかで省略される傾向にあります」
ひと昔前は、北陸の方では弔電に黒い熨斗を使うなど各地にそれぞれ独自文化があったが、1990年代に100円均一ショップやコンビニが普及すると、ご祝儀袋の製造・流通が全国規模になり各地の個性は失われてしまった。折熨斗を商業的かつ伝統工芸のレベルで製作している会社は、のし太郎さんが知る限りでは2社のみで、職人の高齢化も進んでいるという。一般に流通する熨斗紙や祝儀袋もデザイン性ばかりが重視されるようになり、その文化が形骸化していることは残念だと話す。
のし太郎さん「熨斗の歴史を知っている人からすれば、鮑の象徴である黄色い小さな紙がいかに重要かが理解できると思います。文具店や100円均一に並ぶご祝儀袋のなかにはそれが抜け落ちてしまっていることが多くあり、つくり手も売り手も使い手も、本来の意味を理解する人は少なくなっているように思います」
熨斗のマナーと現代における意義
のし太郎さん「ほとんどの日本人が天皇に憧れていた時代においては、天皇の神聖な文化である『熨斗鮑』が生活に取り入れられたのは、ごく自然なことだったかもしれません。でも今は全く状況が違います。ある意味、熨斗文化が衰えていくのは仕方がないことかなと思います」
それでも熨斗文化が途絶えることはないだろう。伊勢では2000年もの間、熨斗鮑を奉納し続けているのであり、それがまったくなくなるということは考えづらい、というのがその根拠だ。
もし、熨斗の文化や意匠に対して敬意を払った上で、生活に取り入れたいと考えるのであれば、最低限のルールはわきまえたいもの。第一に、鮑の象徴である黄色い紙がきちんとついているかを確認し、折熨斗の柄や折り方による格の違いも意識したい。

婚礼用の「飾り熨斗」や、親しい間柄での一般的な贈り物に使われる「片折り熨斗」、一般的な慶事に幅広く使われる「両折熨斗」など、折熨斗には多様なデザインがある。和紙の柄も豊富でバリエーションに富んでいる。
のし太郎さん「真・行・草の格式のなかで、もっとも正式な『真』に値するのが、赤と白の和紙を左右対称に折った両折熨斗です。片方だけ折った左右非対称のものは親しい愛柄に、華やかな柄が入ったものは婚礼にと使い分けることもできます」
お菓子のような消えものや粗品の場合は印刷熨斗と、使い分けることで贈るものの格を表せる。なお、熨斗は熨斗紙や祝儀袋に貼り付けるだけではなく、箱の中に添えることもできる。
贈る人を思いやる気持ちの表れなので積極的に使いたいものではあるが、鮑が「生臭もの」であることから、仏事には望ましくない。また、海産物を贈るときも、意味が二重になることから避けた方が無難だろう。
贈り物に熨斗よりもリボンをつけることが一般的になった今、昔ながらの熨斗づくりは商業的に成り立たなくなっている。安価な熨斗が出回り、役割が形骸化している現代だからこそ、文化を理解する人が「粋」に利用してくれたら嬉しい、とのし太郎さん。
のし太郎さん「熨斗について学べば学ぶほど、日本古来の文化や先人たちが込めた思いが見えてきて、宝のように感じています。すべての人に理解してほしいとは言いませんが、ご祝儀袋、熨斗紙を製造する業者の方々、和菓子屋さんや百貨店など贈り物を取り扱う方、企業のトップなど一流の方には、ぜひ理解した上で素敵に気持ちを表現してもらいたいと思います」
文/木薮愛 写真/田巻海
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